第12話『カサニ攻略戦 下』

 狩りの当日は、雪が降りそうな曇天の空が広がっていた。カサニ公は800人の兵士を引き連れて、カサニ城南部の森林へと向かう。


 目的は狼ではない。城に攻め込もうとする不届き者の討伐だ。


 森林に到着したカサニ公は、自分の弓を持ち出しながら、家臣に伝える。


「城の様子を逐一報告せよ。すぐに戻れるようにしておくのだ」


 敵は自分たちの留守のすきをついて、城に攻め込もうとするだろう。ところが、城の防備は万全であり、すぐに門は閉じられるようになっている。敵はすぐに城が落ちないことに驚き、城外に陣を張るに違いない。そこをカサニ公は強襲して、城内の味方と挟み撃ちにする。カサニ公は今までの人生の中でも、最高の作戦を立てられたと、声高らかに自慢したかった。


 まあ、その名声もすぐにこの国中にとどろくはずだ。カサニ公は家臣と共に、葉が落ちた木々の中を分け入り、逃げ去る狼に矢を射る。一匹が悲鳴を上げて、倒れた。


 その頃、カサニ城の郊外では、不思議な光景が現れていた。


「なんだあれは?」


 城壁の上の見張りの兵が首をひねる。複数の騎兵が枯草を持ってきては、一か所に積んでいた。


 やがて、彼らはその枯草に火をつけた。ごうごうとした黒煙が立ち上る。


「追い払ってやる!」


「止めろ!罠かもしれん」


 カサニ公不在のカサニ城の兵士たちは判断がつかず、最初の指令通りに城に籠り続けることにした。


 その煙は、城外で様子を見ていたカサニ公の家臣からも見えた。驚いた家臣は、すぐさまカサニ公に報告する。


 カサニ公は狼狩りを続けていた。今日に限って、随分と成果がある。幸先の良いことだと、側近たちと笑いあっていた。


 そこに、急報が届いた。


「城から黒煙が上がっております!」


「な、なんだと?!」


 家臣はその煙が“城内”から上がったものだと、勘違いした。そして同様に、カサニ公たちも誤認して、明らかに動揺する。


 カサニ公は頭に血が上ると同時に、唇を強く噛んだ。


(城が攻め落とされたというのか?!まさか、裏切り者か?)


 カサニ公は持っていた弓をへし折った。こんなことをしている場合ではない。


「すぐさま急行する!城に近い兵士たちから向かわせろ!隊列は行軍しながら整えるのだ!」


 運悪く、カサニ公は森林の深くまで来ており、城から最も遠い。彼は城に早く向かうことを優先して、このような指令を出した。


 カサニ公と家臣たちは馬を走らせる。自分たちのたくらみが裏目に出てしまった。こんなことで先祖代々の城を失うわけにはいかない。こんな恥さらし、あってたまるものか。


 その時、急ぐ彼らの前に黒い影が現れた。自分たちよりも背が高く、大きい。


(熊か?!)


 そんなはずがない。熊はすでに冬眠している頃だ。彼らが近づくにつれ、その正体が明らかになる。大きな槍を持つ騎兵であった。


「カサニ公だな」


 兜の下から覗く鋭い眼光。家臣が警戒して、カサニ公の前に位置取った。


「何者だ?!」


「ダヴィ=イスル様の右腕、アキレス=ヴァイマル」


 アキレスはパルチザンを両手で持つと、その穂先をカサニ公に向ける。


「残念ながら、その命、ここまでとさせてもらう」


 ダヴィ。カサニ公はその名前に聞き覚えがあった。確か、スパイから敵の司令官の名前がそうだと聞いた。待ち伏せされていたのかと、血の気が引く。


 ところが、アキレスの他に兵の姿はない。彼だけが立ちふさがっていた。


「馬鹿め!一騎で何ができる。なぶり殺しにしてやれ!」


 家臣の2人の騎兵が剣を抜き、彼に向かっていく。怒号を挙げながら迫った時、アキレスはゆっくりとパルチザンを横に振りかぶる。


「フンッ!!」


 風を切り裂き、パルチザンは横薙ぎに2人の兵士を襲う。剣で防ごうとするが、横一線に切り裂かれたパルチザンに吹き飛ばされ、馬ごと地面に転げ落ちた。


 カサニ公は息を飲んだ。1人は気絶しているようだったが、パルチザンの刃が当たったもう1人の兵士は、鼻の部分がちぎれ去り、割れたザクロのように、顔にパックリと赤い華を咲かせていた。うめき声を出しているが、もはや助かるとは思えない。


「しまったな」


 アキレスはパルチザンの感触を確かめながら、顔をしかめる。しかし次の瞬間、カサニ公にニヤリと笑いかけた。


「久しぶりの戦場だ。力の加減が分からない」


「た、たおせ!敵は1人だ!」


 10名の家臣たちが全員剣を抜き、アキレスに襲いかかる。その時、遠くからカサニ公の他の家臣が駆けてきた。


「申し上げます!森林を出たところで、敵の急襲を受けました!味方は分断されている模様!」


「まさか……これは……」


 カサニ公はようやく察する。城を落とした敵が、ここで待ち伏せているとは思えない。しかし少ない軍を二手に分けることが出来るほど、城攻めは甘くないはずだ。であるならば……


(最初から、狙いは私か!?)


「考え事は終わりか?」


 ハッと前を向く。気が付くと戦っている家臣の姿はなく、ふうと息を吐いたアキレスがこちらを睨んでいるだけだった。


 カサニ公は視線を下げて、やっと気が付いた。アキレスの周りには、起き上がらない家臣と悲鳴のような声を上げる馬が横たわり、血しぶきが、枯草や木々にまき散らされていた。


 カサニ公は体を震わせ、思った。


(こいつは熊だ。ここで熊が暴れたのだ!)


「う、うわああああああ!!」


 伝令に来た家臣が叫びながら逃げていった。カサニ公は体が動かない。逃げ出すタイミングを失った。


 目の前に、アキレスが近づく。


「家臣の教育はしっかりとやっておくべきだったな」


「ふざけるなああ!」


 カサニ公は自分を奮い立たせて、剣を抜く。しかし、もう遅かった。アキレスのパルチザンが頭上高く振り上げられている。


「終わりだ!」


 マサカリのように振り下ろされたパルチザンは、カサニ公の剣を弾き飛ばし、彼の肩から心臓、内臓へと縦に切り裂いた。「かっ」と声を漏らしたのを最期に目は焦点を失い、カサニ公の身体からおびただしい量の血がふき出す。


 アキレスがパルチザンを引き抜くと、興奮した馬が暴れて、絶命したカサニ公の身体ごと、どこかへと駆けて行った。その先から悲鳴が聞こえる。それを見たカサニ公の家臣のものだろう。


「やれやれ、うまくいき過ぎだ。ジョムニを褒めなければならなくなる」


とため息をもらしたアキレスは、終わったことをダヴィたちに伝えに、馬を手綱で打って走らせるのだった。


 味方の死傷者はほとんどなし。その報告を、ダヴィは驚きながら聞いた。


 カサニ公の残党兵は城へと逃げ帰っていったという。


「これで良かったのかな?」


「大成功でしょう」


 隣にいたジョムニが微笑む。車いすの上から戦場を観察していた彼は、“理論通り”作戦が成功したことに満足していた。


「結局、カサニ城は攻め落とさなかったが、これで大成功なの?」


「女王は『カサニ公を倒せ』とおっしゃったのですよね。ですから、これで大丈夫です。さらに情報によれば、カサニ城を受け継ぐはずのカサニ公の弟は女王側だったはず。そうなれば、カサニ公の残党兵がそっくり女王の味方になるということです」


「そういうことか……」


 ダヴィは腕を組んで、何回か頷く。そこへ、アキレスやスコットたちがやって来た。


「兵は全員戻りました。作戦、終了です」


「終わったよお」


「やったじゃん!大成功だよ!やるじゃん!」


 ジャンヌにパンパンと肩をはたかれて、ジョムニは顔をしかめた。傾いた青いキャスケット帽をかぶり直す。


 その彼に対して、ライルが眉を八の字にして謝る。


「その……悪かったな、疑うようなことを言って。ジョムニの作戦は完ぺきだったぜ」


「そうだね。変なこと言っちゃった。ごめん!」


「良い作戦だった」


「ジョムニ、君のおかげだ」


 ジャンヌとアキレス、そしてダヴィがジョムニを褒めた。そんな彼はと言うと、いつものように自信のある顔を見せながら言う。


「まあ、当然の結果ですから」

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