華麗なるS
若狭屋 真夏(九代目)
敗戦
昭和20年8月15日ロンドン郊外の豪邸では主の高橋幸次郎の帰国のための旅支度に使用人が総動員で上を下への大騒ぎだった。
その中に夫人の良子がいた。
幸次郎と良子の間には四男二女がおり子供たちも急な帰国に戸惑っていた。
「奥様」と執事が良子に声をかけた。
「どうかしたの?」
「いえ、旦那様はなぜ急に帰国なさるのでしょうか?それが皆不思議でして。。。」
良子は戸惑った。
「あの人がいうには、梅干しが食べたくなったそうよ。」
「梅干し、ですか?」
「ええ、日本のピクルスよ」
「しかしおかしいですな。旦那様はこの国にこられてすでに30年は経っているのですが。。」
「わがままな人だから。ごめんなさいね」
「いえ、我々はただ旦那様達が私たちに良くしていただいたので非常にさみしい限りです」
執事は涙をぬぐった。
その時幸次郎は秘密の部屋にいた。
この屋敷には誰も知らない部屋がある。
書斎の本棚の聖書を手前に取ると鍵が開きそのまま本棚が扉になる。奥には一畳ほどのスペースがあり中には日本政府への秘密通信をするための機器が置かれていた。
この部屋の存在を知っているのは良子だけである。
一月前この部屋から幸次郎がうなだれて出てくるのを見た。
書斎に出入りする者は良子しか許されていない。
ちょうどコーヒーをもって来た時だった。
「どうしたんですか?あなた」
と良子が近寄った。
幸次郎が流した涙が月明りに照らされているのを良子は見た。
「日本が。」蚊の鳴くような声で幸次郎は語った
「日本が、、、負けたよ」
というと幸次郎の体は絨毯の上に覆いかぶさった。
「ちくしょうっちくしょう」いいながら幸次郎は絨毯を叩くが音はかき消されている。
良子は幸次郎の体に寄り添う事しかできなかった。
ひと月の時間をかけて帰国の準備をしてきた。
使用人たちに幸次郎は多額の退職金を手渡し幸次郎は一人一人に頭を下げた。
幸次郎家族と二人の日本人の使用人は馬車で港に向かい、船で帰国の途に就いた。
高橋幸次郎、彼は高橋財閥総帥にして日本政府のスパイつまり「S」である。
彼の話を書いていこうと思う。
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