3「世界で一番たいせつな体温」

第11話 彼女の体温が、自分のそばにあるだけでいい

清春きよはるは、女の背中に描きあげられた悲鳴のような傷跡に、ゆっくりゆっくりと舌を這わせた。


「言えないよ。おれはあなたを傷つけた男と、同じだから」

「あなたはあの男とは違うと思うけど」

「おなじだよ。佐江を閉じ込めて自由を奪って、力づくで愛されたいと思っている。そんな愛情はあいつを幸せにしない。そうだろう?」

「ひとによるわよ」


女は顔だけを背後の清春に向けて、笑って見せた。


「あなたと彼女は、それでうまく行くのかもしれない。彼女にあなたを受けとめる覚悟があれば、それでいいのよ」


そういうと彼女は足元のシャツを拾い、さらりと着始めた。

清春は女の後ろに立ち、今なお鮮やかな赤い色を見せている傷跡がシャツに隠されていくのを見守った。

女はシャツを着ながら、


「あなたは人を愛するってことを知っている人だから、きっとうまく行くわよ。でも独占欲はほどほどにしておいたほうがいいわね」

「そうするよ。ただ、おれにも愛するってどういうことか、よくわからない」

「彼女が好きでしょう?」

「ああ」

「彼女が自分の望む方法でなくても、そばにいてくれればいいんでしょう」

佐江さえがいなくなったら、おれは死んだも同然だからね」

「誰かをいとおしむってことは、突き詰めていけばそのひとの体温が自分のそばにあるだけでいいって、理解することじゃないのかしら。あなたはもう、そこに到達しているわよ」

「時々はバカなことをやらかすよ」

「まあ、仕方がないわね」

「佐江以外の女とできるかどうか、確かめたいだけで、あなたの部屋に来ている男だし」

「それはもう、ほんとうにろくでなしだわ」


女は明るく笑い始めた。


「でも、しなきゃいいのよ。浮気じゃなくて友情を始めたと思えば、良いんじゃない」


そういうと女はすっかり服を着終えて、清春の前に手を出した。


「あなたを一回きりの男にしたくなくなったわ。あらためて自己紹介しない?」


清春はちょっと情けなさそうに笑った。


「くそ、浮気のチャンスを失ったな」

「そのかわりに友人を一人手に入れたと思ってちょうだい。私、もりめぐみよ」


清春は大きな手でそっとめぐみの手を包んだ。


井上清春いのうえきよはるだよ。名刺をわたしておこうか。連絡先が欲しくなるかもしれないし」

「彼女、女性から連絡があっても怒らない?」

「怒らないんだ。そこがまた腹立たしいところでもある。嫉妬さえしてくれない」

「信じているのよ、あなたのことを」

「おれは、佐江みたいな女に信じてもらえるような男じゃないんだ」

「彼女は、あなたのダメっぷりもふくめて愛しているんじゃないのかしら。ねえ、あなたの彼女さんに会いたくなってきたわ」

「いつかね、会うんじゃないかな。会ったらきっと気が合うよ。そんな気がする」


清春はめぐみの前に立ち、名刺をとりだした。そしてその裏にスマホから何かを書きうつした。


「なに、これ?」

「余計な事かと思うがね、おれの知り合いの整形外科のクリニックだ。腕のいいドクターだから、もしその気になったら相談だけでもしてみるといい。予約時におれの名前を出してくれ。そうすればすぐにてくれるとおもう」

「ほんとに?だってここ、すごい有名なクリニックじゃない」

「そいつは大学の同級生なんだ。予約を取る時におれの名前を出せば、優先的に診察してくれるよ。学生時代にずいぶん助けてやったから、今でもまだ会えば礼を言われる」


清春は明るく笑った。


「ああそうだ。ひとつ言っておくけど、こいつもかなり女癖がわるいからね。ドクターとしての腕は一流だけど男としてはクズだから。深入りしないで」

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