Paradise World - gift for the dead -
椿りんせ
プロローグ
辺りは真暗で、カーライトで照らされた獣道を一台の錆付いたボロバスがゆっくりと進んでいた。そして間もなくしてバスが停車する。
ガタガタ…ガタン…
「えー皆さま~大変お待たせしました~。楽園峠~、楽園峠に~御到ちゃ~く」
仮面を付けた運転手が、静まり返った車内へと声を響かせた。その声を聴き、静かに座る乗客達の頭が一斉に動く。
そしてその中の一人で有る少女が、丸めたチラシを握りながら隣で眠る少年の肩を揺すった。
ゆさゆさ…ゆさゆさ…
「起きてシュウくん…ねぇシュウ君ってばッ!!」
「んん…くかぁ…」
「なんでこんな時に寝てられるのよッバカ!!」
少女の控えめな振る舞いが、乗客が減るごとに悪化していき
少年が目を覚ます頃、バスの中では少年と少女が一番最後の乗客と成って居た。
「悪かったってッ!!だから…そんなにポンポン叩くなって!!」
「アンタが呑気に寝てるから私まで白い目で見られたんだからね!?こんな時に何考えてんの!?自覚あんの!?」
少女に握られたチラシが、皺くちゃのペチャンコに形を変えながらも少年の頭へと叩かれ続けていた。するとその背後から、少女に握られたチラシを上から抜き取る様に掴み取った仮面の運転手が言う。
「良く寝れましたか~?他の皆さんは着々と楽園へと旅立ってますよ~?。キミ達も気持ちの入れ替えをしないと時間に間に合いませんよ?」
(( 「ッ…!?」 ))
不気味な仮面を被る運転手が二人の背後から声が掛けた事で、キョトンと動きを止めた少年と少女だったが、運転手の言葉を理解し直ぐ様バスを降りて行く。
続いて運転手も、二人の後ろを付いて行くように降り、再び声をかける。
「私から何も言いません。後は君達の決断次第です」
それを聞き突然立ち止まった少年と少女。運転手は二人を追い越し、峠の先に有る崖へと向かって行った。
二人がバスを降りてから幾分が経つだろうか…
崖先の暗い視界の向こうでは、風の音と波が叩きつけられる音だけがさざめき合い、一人、そしてまた一人と、乗客達の姿が崖から消えて行く。
その光景に先程までのおちゃらけた顔が一気に強張り、徐々に凛々しく真剣な眼差しへを変わっていた。
「ハジメちゃん…時間は?」
「ん…と…あと3分…シュウ君…本当にやるの?」
「当たり前じゃん、もしかしてハジメちゃん…今更ビビってるのか!?」
「違うよッ!!そうじゃなくてッ!!本当にギリギリまで待つのかって言ってるの!!」
「なんだそういう事か…此処まで来たら最後の最後を狙うに決まってるだろッ」
「ふふ…シュウ君らしいねッ。…じゃあ予定通り…私も付き添って上げるね…」
「ハジメちゃん…悪いな…付き合わせて」
「なにそれ今更すぎ~」
少女は笑顔で返す。
「ねぇシュウ君、楽園って本当にあるのかな…」
「その質問も今更すぎないか?」
「ふふッそうだよね」
「それに、有るか無いかじゃ無く、行くんだよ」
「流石シュウ君ッ!!最後までダサいねッ!!」
「ハァッ!?ハジメちゃん!?」
人が飛び降りていく風景には似合わない、二人の明るい空気が崖先から溢れだしていた。しかし、ソコに水を差す様割って入る仮面の運転手。
「お話の所申し訳ないのですが…そろそろお時間となって居ります…新しい時代まで残り…えっと27秒~26…25…24…23…」
「シュウ君…もう話す時間も無いみたい…これで最後だね…」
「ふ…弁解の言葉すら与えて貰えない訳か。まぁまた直ぐ会えるか…」
「う、うん…」
「カウントは5秒で、だ」
「…うん」
「12…11…10…」
さり気無く少女の手を握る少年
「ハジメちゃん…実は俺…お前が好…うォォォォォォ!!」
「…6…5…」
少年が飛び立つ
「…え?…あッ!!?」
続いて少女も
「3…2…1…0…」
落下時間を踏まえ、カウント5秒で飛び降りた少年。
そして、そんな少年が途切れた言葉を残し、握られた手が引っ張れ、少し遅れて飛び降りた少女。
残されたのは仮面の運転手のみ。最後の最後を見届けた彼は、誰も居ない暗闇の空間で、声低く独り喋り始めた。
「これにて~平成最後の楽園案内バス旅行を終わりにしたいと思います。そして旅立った若者達へ労いの言葉を贈ろう…ようこそ楽園へっ!!キミ達に新しい人生をッ!!」
崖の先に立つ仮面の運転手。その仮面を片手で剥ぎ、何も見えない崖底へと一礼してみせた。そして、徐に懐から取り出した皺くちゃなチラシを広げ、暫くそれを眺めた後、吹き荒れる風に攫われる様に手元からチラシが流され消えて行った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
☆楽園案内バス旅行☆
退屈な人生を劇的に変える【楽園バス】が、
平成最後を記念して帰って来ましたッ!!
今の人生に飽き飽きした貴方に必見ッ!!誰にも迷惑は掛からず、
今居る生活を手放すチャンス!!
こちらのチラシが届いた貴方に、
コレまでとは違う全く新しい生活を約束しましょうッ!!
悪戯などでは御座いませんッ!!
貴方が本当に望むだけで楽園までのご案内をサポート差し上げます。
必要であればご自宅までお迎えにも参ります。
希望の方に限り、楽園までの道中、
最後に行きたい、観たい場所まで観光出来るサービスもしております。
是非とも虚しく寂しい人生の最後にどうぞッ!!
必要なのは貴方の勇気、決断力です!! 楽園は貴方を待って居ますッ!!
連絡先はコチラ:444-XXXX-XXXX-XXXX
※公衆電話でのみ、通話可能となっております。
料金は不要、ボタンを押すだけで結構です。
※旅行費用は勿論、楽園到着までの食費全てをコチラで負担させて頂きます。
※一度乗れば生きて戻る事は出来ません。
生に苦しむ者だけのオンリーサービスと成って居ります。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます