第4話『最恐の敵』

 ファルム国からの使者が湿気を含む風と共に、南の街道からナポラにやって来たのは、暑さにかげりが見えない夏の盛りの時期だった。


 ダヴィは使者との対談を終えた後、全員を会議へと招集した。出席者はダヴィの曇った表情を見て、嫌な予感がした。全員の着席を確認して、ジョムニが口火を切る。


「皆さん、お聞きの通り、ファルム国から使者が来ました。内容は教皇の処遇についてです」


「交渉ってこと?」


「交渉……と表現するよりも、脅迫でしょう」


 使者との面談に同席していたジョムニが笑う。ダヴィも苦笑いを浮かべて付け加えた。


「膝さえつかなかったよ。立ったままファルム王の文章を読み上げる。まるで自国の一地方貴族に命令しているようだった」


「なにさ、それ?! そんなに無礼だったの!」


「それはともかく、問題は内容だ」


とダボットが本題に入る。ジョムニは頷いて答えた。


「彼らが要求してきたのは、大きく分けて2つです。1つは教皇の復権。もう1つは教皇領の返還です。もう一つ加えると、ダヴィ様から教皇への謝罪も」


「そんなバカな話があってたまるか! 教皇は俺たちを殺そうとしたんだ!」


 ミュールは黒いオールバックの髪を揺らし、机を叩いて怒る。そうだそうだ、とライルとスコットが同意した。一方でルフェーブは四角い眼鏡の奥から冷静に尋ねる。


「応じなければ、戦争ですか?」


「使者の態度を見れば、それは間違いないでしょう。ファルム軍が攻め入り、強引に教皇領を奪い返して教皇を復権させるでしょう」


「ファルム軍……」


とアキレスは呟き、眉間にしわを寄せる。ライルがその表情を茶化す。


「なんだよ、アキレス。ビビってんのか? 俺たちはあの教皇の大軍を打ち破ったんだ! 怖いもんなんかありゃしねえよ」


「バカ。相手が違うわよ。あなたたち、ファルム国を知らないの?」


とスールが叱る。ライルの隣で座るスコットが頬の傷をポリポリとかく。


「そんなに強いんかあ?」


「世界最強よ」


 ジョムニ、ダボット、アキレスがそれぞれの立場からファルム国を説明する。


「世界最大の国力を持つ国です。人口も物資の生産量もけた違い。ウォーター国の倍はあると見ていいでしょう」


「旧クロス国に比べたら三倍だ。私が領主の頃、ファルム王の使者が来たら王自ら歓待するのが決まりだった。今でもウォーター国、ゴールド国、ウッド国を従えている」


「軍事力も絶大だ。ファルム国は騎士の発祥の地で、『金獅子王の角』を始めとした強力な騎士団を保有している。正確に調べたことはないが、ファルム軍の総動員数は……」


 アキレスは開かない片目の傷をぴくッと動かす。


「おそらく100万人」


 会議中が静まり返る。ジャンヌがいたたまれず、無理に反論した。


「で、でもさ! またジョムニやダボットに作戦考えてもらって、打ち破ればいいじゃん」


「さっきもスールが言っただろう。相手が違うと。以前打ち破った教皇軍は寄せ集めだ。統率はほとんどとれていなかった。それに比べて、ファルム軍は戦いに慣れている。騎士も農民も日々訓練している国だ」


「内戦が多いお国柄もあるでしょう」


とルツが補足する。ファルム国は現在は収まっているとはいえ、歴史上内戦が多い。特に王家の家督争いに巻き込まれやすいのだ。そのため各領主は油断せず、日ごろから急な攻撃に備えている。


 だからこそ、ファルム軍は強い。ダヴィは尋ねる。


「ファルム軍が侵攻した場合の見解を教えてほしい」


「おそらく、我々が食い止めることは不可能です。ファルム軍の要である重装騎兵が機能しない、このナポラ一帯の山岳地帯にまで撤退を余儀なくされるでしょう」


「そうなると、旧クロス国南部は占領されるわけだ」


「その通りです。そして教皇はロースに戻り、元の勢力図となる。しかし今度は教皇は慎重に推し進めるはず。旧クロス国は北部よりも南部の方が豊かです。徐々に圧迫され、やがて我々は抵抗する手段を失う。そうなれば終わりです」


とジョムニとダボットが答える。前回は教皇が短兵急たんぺいきゅうに攻めてきたから、一気に打ち破ることが出来た。スールが丸メガネをかけ直し、もう一つの懸念を示す。


「長期戦となると、塩も心配だわ」


 ナポラ周辺では塩は生産できない。基本、海岸沿いのフィレスやヴェニサで生産された塩を輸入している。前回の戦争では蓄えや東のゴールド国からの密輸でしのいだが、長期間輸入出来ないと、生活に大きな影響を及ぼすだろう。


 ふう、とルツがため息をついて、茶色の長い前髪が揺れた。そして車いすの上で暗い顔をするジョムニに文句を言う。


「こうなる未来を予想していなかったのですか?」


「予想はしていましたが……本当にやってくるとは思いませんでした。ファルム国でも教皇の悪行は広まっているはず。このように躊躇ちゅうちょなく味方するとは考えませんでしたよ」


「ファルム国は強大な分、国内で様々な利害関係が絡み合っているから、決断が遅いのが通説だった。教皇が逃げ込んだとしても、まだ一か月足らず。かの国にしては決断が早すぎる。俺の想像の範疇はんちゅうからも越えている。だいたいそんなことを言っても始まらん。愚痴ぐちはよそで言え」


とダボットが口悪くもフォローする。ルツはムツとして黙った。


 ダヴィが苦笑しながらダボットに尋ねる。


「では、今後はどうしたらいいかな?」


「我々は全てにおいてファルム国から劣っています。南部の貴族の処理もある。彼らがファルム国に協力するとなれば、状況はもっと悪化するでしょう。現状、戦いで勝利する手段はありません」


「じゃあ、要求を飲めって言うのかよ!」


とミュールがまた怒る。ダボットはほうれい線を深くして、ミュールを叱る。


「そんなことは言ってない! 戦争回避が前提だと言いたいんだ」


「ダヴィ様、そのために我々がきれるカードは一枚だけです」


とジョムニは言い、チラリとルフェーブに目配せする。ルフェーブはダヴィに頷いた。


 ダヴィは複雑な表情で、頷き返す。


「また頼るしかないか……」

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