第4話『同盟の代償』

 強い風に乱され白い波を立てる河川を見ると、ゴールド国に戻ってきたと感じる。高い山が無く、デンマク湿原を越えて吹きすさぶ北風を受けると、肌が裂けるような痛みを覚える。


 ゴールド国の首都・ロドンに戻ってきたマケインは、すぐにゴールド王・ウィレム5世に報告する。


「信頼に足る人物だと?」


「はい。ダヴィ王はファルム国に代わり、我が国を守護する役割を担うと言っておりました」


 生真面目に装って報告するマケインに、ゴールド王は髭を撫でながら目を細める。疑いのまなざしを向ける。マケインはその視線を感じつつも、素知らぬふりをして続ける。


「ダヴィ王は我らを従属させたい魂胆はありました。我が国にとっては屈辱でしょうが、今までと同様に上辺だけでも膝を屈せば、我々の番犬となって働くでしょう」


「番犬か。フフフ……」


 彼が言う犬に対して、自分は頭を下げるのか。それをしろと言う配下の提言に、苦笑いを浮かべる。


 しかしながら、ファルム国に対して同格の王でありながら頭を下げてきたのは、現国王・ウィレム5世を始めとする歴代の王たちだ。そのおかげでゴールド国は乏しい資本しか持たないにも関わらず、ここまで発展できた。民草全ての脳裏にその歴史が植え付けられている。ゴールド国出身らしいマケインの認識は、おかしなものではない。


 そして事態は切迫感を強めていた。ゴールド王はマケインに説明する。


「我が国の北部でソイル軍の動きがあった」


「そうなのですか!」


「一部の遊牧民が村々を襲った。一見すると通常の冬の様子だが、どうにも人数が多いと聞く。これが大侵攻の前触れかもしれないと、民衆は怯えている」


「情報の拡散が早いように思いますが」


「我が国の商人は耳が早い。戦火に見舞われると商売基盤に損害が出るということもあるのだろう。それほどソイル国の動きに注目しているということだ」


 各領主には「ソイル国の侵攻を止めてほしい。安心して商売ができない」と有力な商人集団から要望が届いている。そして領主たちから国王にそのまま要望がパスされる。だがゴールド国に強力な軍隊は無い。


 マケインは強く主張する。


「それでは尚更、クリア国を使うべきでしょう! 彼らはかつての教皇様やファルム軍を打ち破った実績があります。ソイル軍を必ず追い出してくれるでしょう。そうしなければ、我々の歴史ある国は蹂躙じゅうりんされてしまいます!」


 ゴールド王は彼の脅迫めいた言葉に不快感を示す。しかし北部貴族の中心人物である彼を叱りつけることは出来ず、例えを使って危険性をさとす。


「豺狼を追い出すために、猛虎を呼び入れることにならないか?」


「オオカミは人を襲うだけですが、トラは曲芸が出来ます。操れば良いだけのこと」


「ふむ……」


 ゴールド王は考える。猜疑心が強いマケインが何もなく強く推すわけがない。賄賂を贈られたのかもしれない。クリア国はそこまでしてゴールド国を従属化したいのか。


 その一方で、彼はこの話にかれてもいた。この頃には彼の耳にも、ダヴィ王・アンナ女王・ハリスの会談の情報が入ってきていた。世界は全く新しい種類の人物たちに作り変えられようとしている。その流れにこれ以上遅れると致命傷になる。


(私も古臭い人間になっていたか。“あれ”に笑われそうだ。すぐに消える新興勢力と思い込んでいたが、新しい潮流が迫ってきているようだ。この商機を逃すわけにはいかない)


 ゴールド王は商人の国のトップらしい発想を以って決断する。自ら新しい世界に飛び込むべきだ。


「ダヴィ王に使いを出そう。同盟の準備を進める」


「ご賢明な判断です」


「だが怪しいと思えば、すぐに撤回する。そのつもりで進めよう」


「御意にございます」


 金歴553年が終わる頃、クリア国とゴールド国は同盟を締結した。そしてクリア軍は『ソイル軍を追い出すまで』ゴールド国南部に駐留することになる。この決定にゴールド国の貴族も庶民も歓迎し、安全を取り戻したと感じた。


 めでたしめでたしとなった、はずだった。


 ――*――


 それから年が明けて、金歴554年になった新年の気分を抜けない早々に、クリア軍がゴールド国に入国した。その情報は当然、マケインの耳にも入った。


「随分と早い登場じゃないか。やる気は十分と見える。どのくらいの規模だ? まずは三千というところか」


「いえ、それが……」


「どうした?」


 マケインの部下が顔を青ざめさせて報告する。


「大軍です! 三万は下りません」


 椅子に座っていたマケインは驚いて飛び立ちあがる。持っていたコップが滑り落ち、中身の紅茶が絨毯に零れる。


「なんだと? そんな規模だとは聞いていない! だが……」


 マケインはクリア国の情報収集を続けていた。三万という規模はウッド国を征服した規模とほぼ同じだ。それをゴールド国に駐留するのか。そう尋ねると、部下は首を振る。


「三万全てが兵士ではありません。戦闘要員は一万ぐらいでしょう」


「では他は?」


「スコップなどを持った農民たちです。さらには大量の資材を持ってきています」


「それは一体……?」


 実態を確かめるべく、マケインは護衛を連れて現地へ向かった。


 ゴールド国がクリア国に宿営地として貸したのは、ホラース川とスヘル川の上流部に存在するコラトン湖の傍である。スイスト山地からの雪解け水を集め、水量の豊富さで有名な両河川にその水を共有するコラトン湖はかなり広大で、河川交通の要衝として知られる。ここを宿営地としたのは、ソイル軍が襲来した時に、河川を通ってすぐに出撃するためだ。


 このコラトン湖近郊には小さな漁村があるだけで、大きな拠点は存在しない。なぜならナミュ・シャトワ・リージュという南部三大貴族の領地の間にコラトン湖は存在するため、緩衝地帯として空白にされていた。そうした政治的な関係性もかんがみて、コラトン湖なら現地貴族の迷惑にならないだろうと考え、ゴールド国はここを宿営地とすることを了承した。


 マケインは船でスヘル川をさかのぼり、コラトン湖を目指した。彼らが乗る船の帆は強い北風を受けてこれ以上ないほど膨らみ、帆柱が折れないかと部下は気にした。


 だがマケインはそんなことに気を配る余裕は無かった。焦燥感にかられて、ただただ船の行く先をジッと見つめていた。


 そしてようやくコラトン湖に到着し、クリア軍が駐留する南岸を湖上から確認する。


「マケイン様、あちらを!」


「……おお!」


 マケインは目を見開いた。普段は網漁を行う漁民しかいないコラトン湖の岸が、人で埋め尽くされている。しかも、ただいるわけではない。スコップやもっこを持って、ちょこまかと作業している。彼らの熱気が冬の空に昇っていくように感じる。


「ただの宿営地建設ではないぞ」


 彼らは陣を作る柵や簡易な堀だけを作る気はなさそうだ。大規模に土を掘り起こし、石材や木材を組んでいる。河川に浮かぶ桟橋の強化も行う。


「これは、一時的な駐在ではありません……」


 部下の発言に、マケインは唇を噛む。人のよさそうな笑みを浮かべていたダヴィたちを思い出し、その印象が黒く塗りつぶされていく。マケインは叫んだ。


「奴ら、ここに永久にとどまるつもりだ。街を作っているぞ!」


 後に「リバール」と呼称される一大都市の建設はこの時始まった。この街はクリア国がゴールド国に取りつけた頸木くびきそのものだった。

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