第283話 子供達の為に。

 正月の日となるこの日、ミツは村の子供たちに文字や数字を教える事を伝える。

 自身に子供を持つ親は驚き、目を見開く程。

 

「「「!!」」」


「地主様! そ、それはウチの子も宜しいのですか!?」


「あんた、まだその子は3歳よ! 莫迦な事を地主様に言うもんじゃないさね!」


「た、たどんも……」


 先走った発言をした父親を叱咤する様に妻が声を出すと、周囲から軽く笑いが起きる。

 だが、ミツの考えは普通とは違う。


「いえ、子供の教育は一歳から始めることができますので、勿論そちらのご夫婦のお子さんも文字を覚える事はできると思います。流石に流暢にサラサラと文字は書けなくても、絵を描いて、物の意味を理解するようになれば、子供は好奇心の塊ですから自主的に文字を覚えてしまうでしょうね」


「そ、それんじゃ!?」


「はい。流石に5歳以下のお子さんは慣れるまでは保護者さんであるお母さんかお父さんの何方かと一緒に学んでいただこうかと。それと、文字や数字を学ぶために、必要となる紙とペンはこちらで用意しました。必要なものはお子さん自身の意志と、保護者さんの許可のみです。勿論お金なんて取りませんからね」


「「「「「おおっ!!!」」」」」


 最後の言葉が一番効いたのか、文字を学べるのにお金は取らないのかと村人達からの驚きの声が上がった。

 どうやら文字を覚えるにはやはりお金がかかるし、この村でそれができる者が居なかったのだろう。

 ガヤガヤと騒がしくなった大部屋の中で、ミツに向かって声を出す少年が一人。


「地主様! オイラ、文字を書きたい! なぁ、おっとう、良いだろう!?」


「ああ、勿論だ! 地主様、おらの息子に文字を教えてやってください!」


 立ち上がって声を出した子供に続き、隣に座っていた父親も立ち上がり、頭を下げつつ、子供の頭に手を添えては頭を下げさせる。


「はい。フォルテ」


「かしこまりました。それではルーロ君、前にお越し下さい」


「えっ!?」


 突然自身の名前を呼ばれた事に驚くルーロ。

 まさか地主様の側にいる美人なお姉さんが、自分の名前を知っているなんて思わないだろう。


「何ボサッとしとるか!? はよ、行ってこい!」


「う、うん!」


 驚きにそのまま立っていると父親がルーロの背中を軽く叩き、しっかりせいと彼の背中を押すように前に出す。

 村人から注目を集めつつ、ルーロはミツのいる舞台前へと進み、フォルテから白いバックを一つ受け取る。


「はい、マスターの手作りになります。決してなくさないように使ってください」


「あ、ありがとうです! う、うわっ! 何だこれ!?」


 ズッシリとしたバックの中身を恐る恐ると開くと、中に入った物にルーロは驚きの声を出す。

 何が入っているんだと周囲の村人から声が出るのでミツの説明が入る。


「えー、先程ルーロ君に渡した袋の中身ですが、勉学のために必要なものを入れています。先ずは鉛筆、消しゴム、定規、ノート、下敷き、文字の教科書、数字の教科書、草花を学ぶ理科の教科書、この辺一体の歴史が書かれた社会の教科書です。それと、ルーロ君のお父さん、お母さん、どちらかこちらにお願いしても宜しいのですか?」


 側にいるティシモ、メゾ、ダカーポ、フィーネがミツが告げた物を一つ一つ手に取り村人に分かりやすい様にと掲げて見せる。

 ミツはもう一つ渡すものがあると、ルーロの保護者を呼び出す。


「えっ!? は、はい!」


「いや、お前はここにいろ。俺が行くべ」


「何言ってるのよ! 先に呼ばれたのはアタシですよ!」


 私が俺がと夫婦の譲らない言葉にまた周囲から笑いが出始める。

 そこにギーラが何方でもええからミツ坊をまたせなさんなと発破をかける声を飛ばす。

 それはヤバイと二人は思ったのか、父親が折れ、母親が前に出る。


「地主様、それで、私は何をすれば……」


「えーっと、それじゃこれをルーロ君に着せてあげてください」


「……!? わ、分かりました。ルーロ、おいで」


「うん」


 ミツがルーロの母親に何を渡したのか。

 遠目に見るものは分からなかったが、ミツが他に希望する人は居ませんかの言葉を出せばその場は声の嵐。

 是非お願いしますの親の声、学びたいですと年頃の女の子の声が飛んできた。

 全員が全員ではなく、中には興味のない子供も中には居るが、母親がその子に学べるなら行きなさいと強く言葉をかけるがそれは止めさせる。

 無理にこの場で決めなくても、後に学びたくなった時に学べば良いよの言葉をミツが告げれば、子供を安心させるが、その子の母親はガッカリとした気持ちにさせてしまう。

 まー、嫌々学ぶよりも興味を持って学んでほしいのがミツの教え方である。

 一人一人とまた白いバックを渡していくと、ルーロが着替え終わったのだろう。

 母親から声がかかった。


「地主様、着替えさせ終わりました」


「はい。ありがとうございます。皆さん少し注目してください」


 ミツの言葉に子供たちと共に受け取ったバックの中にある品を驚きつつ見ていた親の視線をもう一度集める。


「「「「!?」」」」


「ルーロ君、服はきつくないかな?」


「う、うん。すっげぇサラサラで気持ちいいよこれ!」


 舞台裏から出てきたルーロは先程まで着ていた継ぎ接ぎだらけの服ではなく、真っ白なシャツに紺色の短パンと綺麗な服を着ていた。

 その服装はシンプルな服であるが、ライアングルの街にある貴族街を歩いても可笑しくない立派な服装だった。


「えー、後に文字や数字を学ぶための学校を自分が作りますので、そこで学問を学ぶ子どもたちは全員に制服を着て勉強をしてもらいます。その際、一人一人とサイズにあった制服を支給しますので受け取って下さい」


「えっ!? ぜ、全員にですか!?」


「地主様……それは、ウチの娘にもでしょうか……」


「勿論です。男の子はルーロ君が今着ているこの服装を基本とし、女の子にはまた別の服を用意しています。手元に渡しました勉強の他に、子どもたちには様々な事を教えていきます。それともう一つ、教えるのは自分だけではなく、後ろにいますこちらの五人も子供たちの講師として様々な勉学をお教えます」


 主の言葉に気品良く一歩前に出ては頭を下げる五人の精霊。


「あ、あの人達が……」


「と言うかよ、あの人達って地主様のメイドさんじゃ無かったのか?」


「ああ、オラ、地主様からあの娘達は手伝いに来た娘だって聞いたべ。オラてっきり料理の手伝いに領主様のお屋敷から来た娘っ子達かと思ってたんだけどんも……」


「ええなー。あんなべっぴんな娘さんに教えをこえるなんて……」


「ああ、ええなー……」


「全く、歳をとっても爺共は男だね!」


 その後、勉強を希望する子供達の中に、ドンとサネの娘のモネが参加していたので彼女には女の子用の制服を着てもらうことに。

 モネの可愛らしい制服姿に親の二人は勿論、祖父のゲンも孫娘のその姿にニッコニコだよ。

 女の子の制服は、上は男の子と同じ白のシャツ、下は紺色と茶色のチェック柄のスカート。

 男子用と女子用として、制服は予備を含めて三着づつの渡しとなる。

 紙やペン、そして衣服ですら渡してきたが、本当にこれにお金は払わなくて良いのかと不安になる者も居るのは仕方ない。  

 そこはミツ本人の口から、これは子どもたちへのお年玉だと思ってくださいと言葉をつげるが、お年玉の概念がない彼らには伝わり難い言葉だったかもしれない。


 改めて支給する品々に彼が村人に金銭を求めることはしないと告げ、大人になって村の為に少しでも協力してくれればと、先行投資ですよと笑みを向ければ、村の為に頑張ると子供達からも声が返される。 

 ああ、それと忘れてたと、ミツは学校で使用する上履きと靴も支給する事にした。

 上履きはゴム製で先端を青と赤で男女と分けてある。

 外履き用の靴は室内の勉強だけではなく、外出の授業も考えての支給だ。

 本心を言うと村の中には靴を持っていない人が多く、特に子供はサイズがあっていない靴を履いている為か、少し指先の形を変えた子も居る。

 このままでは大人になって歩き方が不自然になり、腰や膝に負担をかけてしまう。

 そうなったらミツの再生スキルでも治す事は困難となるので、成長期の間に正しい姿勢を作らなければならない。


「こ、こげな立派な靴さ頂けるんですか!?」


 驚きながら見たことの無い靴を手にした大人に対して、それを履いた子供達からは喜びと感謝の言葉を受け取る。


「わー! ありがとう、地主様!」


「ありがとうございます!」


 その後、子供たちを集め凧揚げやコマ回し、羽つきと正月っぽい遊びで時間を楽しむことができた。

 後に正月関係なしに、村の中では先程の遊びを使い、遊ぶ子供の姿を見る事がチラホラと見る光景が数年以上も続いた。

  

 次の日、村の水車を増設していたミツの元にもフロールス家から一騎の伝令がやって来たことをラルゴが教えに来てくれた。


(主殿、街の方角より馬に乗った者がやってきます)


「んっ? あれは……ああ。トスランさんだね」


 まだ1キロ近く離れた場所にいるトスランだが、彼の視力では村にやってくるのは彼だと言うことがすぐに分かった。


「ミツ君、ここは俺達がやっておくから行ってくると良い。きっと君に用事だろう」


「バンさん、すみません」


「構うもんか、自身たちの事でもあるんだからな」


 村の男人を集め、今日は水田となる田んぼの範囲を決め、村人それぞれにその場所の担当を決めていく日としていた。

 ちなみに田んぼを作る場所は元々スタネット村が増やした畑の一部を使用することにしている。

 それに隣接して、ミツが私有する畑も水田を増やしていく。

 ミツが土地特権を使用した時点でスタネット村の畑など関係なしに全ては彼の私有地なのだが、一応区切りとしてスタネット村の畑とミツの私有地の畑は別に考えている。

 そうしておけば、村でできた作物は村人用として、ミツの畑で作った物は気にせずに試作品として別の使用する為でもある。


 村に近づく程に、数日と見なかった村が見た目大きく変わっている事に唖然とするトスラン。

 そこにウルフを四頭引き連れ、手を振りながら近づく少年はいつもと変わらぬ笑みを自身に向けてやって来た。


「トスランさん、お疲れ様です」


「ミツ殿! これは態々出向いて頂き申し訳ない。そちらのウルフは……」


「ああ、この子達は自分がテイムしたウルフですよ。四頭とも良い子で、村の子達にも人気なんです」


「さ、左様でございますか……。それより……少し見ない間に随分と村の様子が変わりましたな……」


 トスランの見る村は統一に家々が建ち並び、村の道は綺麗に舗装され、レンガの様に統一に敷かれた地面が村の先までズッと先まで続いている。

 ミツと共に村の中に入り、少し歩けば大きな噴水がトスランたちを出迎える。

 美しい水を常に噴出させ、ミツが後付に作った噴水内の銅像の水瓶からは絶え間なく水が溢れている。

 少し離れた所を側近の兵士が見ている方へとトスランも視線を送れば、子供と母親が見たことの無い道具を使い、井戸から水を汲み出している。

 あれは何だ何だと質問したい気持ちを抑えつつ、トスランは少し視線を変えると大きな櫓が視線に入った。

 中には大きな鐘がぶら下がり、ライアングルの街にある教会と同じ大きさの鐘ではないかと推測する。

 更に視線を変えると村人が集まっているのか、その近くにはぐるぐると回転している物が一二三の四と並んでいる。

 ミツが自身の屋敷を作った事は聞いていたが、どう見ても村と言う場所には似つかわしくない程に大きな屋敷が遠目に見えている。 

 隣にある建物は何だろうと思いつつ、ぶら下がっている物が気になりすぎてどれから質問するのが正解なのかが分からない。


「まだまだ、これでも改善途上ですよ。あっ、トスランさん、ダニエル様達には来た時に驚いて貰いたいのでナイショにお願いしますね」


 まるで子供がイタズラを仕掛けた時のような笑みを向けてくるミツを見ては、トスランも側近の兵たちも唖然の表情。

 その行動が可笑しくなってきたのか、そのイタズラに乗りましょうとトスランはほくそ笑みつつ頷きを返してくれる。


「フッ……。ハッハハハ! ええ、その方が旦那様も奥様も驚かれるでしょう。分かりました。この村の事はその日まで私は見なかったことにしておきます。その代わりと言っては何ですが、少し村を見せていただいても宜しいでしょうか?」


「はい。勿論。あっ、お昼はもう食べられましたか? 良ければお連れの人たちもご一緒にどうでしょうか」


「いやはや、早速のお心遣い、感謝致します。実は朝から何も口にしとらんのです。多忙と言う意味ではありませんが、私事ながら朝は訓練に身を入れておりまして、そのまま朝食の時間を過ぎてしまい食べ損ねてしまった次第で、ははっ……」


「あら、それはお辛いでしょう。直ぐに用意できますので家の方にどうぞ。お連れの方もどうぞ」


「「「ありがとうございます!」」」


 新年一番の村の客を招き入れる。

 お昼はいなり寿司と昨日の残りのお雑煮。

 米の美味しさを楽しんで貰おうとトスラン達へと味見を兼ねて試食してもらうことにした。

 味の方は絶賛され、重箱いっぱいに入れていたいなり寿司が全部彼らの胃の中に消えてしまった。

 折角なのでトスランに今後村に学校を作ることを伝え、何か子供たちに街で働くなら文字と数字以外にも覚えさせておくことは無いかと質問。


「ほう、子供たちにですか……」


「はい。領主様の元で働かれている皆さんならよいアドバイスが貰えるかなと」


 顔を見合わせるトスランと側近の兵士達。

 その中の一人の若い兵が軽く手を上げ口を開く。


「そうですね。なら文字と数字以外にも、礼儀作法でしょうか」


「礼儀作法ですか?」


「はい、改めてご挨拶させて頂きます。私はフロールス家、護衛部隊に所属しておりますジョジョルドと申します。ミツ様の戦いぶりは執事長の時より拝見させていただいております」


 椅子から立ち上がり、ジョジョルドと名乗った青年は綺麗な騎士の礼を見せる。

 幾度か屋敷内て見た記憶もある人なのだが、名を名乗られたのは今日がはじめてだ。


「これは、ご丁寧にありがとうございます。それで、ジョジョルドさんのお考えでもやはり礼儀作法が必要と」


「はい。領主家に私が勤める前の話ですが、私は貴族街での護衛騎士をしておりました。その時点で私は文字と少しばかりですが計算などができましたが、自身で言うのもなんですが、礼儀なんて全く無い兵でした。ですが、私の働きを見てくれた上官に、ある時お前は荒れた口調を正し、上の者に礼儀を尽くす話し方を注意すれば領主家の護衛に推薦してやると口添え頂きました」


「なるほど。良い上官さんを持たれましたね」


「最初は苦労しました。元々の話し方を直すのもですが、周りが元の自身の話し方をする者達ばかりなので、つられて自身もまた口調が荒れたりと。結局試験当日もガチガチ状態のままと、ゼクス様とトスラン様の試験を受けるハメになりました」


「でも、今ここにいるという事は合格されたんですよね」


「いえ、残念ながら私はその時試験には落ちてしまいました」


「えっ!?」


「ですが、試験のチャンスは一度ではありません。一月後、また試験があると声をかけていただき、改めて再試験を受けさせて頂きました。その間と私は当時の仕事仲間と共にみっちりと練習を重ねました」


「おお、では」


「はい。二回目にて、屋敷の護衛として採用を頂きました」


「おめでとうございます。凄いじゃないですか」


「いえいえ。もう数年前の事ですので。ちなみにこちらに居ます三人がその時私の練習に付き合ってくれた仕事仲間です」


「えっ!?」


「流れでこいつらも試験を受けたら、四人とも受かってしまって」


「す、凄いですね……。それだけ皆さんが努力されたってことですよね」


「いや、何だか自慢話みたいになってしまい申し訳ないです。改めて、もし子供たちに教えを頂けるなら、文字の書き方、数字の計算方、それと話し方や礼儀作法をおすすめします。街で働く者、商人や門番と必ず礼儀作法は必要となります」


「なるほど。ありがとうございます。参考になりました。あっ、新作のデザートがあるんですが、良ければいかがですか?」


「これはこれは、重ね重ねありがとうございます。ミツ殿が屋敷にお教え頂きましたプリンも、我々兵の中でも人気の品となっております。その中、まさか新作をを口にできるとは」


「丁度味の感想も欲しかったので。フォルテ、冷凍庫から昨日仕込んだアレ持ってきてもらえる?」


「はい、直ぐにお持ち致します」


 後ろに控えていたフォルテが直ぐにキッチンの方へと向かう。

 その後ろ姿を見るトスランは、訝しげに彼女が消えた廊下へと視線を向けている。


「ミツ殿、一つお聞きしても宜しいでしょうか?」


「んっ?」


「失礼ながら……先程から給仕をされておりますお嬢さん方ですが、私の思うところ、その……もしや……先日の戦闘時に……」


 トスランが何を聞きたいのか分かったミツは、飲んでいたコップをテーブルに置き、フォルテ達の素性を明かす。


「ああ、フォルテ達は屋敷でアベル殿下の兵の皆さんと戦った自分の精霊ですよ」


「「「えっ!?」」」


「ああ、やはり。あの時の天使様でしたか……」


「トスランさん、天使じゃ無くて精霊ですよ」


「これは失礼。ミツ殿自身の力も周知しておりますが、見たところ、あのお嬢さん達も中々の使い手ですな」


「自慢ではないですが、自慢の精霊達ですからね」


「ハッハハハ。それはそれは、貴方がそうおっしゃるなら相当な力をお持ちなのでしょう」


「お待たせいたしました」


「フォルテ、ありがとうって、なんじゃこりゃ!?」


「これはまた随分とハイカラな品ですな……」


 フォルテが持ってきたのはバニラとチョコのオセロアイス。

 そう、オセロアイスは二色だからこそオセロアイスの名前なのだが、目の前に出されたアイスは、ディッシャーで作られたアイス玉が一人一皿に10個乗っている。

 しかも味は全部違う品。

 どうやらミツとトスランの話が聞こえたのか、上機嫌になったフォルテは全種類を乗せてきたのだろう。

 まぁ、美味しいから食べるけど。

 トスランもジョジョルドの兵達も全て完食。

 身体を少し冷やしたとミツの家にある温泉に入った後、ゆっくりしてから村を周り帰るそうだ。

 帰り際、トスランから一つ言葉をもらった。


「ミツ殿、もし子供たちに文化の歴史を教える際は、是非ともフロールス家にご相談ください。エマンダ婦人様ならば参考となる書物をお持ちのはずです。それが無くとも我が主人であるダニエル・フロールスには是非ともお声がけをお願いしたい」


「ありがとうございます。その際は必ず」


「いえ、それでは我々はこれにて。長くご馳走となった。感謝致します」


「またのお越しをお待ちしております」


 軽快に馬を走らせるトスラン達は、一度振り返り、大きく手を降ってくれた。


「さてと、皆にも連絡しないと」


 トスランがミツの元へと来た要件。

 それは一通の手紙を渡すのが目的であった。

 中身の内容はダニエルの辺境伯になった祝と、ミツのアルミナランクのランクアップの祝の席。混合で行うことに謝罪する言葉も込められていたが、是非の言葉が添えられていたので参加する事を承諾する。

 返事はトスランにしているので、ミツが返事を書くことはない。

 それと彼とは別に、プルン達を同席させること、また新しく仲間に加わったアイシャも必ず連れてきてほしいと何故か強く書かれていた。

 何故かなと疑問に持っていると、ミツのアルミナランクの祝も兼ねているので、仲間全員の参加は当然だとトスランの言葉である。 

 まぁ、領主の言葉だけに誰も嫌とは元から言わないだろう。

 問題はそこではなく、服が無いと言う事だ。

 祝の席と言う事は、流石にいつもの戦闘服では不躾過ぎる。

 恐らくダニエルは許してくれるだろうが、ダニエルの祝も兼ねているなら近隣の貴族も参加するのは間違いない。

 ここは急いで服を買いにいく事になったのだが、ライアングルの街の貴族街で購入する服では無難すぎるので、別の店を考える。

 仲間たちにもその話をすれば。


「なら、前に行ったあの服屋はどう? 店主は面倒な人がいたけど、それを除けばいい店だったじゃない。どうせアイシャちゃんのマントも追加で買わないといけないし」


「俺は反対だ! 別に飯を食うだけだろ!? それなら貴族街でも十分な服が売ってたじゃないか」


「リック、領主様のお誘いだニャ。ミツの言ったとおり別の店に行くのが良いニャよ」


「んー。でもよ……」


「どの道さ、自分もそう言う場用の服が欲しいと思ってたんだ。折角なら全員でダニエル様も見たことない服が良いかなと」


「領主様が見たことない服ってどんな服だよ。ああ! ならあれで良いじゃねえか。昨日ミツが着ていた服だ! 精霊の姉ちゃん達も着ていたあれをリッコ達が着ればいいんじゃねえか?」


 リックが思い出したかのようにポンと一つ手を叩く。

 昨日ミツとフォルテ達が着ていた着物を言っているのだろう。


「ああ、確かに……。ミツ君が着ていた服も、精霊の5人が着ていた服も本当に珍しいから、流石の領主様も知らないんじゃないかしら」


「無理、材料が無い。いや、自分の白と黒の着物服は作れるかもしれないけど、フォルテ達が着ていたのはあれはイメージで作られた服であって、本当の服じゃないんだよ」


 フォルテ達の衣服はミツのイメージを彼女達に送り、その後フォルテ達が武器などを変えると同じでイメージだけで変えている。

 つまり、彼女達は服を着ているのではなく、武具を着ているのだ。


「それこそ買いにいけば良いじゃねえかよ!」


「んー。あー。えーっとねー。リックの言葉は確かに正解を当ててるんだけど……」


「何だ? イメージだから作るのは無理なのか?」


「いや、作れるよ、全然作れますよ。でもね……」


 ミツの困った表情を読んだのか、ミミが恐る恐ると思った事を口にする。


「あの……。それって服ですよね。だとしたらミツさんには私達の……その……身体のサイズを知るためには……」


 女性陣が対面にいる人や自身の身体を見下ろした後、慌てて声を出す。


「ああ、それは駄目ね」


「却下! スケベ!」


「もう、ミツ君はエッチよね」


「ニャハハ……」


「ううっ……」


「何で自分が責められるのか……。だからさ、ここは皆で王都に買いにいかないかなと」


「ああ、確かに王都なら服屋も沢山ありそうですからね」


「リックさん、もうパッパと買いにいきましょうよ」


「いや、待て……。何だか今王都に行くと嫌な予感しかしねえんだ」


「何言ってるニャ? それより、ミツ、王都に行くならヘキドナ姉さんも呼ぶニャ」


「えっ? ヘキドナさん達を?」


「そうニャ。ヘキドナ姉さん、この間グラスになったから、いずれ私も王都のギルドを見手見たいねって言ってたニャよ。シュー姉さんも他の三人も同じ気持ちニャ」


「そっか。分かった。なら五人も一緒に王都に行こうか。と言ってもヘキドナさん達の都合もあるけどね」


「シシシッ。プルンは優しいね。ミツが良いならウチ達も一緒に王都に行ってみたいシ」


 それはいい考えと頷くミツの横で、さも当たり前の様に彼の横に座るシューの姿。


「うわっ!? シューさん!?」


「相変わらずあの人は神出鬼没だな……」


「シューさん、いつからいらっしゃったんですか?」


 リックの呆れた表情を隠すように、リッケが前に出てはシューへと質問する。


「えっ? えーっと、あの子のマントを買わないとって言ったときからだね」


「殆ど冒頭じゃねえか……」


「いや、俺は居る事は気づいてたんだが、ミツ達が普通にスルーしてたから気づいてるもんかと……」


「ウチもニャよ? だからヘキドナ姉さんの話を出したニャ」


 当たり前だが対面に座るトトとプルンはシューが居る事を知っていたのか、ミツとリックが気づいてなかっただけなのか。

 と言ってもミツの数多くあるスキルにシューが反応しないことに彼はゾクリと背筋が寒くなる思い出もあった。


「やべー。やべーよ。特定の人間に感知させねえってどんな能力だよ」


「シシシッ。隠密や聞き込みはチーム内でウチの仕事だシ。慣れればミツにも……ああ、ミツは力が強すぎて無理だね。戦闘では可能かもしれないけど」


「ははっ……。一応シーフの経験者なんですけど……」


「ウチもニャよ?」


「お前らはいつも騒がしいから隠密には向かねえよ。ミツもプルンは根っからのアタッカーだ」


「ニャにお!?」


「ははっ……否定はできない……」


 と言う事で急遽決まったミツ達とヘキドナ達との王都での買い物である。

 流石にその日の出発ではなく、あしたの昼に行く事に決まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る