第11話『カサニ攻略戦 上』

「城を落とせ、ですか?」


 朝食を終え、資料に目を通そうとしていたジョムニは、ダヴィから伝えられたことに、目を丸くした。ダヴィは頷く。


「正確にはカサニ公を倒せと命じられた。500人の兵士を与えるからと」


「ふむ。そうですか……」


 カサニ公とは、モスシャの近郊に城を持つ中規模の貴族で、最近パーヴェル王子側に寝返ったとされる人物である。政治力・軍事力ともにそこまで強くはないが、その領地に大きな街道がいくつも走っており、経済力は大きい。


 そもそも遊牧民国家であるソイル国には、城自体が少ない。商業や交通の要衝ようしょうにおける利権を狙って、定住を選んだ一部の者たちが、城を築くのである。そこから読み解くと、カサニ城がいかに重要なポジションにあるかが分かり、アンナ女王としては抑えておきたい領地であった。


 この依頼を達成すれば、交易許可証と市場近くの国有地を譲るという。


 アンナ女王から渡された資料に目を通すジョムニは「それにしても」と呟いた。


「女王陛下にかなり……いや、とても、気に入られているみたいですね」


「……うん。こういうことはしたくないんだが、あの目には逆らえる気がしない……」


 ため口で愚痴をこぼすダヴィに、ジョムニはため息をついた。この旅で年下のように接してくれと伝えて、ダヴィはこの口調になったが、いきなりこのような情けない姿を見せられても困る。


 ジョムニはダヴィに気を使って言った。


「……まあ、立場上、断りにくいことは分かりますから」


「うぅ……」


 4歳も年下に苦しい言い方をされると、本当に情けなくなる。ダヴィは額に手を当てて、赤くなった顔を半分覆い隠した。


 それは置いておいて、とジョムニが話を進める。


「500人の兵で城が落とせるとは思えません。何か秘策が?」


 カサニ公の兵士の動員数は最大で1000人。この時代、攻城戦では攻め手が守り手の3倍は必要だとされており、ましてや数が劣っていては攻め落とせるとは思えない。


 ダヴィは眉間にしわを寄せて、ジョムニに伝える。


「それが、アンナ女王から作戦は教えてもらっているんだ」


「教えてもらっている?」


 女王から伝えられたのが、2週間後、カサニ公が大規模な狩りを郊外で数日間行うというのだ。その隙を狙って、城を攻め落とせばいいと教わった。


 しかしジョムニは、晴れないダヴィの表情が気になる。


「なにかあるのですか?」


「アンナ女王はいつも僕を試す。こんなに簡単なはずがないと思うんだ」


「……なるほど」


 ダヴィの人を見る目は確かだ。恐らく、アンナ女王を理解している数少ない人間である。ジョムニはその感覚を信じた。


「では、これが罠だと?」


「分からない。これがチャンスであるなら、逃すこともできない。どうしたらいいと思う?」


 ジョムニは自分の顎に手を当てて、しばらく考えた。そしてジワリと笑う。


「思いついたことがあります。ジャンヌさんたちを呼んでくれませんか」


 ダヴィに招集されたジャンヌたちが、ダヴィの部屋に集まった。ダヴィが女王の依頼の概要を伝えた後、青いキャスケット帽をかぶり直したジョムニが、彼らに依頼する。


「カサニ公の動向を調べます。現在、狩りの準備を進めているはずですから、その調査をお願いします。それから得た情報をもとに、作戦を立てます」


「おいおい、お前が作戦を立てるのか?」


とライルが文句を言う。この少年にとって初めての戦いである。とてもじゃないが、そんな経験のない少年に命を預けられない。


 ジャンヌやアキレスも懸念を示した。


「さすがに、あたいよりも年下の命令は怖いよ」


「ダヴィ様が作戦を立てていただけませんか」


「……いや」


 ダヴィはジョムニと会話を重ねてきて、彼の知識が本物であることを理解している。そして才能の発揮に、年齢は関係ないことも知っている。ダヴィは彼を見極めたかった。


「この作戦はジョムニに立案してもらう。これは僕の命令だ」


「……まあ、ダンナがそう言うなら」


「その代わり、ちゃんと考えなさいよ!ジョムニ!」


 ジョムニの自信は崩れない。車いすの軍師は微笑みながら、言い放つ。


「この作戦で証明してみせますよ。楽しみしてください」


 ――*――


 カサニ城の一室、カサニ公はチェスに興じていた。今日は横殴りの雪が吹き降り、窓の外に人影はない。暗い部屋の中で、ジッと盤面を見つめる男たちの横顔が、蝋燭ろうそくの火で照らされていた。


 対戦相手は側近がしていた。彼はビショップを動かした。


「そうくるか……うむ……」


 カサニ公は悩む。そこに置かれると、ナイトが動けない。


 髭を何度も撫でるカサニ公は、側近に尋ねた。


「狩りの準備はどうだ?」


「抜かりなく、進めております」


 この冬の時期、野外に食料が無くなると、狼が牧畜している牛や羊を襲うことがある。それを防いでほしい領民からの依頼で、領主が狼狩りをすることはある。


 先々週も、狼の群れがカサニ城の南部で危害を加えたと報告があった。そのため、カサニ公は狼狩りを行う必要がある。


 ところが、先日聞いた密告により、状況が変わった。


「まさか、女王ともあろう方が、儂の留守を狙って攻め込んでくるとはのう」


ずるい手を使うものです」


「まったくだ。まあ、そんなことはお見通しだが」


 カサニ公は50手前。髭や髪に白いものが混ざる歳であり、怪物がばっこする政界を渡り歩いてきた経験がある。このような苦難も初めてではない。


 カサニ公は自画自賛していた。こんな事態を想定して、王城にスパイを潜り込ませていた結果が出た。これもまた、カサニ公の老練さの賜物であろう。


 そして、彼はこの情報を最大限に活用しようとしていた。


「一方的に攻めてきたとあれば、女王の軍とて、批判は免れまい」


「その通りです。その一方で、それを罠にめて、壊滅させたとしても、褒められるだけでしょう」


「くっくっく……パーヴェル王子にいい手土産ができるわい」


 最近、パーヴェル王子に寝返った身としては、早めに役に立つことを示しておきたい。そう考えてきた彼にとっては、タイミングよく舞い込んできた朗報であった。


 カサニ公は眉をピクリと動かし、クイーンをつかんだ。


「こうやって、狩りから城に、戻ってくるとは思わないだろうな」


「おっ」


 敵陣に攻め込んでいたクイーンを戻し、ポーンを跳ね飛ばした。これでカサニ公の優勢は固くなった。


「いやいや、お見事です」


「これがやつらの運命よ」


 カサニ公は暗く笑いながら、取ったポーンをつかんだ。彼の太い指に転がされた駒の影が、手の影と一緒に、地面に長く伸びていた。

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