解説⑨『残された書物』

 我々が当時のことを詳細に考察できる背景には、残された書物の多さが影響している。黄金の七王国時代の後期からこの傾向は始まり、石碑や公文書のみの記録に頼っていたそれ以前とは全く異なる。私文書や日記が格段に増加し、それが残されるようになった。


 その変化には印刷技術と製紙技術の発展が大きく寄与している。遠隔商業が発達するにつれて交易の記録と信頼のおける伝達がより重要視されてきた時代、民間資金の増大も相まって、民間における紙と印刷の需要が拡大していた。そこで木版印刷術が発明され、マニュファクチュア方式の製紙業が発展した。ダヴィ王が製紙業の国営工場を開いたのもその要因の一つだ。これにより商業はより複雑化を許されて民間の力は強くなった。印刷物は文化の拡散と融合を促す媒体となり、統一国家の誕生をもたらす要因の一つとなった。


 名著が登場してくるのも、この時代の特徴である。国家の歴史書や教会の教典書物という無味乾燥な文書と打って変わり、個人が著すようになった。

当時のことを知りたいのなら『アルバード2世旅行記』がお勧めだ。彼はファルム国の一貴族だったそうで、黄金の七王国がまだ存在した頃に各地を巡り、その地方の様子を描いている。旅行記という形式のため、彼の個人的な思いを色濃く記しているが、世界が分断されていた時代の各国の比較にはもってこいの書物だ。


 もう一冊お勧めしたいのは『スコット=トルステン言語録』である。これは我が先祖のスコット=トルステンが残した言葉を、その息子のシュミットが記録した書物だ。公文書によるとライルはダヴィ王に最初に仕えた男だが、他のメンバーに比べて目立った活躍はしていない。しかし彼の言葉には含蓄があり、記録に残したくなるのも頷ける。例えば『太陽は夜には昇らない。疲れるから』『仕事をするなら執務室へ、寝たいならベッドへ行こう。逆はダメだ』『直感は信じよう。それ以外信じられないから』など、少しすっとぼけているが、現代にも通じる言葉が並んでいる。是非読んでほしい書物だ。


 しかし、当時随一の書物はルツ=イスル著『ダヴィ王建国日記』で間違いない。ダヴィ王の妹で、政治家として超一流だった「天秤女神」と称される彼女が、ダヴィ王を中心としたクリア国の歴史を描写している回顧録だ。彼女の生い立ちから書き始め、ダヴィ王に仕えて建国・統一までの流れ、そしてダヴィ王死後の大反乱と鎮圧、安定までを記している。長寿で誰よりも生と死を見続けてきた彼女が、当時の苦労を感情込めた文章で綴っている。ダヴィ王や聖子女さえも皮肉る彼女ならではの視点と、絶妙な描写表現は、歴史的な価値は勿論だが、大陸史上屈指の文学作品としても名高い。


 その他の名臣たちも書物や日誌を残しており、各人の性格をよく表している。著名な書物ではジョムニ=ロイドの『戦争分析論』やスール=ニコラウスの『法の世界』、ルフェーブ=ローレンの『正円教改革論』があるが、日誌としてマセノ=ニースの『芸術とマセノ』やノイ=ザールの『鑑賞の心得』も一読の価値がある。ダヴィ王も日誌を残しているが、多忙だったのか日付が飛び飛びになっている。特に大きな戦いの前は記録がない。彼がどのような気持ちで自分の運命に臨んだか、推察が必要なようだ。


 その他、アキレスやミュールは元々文章をこまめに書く性格ではなかったようで自筆の記録が少ないが、もっと特筆するべきなのは「陰姫」オリアナ=イスルだ。彼女は全くと言っていいほど文章を残していない。彼女の筆跡すら不明なほどだ。彼女はダヴィ王の死後気落ちして、一年経たずに亡くなった。自分の死を悟ったとき、諜報役として得た全ての情報を外部に漏らさないように、一切の文章を自分の枕元に置いて屋敷に火を放ったと伝わる。彼女の双子の姉のルツ=イスルはこの件について短くまとめている。


『オリアナは兄の後を追った。全て残さず。やはり彼女は陰だったのだ』


(解説:歴史家・ルード=トルステン)

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