第46話 魔力0の大賢者、昆虫採取する

「捕まえるってあのゴールデンスカラベをですかい兄貴?」

「うん、そうだよ」

「お兄様、なぜあれを?」

「……あんなに臭いのに」


 皆不思議そうな顔をしている。アイラは今でも臭いが気になるのか、鼻をつまんでいる。確かに臭いのは確かだよ。でもそれがいい!


「その臭みこそが最高なんだ。正確に言えば臭気を放ってる、あの玉こそが僕の求めているものなんだよ」

「「「……」」」


 3人が口を閉ざした。信じられないような物を見る目で僕を見てきている。


「お兄様にそんな趣味が……いや、でもそれでも私は……」

「……大賢者は、やっぱり思考が常人とは異なる」

「兄貴! どんな趣味があろうと、俺にとって兄貴は兄貴ですぜ! 多少マニアックな気もしますが……」

「ちょちょちょ! ちょっと待ってよ! 絶対何か勘違いしてるよね!」

 

 僕は慌てて声を上げ、みんなの勘違いを正そうとした。何かとんでもない誤解されてそうだよ。


「僕はアレを米作りの肥料にしたいんだ。ゴールデンスカラベはあれでしっかり栄養のあるものだけを選別して玉にして持ち帰る魔物だからね。だからこそあれは畑の最高の肥料になるんだよ」

「……な、なるほど! 流石お兄様。それは私にも思いつきませんでした」

「……不覚、大賢者のマゼルに変な趣味があると思いこんでしまった」

「勿論俺は兄貴のこと最初から信じてましたよ!」

 

 どうやら皆の誤解は解けたようだ。そしてムスタッシュはなかなか調子がいいね。


「とにかく、ゴールデンスカラベを捕まえるとしよう」

「……でも、あれを捕まえるのは一苦労」

「動きが単調そうですし、前に回り込んで捕まえるってのはどうだ?」

「流石です。ではお願いしますね」

「……任せた」

「え? よ、よっし、やってやるぜ兄貴!」

「あ、ちょ、待ってムスタッシュ」


 だけど僕が止めるより早く、うぉぉおおおぉお! とダッシュし、ゴールデンスカラベの前に、この場合正確には後ろなんだけどね。ゴールデンスカラベは逆さまになって後ろ足で玉を転がし続けるから。


 それはそれとして、相手の進行を妨げるように前に出るんだけど。


「ピュギッ!?」


 ゴールデンスカラベがムスタッシュの敵意を感じて、転がす速度を速めた。予想通りかなり速い。そして重要なのはこの魔物の進行方向を塞ぐということはどういうことかという点でであり。


――ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロッ!


「ひ、ひいぃいぃいい! 糞が、糞が迫ってッぎゃん!」


 ムスタッシュはゴールデンスカラベの転がすあの玉に轢かれて跳ね飛ばされた。うん、回り込んだら当然こうなるよね。


「うぅうう、兄貴すみません。失敗しました」

「……臭い! くちゃい!」

「あの、すみません、もう少し離れて欲しいです」


 ムスタッシュに怪我こそ無かったけど、体中が玉の残骸にまみれてしまっていた。ゴールデンスカラベが恐ろしいとされる所以の一つだ。


 あの体当たりを受けてしまうと、肉体的ダメージがなくても精神的ダメージが大きいんだよね。


「よし、僕がいくよ」

「お兄様が出れば間違いありませんね」

「……頑張って」

「兄貴、俺の仇を討ってください!」


 いや、ムスタッシュはちょっと考えれば判りそうなものだと思うからわりと自業自得なような……まぁとにかく、高速で逃げようとしているそれを食い止める為に先ず僕はその場で足踏みした。


 転がり続けていたゴールデンスカラベの足元周辺だけに局地的な揺れが発生。ゴールデンスカラベの動きが鈍った。


「流石はお兄様です。相変わらずの無詠唱ぶり」

「……地面を揺らすなんて、かなり高度な魔法を涼しげに……」

「やっぱ大賢者はすげーや!」


 これは地面を踏んだ振動を狙った場所で大きくさせたんだけどね。つまり相変わらずの物理。力加減が難しいし本当の魔法に比べるとやっぱ面倒だよね。


 とにかく、これで相手の動きは止まったし、あとは全身を氣で強化して、捕まえるだけだ。


「待っててゴールデンスカラベ!」


 地面を蹴って、一気に距離を詰めにかかる! て、くっさ~~~~~~!


「臭い臭い臭い臭い! は、鼻が~鼻が~!」

「お、お兄様! 大丈夫ですか!?」

「……マゼルがピンチ何をされた?」

「兄貴! 一体どうしちまったんですか? 何かあったんですかい?」


 3人が心配して僕の側へ駆け寄ってきてくれた。みんなの優しさが嬉しいけど、実は別に何かされたってわけでもなく。


「きゅ、嗅覚を良くしすぎて……うぅ……」

「「「え?」」」


 3人がキョトンとした。そう、全身を強化する時、勢い余って五感まで強化しちゃったんだ。つまり鼻がよくなりすぎたわけで、それで思いっきりにおいが、うぅ、臭い……。


「お、お兄様!」

「え? ラーサどうしたの?」

 

 何か突然ギュッとされてしまった。しかも何故かアイラも逆側からギュッとしてくる。


「あ、アイラまでどうしてですか」

「……大賢者なのにドジなマゼルも可愛い」

「わ、わかりますけど!」

「いやぁ~何か兄貴って天上の人って気もしてやしたけど、こういうの見ると年相応の子供っぽくも思えますねぇ」

 

 うぅ、中身はずっと歳上なのに……。


「お兄様、ここは私におまかせを!」

「……私も手伝う」

「兄貴の代わりに俺もやってやりますぜ!」


 鼻をやられてしまった僕に代わって、3人がゴールデンスカラベを捕まえてくれるらしい。実はもう回復してるけど、すごくやる気になってるのに水を差すのも悪いから見守ることにする。


「緑の強風、返す突風、遮る力、押し戻す逆風――バックウィンド!」


 再び玉を転がし始めたゴールデンスカラベにラーサが魔法を行使。すると強力な逆風によって魔物の進行が遮られた。


「……土色の土、変貌する地面、土は鉄、鉄は檻――アルケミスゲージ」


 そしてアイラも魔法を行使、これは錬金魔法か~土を鉄製の檻に変えてゴールデンスカラベを閉じ込めた。凄いな、錬金魔法はかなり習得が難しいらしいのに。


 ただ、閉じ込められたことでパニックを起こしたゴールデンスカラベが暴れだした。檻大丈夫かな?


「そして最後は俺だ! 豊富な髭、俺の髭、捕縛の髭! バインドムスタッシュ!」


 あ、うん。そういえばまともに彼の詠唱聞いたことなかったけど、わりと個性的な詠唱だよね。


「――!?」


 そして伸びたムスタッシュの髭が、ゴールデンスカラベを雁字搦めにしたことで、その動きが止まった。


 うん、これで暴れられることもなくなったね。


「お兄様やりました! ゴールデンスカラベを捕まえましたよ!」

「……皆の勝利」

「へっへ、俺の髭も役に立ってよかった」

「うん、凄いよ皆。完璧だった」


 しかも一切傷つけてないしね。これならバッチリだよ。


「お、お兄様……」

「え? あ、うん。ありがとうねラーサ」

「えへへ~」


 そして、終わった後ラーサが頭を出すようにしてアピールしてきたから撫でてあげたら喜んでくれた。


 それを見ていたアイラが、むぅ~て何故か唸っていたけど。


 何はともあれ、これでゴールデンスカラベを1匹ゲットしたよ!

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