第28話 魔力0の大賢者、無自覚に天災を引き起こす
sideタルト
先程の休憩の際、山賊は既に退治されていると聞き、我々も気が緩んでいたのかもしれない。空からとは言えほぼ頭上近くにくるまで盗賊の接近に気が付かなかったとは。
連中は飛竜盗賊団と名乗った。しかも選りにも選って金目のものと殿下を要求してきたのだ。ミラノ殿下はオムス公国にとって大事な姫君。
故に舞踏会が終わった後はすぐにでも国へ帰還してもらいたかったのだが、殿下はあれでなかなかに奔放な方。国にいるときもよく城を抜け出して大公を困らせていたものだ。
故に今回も殿下の気まぐれに付き合うこととなった。とはいえ、我らの中にそれを嫌がるものはいない。殿下は少々おてんばだが出来た御方だ。
故にここは是が非でも守らなければいけない。万が一でも殿下がこの王国内で攫われるようなことがあれば王国と公国との友好関係にも影響が出てしまう。米を通してより一層親交を深めようという狙いも水泡に帰しかねない。
殿下の身の安全を守ることは絶対だ。余計な軋轢をこんなところで生むわけにはいかない。何より大事な殿下をあんな連中に渡すわけには断じていかない。
奴らの要求をはねのけると、盗賊が一斉に攻撃を仕掛けてきた。飛竜盗賊団がまたがる騎竜はワイバーン。
だがそもそもドラゴンという存在自体が規格外なわけであり、ドラゴンよりも劣るからといってワイバーンが大したことのない相手というわけではない。
それにドラゴンは基本群れで行動しないがワイバーンは群れで行動する傾向が強い。元の性質がそうなので比較的連携はとりやすいと言えるだろう。
ワイバーンはレッドワイバーンなど特殊なのを除けばドラゴンのように火を吐くことはないが、その尾には毒の棘を備えていたりもする。
かなりの猛毒なのでそれにも気をつける必要があるし、爪も岩を紙のように切り裂くほどに鋭い。何より空を飛んでいるのが最も厄介な点だ。
地上で暮らす者にとって何よりの天敵となるのが空の相手だ。空にいるものは地上への攻撃はいくらでも考えられるが、地上からの手段は限られる。
ワイバーンであってもそれは同じ。本来ならば射程の長い魔法に、対竜用の弩や投石機が必要になる相手だ。
だが、長い旅ではそんな大掛かりなもの持ち運べるわけもない。そうなってくると手段は魔法や弓か、地上に向けて突撃して来たところへのカウンターと言った手段に限られる。
破角の牝牛には弓使いがいるし、我らは弓の訓練を受けているので扱うことは出来る。だが、ワイバーンは動きが素早い。それに盗賊は投擲用の槍を投げてきている。空からの槍は脅威であり、向こうはただ槍を投げるだけでも勢いがつき殺傷力が高まる。
そして槍で我らを牽制しながら隙をみてワイバーンでの突撃を仕掛けてくる。私はなんとかそこにカウンターを合わせようと試みるが、ワイバーンの速度は馬車などとは比べ物にならない程速い。
おまけに山道は足場も悪く、崖沿いのこの場所は動けるスペースも決して広くはない。
素早いワイバーンの動きに対応するのは至難の技であり、その上ドラゴンほどではないとは言えワイバーンの鱗は鉄よりも硬い。
自己強化魔法で鋭くなった剣を持ってしても、わずかに傷つけるに留まってしまった。
他の騎士も冒険者達も似たようなものだ。唯一あの大賢者マゼルの父上に関しては、いい勝負をしていると思う。尾も一本切り飛ばしているからな。
だが、それを認めた盗賊はしたたかにも大賢者の父への直接攻撃をやめ、空中からの投擲のみを徹底させてしまった。これでは遠距離から攻撃できる手段を持たぬナモナイ殿ではどうすることも出来ない。
しかし、こうやってワイバーンと戦っていると改めて竜殺しの異名を持つというガーランド将軍の凄さを実感する。舞踏会にも顔を出していたようだが、ワイバーンより遥かに強く獰猛なドラゴンを10匹も倒したというのだからな……本当にとんでもない将軍だ。
大賢者様も凄まじい魔法を扱うが、単純な肉体的強さで言えばガーランド将軍の足元にも及ばないことだろう。逆に言えばこの王国には魔法に長けた大賢者と竜をも殺せるほどの武力を誇る将軍が控えているということだ。全く、間違っても敵には回したくないな。
くそ、それにしても、よりにもよってこんなところでワイバーンに騎乗する盗賊に出会うとは……やはりこの道は危険すぎるのではないか?
飛竜盗賊団と戦闘を続けながらも、そんなことを考えていた矢先であった。
「……え? なんだあれ、ただのワイバーン?」
そんなセリフを口にしながら、あの大賢者マゼルが馬車から姿を見せたのである。
◇◆◇
sideマゼル
う~ん、実はちょっと不謹慎かもしれないけど、飛竜盗賊団と聞いて、一体どんな凄い竜に騎乗してるのかなって気になってたりもしたんだよね~。
だから馬車を降りて盗賊の姿を確認した時、つい、なんだ~、という気持ちが口に出ちゃったよ。
う~ん、でもどうして皆ワイバーン程度でこんなに時間かかってるんだろう? 彼らぐらいの腕があればサクッと倒せそうなのにね。
だってワイバーンってようは翼の生えたちょっと大きな蜥蜴だからね。あのレッサードラゴンよりも劣る程度だからたかが知れている。
唯一優れている点でいえば群れで行動することかな。竜の多くは単独行動が多いからね。勿論竜王とかになると話は別だけど。
でも、群れで行動するといっても、どうしても知能は人間に劣るわけで、しっかり連携をとって戦えばやっぱり大して脅威になるものでもない。
尤も、今回はそのワイバーンに盗賊が乗ってるという点も大きな違いだね。というか、ワイバーンなんかに乗る人がいたんだ。そのことの方が驚きだよ。竜に比べると小さいし、背中のスペースも狭いから乗りにくいと思うんだけどな~。
それにしても、騎乗しているのがワイバーンなのに飛竜盗賊団とか、誇張が過ぎるよね。こんなの詐欺みたいなものだよ。
「大賢者マゼル様……休憩をとったとは言え、コボルト戦も含め多くの魔物を相手しておりお疲れとは思いますが大丈夫ですか?」
「え? いや、そこまで疲れてないから大丈夫ですよ。お気遣いに感謝です」
あの程度ならタルトさんも余裕だったんだろうけど、僕に気を遣ってくれたんだよね。姫様といいオムス公国の人は気持ちのいい人が多いよね。
「……流石でございますな。やはり私程度では計り知れないお力をお持ちのようで……しかし、情けない。殿下の為に我らがしっかり踏ん張らねばいかぬところ、結局大賢者マゼル様の手を煩わせることに……」
ん? あぁなるほどそういうことか。たかがワイバーンとはいえ相手は空を飛んでいるものね。だから姫様の乗っている馬車が襲われないよう、どうしてもそっちを優先して本来の力が出せなかったってことか。
あ、でもそんな中でも父様はワイバーンの尾を切り落としてるね。本来ならそこから追撃して終わりなところだけど、僕や妹も姫様と同じ馬車だったから必要以上に気を遣ってしまったのかも。
う~んでも、このままだと騎士達の手柄を横取りしたみたいにならないかな?
「アーモンド卿、これはもう倒してしまっても大丈夫なのですか?」
「え? は、はぁ。それはもう倒せるものならすぐにでも。ただ、あまりご無理は……」
「うん、わかりました。それなら――」
タルトさんが構わないといっているなら大丈夫だね。
じゃあちょっと移動して。う~ん空を飛んでるけど、崖沿いの道を攻めてきてるから割と盗賊は固まってる感じだね。これなら――
「それじゃあ皆、ちょっとだけ足を踏ん張っていてね~」
「え? 足を踏ん張る?」
「皆言うとおりにするのだ! 頭を下げて伏せろ!」
いや、そこまで大げさなものじゃないけど、でも気をつけるに越したことはないよね。
「それじゃあいくよ~はぁあああああ!」
僕は体温調整でまず温度を一気に上昇。周囲の空気が十分に暖かくなってきたところで、今度は全身の温度を一気に下げた後、天に向けて拳を突き上げた。
すると、ズゴゴゴゴゴゴッ! と突風が渦を巻きながら立ち昇り、巨大な竜巻が発生する。これも師匠から教わった技だ。天昇豪嵐拳なんて呼んでたけど恥ずかしいから口にはしない。
「「「「「「は、は? な、なんじゃこりゃぁああああああああああ!」」」」」」
ワイバーンに乗っていた盗賊たちが一斉に叫び声を上げた。ワイバーンも驚いたのか急に暴れだして盗賊の何人かが振り落とされちゃったね。
まぁ振り落とされなかったとしても竜巻の勢いに引っ張られ、そのままワイバーンも含めて巻き込まれちゃったけど。
う~ん、それにしても全く抵抗も出来ずに終わったよね。所詮ワイバーン程度じゃこんなものかなぁ。
「これは、私は夢を見ているのか? いくら魔法とは言え、これではまるで奇跡ではないか……」
いやいやタルトさん、それは大げさ! 大げさすぎるから! それにこのやり方わりと面倒だし、ちょっと魔法が使える人ならこれぐらいは楽勝だと思うから絶対魔法使いの方が簡単に出来るよ!
「凄い! これがかの有名な大賢者マゼルが誇ったとされる大天災魔法トルネードクライシスなのですね! 私は今、猛烈に感動してます!」
いやいや、フレイさんも大げさ! 大天災魔法って、こんなちょっとした竜巻にしかも魔法ではなく物理的に起こした竜巻に、本当大げさすぎですから!
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