第284話 お悩み相談
やって来ました王都の商街。
ダニエルの辺境伯祝の席に招待されたミツと仲間達。
仲間達も祝の席に参加を希望するも、着ていく服が無い。
なら着ていく服を王都で購入する為と、彼らは足を向けている。
「すげぇ……、これ全部服屋かよ」
「全部が全部って事じゃ無いけど、衣服関係はここで揃えれるみたいだね」
リックたちが見る先は、商店街の様に続いた店の並び。
「服、仕立て、生地、靴、加工、アクセサリー、小物。他にもお服をオーダーメイドできるお店もあるみたいだけど、あの店は行くことはないかな。オーダーメイドとなれば数カ月はかかると思うし」
「ミツ、早く行きましょうよ!」
リッコの嬉しそうな声に引かれ、足を進めようとすると後ろから別の声がかけられる。
「坊や、それじゃ私達はギルドの方に行かせてもらうよ」
今回王都にはヘキドナのパーティーのメンバーも同行している。
彼女達の目的は服ではなく王都にあるギルドを目にする事。
彼女の胸元で日の光を反射させるグラスランクの冒険者カード。
いつもなら見えない所に隠し持っているのだが、今回は小物に声をかけられない為にとあえて見える位置にしているようだ。
その為か、ミツの鋭い視線に気づいたヘキドナは呆れつつ、はぁとため息を漏らしカードの位置を腰の方へと変えた。
その際、どこを見てるんだいと、ヘキドナからは見た目は軽いようで、結構キツめのアイアンクローが彼の頭をギリギリと締め付ける。
「あだだだ! へ、ヘキドナさん、いきなりなんですか」
「いや、どうも下心を隠さない奴の視線を胸元に感じてね。どうやらその視線の元を偶然私の手が掴んだようだから潰しておこうと思っただけさ」
笑ってない笑みを向けられたミツは、やっちまったと思い直ぐに謝罪を口にする。
「あっ、すみません、ごめんなさい、ワザとじゃないんです」
「あの、リーダー。少年と楽しむのは良いですけど、私達も折角ですから服を見ていきましょうよ」
「はぁ、エクレア、今の私達はデカイ買い物したせいでスカンピン状態。服なんて買ってる余裕なんてないよ」
「そう言えばヘキドナさん、ご自宅をご購入されたんですよね? プルン達から聞きました。おめでとうございます」
「ああ、殆ど坊やの協力だけどね。感謝するのはこっちの方だよ」
「それはそれは。それで、ヘキドナさん。そろそろ手を離していただきたいんですけど……」
「フンッ」
明らかに掴んだ腕の締め付けが効いていない事に呆れるヘキドナ。
彼女は自身の視線まで持ち上げたミツの頭を乱雑にポイッと捨てるが、彼はシュタッと綺麗な着地を見せる。
その動きにアイシャとミミからはおーッと何だか可愛い拍手が送られてしまった。
「シシシッ。ミツも家を建てたって聞いたよ。話だけど、大っきい家なんだよね?」
「はい、そうですよ。皆さん、何時でも家に遊びに来てくださいね」
「おっ、いいね! ミツ、その時は何か美味いもんでも作ってくれっての!」
「アンタは、少年に態々ご飯作らせてどうすんのよ。そこは呼ばれた私達が何か持っていく所でしょうに……」
「アッハハハ。確かにそうだっちゃ。でも、ミツの飯は上手かったのは確かだね。できればウチ、もう一度食べたいっちゃね」
「だろう!? ほら、ミツ、ライムもああ言ってるんだしよ」
食に対して是非にの気持ちが強いのか、ライムはミツの手を取り、ニコニコとご飯の催促をする。その姿は家で共に住んでいるラルゴに似ているだけに、ミツも無意識に笑みを返す。
だが、その光景を好まぬ人も中にはいるのだ。
「フフフッ……。マネさんは随分とミツ君の料理を好まれていますね」
「へっ? なっ!? いや、リッケ、別にアタイはミツの飯が美味いって話をしただけで……」
「ええ、良いんですよ……。確かに、マネさんの言った通りミツ君の料理は美味しいですからね。僕にはとても同じものは作れませんから、マネさんがミツ君の料理を求めるのは仕方ないですよね」
「ちょっ!? リ、リッケ……あわわ!!」
表情は確かに笑顔を振りまいているリッケなのだが、その影を落とした笑みは、受けたマネには恐怖を与えるのだろう。
そう、例え体格が二倍近くある相手であろうと。
タジタジとするマネの姿は、手も出せない強敵を見つけた者の姿そのままだった。
まー、それも自身は関係なしと第三者の目から見たら面白いものだが。
「おー、これが修羅場ってやつかシ」
「いえ、シューさん、これはただの痴話喧嘩の一歩手前です」
「ああ、親父が近所の若夫婦を褒めたときもお袋が同じ雰囲気出してたな。あの時、確か親父が変なこと言ったんだろ?」
「はぁ、お父さんは相手の奥さんの手料理を褒めたのよ。若いのに上手い料理作ってくれる嫁さんなんて羨ましいって。そしたらお母さんが、あらあら、なら結婚したての時の私の料理がおいしくなかったってことですかって……」
「ああ、そうだった。今のリッケ、そん時のお袋と同じ顔だな……」
「あちゃー。ちなみにその時は如何やって仲直りしたの?」
「えーっと、確か親父が下手くそな料理作った後に頭下げて許されてたな。お前の料理はやっぱり世界一だって」
「お父さんが作った変なドロドロのスープも、お母さんが少し手を加えただけで美味しく食べれたから、あの時ほどお母さんの料理が上手いって思ったことはなかったわね……」
「ああ、結局あれば何を作ったのか俺は聞くのも怖えぜ……」
「フフッ、母は強しね」
こうして話している間もリッケはツーンっと怒ってませんよと不貞腐れた素振りを見せ、それを宥めるようにとワタワタするマネの姿を見る事に。
普通ならリッケに男らしくないとか言われるかもしれないが、マネとリッケの二人では、二人が男女反転した立場になってもおかしくないかなと思えてしまう。
結局今度リッケの手料理をマネに振る舞う事に落ち着いてしまった。
何故そうなったんだろうと思ったが、二人の間にギクシャクとした雰囲気が無くなったので考えるのをやめた。
「坊や、見るだけなら構わないから取り敢えず私達も行くことにするよ」
「それじゃ、行きましょうか」
ゾロゾロと人数を引き連れ、めぼしい服屋を探すことに。
今回探すのは庶民的な服ではなく、社交会などで使えそうな少しお高めの服屋だ。
見せを探す道中には女性が多い為か寄り道と中々目的の店までが遠く感じる。
その際、店に入る度にリックからはブツブツと何やら念仏のように小言が聞こえる。
「……ように……いま……せん……ように……いま……」
「リック? さっきっから何をブツブツ言ってるの?」
「何でもねぇ、取り敢えず店に入る時は注意しろよ。後ろから突然来るかもしれねえ」
「な、何が来るのよ? 変な事言ってないでアンタも来なさいよ」
リックの言葉に呆れつつ、ローゼが彼の手を取り一軒の店へと入る。
「うわっ!? 止めろ! そんな中を確認もせずに入ったら危険だ!」
「だから、さっきっから何を言ってるのよ。まったく……。ほら、これとこれ、どっちが良いと思う?」
「ああ……。えーっと、何の話だ?」
「もうっ、だから、私が狩りの時に使うポーチの話よ」
店に入ってもリックはキョロキョロと何かを探してるのか、それとも身を隠しているつもりなのか身を縮ませている。
その間とローゼは店の商品を手に取り、色々と話していたみたいだがリックの耳には入っていなかったのだろう。
彼女が手に持つポーチを見てもリックの返す言葉が生返事。
少しご立腹感を見せる彼女だが、スッとリックが彼女の持つポーチを手に取る。
「あっ、ああ。ちょっと貸してみろ。……駄目だ、これは締りがゆるい。角が硬い分、回復薬が数個しか入らねえ。お前は後衛なんだからもう少し大きめのポーチを選んでも問題ねえだろう。おばさん、そこの茶色のバック貸してくれよ」
「あいよ。これだね」
突然真面目に手に取ったポーチの良し悪しを口にしたリック。
彼は近くにいた店の店主のおばさんへと別の品を求める。
「……うん。ほらっ。自分でも確認してみろ」
「う、うん……」
受け取ったポーチの中身などを確認した後、リックはほらよとローゼへと茶色のポーチを手渡す。
「いいか? 開いた後、直ぐに閉じる事ができなきゃ中身をぶちまけるかもしれねえぞ。それを見通して、必ず締め口は大きめの奴を選べ。それとほら、この深さなら回復薬は必要分は確実に入るだろ。他にも入れたいものがあるならミミやミツに回復を任せて、入れる回復薬を減らせばそのスペースには金なり止血用の布を押し込め。それと、買った後は必ずまる一日水の中に入れておけよ」
「えっ? 何で水の中に入れるの?」
「匂いだよ。革には草牛や他にも動物の匂いがついてるもんだ。それを鼻が鋭いモンスターから気づかせない為だな。新品のポーチを買うならこれは絶対にやっておけよ。新品の物は如何しても匂いが付いてくるからな。奇襲をかける奴が逆に奇襲を受けてちゃ俺も守るのは大変だしよ」
「う、うん。ありがとう……」
「何だよその反応は。俺は別に間違った事は言ってねえぞ!?」
「わ、分かってる! その、予想以上にしっかりとした返しが来たから驚いちゃって。ははっ……」
「ああ、気にすんな。全部親父とお袋の入れ知恵だ。リッコも冒険者になりたての頃に何か見た目だけ良い奴買いそうになった時の事を思い出してな。今あいつが使ってるのは俺がその時説得して買わせた奴だ」
「へー。リック、いいお兄さんやってるじゃん」
「へっ、勘違いするな。あいつのバックに入らない分の荷物を俺が持たされるのが嫌なだけだ」
「なら、序に新しい矢筒も選んでよ。あっ、勿論お金は自分で出すわよ」
「矢筒か……流石にそれは俺の担当じゃねえだろう。ミツに聞くのが一番じゃねえのか?」
「えっ……。だって、ミツ君、ボックス持ちだからその辺にこだわりが無いというか……」
「ああ、確かにそうだな。はぁ……。見てみるだけな。矢筒なら別の店か……」
「ちょっと待って、先にこのポーチ買ってくる」
「んっ? 何だ、それで良いのか? もっと探せば良いやつが見つかるんじゃねえのか?」
「いいの……これにするの。フフッ……」
「何だあいつ?」
突然店に入ったと思ったらそんな二人のやり取り。
それを店の外で見ていた仲間たちは。
「「「「甘ったる!」」」」
「なんニャ!? なんニャ!? なんニャ今の二人の会話は!?」
「あー、これが若者の甘酸っぱい関係って奴かね……」
「エクレア、ウチたちはまだ若いよ。そんな考えを持ったら歳だシ」
「あいつの言ってることは間違いじゃないんだけど、ホント、あいつは無意識に男を見せるから気持ち悪いのよ」
「ははっ、リッコ、リックも無意識に見せてるなら、それがリックの本心じゃないかな。冒険者としてはリックのああ言った所は自分は持ってないからね。素直に凄いって思ってあげようよ」
店から出てきたローゼはニコニコと上機嫌。
後に出てきたリックには女性陣のニヤニヤとした視線が向けられるのだが、リックは鬱陶しいとその視線を振り払うかのように先に歩きだしてしまった。
目星の店は何処かなと道を進むと、アイシャから声をかけられた。
「ミツさん、あの、もし防具屋さんも覗くことがあればよっても良いかな?」
「んっ? そうだね、アイシャの防具も折角なら見ておこうか」
「うん」
嬉しそうな少女の笑みをみては、思わず頭を撫でそうになるところで別の声がかけられる。
「あれあれ。少年、その子は君の新しい女の子かな〜」
「新しい女の子?」
「はぁ……。エクレアさん、無垢な娘を虐めないでくださいね」
「ムッ! 少年、私が! 何時! その娘を! 虐めたのかしら!」
「あわわっ!?」
「ああー、すみませんすみません! 言葉を間違えました。お願いですから腕を首に回して締め付けないでください」
抵抗もしないミツをガバッとエクレアは腕を使い締め付ける。
その速さ、実際に対人戦をしたら確実に仕留めれる速さだろう。
「フッフフ。そんなこと言って本当は嬉しいくせに、うりうり」
エクレアの腕が回されると確かにミツの顔には彼女の柔らかなお胸様が当たり、嫌でもないので本音はハラショーです。
「はいはい。アイシャちゃん、防具系はあっちに売ってるわよ。私達と一緒に行きましょう」
「えっ? あ、は、はい!」
二人のやり取りに戸惑うアイシャの手をリッコが取り引っ張って行く。
二人が離れた事を確認しつつ、エクレアはミツの耳元で周囲に聞こえない程度の声を出す。
「うりうり……。それで、少年、君の目ぼしい娘とはアレから仲良くなれたの?」
「えっ? あ、ま、まぁ……」
「そっか。良かったじゃん。でも、あの様子だと他の娘には言ってないみたいね。ちなみにいま付き合ってる娘って誰? あの赤髪の小さい娘? それとも長身のおっとりしたおっぱいが大きい娘? ああ、あの獣人の娘かな? まっ、まさか、あの幼い娘子なんじゃ!?」
「いや、アイシャは違いますよ。……エクレアさんにですから話しますけど、その、相手はプルンです」
自身の腕からミツをポイと離し、やっぱりねとエクレアは顎に指を当てる。
「はっはーん。やっぱりあの娘か〜。フムフム。まぁ、教会に一緒に住んでたらやるチャンスもあるわね」
「ちょっ!? やるとか言わないでください」
「でも、やったんでしょ?」
「うっ……」
何ともストレートな言葉を発言するエクレアよりも、問われたミツの方が恥ずかしくなってしまう。
「ああ、ごめんごめん。少しいじめ過ぎたわ」
「いえ、それで……。プルンと付き合いだしてから、その後に領主家からも話がありまして」
「領主家? まさか……」
「はい。そちらの娘さんとの婚約を告げられました」
「フォッフォー! 少年、領主様からの誘いなんて凄いじゃない!」
「いや、領主様、ダニエル様ではなく、その娘さんのお母さん、第二婦人のエマンダ様からの言葉で、領主様からと言う訳では……」
「それでも凄い事よ!? なんせ貴族が平民に自身の娘を嫁がせるなんて実際ありえない話じゃないの」
「確かにそうですけど……」
「それで、勿論承諾したんでしょ?」
「いえ、断りました」
「えっ? なんでよ!?」
貴族の嫁を得る事ができれば、ミツは貴族とも大きく関わりのある人となれる。
下手をすれば、婿入り養子として彼も貴族の一員になれるのだ。
普通なら庶民が喉から手が出る程に欲しい立場だと言うのに、彼はそれを断っている。
「いや、実は……自分の考えと領主婦人様の考えでは少しだけ話の食い違いが……。まぁ、それもゼクスさんや客人のエルフの方に自身の勘違いを正しては貰ったんです……」
「なら、何が問題なの? 君は領主家の娘さんが嫌いなタイプとか?」
「嫌いなタイプでは……ないですね。家族を大切にして、自身の信念をしっかりと持ったお嬢様だと思います。ただ……」
ミツはミアが弟のロキアと兄のラルスと仲良く会話する姿、街にいる職人とも気さくなく話す光景を思い出していた。
彼女の努力する顔、悲しみの涙、そして喜びの笑顔。
エマンダの生き写しと言っても良い程の美しい容姿。
ミツにではなく、他の貴族、どこに出しても恥ずかしくない立派な貴族令嬢な彼女。
そんな彼女を思い浮かべれば、忘れてはいけない人を思い浮かべてしまう。
「プルンには……まだ何も言ってないんです。一夫多妻を実現してしまうと、プルンを裏切るんじゃないかって……」
「……」
「だから、その……。ミア様には変に期待させるよりは、初めからこの話はしないでおこうかなと。」
「ふーん。ねぇ、少年、一つ聞いていい?」
「はい?」
次第と彼の声がか細くなるにつれ、逆にアクレアの声がシッカリと聞こえる。
「君、私とリーダーの事、今でもあの時と同じ気持ちかしら?」
「あの時って?」
「勿論、私とリーダーが、君に今までの恩を言葉通り身体で返したあの日の事よ」
「えっ!? エクレアさん、いきなり何を///」
後ほんの数センチ動けば顔がぶつかるのではと思う程に、エクレアはズイッっと自身の顔をミツへと近づける。
問われた内容を思い出したのか、ミツは思わず赤面と口ごもる。
「いいからいいから。取り敢えずその時と気持ちは変わってないかを聞きたいのよ」
「えーっと、その……」
「……はぁ。モジモジと、男らしくないわね! しっかりと答えなさい」
「は、はい。あの、本心ではお二人の事も、あ、あの時のまま気になってます……。でも……」
一度身体を合わせたからと言って、ヘキドナもエクレアもそれをネタとして今後も彼の揚げ足を取ろうなどとは思っていない。
しかし、やはりチェリーボーイな彼の初めてを奪ったのは二人だ。
プルンに気持ちはあれど、やはり彼は二人の気持ちも無下にする事はできないのだろうか。
しかし、思い詰めてるのは彼だけなのか、エクレアはヒラヒラと軽く手を振り、彼女自身気にしていないかのように振る舞っている。
そんな態度を見せられてはミツも少し拍子抜けである。
「ああ、いいわ。その先は同じ事の繰り返しでしょうし。リーダーも言ったけどあの時は君への感謝の気持ちを返しただけ。深く考えることはないわ。でも実はね、リーダーも私もあの時はそう言ったけど、本音は君の隣に居たいのよ。それは何故かわかる?」
「そ、それは……。図々しい事ですが、自分に好意を向けてくれてるからでしょうか……?」
「んー。好意……。確かに君の事は嫌いじゃないわ。いえ、寧ろその好意は確かにあるわね。でもね、君、忘れてるかもしれないけど、私も、リーダーも、プルンも、冒険者の女なのよ」
「へっ?」
ミツはここで何故冒険者の話が出たのかが理解できない。
「よく覚えておきなさい。冒険者の女ってのはね、男以上に欲深で、浅ましくて、我侭なの。目の前に君みたいないい男がいて、見てみぬふりなんてできるわけ無いでしょ」
「それは嬉しい事ですね……」
「だーっ! ちょっとこっちに来なさい!」
ミツの返答に歯がゆい気持ちなのか、エクレアはミツの腕を取り路地裏へと引き込む。
彼を壁に押し当て、エクレアは逃げないようにとミツの脇腹部分の壁へと足蹴りをする。
彼女の短い短パンではそこ迄足を上げたら下着など諸々見えてしまうのだが、それを気にせずと彼女の強い視線と言葉が向けられた。
「いい! 面と向かって言う事じゃないけど言わせてもらうけどね! 君は冒険者の女から見たら最高級の男! 例えるなら伝説級の武器なの! 分かる?!?」
「ぶ、武器ですか?」
「そうよ! 君も目の前に凄いお宝が見つけたとして、それをどうするよ?」
「えーっと、手にとって、武器なら愛用します……」
「ならそれが何でも治しちゃう回復薬なら?」
「必要なときまで手元に持っておけば、自分か、もしくは仲間の怪我のために使います……」
「でしょ……。君はね、それなのよ……。私達は離したくないの。君の側にいたいのよ。君がそれを受け止めてくれないと、周りの女の子は全員不幸になるのよ……」
「……」
ミツはエクレアの言葉に、改めて彼の考えと、この世界に住む女性との根本的な考えが違うと理解した。
ミツが日本で生活しているときは重婚が駄目な事だと教えられているが、それは日本での様々な問題を回避する為に国が決めた事である。
妻と妾、家族内の長兄の家継問題。
他にも経済面、人間関係と問題を回避する為と取られた事である。
しかし、この世界にはそのルールがまず無い。何故ならここは剣と魔法の世界。
ミツが住んでいた日本でも国を変えればその国のルールが必ずある。
その国に行けばもちろんそのルールに従うのが人なのだ。
日本で当たり前としてやっている事が他国ではタブーである事も多く存在している。
それを知っていたにも関わらず、何故ミツは一人の女性だけを愛し、他の女性から差し出されそうな手を振り払おとしたのか。
これは仕方ない。
生まれた国での考えが、ほんの数カ月住んだ他国に根っこから考えが染まるわけがないのだから。
「ねえ、少年」
「はい……」
「君はリーダーが嫌い?」
「いえ、尊敬できる素晴らしい人です」
「違うわっ!」
「あだっ!?」
ミツの頭に、容赦の無いエクレアの手刀が落ちた。
「好きか嫌いかって聞いてんのよ。何を遠回しに尊敬できる素晴らしい人よ。あんたね、耳の穴詰まってんじゃないの!?」
「ごめんなさいごめんなさい」
バシバシと止まらない手刀に謝罪を口にするミツ。
「まったく……。もう一度聞くわよ。遠回しな言葉はなし。今度そんなこと言ったら……」
「い、いったら……」
「君の枕元で毒を含んで死んであげる」
「怖っ!? ってか、何でそんな事するんですか!?」
「フンッ、それくらい女ってのは本気を見せるのよ。それで、聞くわよ。君はリーダー……。ヘキドナ姉さんの事好きなの?」
「……」
「……」
沈黙する二人。
エクレアはいつものおちゃらけた雰囲気は一切出さず、真っ直ぐに目の前の少年の瞳を見つめる。
「……はい。好きです」
「なら、私の事は?」
「好きです」
「プルンの事は?」
「好きです」
「なら、他にも君には赤髪の女の子も、あの背の高い娘と居るけど、彼女達の気持ちにも応えれそう?」
「はい……」
「最後に聞くけど。領主様の娘は好き?」
「……はい」
最後の返答が彼女にとって一番肝心な事だったのか、フーっと息を吐き、ゆっくりと壁から足を離す。
「いいわ。それが君の答えね。言っておくけどここで君の言葉を軽蔑する奴が居たら、私が殴ってあげる。君の気持ちに今だけでも何人救われたと思う?」
踵を返し、通りに戻ろうとするエクレアにミツは不安に思いつつ彼女に質問をする。
「……エクレアさん。もし……。もしなんですが。自分がプルンとこのまま婚約して、子供ができたとしても、エクレアさん達の気持ちは本当に変わらないと言えるんでしょうか……」
その言葉にピタリと足を止めるエクレア。
そして彼女は振り返り、真面目に返事を返す。
「ええ、変わらないわね。寧ろ君が誰とも婚姻しない方が不安になるし、君のパーティーに居る女達も人生を棒に振って悲しい終わりを迎えるでしょうね」
「えっ? 何でですか」
「……。君、本気でそれ言ってる?」
「はい?」
返答に本当に分かっていないなと彼女が分かると、エクレアはミツの頬を両手で挟み、グイッと顔をちかづかせる。
「はぁ……。君以上のいい男が先ずこの先ズッと探しても見つからないってことよ/// 自覚しない所が逆に本当にムカつくわね!」
「ご、ごめんなさい……」
「はぁ……疲れる。私はなんでこの子に……。いえ、取り敢えず。プルンとも話してみなさい。そして自身の本音をちゃんと伝えるの! そうしないと、話してもらえないままに別の女性を作ったりしたら彼女が不安になるし、下手したら自暴自棄に壊れちゃうかもしれないわよ」
「それは……駄目ですね……」
「でしょう。だから、君は好意を向けてきた娘を受け止めてあげればいいの。それが相手の救いにもなるんだから」
やっと話が終わったわと、エクレアはドッと疲れが押し押せてくる気持ちななる。
「はい……。エクレアさん、ありがとうございます」
「フンッ。感謝なら別の事で返してもらおうかしら」
「別の事?」
また不敵な笑みを作るエクレアから、ミツは無意識と一歩後ずさる。
「そうね、取り敢えず私とリーダーを名前呼びする事」
「えっ!?」
「えって何よ!? 当たり前でしょ、何時までもエクレアさん、ヘキドナさんって、そんな他人行儀な呼ばれ方が嬉しいわけが無いでしょ。ああ、それと君、仲間の数人にも丁寧に〇〇さんって呼んでるみたいだけど、あれ、止めなさいよね。仲間にそんな呼ばれ方してたら、仲間なのに寂しいじゃない」
「でも、突然名前呼びって嫌じゃ……」
「嫌じゃないって言ってるの! あー、そこは後で直ぐに分かるわ」
「確かに、いつまでも坊やからさん付けはむず痒くなるね」
「ヘキドナさん!?」
「リーダー!? いつの間に居たんですか?」
二人で話していると通りの方からヘキドナがやってきた。
どうやら勝手に居なくなったミツとエクレアを探しに来てくれたのだろう。
まぁ、この二人だけにヘキドナもまさかの気持ちに探していたようだ。
「そうだね、アンタが坊やに手刀を頭に打ち込んだ時かね?」
「ははっ……リーダーも声をかけてくれば良いのに。まぁ、話を聞いてくれてたなら良いです。ほら、少年」
「は、はい」
スズっとヘキドナの前に出されるミツ。
重い自身の胸を腕組みに抱えた状態に、少年を見下ろす感じになるが、別にヘキドナは怒ってもいないし、後ろから背中を押すエクレアはニマニマとした表情である。
意を決めたミツは、彼女の名前を呼ぶ。
「……」
「へ、ヘキドナ……」
「君、今心の中でしれっとリーダーにさんを付けたでしょ……」
「何故バレたし!?」
「フッ、坊やから名前を呼ばれるのも悪くないね。でもね、取り敢えず今は今迄のように私とエクレアは継承付けておきな。お前さんが私達の名前を呼ぶ時はあんたの所に行く時だからね」
「ヘキドナさ……んっ!?」
「うわ……。リーダー、喋ってる相手の口を無理やり閉じさせるのってありなんですかね」
「こうしておかないと坊やは直ぐに別の女に連れて行かれちまうからね。軽い目印だよ」
「なるほど! なら私も!」
「えっ!?」
本人の意志は何処へやら。
いや、本人も嫌なら二人を跳ね除ける程度はできるはずなのだ。
それをしないと言う事は、彼の心にも変化があったのだろう。
「ふーっ。ごっそさん!」
それを話のの終わりとし、三人は先に行ってしまった仲間たちと合流する事にした。
思わぬエクレアの言葉。
彼女がもしミツの側に居なければ、本当に幾人の女性が涙を流したのだろうか。
プルンは本当に受け入れてくれるのだろうか。
不安と思う気持ちを抱いたまま、彼らはやっと目的の店へとたどり着いた。
そしてそこの店には。
「いらっしゃいませー!」
「やっぱり居やがった!!」
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