第23話『閃光のごとし』
ミラノスを出たベラム男爵は早々に西へと帰っていく。戦火に見舞われる国に興味はない。唯一気になるのが、強大な軍隊に攻め潰されて嘆き、歯向かうと決めたダヴィに怨嗟の声を上げるはずの民衆の顔だけだ。しかし、今は穏やかなもの。
(せいぜいつかの間の平和を味わうといい)
と考え、ファルム国の旗を掲げているにもかかわらず、見送ることしかしない民衆に呪いを与える。彼の野望は自動的に実現されるはずだ。
喜悦に浸かったまま、ベルム男爵の馬車は国境を越えて、ファルム国へと戻った。のんびりと祖国の風景を楽しみながら、国境沿いの城へと入る。
「お勤めご苦労様です」
「おお。出迎え感謝する」
城主直々の歓待を受けて、ベルム男爵は馬車から降りる。そしてやっと帰ってきた祖国の食事にありつく。満足そうに肉をほおばる。
「いやあ、ダヴィとやらの悲痛な表情、あなたにも見せたかったですな」
と隣に座る城主に語りかけた。その顔は酒で赤く染まっている。城主も赤い顔つきで、陽気に返事する。
「一昨日、あなたから送られてきた使者の報告を聞きました。いやはや、
「おお、そんな早く着きましたか」
「ええ、今頃はウィンに向かいながら、道々にあなたの武勇伝と、ダヴィのお粗末ぶりが広まっていることでしょう」
「そんな、武勇伝だなんて……」
と言葉だけで謙遜するが、ベルム男爵の顔は緩む。無礼を働いた敵国に
ベルム男爵は(自分なりの)大仕事を終えた余韻を味わいつつ、大いに酒を飲みほし、
春が近いとはいえ、夜になると寒い。城壁の上で見張りをする兵士は手をこすり合わせ、息を吹きかけて温める。かがり火の周りに、自然と兵士たちが集まる。
その時、兵士の一人が気が付いた。
「あれは、なんだ?」
東の森の中から光が出てきた。光の蛇と言ってよい。暗い森を斬り裂くように、一直線に向かってくる。
目の良い兵士が、その蛇の正体を見出した。松明だ。その明かりの中に鎧と旗印が見える。彼は叫んだ。
「敵だ! 敵襲だ!」
――*――
臨時徴兵に依存しない常備軍の特長は練度だと、以前記述した。しかしながら、一番優れている点はそこではない。
スピード。特に初動の早さだ。
農民を徴兵した軍隊では、徴兵を告知してから、訓練を経て、軍隊としての形が整うまで1ヶ月は優にかかる。万を越す軍隊なら数か月はかかって当たり前だ。告知情報の伝達スピードも遅く、農民たちが集まるための道路もろくに整備されていないこの時代、そのくらいかかって当然だった。
ところが常備軍は違う。食料と装備が整っていれば、いつも城に待機している彼らはすぐに出立できる。その行軍スピードも、急造された軍隊とはかなり異なる。
ダヴィの軍隊は、ファルム国が知らないスピードで、彼らの城に迫っていた。
「見えた! 最初の獲物だ」
と先陣を任されたミュールが叫ぶ。彼は走りながら剣を鞘から引き抜く。そして高々と掲げた。
「てめえら、ついてこい! 眠りこける奴らの度肝を抜いてやるんだ」
「「「おおお!」」」
兵士たちの声がこだまする。ジョムニの作戦では声を立てずに、静かに攻撃を仕掛けるものだったが、彼は忘れた。オールバックの黒髪を撫でる風に心地よさを感じながら、微かに笑う。
やっと敵襲に気が付いたファルム国の兵士たちが、門を閉めようとしていた。ミュールは全力で駆け出し、声を張り上げる。
「突撃!!」
松明を掲げたミュールたち歩兵部隊が、火の塊となり、一気に門にぶち当たる。閉まりかけた門は、ミュールたちの侵入を許してしまった。
本来、先陣は怖い。特に敵がひしめく城に、一番に飛び込むのは、とてもじゃないが普通の人は出来ない。
しかしながら、ミュールは普通ではない。敵に囲まれながらも、仁王立ちになり、部下に的確に指示を出す。彼の剣はすでに、幾人かの敵兵の血に染まっていた。
「門を開けろ! 本隊が来るまでここを死守する! 俺たちの勇敢さをファルム国に知らしめろ!」
ミュールの部下が勇ましく呼応する。その熱気に、先ほどまで寝ぼけていたファルム国の兵士の方が怯えた。
彼はこの時、この空間を支配している。
「ダヴィ様、門が開きました」
「こちらも行こう」
城の前に着いたダヴィが指示を出し、太鼓を鳴らさせた。総突撃の合図だ。よく鍛えられた兵士たちが、ミュールたちが開けた門に殺到する。一瞬で、城内の勢力図が変わった。
やっと起きた城主は門へと急いだ。しかしすでに遅い。この光景を見て、顔を青ざめさせる。酔いは一瞬で吹き飛んだ。
「すぐに国王へ知らせろ! 我々も逃げる」
「甘い」
えっ、と振り返ると、目の前に“黒い壁”があった。ゆっくりと見上げると、それは人間だった。熊のような目が、こちらを射抜いている。
ノイはメイスを振り上げる。人の頭ほど大きいメイスの先が、月の光に鈍く光った。
「ひゃ」
叫ぼうとしたが、それすらも遅かった。城主の頭の上からメイスが振り下ろされる。グシュリと頭蓋骨と脳が潰される音が聞こえた。城主の目玉は飛び出て、穴という穴から血や色んな液体が飛び出る。それが彼の最期だった。
周りには彼の側近や兵士たちもいた。しかしノイの巨躯と暴力に恐れをなして、腰を抜かす。中には這いながら逃げようとする者もいた。
その行方を馬に乗ったジャンヌが止める。
「こらっ、逃げるんじゃないよ! あーあ。こいつ、ここの親玉でしょ? 捕まえれば役に立ったかもしれないのに」
と虫けらのように殺されて地面に転がる城主の死体を見て、ジャンヌはため息をつく。
ノイは表情を変えない。彼は城主の胸元に光る“真円”のマークのネックレスを見つめた。これが殺した理由の第一だ。
「こいつは敵で、正円教徒だ」
ジャンヌは再び大きなため息をつく。ノイの教育役を任されたが、彼はこの軍に打ち解ける気すらないらしい。このままでは軍の中でいさかいを起こしかねない。
(前途多難だよ、ダヴィ)
城の攻略は順調に進む。夜が半ばを過ぎないうちに、ダヴィの軍勢は城の全域を支配した。あっという間の攻防戦に、住民たちは訳も分からず、新たな支配者に従った。
ダヴィは捕らえられた者の中から、ベルム男爵を連れてこさせた。後ろ手に縄を打たれ、彼はダヴィの前で
ベルム男爵はキッと目をむく。そして酒臭い息を出しながら、ダヴィに抗議した。
「これはどういうことだ!? 卑怯ではないか!」
「卑怯? 宣戦布告をしたのは、あなたではないか。その時から我が国とファルム国は戦争状態になった。道理を言われる筋合いはない!」
「むぐう……」
ベルム男爵は押し黙る。ダヴィはそんな彼に笑みを見せた。
「ベルム男爵。俺は先日、最後にあなたを呼び止めた。その時に言いたかった言葉を伝えてたくて、ここに来たんだ」
「は?」
ダヴィはベルム男爵の顔を見つめた。彼のオッドアイに覗かれて、ベルム男爵は震える。
ダヴィはゆっくりと伝えた。
「戦場で会おう」
それを傍で聞いていたマセノが肩をすくめる。
「それを負けた後に聞いてもねえ」
ダヴィ軍は笑った。ベルム男爵はそれとは対照的に、うなだれてしまった。ダヴィも笑い、そしてまた真剣な表情に戻す。
「この城は序章だ! これからファルム国に深く攻め込む。休んでいる暇はないぞ。ここが正念場だ。行くぞ!」
「「「おう!!」」」
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