ファイナルブレーキと飲む酒は……

烏川 ハル

ある男子大学生の独白(前編)

   

「またフラれた……」

 自分の部屋で、一人、ため息をつく俺。

 これで何人目だろう。大学に入って以来、俺が女の子に告白したのは。そして、バッサリと拒絶されたのは。

 別に、手当たり次第に口説いているつもりはない。いつも、真剣に恋して、本気で気持ちを告げている。

 ただ……。

 あまりにも頻繁なせいで、どうも周囲からは「軽い」とか「惚れっぽい」とか「恋に恋する乙女」とか思われているらしい。


 まあ「惚れっぽい」のは、多少なりとも自覚はある。中学・高校と男子校で過ごしたせいか、とにかく俺は、女性に免疫がない。ちょっと優しくされると、すぐ「ポッ」となってしまう。

 でも、決して「軽い」気持ちではない。むしろ、告白した相手からは「あなたの気持ち、ちょっと重い。気持ち悪いわ」と言われるくらいだ。

 それに。

 いくら何でも「恋に恋する乙女」は酷いだろう。俺は、れっきとした男子大学生なのだから。たとえ告白した相手から「あなたのこと、男性として意識できないの」と言われることがあるとしても。


 まあ、そんな俺だが。

 ちゃんと「仲は良いけど、恋愛対象じゃない女の子」という友人もいる。特に、恋バナが好きらしく、俺が失恋した時には、いつも親身になって話を聞いてくれる女性……。

 早速、彼女に電話をかけてみた。

「もしもし、トメちゃん? 今から暇?」


 尾張おわりトメ。明治か大正の生まれみたいな名前だが、俺と同学年だ。

 俺が男子校だったように、彼女は彼女で、中学・高校が女子校だったそうだ。そして『ファイナル・ストップ』というニックネームだったとか。『尾張』を「終わり」= FINAL 、『トメ』を「止め』= STOP と読んで、そうなったのだろう。彼女自身は「何だか小さなコンビニみたいな名前」ということで、嫌っていたらしいのだが……。

 要するに『ストップ』が問題らしいと判断して、俺は彼女のことを『ファイナルブレーキ』と呼んでいる。色々な意味で、彼女は俺のブレーキ役なので。


「ああ、田貫タヌキくんか。どうしたの? 特に予定はないけど……」

 ここで「またフラれちゃったよ。だから話を聞いてー」と、いきなり言えるような神経は、俺にはない。やっぱり恋バナには酒が必要。ちょうど、少し前に実家から送られてきた日本酒もある。

「いやあ、暇なら、久しぶりに二人で飲まない? また『ビヨンド・ザ・コールド・プラム』があってさ」

「ああ、はいはい。例の『昔は有名だった』っていう、お酒ね?」

 別に俺の実家は酒屋でも何でもない。だが、新潟に住む親戚から、俺の実家へ結構頻繁に日本酒が送られてくるのだ。そして、実家では誰も酒を飲まないので、大学生である俺のところに、それが回ってくるのだった。


 ちなみに『ビヨンド・ザ・コールド・プラム』は名酒として名が通っているらしく、以前は、

「えっ! あの酒があるの? みんなで飲もうぜ!」

 と、友人たちが集まってきたのだが……。

 何度も送られてくるうちに、友人たちの関心も薄れてしまったらしい。別に「飲み慣れた」ということではなく、酒好きの友人たちが言うには、

「確かに、いかにも『昔は有名でした』って味だよな。でも、今じゃ、もっと旨い日本酒もたくさんあるから……」

「いや、もちろん、美味しいことは間違いないぜ。でもなあ」

「そうそう。わざわざ『それのために集まろう』ってほどでは……」

 要するに『ビヨンド・ザ・コールド・プラム』は、少し時代遅れらしい。酒に詳しくない俺からすれば、口当たりよく、飲みやすい日本酒なのだが。


 まあ、それはともかく。

「そうそう、それ。どう?」

「どう、って言われても……」

 彼女は、少し呆れたような声になり、

「『昔は有名』と言えば……。昔、何でもカタカナ英語で表現する芸能人がいたそうね」

 突然、大きく話題を変え始めた。

「ん? いったい何の話だ?」

「だって田貫くん、また『ビヨンド・ザ・コールド・プラム』とか言い出したから……」

 ああ、そういうことか。正式名称ではなく、勝手に名付けた片仮名ニックネームで伝えたから、ということか。

 確かに、俺の癖かもしれない。そして、俺が彼女を『ファイナルブレーキ』と呼ぶのも、その一環なのかもしれない。さらに言えば、ずっと『ファイナル・ストップ』というカタカナあだ名だった彼女にしてみれば、あまり良い気はしないのかもしれない。

 ……などと、俺が考えている間に。

「まあ、いいわ。今から、そっちに行くわね」

 ようやく、彼女から『了承』を引き出せた。

「……でも言っておくけど。田貫くんと二人で飲むの、そんなに『久しぶり』じゃないわよ? この間、涼子ちゃんにフラれた時だって、一晩中二人で飲み明かしたじゃないの」

 こんなことを言うということは。

 彼女は、すでに今日の用件を察しているらしい。

 俺は、少し照れくさくなって、

「ああ、うん。そう言えば、そうだったかな? ……それじゃあ、待ってるから」

 そう言って、慌てて電話を切った。

   

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