第9話『リバール攻防戦 中』

 夕闇に浮かぶコラトン湖は満潮を迎え、水辺に残されたゴールド軍の捨てられた死んだ兵士たちが冷たい水にかる。リバールから離れた場所では、生き残ったゴールド軍が仲間の成れの果てを眺めているのだろうか。


 完勝とも言える初日の戦いを終えて、リバールの中では兵士たちは活気に満ち溢れていた。ところがその立役者となったミュールは、ガッツリ怒られていた。


「どうしてあんなことしたんだ!」


 アキレスに怒られるミュールは、全く納得した顔をしていない。椅子に踏ん反り返って座り、口をへの字に曲げる。


「あんなことって……隙を見せた相手を叩くのは当然だろ」


「違う! 勝ち過ぎては駄目だ。ジョムニの手紙にもあっただろう。『勝ち過ぎるな』って」


「なんで?」


「それは……」


 言いよどんだアキレスに代わり、スールが叱りつける。


「こういう血なまぐさいことに関して、ジョムニが間違えるわけないじゃない。完勝したらマズいって、彼が言っているの。分かるでしょ?」


「でもよお、やっつけられそうな敵を見逃すのは、俺の矜持きょうじに反するというか……」


「そんなの我慢しなさいよ。むしゃくしゃしたら、あんたの股についている粗末なものをこすって慰めときなさい」


「いや……」


 あまりに下品な発言が飛び出し、ミュールを含めた男性陣は顔をしかめる。スールは平然と続けた。


「まったく、男って頭の回らないものね。危ないってことに限って手を出そうとするのだから」


「でもよお、ミュールの気持ちも分かるぜ。隙を見せた相手を野放しにするなんて、それこそ怒られて当然だ」


「状況が違うんだ、ライル。俺たちは専守防衛につとめる。そして敵が諦めるのを待つんだ。この分だとそれも容易たやすいだろう」


 アキレスが皆をまとめる。彼も外で戦いたかったが、軍人の忠義心が抑えつける。


「全てはダヴィ様と、民衆のために」


 ――*――


 翌日のゴールド国の攻撃は早朝から始まった。湖面に広がる靄を斬り裂き、兵士を乗せた船が湖の浜に突撃する。そして一隻の船の腹を浜辺にぶつけ、それをクリア軍の矢を防ぐ盾に使い始めた。船を降りた兵士たちがその船を陸に押し上げ、じりじりとリバールの街に迫る。


「面白い攻め方をするものだ。これもゴールド国ならではか」


 とアキレスは感心する。船一隻を犠牲にして城にたどり着こうとする合理的な戦術は勉強になる。


 しかし手をこまねいてみているわけにはいかない。アキレスは火炎瓶と弓矢をたっぷり降り注がせるが、けたほど水を含んだ船の材木は容易に燃えない。


 ついに船は城壁に接岸した。


「まさか陸から接岸するとはな」


 アキレスが苦笑する中、船を登ってゴールド軍の兵士が城壁にロープを投げてくる。緊張と寒さで震えながら、それを伝って渡ってきた。


 しかしそれは彼らの死の道だった。


「ノイ、行くぞ!」


「…………」


 アキレスとノイが仁王立ちで待ち構える。城壁の上に降りた瞬間、彼らのパルチザンとハンマー唸る。次に城壁に降りた兵士は、血を噴きだして死んでいる仲間の成れの果てを目撃した。悲鳴を上げた瞬間、ノイのハンマーが彼の頭を砕く。


「怯えるな! 俺たちがついている。押し返せ!」


 アキレスが吠えると、クリア軍の兵士たちが勢いづき、渡ってきたゴールド軍の兵士を城壁の下へ落としていく。勇気ある者は逆に綱を渡り始めた。


「さあ、相手の船を占領してやろう!」


 アキレスとノイも綱を渡り出す。他の者が細いロープに全身を使って芋虫のように渡っている中で、彼らは器用にも一気に綱を駆け渡る。そしてゴールド軍が唖然と見つめた次の瞬間には、船へとたどり着いた。


「あの世へ送ってやろう」


「来い……」


 猛将二人に雑兵は飛びかかることを恐れ、名のある騎士が及び腰で向かう。


「わ、わたしの名はウィンドアー家のジャン四世であるぞ!」


「そうか」


 甲高い金属音が鳴ったかと思うと、次の瞬間には彼の首はアキレスによって船の上から捨てられた。ノイは腕を組んだままだった。


「次は誰だ」


「う、うわああああああああ!」


 大悲鳴。化け物と遭遇したのだから当たり前だろう。ゴールド軍の兵士は血相を欠いて、次々と船から逃げ出した。その代わりにクリア軍が船に乗ってくる。


 こうしてクリア軍は船という城塞一つを増やしてしまった。


 それと同じ頃、南面の陸地でもゴールド軍の大攻勢が始まっていた。


「攻城塔か」


 いくつもの移動式矢倉がじりじりと城壁に迫ってくる。中には弓兵と突撃兵が詰まっているのだろう。高い矢倉から矢を注ぎ、城壁に近づき板を渡して、突撃兵が乗り込んでくる。まだ城壁が高く建築されていないリバール城にとって、天敵だ。しかもわざわざ前面には鉄を貼っている。


 ゴールド軍は攻城塔を守る様に、昨日クリア軍が燃やした草原をゆっくりと進軍する。ライルは確認した。


「まだ奴ら気づいていないのか」


「そうみたいだねえ」


「そりゃ見ものだぜ!」


 ライルとスコットがニタニタと笑い、クリア軍は適当に矢を放つ。それを潜り抜けて、ゴールド軍は迫ってきた。


 そしてある地点に来た時、ゴールド軍に異変が起きた。


「落とし穴だ!」


 地面に隠してあった陥穽に攻城塔がはまっていく。元々バランスの悪い兵器だ。そのほとんどが前のめりに倒れた。城壁の上からでもゴールド軍が慌てる姿が見える。


 ライルはすぐさま命令した。


「間抜けな奴らに矢を浴びせてやれ!」


 クリア軍はようやく本腰を入れて矢を放ち出す。たまらずに、こけた攻城塔を盾にするが、次々とやられていく。


「あーあ、ここで攻め込めば大功績だぜ」


「我慢しなきゃダメだよお」


 ゴールド軍は粘りを見せる。攻城塔を捨てて、盾を構えて近づいてきた。その時、ライルの下にミュールが近づいてきた。


「なあ、攻めてもいいか? 攻めてもいいか?」


「ダメだ!」


 クリア軍は矢の勢いを強める。その嵐のような攻撃に、徐々に進軍していたゴールド軍の足が止まり、ついにはバラバラと撤退を開始する。後に残った攻城塔の残骸を見つめて、ミュールは大きくため息をついた。


「あー、暴れたりねえよお」


 ――*――


 我慢に我慢を重ねたライルたちを待っていたのは、アキレスたちの武勲話だった。


「ズルいじゃねえか! 相手の船を乗っ取っちまうなんて」


「おいらもやりたかった」


「しょうがないだろう。成り行きだ」


 と言いつつも、アキレスは満足そうに頬を緩ます。まだ二十二歳。武勲を上げたことに、戦士として無邪気な喜びを感じる。ライルたちはその正直な表情を見て不平タラタラだ。


「チェ! 自分ばっかりズルいじゃねえか。ダンナから褒美貰い放題だ」


「いいよねえ。ねえ、ミュールもそう思うだろう」


「ああ……」


 ミュールは上の空で返事をした。彼はオールバックの髪をかき上げながら、椅子に座って下を向く。「どうしたの?」「ほっとけよ。イラついているんだろ」と二人から言われても、彼は気にしない。


 ある考えに囚われていた。


(あの場所に、敵は集まる)


 戦いの前、ミュールは城外を視察しつつ、念のための脱出口を作っていた。だが、河原の地質から掘り進められる場所は少なく、何とかたどり着いたのは小さく開けた草地だった。


(ここに敵が来たら困るな)


 と出口を草木で隠しながら、苦い顔をしたことを思い出す。視界は良く、ここに陣を張ることも出来る。その草地は今回、攻めてきた三領主の陣の真ん中にある。


(ヘタレ盗賊は失敗したら一回がん首集めて、無い知恵を絞らねえと気がすまねえものだ。奴らもその口にちげえねえ)


 あの場所に密かに三領主が集まる。近くに抜け穴一つ。悪魔が垂涎するシチュエーションだ。


 だが、これを言うべきか。


(反対されるだろう)


 今も目の前で騒いでいるアキレスたちに言ったところで反対されるだけだ。チャンスを捨てて、全体の方針に従えと。

 スコットがミュールに話しかける。


「ミュール、どうしたのお? さっきから静かだよお」


 ミュールはスコットの顔をチラリと見る。そして片方の口端を上げた。


「なんでもねえよ」


 そう言うとミュールは立ち上がり、部屋を出ていった。彼の思いは決まった。全体の方針には反する。しかし彼はオールバックをかき上げて、傷だらけの顔に闘志をみなぎらせる。


(虎が兎を襲うことを、誰も怒らねえさ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る