第3話『お・も・て・な・し』

「ワハハハハ! なんとも愉快ですな!」


 ナポラ城の大広間に並ぶテーブルの前に座るマケインの笑い声が響く。香草や香ばしい油の匂いがたつ料理に舌鼓したづつみを打ち、彼の大きな腹がゆっさりと揺れる。テーブルの対面に座るダヴィにニッコリとほほ笑む。


 ダヴィはグラスを持ち上げて笑みを返す。


「マケイン殿の博識は興味深い。楽しませてもらっているのは俺の方です」


「いやいや、陛下の知識が幅広いからこそ、商業の話で共感が出来るのです。他国の貴族の方は商売自体を毛嫌いする人も多いですから。陛下がここまで交易の本髄ほんずいをご存じとは思いもよりませんでした」


 本音と建前が入り混じる賛辞を交わし、ダヴィとマケインは酒で赤らむ顔を見合わせて談笑する。ダヴィの隣にはジョムニやルツ、そしてアキレスやスール、ルフェーブたち重臣が並ぶ。


(妙な連中だ)


 商人を父に持つ君主とその妹に、足の動かない軍師。片目を斬られた元騎士。学術界から疎まれる革新派の法学者。一度は教会から追い出された進歩派の司教。十年前、いや五年前には上級社会に存在できなかった人種だ。歴史の薄暗い影に落ちていく存在だったはず。


 その鼻つまみ者たちがダヴィの下に集まる。


(まるで異端の展示会だ)


 薄気味悪さを感じるが、マケインは嫌悪しない。彼らは頭の固い旧来の貴族より話が分かり、そして若くて気が良さそうである。なんとも『扱いやすい』。


(きっと、ウッド国はダヴィ王たちの感情を逆撫でする言動をしたのだろう。プライドばかりある者はどうしようもないな。下手に出ても、実利を取ることが大事なのだ)


 酔っているふりをするマケインの目は鋭い。目の前の若き王の自尊心をくすぐる言葉を発しながら、会話の主導権を引き寄せていく。


 そして機が熟した頃に、話の本題をソイル国の噂へと移した。マケインは肉を頬張りながら、愚痴をこぼすように言う。


「野蛮なるソイル国が我が国に攻め込むと噂が立っていましてな。領民は夜も寝られず、いやはや大変な騒ぎですよ」


「それはご心配でしょう」


「昔はファルム国に助けてもらいましたが、今のあの様子ではとてもとても」


 とブツブツ言いながら、チラリチラリとダヴィの顔を見る。その意を察して、ダヴィはニッコリとほほ笑む。


「我が軍がお助けしましょうか」


「ほう?」


「ソイル軍の南下は我々にとっても恐怖です。一緒に食い止めなければなりません」


 思惑通りの申し出に、マケインは思わず目を輝かせる。酒を飲んで、前のめりになりかけた自分を戒め、わざと苦い顔を繕う。


「ありがたいことですが……我々は財政難で、ご支援に見合う見返りをお渡しできるかどうか……」


「いえいえ、見返りを求めているわけではありません」


 ダヴィはオッドアイに親しみを示す。例えを使って今の状況を表した。


「ロムルとレッツの兄弟の話はご存じでしょう。固い絆で結ばれた二人が異教徒を追い出し、理想の街を築いたおとぎ話です」


「おお! 陛下はウォーター国ご出身だと聞きましたが、そちらの国でも伝わっていましたか」


「ええ。その兄弟が持っていた無償の愛で、我々は助け合わねばいけません」


 ダヴィの二つ右に座るアキレスがピクリと動く。彼は顔をダヴィに向けた。ダヴィは構うことなく、微笑みながらマケインに話し続ける。


「ソイル国という強大な国を相手にするには、義務や責任という概念は置いておきましょう。見返りなど要りません。共に全力で助け合いましょう」


(ほほう……)


 気持ちの良い言葉だ。若者らしい真っ直ぐさを感じる。


 その一方できな臭さを感じた。こんなにうまい話があるだろうか。以前のファルム国とて見返りとしての資金はしっかりと要求してきた。それを無料で援軍を送るという。


「なんとも素晴らしいお言葉です。このマケイン、感服いたしました」


「宿営地の場所ぐらいはお借りしますが、あとは我々にお任せください。同盟を組み、共に強大な敵に立ち向かいましょう」


「早速、我々の王にお話ししましょう」


 結局、ここは返事を保留にした。即答は利益を損ねると、彼の経験は答えている。


 晩さん会は和やかに進む。酒量も大分体にたまり、机に居並ぶ彼らの顔が陽気な色に染まる。皿の食事は軽いものに変わり、甘いお菓子が並び始める。


 マケインはふと、ある質問をする。


「陛下の国は急速に大きくなられましたな。なにか秘訣ひけつがあるのでしょうか」


「そうですね……」


 とダヴィが迷っている間に、赤ら顔の周囲の重臣たちが口々に言う。


「参謀が良いのでしょう」「良き統治が行き届いているのですわ」「軍の強さです!」「法の正しさですわよ」「聖女様のご加護です」


 ムッと、彼らは顔を見合わせる。いずれも我が強い連中だ。しかも酒に後押しされて、一歩も引く様子が無い。彼らは自分の正しさを大声で主張し始める。


「頭脳が良くなければ国は働きません!」「いくら頭脳が良くても、民衆の支えがあっての国政ですわ。民政こそ第一です!」「それも法が整備されているからじゃないの。忘れてもらっては困るわ」「領土を拡大したのは軍の勝利あってのことだ!」「フンッ。いずれにしろ、聖女様の恩恵が無ければ何事も成らん」


 一瞬にして喧騒けんそうとなる晩さん会で、マケインは自分の発言が原因ということもあり、口からつばを飛ばす彼らをオロオロと見渡す。ダヴィは苦笑いしつつ答えた。


「自己主張の強い部下をまとめてこられたのが、これまでの成功の秘訣ひけつかもしれません」


「な、なるほど……」


 やがて晩さん会は終わり、ダヴィは挨拶をして部屋を出て行った。彼を見送ったマケインも自室へと帰ろうとした時、ジョムニと車いすを押すルツ、そしてスールに話しかけられる。


「本日は遅くまでありがとうございました」


「いやあ、こちらこそ歓待して頂いて感謝しております。まさかダヴィ王とお食事が出来るとは思いもよらず、恐縮するばかりです」


「我が主も喜んでおりましたよ。ところで、折り入ってご相談があるのですが」


 マケインは少し身構える。その様子を見て、ジョムニたちは微笑む。


「ハハハ、別に悪い話ではありません。マケイン殿がお好きなご商売の話です」


「商売?」


「奴隷を売って頂けませんか」


 この国は奴隷禁止ではないのか、とマケインが眉間に皺を寄せていると、ルツやスールがバツが悪そうに言う。


「鉱山で働く労働者が少ないのが問題になっておりますの。是が非でも労働力を確保したいのですわ」


「陛下には黙っておいて、奴隷を調達したいのです。『解放奴隷』とでも命名して、ごまかすつもりですわよ」


「ほほう」


 マケインはほくそ笑んだ。なんだ、この国とて奴隷は必要なのだ。偽善で上塗りされた国の中身は以前と変わらないのだろう。


 ジョムニは車いすに座ったまま腕を伸ばし、一片の紙を差し出す。


「陛下に黙って調達する以上、公文書で発注は出来ないのですが、奴隷五百人をこのぐらいの条件で……」


「どれどれ」


 とマケインは受け取った紙の内容を読んで驚いた。


(普通の相場の倍以上ではないか!)


 マケインの目が丸くなったのを見て、スールが丸い眼鏡を光らせる。


「驚かれたでしょうね。ただ、私たちはしっかり相場は調査した上で、その金額を提示しておりますわよ」


「では一体……」


「マケイン殿」


 ジョムニは青いキャスケット帽の下から鋭い視線を向ける。


「同盟の件、お願いしますよ」


 マケインはうなった。この金額にはマケインへの賄賂わいろも含まれているということだろう。それほどソイル国の南下を脅威に感じているのか。


 だが考えてみれば、クリア国にもメリットはある。自国を主戦場としないことで、制圧したばかりの国に戦火を及ぼさない。さらに言えば、この同盟自体も決して対等なものにはならない。ゴールド国を従属させる第一歩と考えているのだろう。


 彼の頭の中で自国の利益、国際情勢の天秤てんびん、そして目の前に掲示された自分への賄賂わいろが計算されていく。自分がゴールド国とクリア国の橋渡し役になれば、今後もきっと、巨利にありつけるに違いない。


 彼はその紙をポケットにしまい、見つめる三人に微笑みを返した。


「我らは良き友人になれるでしょう」


 その夜、ダヴィの部屋の扉をノックする音が聞こえた。ダヴィが返事をすると、アキレスがゆっくりと扉を開ける。


「ダヴィ様、少し気になることがあって」


「入ってくれ」


 部屋に入ってきたアキレスは早速口を開く。


「ロムルとレッツの兄弟の件です」


「ああ」


「二人の話は、実はウォーター国で伝わる内容と他国のものとでは違うと、トリシャ様が話していたのを思い出しまして」


 ロムルとレッツは元はウォーター国の話だ。他国では二人が理想の街を築いたところでハッピーエンドとなり、話が終わっている。


 ところがウォーター国にはその続きが伝わる。ロムルはその後、町の運営方針で対立したレッツを殺害して、その妻や息子たちを追放したという。


 ダヴィはアキレスの言わんとしたことを察して、軽く口角を上げる。


「俺は『ウォーター国のストーリー』を念頭に、話したつもりだよ」


「えっ」


「マケインはこちらを操っているつもりらしいが、さてさて……」


 ダヴィのオッドアイが光る。彼は純粋な青年ではない。ギトギトとした政治の世界を潜り抜けてきた『国王』なのだ。


 今頃寝ているであろうゴールド国の貴族を思い、ダヴィは呟いた。


「多少可哀そうだが、こちらの思う通りに動いてもらう」

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