短編集・夢

松々 松子

谷間の家

【夢を見ました】


私はいちど、『あの世』へ行ってきた。

『あの世』は、大きな船のように空にぷかぷか浮いている。

窓から雲がゆらゆら見える。

「世界は揺れている。この船も揺れている。揺れていないものはなにもない。」と、声だけで神様が言う。

私は揺れる雲から目を離し、ビロードの椅子に座って思いをめぐらしていた。私以外、誰もいない。とても幸せ。


でも、誰かがせわしなく迎えに来た。

いつの間にか4、5人集まっていて、あの世とこの世をつなぐホールに入り、エレベーターのようにすーっと下りていった。


エレベーターのドアが開くと、会議中の職員室に出た。

小学校の先生たちは驚き、困った人たちが来たと大騒ぎしていたが、私はあの世でしっかり静養して、身も心も充実しているから恐れるものは何もない。手に青白い光を持ち、空間をひとめぐり走り回り、仲間と一緒に出て行った。


出ていった先は、出町柳だった。

母が「疲れたからここで待っている」と言う。

父は母を置いて、私の手を引き、京福(叡電)に乗った。本当は私も疲れていて、もうどこにも行きたくはない。

「お父さん、どこに行くの?」と聞くと、修学院だと言った。


電車を降りると、深い山の中だった。

父は私に構わずにさっさと先に進むので、はぐれまいとして追いかけた。

そのうち、狭い谷に入っていった。振り返ると下界の町の光が遠くに見える。


父が、橋がかけられていない崖の裂け目を無理やり渡ろうとしているので、私は怖くなって、一人で下の道を行くことにした。

下から見上げると崖に壊れた石段や、以前かけられていた橋の一部がひっかかっている。

さっきの道は危険だと思った瞬間、父が土ぼこりをあげて落ちてきた。

落ちている間、いろんなものに引っかかりながら減速したようで、無事だった。すぐに自分で起き上がって歩き始めた。


谷間を父の後について歩き続ける。

谷には蛇が大量に生息していて、くねくね動き回ったり飛んだりする。

アオダイショウより少し大きいかもしれないと思って見ていると、父が「これはハブ」と言う。私は絶対違うとは言わず、黙っていた。


苔むしたボロボロの木の門をくぐって家に着いた。

始めて来た知らない所だけど、ここが私の家。

すると、さっきあの世まで迎えに来た人がせわしなく車でやってきて、急いでいる様子で息を切らし、汗を拭いたりする。

「どっちにしても、世話人が一番大変なんだからー」と文句を言っている。


私はちょうど朝食にするところだったから、トーストにバターとジャムをたっぷり塗って、その人にも渡した。お腹が空いているような気がしたから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る