第33話 魔力0の大賢者、話し合う

 結局僕たちは、一旦ギルドマスターについていき、大事なお客様が来た時に解放する部屋に通してもらった。人数が多くても対応できる程度の広さは確保されていたので僕たち全員が押しかけても十分入れた。


「まずはカイゼルのギルドマスターとしてお詫びをさせてください。うちのムスタッシュが大変迷惑をおかけしました!」


 ヴァンが無理やりムスタッシュの頭を机に押し付け一緒に頭を下げてきたよ。当然だけど今回のことはトンネルの話を聞いたムスタッシュが暴走して起きた事件なようだね。


「今回は大賢者マゼル様の特別のはからいで不問にしてくれるとのことでしたが、危なく剣を抜いて斬りかかるところだったようですからね。そうなっていたらたとえ大賢者マゼル様といえ、黙ってはいられなかったはずです」

「それは重々に承知しております」

「うん、でも結局剣は抜かなかったしその件はもういいよ。でも、トンネルのおかげで依頼が減ったというのはもしかして余計なことをしちゃったかな?」

「とんでもない! 大賢者様が造られたトンネルの効果は早速出ています。何せナムライ辺境伯領のブラントまでカイゼルから半日で着けるようになりました。交易所のあるあそことの距離が縮まったことは当領にも大きな利益を生んでくれます」

 

 ブラントはナムライ辺境伯領の要所とも言える街だ。ヒーゲ男爵の言うようにオムス公国との交易が盛んだからね。


 そしてこの距離の恩恵はここ、ローマン領にとっても大きい。ガーランド将軍は、ワグナー領の方が距離的に有利だとアピールしていたけど、トンネルが開通したことでそれも完全に逆転した。


 当然米を運ぶのも随分と楽になる。


「うちもトンネルが出来たことの利点を一生懸命伝えてるつもりなのですけどね」

「何が利点だ。護衛の仕事が減ってるんだから損しかねぇだろうが」


 ふてくされた顔でムスタッシュが言う。マスターのヴァンが顔を覆ったね。


「だから、何度も言ってるだろう? 護衛の仕事が減っても先を見れば得のほうが大きいと」

「なんでだ、今損してるなら損だろ?」

「だから、トンネルのおかげで今後商人の出入りも間違いなく激しくなる。そうすれば素材の需要も伸びる。そうなれば採取や魔物を狩る依頼も増えて結果的に依頼が増えるんだよ」

「でも護衛の依頼は減るんだろう?」

「だから、一時的にはそうだが、トンネルが安全と言っても念の為に護衛依頼は掛けてくるもんだから依頼はなくならないって」

「でも距離が短いんだから依頼料は減るんだろう?」

「……これは駄目だな全く理解してないようだぞ」


 姫様が呆れたように目を細めた。確かにギルドマスターのヴァンは頑張って説明しているけどムスタッシュは損だと思いこんでしまっているようだね。


「はは……しかしこれはうちもしっかり説明をしないと似たような不満を持つ冒険者が増えるかもしれないな」

「冒険者っていうのは根無し草みたいのも多いからな……大体今日明日どうするかということだけ考えてるのが殆どだから、遠い先の利益なんて考えようとしない」


 う~ん、言われてみると前世から冒険者はそんな感じだったかな。危険を顧みない職業だし、いつ死んでもおかしくないという覚悟を常に持ち続けていたかも。そうなると宵越しの金は持たないといった考えになっても仕方ないかもね。


「よくわからないけどよぉ。俺はすぐに稼げる仕事が欲しいんだよ。それなのにあのトンネルがあったんじゃこちとら商売上がったりだ」

「お前いい加減にしろよ。ただでさえ大賢者マゼル様に迷惑かけてるんだからな」

「んだよ。だったらよぉ、そんなに凄い大賢者とやらがなんとかしてくれや。魔法でちょちょいのちょいだろ?」

「このやろう!」


 ヴァンの鉄拳が飛んだ。これはまぁ止めない。


「痛ッ! くっ、だけどよぉ、さっきも言ったけど不満を持ってるのはおれだけじゃないんだからな!」

「黙れ! すみませんちょっと躾が全然足りないみたいなんでこいつの顎の骨砕いてきます」

「ヒッ!」

「いやいや! 何もそこまでしなくていいですよ!」


 ウァンさんが立ち上がり、ムスタッシュの頭を掴んで一旦外に連れ出そうとすると男は悲鳴を上げた。


 そこまではと、とりあえず宥めたけど、そうか他にも不満を持っている人もいるのか……。


「ところでヒーゲ男爵、それにヴァン様。一つお聞きしたいのですがカイゼルでは冒険者の主な仕事は護衛に狩り、あとは薬草などの素材集めが殆どですか?」

「そうですな。大体そんなところで、後は細かい雑用などですかな」

「そうだな。ネコ探しやドブさらいなんかの雑用を抜けば、そんなものだと思う」

「ダンジョン探索などは?」

「いや~残念ながら当領ではそういったものと縁がなくて」

「ダンジョンの一つでもあればトンネルで安易な不満などは出なかったと思うのだがな」


 なるほどなるほどやっぱりか。でも、あの辺りは森も多いし山に囲まれてるし……もしかしたら、よし。


「ヒーゲ男爵。もし宜しければ領内を見て回る許可を頂いても?」

「え? それはもう大賢者様であればわざわざお断りいただかなくても自由に活動して頂いて構いませんよ」

 

 よし、許可はもらえたな。うまくいくかはわからないけど、試してみようかな。


「ふむ、面白い遊びを思いついた子どものような顔をしておるな」

「え? そうですか? いや、それ以前に僕はまだまだ子どもですよ」

「年齢的にはそうかもしれませんが、大賢者様は下手な大人より大人らしいかと思いますよ」

「はい、お兄様はこの年にして魔法は勿論精神的にも優れてますので」


 いや、流石にそれは持ち上げすぎだろ思うよ。


「何を考えているかはわからぬが、私たちもつき合わせて貰うぞ。大賢者の成すことには興味があるからな」

「当然お供致します」

「お兄様、私も一緒でいいですよね?」


 姫様や騎士のタルト、それにラーサも一緒に来るつもりなようだ。まぁいくのは明日になると思うけどそんなに面白いものでもないと思うんだけどなぁ。


 そしてとりあえずギルドでの話は終わった。


 帰りには当初の予定通り姫様が狩った魔物の素材を買い取ってもらった。ギルドでは冒険者でなくても素材を買い取って貰うことは可能だ。尤もこれは姫様が狩った分だから、買い取って貰った分は姫様に渡したけど、滞在分の料金だと返されてしまった。あとついでに僕の名義でちょっとした依頼も出させてもらった。


 そして今宵はこの間ご馳走になったお礼を兼ねて今度はヒーゲ男爵にお泊り頂き料理を振る舞うことになった。カイデルのギルドマスターはこっちのギルドマスターのドドリゲスさんと町で呑み明かすつもりらしい。


 ムスタッシュも引き摺られていったけど酒の席で説教を受けることになりそうだ。2人のギルドマスターに挟まれて涙目だったね。


 屋敷につき僕も調理場に立ってみることにした。前世の知識も少しは役立つかもしれないし姫様に滞在分の料金を貰ってしまった以上しっかり楽しんでもらわないと。


「これは良いホーンラビットの肉ですな。さてさて何に致しましょうか」

「そうだね、米と調理法をあわせてみるのもいいかな。両方油を絡めていこう」


 舞踏会ではあっさり目のお粥だったけど、今日は狩りで姫様も体力使ってるだろうし精がつくものがいいだろうしね。といっても油はあまり重たくないよう植物性のを使用してもらう。

 

 ホーンラビットの肉は足を使う。この部分だけでも相当な量だよね。料理人だけにお任せするのも大変そうだから僕も手伝う。


「いやはや、いつみてもマゼル様の魔法は凄いですな。包丁がなくても手で肉を処理できるのですから」


 指だけで肉を切ったり膜を取り除いている僕を見て料理人の彼が感心してくれた。魔法じゃないんだけどね。


 切り離した骨はスープの材料にしてもらう。ホーンラビットのもも肉は切り分けて、酒、片栗粉、塩コショウ、そして卵白と和えてある程度置く。


 その間に野菜を切ったり煮たりしておく。ソースの準備をし、下ごしらえをしておいたホーンラビットの肉を軽く揚げ、炒めた野菜を和えてと、ソースはグレイトペッパーやカラシ蛇から採れる素材として有名な辛刺液、それにヒーヒーフルーツを混ぜ合わせたピリ辛のレッドソースだ。


 後は米だけど、これも油を使ってもらうことにする。そこに溶いた卵黄を混ぜてからパラっとなるよう炒めてもらい、よしこれで炒飯の完成だね。


 さて、そんなわけで今日の夕食は舞踏会とはまた違う味のを楽しんでもらったわけだけど。


「ほう、米というものは油とも合うのだな。うむ、旨い、これは、食が進む!」

「私たちにまでこのような貴重な物を振る舞って頂けるとは!」

「それも大賢者マゼル様の広いお心があってのことだ。全員しっかり感謝するのだぞ」

「「「ご馳走になりありがとうございます大賢者マゼル様!」


 姫様は炒飯も随分と気に入ってくれたみたいだね。あとホーンラビットの肉も、あの肉がこんなに美味とは! て喜んでくれてるよ。


 護衛の騎士たちからも深々と頭を下げて感謝されたけど、そこまでされると何かムズかゆいものがあるかな。


「ふむ、ホーンラビットの肉は少々大味なところがあったのだが流石大賢者マゼル。頭にガツンとくる衝撃的な味。ピリッと来る刺激、それでいて重すぎること無くかといってクドすぎることもない」

「本当にこれは素晴らしいですな。なんと言ってもこの米がたまりません!」

「お兄様の料理が美味しすぎて箸がとまりません! あぁでも食べ過ぎると太ってしまいます。そしたらお兄様にきらわれて……うぅ……」

「そんな心配は不要だよ。僕がラーサのことを嫌うわけがないだろ?」

「はぁ、お、お兄様……」

「でも、気になるならこのスープを飲むといいよ。猛痩草や油消の実を加えているから、消化を助ける上、余計な油は分解してくれるからね」

「それは私も貰おう!」

「私は3杯もらいます!」

「で、では私も……」


 何か姫様まで目の色変えてスープを求めてきたよ。そして控えめにヒーゲ男爵も。どうやら最近お腹が出てきているのが気になっていたらしいね。


 なおこのスープは屋敷に仕えてくれているメイド達にも好評でリクエストも多くなったから定番のメニューとして加えられたね。


 何はともあれ夕食には皆満足してもらえたようでよかったよかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る