第40話 魔力0の大賢者、暗殺を防ぐ
sideミラノ姫
「タルト、その膝、怪我しておるではないか!」
「何この程度、殿下を守るためです」
そう言った後、タルトは私を庇うようにして前に躍り出た。ナイフと剣がぶつかり合う響き。いつの間にか暗殺者、そうこれはどうみても暗殺者。それが近づいてきており、その凶刃を私に振るおうとしていたのだ。
だが、タルトは相手の攻撃を受けきり、流れるような剣筋で相手の頭を刎ねてみせた。
全身ローブの暗殺者がぐらりと倒れた。ガタンッという音が耳に残る。何か、違和感を覚えた。
「これで、全員倒したかのう?」
「えぇ、これで一安心、むっ?」
タルトが怪訝な顔で唸った。そして襲ってきた暗殺者に近づいていく。
「大丈夫そうか?」
「動かないと思います。ただ、妙だ。血が全く出ていない」
「あ……」
そうだ。それが違和感の正体だ。先にタルトが倒した暗殺者も確認するが確かに血が出ていなかった。
タルトが私に向けて頷き、そのローブを剥ぎ取った。その中身に私は少なからず動揺する。
「これは、木偶?」
「……これは、まいりましたな。もう一つも木偶です、むっ!」
その時だった、タルトが短い声を上げ、周囲からぞわぞわする気配を感じた。何かの軋み音は天井から聞こえてきた。
「ヒッ――」
すぐに口を右手で押さえた。しかし、情けない話だが思わず私はかくもか弱き声を上げてしまった。天井にはびっしりとローブ姿の木偶が張り付いていた。
今度はフードで顔を隠してもいなかった。代わりにやたら鋭利な牙が生え揃った不気味な木偶の顔という顔が私の視界を埋め尽くした。
「殿下! 私から絶対離れず! それと念の為魔法を!」
私はすぐに光の加護を得る魔法を行使した。悔やむべきはやはり武器のたぐいを何一つ持ってこなかったことか。
こんなことならば攻撃魔法の一つでも覚えておくべきだったと後の祭りでしかない後悔をする。
天井の木偶が一斉に落ちてきた。今度はそれぞれ両手にナイフを持っていた。きっとこの木偶は全て魔法で操作されているのだろう。
しかし、これほどまでに大量となると相手は相当な使い手であることは間違いない。
一体一体の木偶はそこまで強い存在ではなかった。単純な強さならタルトの方が上でもある。だが、数が多すぎる。
7体、8体そして10体とタルトが破壊していくが、次から次ヘと木偶は群がってくる。タルトも無傷ではいられず、細かい傷が積み重なっていく。一つ一つのダメージが小さくても、これだけ短い間にくらい続けると流石に疲れの色も見えてくる。
何より数に対処するために常に全力に近い動きが要求されるのが大きい。一方相手の木偶は疲れを知らない。当然だ木偶なのだから。
そもそも木偶だけをいつまでも相手していても状況は好転しない。やるなら術士そのものを倒す必要があるだろう。
だが、それをタルトに告げるのは酷というものだ。タルトは今、私を守ることで精一杯なのだ。この状況で術士を見つける余裕など持てるわけがない。
自分が歯がゆくて仕方なかった。こんなとき私はただ黙って守られている他ない。自分を犠牲にしてタルトを逃がそうなどと考えたら本末転倒だ。何より逆に騎士のプライドを傷つけることになるし、そんなことになればタルトとてもう騎士を名乗れない。
しかし、このままでは、せめて、誰か他に動けるものがいたなら――
「はあぁあああぁああ!」
「え?」
「なんと!」
その時だった。木偶の軍勢に飛び込んでくる勇敢なる人物。その彼が現れた瞬間、我らの周囲にいた大量の木偶が一斉に吹き飛んだ。
あぁ、なんてことだ。彼は私もタルトもよく知る人物だ。だが、なぜここに? そう、私達の目の前には大賢者マゼルその人の姿があった。
◇◆◇
sideマゼル
何故か妙な胸騒ぎがして仕方なかった。これが虫の知らせって奴かな?
もういい時間だけど、いても立ってもいられなくなって僕は屋敷を飛び出した。
姫様達は今夜ヒーゲ男爵の屋敷に泊まっている筈だ。そんな状況で何かがあるとは思えないんだけど、念の為とも言える。それに何もなければそれに越したことはない。
途中闇夜に乗じて魔物たちが襲ってきたけど、急いでるから全て一息で吹き飛ばしておいた。
そのままトンネルに入って更に足を速める。
トンネルに入ってしまえばもう襲われるようなこともない。あっという間にトンネルを出て、カイゼルにたどり着いた。
門番がすんなり通してくれるか心配だったけど、僕の姿を認めたらあっさりと通してくれた。
そのまま僕は屋敷に向けて疾駆した。到着してすぐ異変に気がついた。気配がかなり弱い。これは全員眠っている。
いや、時間で考えると一見すると何もおかしくないように思える。でも、全員というのは明らかにおかしいんだ。何せここにはヒーゲ男爵やその家族が暮らしている。
である以上、夜警にあたる私兵は必ず何人かいる。それに姫様も泊まっているなら護衛の騎士までもが殆ど眠っているというのもおかしい。
それに逆にタルトさんと姫様の気配はしっかり感じられる。これは明らかに異様だ。
本来は許可を取る必要があるのだろうけど、緊急事態ということで屋敷には勝手に侵入させてもらった。ドアを壊すのは悪いと思ったから暖炉の煙突から侵入した。
暖炉から出ると妙な黒ローブがいた。気配が感じられない代わりにどこかと魔力で繋がっているのが判った。精気も感じられないし人間じゃないね。
なら遠慮はいらない。3体いたけど適当に破壊して廊下に出た。中身は木偶だった。ローブ姿の木偶は途中にもいたけどいちいち相手してられないから速度を上げてふっ飛ばすことにした。
10体ほどの木偶をバラバラにしつつ、見つけた! 姫様を守りながらタルトさんが必死に戦っている。
それにしても随分といるな。2人を中心にわらわらと50体ほどの木偶が群がっていた。あれだけ数が多いと僕も油断できないね。
気を引き締めて僕は木偶の中へ飛び込んでいく。
「はあぁあああぁああ!」
着地の瞬間、思わず気合の声を上げていた。さぁ、どういうつもりか知らないけど! ここからは僕が相手だ!
そう、おもったのだけど、あれれ~? 群がっていた木偶が全て粉々になってそこらに散らばってるよ。え? なんで? 僕、飛び込んできただけなのに――
「え?」
「なんと!」
2人の声が聞こえたから振り返った。うん、どうやら2人共命に別状はないようだね。タルトさんに細かい怪我が目立つけど、これなら薬やちょっとした回復魔法で治る範疇だ。
「まさか大賢者マゼルとこんなに早くに再会できるとはな……」
「しかも我々のピンチをみこしたかのような登場で一撃のもとに粉砕とは……感服いたしました」
いや、粉砕したつもりはなかったんだけど、なんか飛び込んだら勝手に壊れちゃったんだよな~。
「でも、これは一体どういうことなの? なんでこんなのが?」
「私には判らないが……しかし、命を狙われたのは間違いないと思う」
うん? 姫様のってことかな? それってつまり暗殺者ってことか。
う~ん、なにか色々事情がありそうだけど、あまりのんびりしている暇はなさそうだね。だって――
「な! あいつらまだおるのか!」
姫様が憤る。うん、この木偶がまた奥からぞろぞろとやってきたね。すごく脆いけどしつこそうだ。
「大賢者様。恐らくこの木偶をいくら倒したところで一緒かと。この木偶は魔法で操作されております。術士を倒さなければいくらでもやってくるでしょう」
「うん、そうだろうね。だから」
僕は向きを変え、構えをとった。
「? 大賢者様、一体何を?」
「うん、だから本体を倒すため、はぁあぁあ!」
気合を入れて、僕は目の前の壁に向けて拳を叩き込んだ。師匠直伝――通破拳。打撃と同時に氣を叩き込み、壁や障害物を透過させて目標物を破壊する。
――ガシャン! ガシャン! ガシャン! ガシャン! ガシャン!
その結果、僕たちに迫ってきていた木偶は糸の切れた人形のように倒れていった。
「「へ? どういうこと?」」
2人が驚いているけど、術者を倒しちゃえばこうなるのは判っていたことだしねぇ~。
まぁでもきっと、魔法があればもっと簡単だったんだろうなぁ……。
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