第9話 おかしくなるほど、愛されたい

清春はクッキリした横顔を女に見せて、いらだたしげにつぶやいた。


「ホテルマンには、清潔感さえあればいい。ゲストと話すたびに顔を二度見されるのはもう嫌だ」

「ああ、それはわかるわ。美人の同僚がうんざりするっていうもの。そのたびにゲストから誘われるし」

「女性のほうが大変かもしれないな。あなただってそうだろう、こんなにきれいなんだから」


清春は膝の上に乗せた女のシャツのボタンを、一つずつはずしていく。女はかすかに膝の上で身じろぎをした。


「シャワー、いらない?」

「おれはいらない。あなたを今すぐほしいって言ったら、露骨すぎるかな」


清春の膝の上で女はくすっと笑った。


「露骨?ホテルルームまでやってきて、今さら『露骨すぎるかな』って?」

「たとえ一度きりでもカラダだけっていうのは嫌なんだよ。ここには二人しかいないんだから、やさしい言葉を聞かせてもらいたいね」

「こまるわ。愛情は彼女さんからもらってちょうだいよ」

「そっちは十分もらっている。おれ、愛されているんだ」

「さっきは彼女の愛情が心細こころぼそいって言わなかった?」

「おれの好きなように惚れてくれない、って言ったんだ。たぶんおれの要求が普通じゃないんだろう」

「どんなふうに愛されたいの?」


シャツを半分脱がされながら、女は首をかしげた。

清春は困ったように笑う。笑うと目じりにしわが寄り、そこにとろりと甘い影がたまる。女が口づけしたいと思うような甘い影だ。

清春は静かに女の顔を引き寄せてキスをした。そして、そっとささやく。


「あいつを、狂わせたい」

「狂わせる?おだやかじゃない言葉ね」


女がちょっとびっくりしたように清春を見おろす。そして清春のきれいに弧を描く眉毛を指でなぞっていった。清春は目を閉じ


「もう二度と、おれ以外の男にぐらつかないように狂わせたいんだ。あのきれいな目いっぱいにおれしか見えないようにして、おれの愛情だけを欲しがらせたい」

「おかしくなるほど愛されたいのね?」


女は清春のキスに応えながらつぶやいた。


「わかる気がするわ。あたしもそうだった」

「ほんとにわかる?ただ愛されているだけじゃ足りないんだ。おれがあいつに惚れているように、めちゃくちゃに愛してほしいんだよ」

「他の誰も目に入らないくらい愛してほしい。なのに自分は、別の女と寝てみようとしている。これって矛盾しない?」


清春は女の胸元に顔をうずめた。やはり外見の印象を裏切らない怜悧な女だ。そして清春は怜悧な女が好きだ。

なぜなら、恋人の岡本佐江おかもとさえは頭のいい女だから。


「矛盾しているよ。でも、男なんてこんなもんだろう」


清春は押し殺したような低い声でつぶやいた。

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