第32話 魔力0の大賢者、ワケを聞く

「僕がマゼルだけど何か用かな?」


 どうやら僕に用があるらしい男が冒険者ギルドのカウンターで怒鳴り散らしていた。受付嬢が対応に困っているようだから僕は素直に名乗り出た。


「え? あ、マゼル様いけません!」

「あん? なんだと、て、テメェがマゼルだってのか!」

「うん、そうだよ」


 受付嬢が早く逃げてください! なんて言っているけど、逃げるつもりなら最初から声を掛けないしね。


「こ、こんなガキが……くそ! 馬鹿にしやがって! テメェぶっ殺してやる!」


 すると、その男が剣を抜こうと柄に手をかけた。ちょっと物騒すぎやしないかな?


「それは駄目だよ」

「な!?」


 男は剣を抜きかけていた。放っておけばきっとそのまま僕に切りかかっていただろうね。でも、そうなったらもう取り返しがつかないし、だから剣が抜かれる前に彼の腕をとって剣を戻してあげた。


「な、な、な! お前、放しやがれ! くそ!」

「でも放したらそれ使う気でしょ?」

「何だと? ち、畜生こいつガキのくせになんて力……ぬ、抜けねぇ!」


 僕の腕で完全にホールドしているからそれは無理だね。でも、この人一体なんでそこまで怒り心頭なのかな? 僕には全く記憶のない人なのだけど。


「そこまでにしておくのだな」

「あん? な!?」


 するとタルトさんが剣を抜いて男の喉元に突きつけた。必死に剣を抜こうとしていた力が弱まり、その顔から血の気が失せていく。


「全く、彼我の力の差もわからぬとは愚かな冒険者がいたものだ」

「全くです。その上大賢者マゼル様の温情も理解できていないのですから」

「お、温情だと?」

「そのとおりです。慈悲深いお兄様は敢えて貴方が剣を抜かないよう自己強化魔法で肉体を強化しその腕を押さえたのですよ。それがわからないのですか?」

「くっ……」


 男が悔しそうに呻いた。魔法はともかく、それ以外は大体そのとおりかな。


「全く、わざわざ他所のギルドまで出張ってきて、伯爵家のしかも時の大賢者に手をあげようとするなどとは。カイゼルのマスターはどんな教育をしているのか」


 すると受付嬢に連れられて長身痩躯の男性が姿を見せた。この人はこの冒険者ギルドのマスターであるドドリゲスさんだね。


「とりあえず一旦下がり給え。話はそれからだ」

「くっ、わ、わかったよ……」


 ふぅ、ようやくひいてくれたよ。流石にギルドマスターが出てきたら意地を張っている場合じゃないもんね。


「何がそこまで不満かは判らないが、大賢者マゼル様相手にこのような暴挙にでようとしてこの程度で済んだことを感謝するのだな」

「全くであるな。しかも大賢者マゼルは貴様に剣を抜かせなかった。その意味をその足りない頭でよく考えることだ」

「何だと?」

「判らないのか? もしあのまま剣を抜いていたとしても大賢者マゼル様ほどのお力があれば意に介さず返り討ちにしたでしょうが、それでも抜いてしまってはもう言い逃れは出来ない。ギルドとしては当然冒険者の資格剥奪の上、罪人として捕らえる事となる」


 そう。つまり彼はもう冒険者として活動出来ない。罪に問われるかも、やっぱりそうなるだろうね。剣を抜かれてしまったら僕の一存だけでどうにかなる話じゃなくなるし、父様の立場もある。


 だから止めた。勿論ただの無礼な冒険者だったらそこまでする義理もないけど、あの怒り方は何かワケがあるのかな? と思ったから理由が聞きたかった。


「……俺は、大賢者の情けを受けたのか……」

「どう受け取ってもらってもいいけど、僕としては事情を聞きたいかな」

「事情だと?」

「そう。僕は貴方と面識がない。それなのにどうして僕にあんなことを? 何か恨まれるようなことしたかな?」


 すると彼はキッと僕を睨みつけた。


「これだ! お偉いさんってのは自分が何をやったかもわかってないんだ。だからそんなセリフを平気で吐きやがる!」

「うん、ごめんね。でも大事なことは話してもらわないとわからないものだよ。むしろそれもせずいきなり暴力で訴えてくるのは短絡的すぎるかなと思うけどね」

「お兄様の仰るとおりです。どんな理由があるにしてもいきなり剣で切っていい理由にはなりません」

「まぁ、それは未遂だけどね」

「そなたのおかげであるがな」


 薄い笑みを浮かべて姫様が言った。まぁそこはね結果が大事だから。


「……確かに大賢者とはいえ子ども相手に俺も大人気なかったかもしれねぇ。だけどな、あんたに恨みを持っているのは何も俺だけじゃねぇぞ」

「だから、その理由を言えと大賢者マゼル様は言っているだろう」


 眉を顰めながら、ドドリゲスさんが言った。確かに恨みつらみだけ吐き出されてもどうしようもないからね。


「……トンネルだよ」

「トンネル?」

  

 思わず相手の言葉を復唱してしまった。それは僕が掘ったトンネルに何か問題があったということかな?


「あ、もしかしてトンネルが崩れて冒険者が怪我しちゃったとか?」


 だとしたら大変だ。一応確認はしたつもりだけど、トンネルのせいで誰かが怪我したんだったら僕にも責任はある。


「ちげーよ! だったらまだ問題ない。だけどなあのトンネルは丈夫過ぎる上、あの中を通る分にはこれまでと比べ物にならないほど安全だ」

「何だ、いい事ずくめではないか」


 怪訝そうに姫様が返した。う~ん、そうだね。聞いている分には何の問題もなさそうなんだけど。


「ばかいえ! 大問題なんだよ! そのトンネルのせいでこっちはおまんまの食い上げだ! 堪ったもんじゃねぇ!」


 ええ! 安全なトンネルをつくったのにそれで冒険者が食えなくなっちゃうの? 一体どういうことだろう?


「……なるほどそういうことか」

 

 でも、ドドリゲスさんは何か掴んだみたいだね。


「きっとこの男は護衛の依頼が減ってしまったことを言っているのでしょう」

「え? 護衛ですか?」

「はい。ここからもそうですが、トンネルのおかげで危険度は減ったので確かに護衛の依頼は減ったのです。念の為にと依頼を出しては来ますが、雇う人数は少なくなり、ランクもCランク程度でも危険はないと判断してます。それに距離が短くなった分拘束時間も減りましたから」


 あぁなるほど。その分当然護衛料は減るよね。


「そういうことだよ。おかげでBランクの俺みたいな冒険者が請け負える仕事が減ったんだ!」


 吐き捨てるように彼が言った。う~ん、勿論うちの事情もあったけど、基本的には便利になると思ってトンネルを掘ったんだけどそんな弊害が出てしまうなんてね。


「あぁ! やっぱりここに来ていたか!」

「大賢者マゼル様! ご無事でしたか!」


 そんなやり取りをしていると2人の中年の男性がギルドに入ってきて、慌てた様子で声を上げた。


 この2人、ヒーゲ男爵とその町にある冒険者ギルドのマスターだね。


「え? ぎ、ギルドマスター! なんでこんなところに!」

「これはこれはヴァン・ダイクではありませんが。久しぶりですね」

「あぁ、ドドリゲス。うちのが迷惑を掛けたみたいで悪いな。おいお前! この、馬鹿が! 大賢者様に迷惑かけやがって」


 あっという間に距離を詰めて、ヴァンさんが彼の頭をぶん殴った。床に顔が思いっきり叩きつけられ、その衝撃で逆に顔が跳ね上がった。


 う~ん、強烈だね。


「大賢者マゼル様。本当に申し訳ありません。もし少しでも怪我をされていたなら出来る限りのことはさせてもらいますので何卒ご怒りをお沈めください!」

「いやいや! そんな怒ってなんていませんので」

 

 土下座状態でペコペコ頭を下げられてしまい逆に弱ってしまった。


「とにかく、何か込み入った事情もありそうですし、場所を移しましょうか」

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