第278話 戦勝式 後半
戦勝式際にて、セレナーデ王国、女王ローソフィアが国の秘宝を使い天使を召喚させた。
それは前もってミツがローソフィア含む、王族貴族に伝えていた茶番劇。
それっぽい言葉、それらしい発言をし、観覧する民衆の心を掴む事を目的とした劇を行っている。
フォルテはミラーボールを掲げたままに強く言葉を発する。
「女王、ローソフィア・アルト・セレナーデの言葉を聞き入れよう! この場に広がる辛き悲しみの心。貴殿らの悲しみを消し去る事が女王の望みである!」
「「「「「「「!!!???」」」」」」」
フォルテのその言葉の後、兵達のいるグランドの広場に驚きの変貌が起きる。
何処から現れたのか、兵の隣、戦死者の空席としている場に人が立つ。
その者は白のローブを被り、顔は白のフェイスマスクをして顔も分からないが、異様な人物である事は間違いない。
何故ならその人物は一人二人と言わず、まさに亡き戦死者の数、1000人近くと姿を表したのだ。
突然隣に現れた謎の人物に警戒心を上げ、思わず抜刀しそうになるがそれを止めるは王子レオニス。
「兵の者よ、落ち着けい! 貴殿達の隣に現れたそのお方は天に仕えられた天族である! 刃を向ける事は国への反逆と思い、平常に心を落ち着かせるのだ!」
「その通り! 民の皆も落ち着いてくれ! 彼らは君たちの悲しみを消し去るために現れてくれた方々であることを!」
レオニスに続き、王子アベルも声を出す。
二人の王子が声を出したことに問題が起きる事はなかった。
しかし、突然1000人近く人が現れた事に直ぐには動揺した気持ちが落ち着く訳もなく、観客席からは絶えず声が出ている。
「あっ、あいつらは一体何者何だ!? 本当に天族だって言うのか……」
「人じゃねえ事は間違いないだろうさ。なんたって一瞬であの数が目の前に現れたんだぞ……。人のなせる技じゃねえのは確かだ」
人々の不安を代弁するように、ローソフィアがフォルテへと質問する。
「恐れ入ります、天使様。突然現れましたあの方々に兵は驚き、民は怯えを見せております。僭越ながら、あの方々は一体誰なのでしょうか」
「人の子らよ、怯える必要はない。その者は貴殿達の悲しみを消す者なり……。さぁ、今ここに、人の心を救いたまえ!」
フォルテ達がミラーボールへと更に光を強く当てる。
そして式場全体にキラキラと光が解き放たれた時、白のローブを着たミツの分身が1000人近くがスキルを発動する。
(((((魂魄)))))
彼らが発動したスキルの〈魂魄〉
以前、前王エミルを呼び出した時と同じく、彼らの掌には亡くなった兵の魂がゆらゆらと揺らめきを見せる。
そして分身達は呼び出した魂魄を〈オーバーソール〉にて体内へと取り込んでいく。
白のローブを着ていた分身達の姿が変り、その場には前回の戦いにて亡くなった兵の姿が見せる。
「「「「「「なっ!!!」」」」」」
「こ、ここは……。ああっ、そうか……。俺は化物に殺されて……」
魂を人の形と変えた兵がゆっくりと周囲を確認した後、静かに言葉を口にする。
「父ちゃん!」
「あなた!」
その時、観覧する人の中から白の布を腕に巻いた親子の二人が、兵が並ぶグランドへと駆け出してきた。
本来なら取り押さえられる場であるが、現状の状態に周囲の兵達も動くに動けなかったのだろう。
「父ちゃん! 父ちゃん! 父ちゃん!」
「ああっ! あなた! あなた!!」
「おおっ、お前達……」
「父ちゃんの莫迦! 何で、何でっ……帰ってくるって約束したじゃないか! 母ちゃんも待ってたんだぞ!」
「すまねぇ……すまねえ……うっ……。父ちゃん、お前達との約束も守れずに……。悪かった……」
子供の泣き叫ぶような声に応える様に、その兵は膝を下り、目の前の子供と妻を強く抱きしめる。
まるで生きているように彼は涙を流し、死ぬ直前に思う家族を更に強く抱きしめる。
「兄貴!? 親父!? 母さん、二人だ、あそこに居るのは兄貴と親父だよ!」
「ああ、なんと言うこと……。あなた!」
「兄貴!」
また家族の二人を失っていた家族も彼らの元へと涙を流し走り出す。
そんな家族が次々と観覧する場から飛び出し、自身の家族の元へと駆け出す。
その光景をどう言葉にすればよいのか、死した兵がその場に生き返った。
誰もがこれを奇跡と言わずなんと言うか。
しかし〈魂魄〉〈オーバーソール〉にて見せたその姿は永遠ではない。
一時的な姿を見せているだけ。
それを理解しているのは王族と一部の貴族、そして、魂魄にて現世に呼ばれた兵士達である。
彼らはそれを理解して居るからこそ、目の前にまた見る事ができた自身の家族へと最後の言葉を伝えていく。
「父ちゃん、帰ったらまた釣りに行こうよ! 今度は母ちゃんと三人でさ! ほらっ、前は父ちゃん仕事で行けなかったからさ! だから、だからさ……」
「そうだな……父ちゃん、約束を守れなかったからな……。釣りか、また行きたいな……。二人とも、よく聞いてくれ……。いいか、父ちゃん、帰ってくるって言ったけどそれが守れなかった。だから、今度はお前が母ちゃんを守ってやる番だぞ」
ぐっと抱きしめた胸から離され、目を合わせる父の強い瞳に二人は全身に震えが溢れてくる。
「「!?」」
「父ちゃん、何でそんな事言うんだよ!? 父ちゃん、今、こうして帰って来てくれたじゃないか! 天使様の力で、帰ってきたじゃないか!? もう何処にも行かないでくれよ!」
「……。すまない……、すまない。愛してる。愛してる……俺は、お前の父ちゃんとして……お前の旦那として心から愛してる……。それだけは忘れないでくれ」
「あなた! 私もです! 私も愛してます! だから、だからお願い、行かないで、私達をおいて行かないでください!」
「……」
早々と自身の身に何があったのかを理解した者は、時間が来る前と家族へと別れの言葉を伝えている。
その言葉が周囲にも広まったのか、亡き父の足を離すまいと抱きしめていた少子が空に向かって声を出す。
「天使様! お願い! お父さんを連れて行かないで!」
「天使様、どうか、お願いします! 息子の代わりに私に死を与えください! その変わりにどうか息子を! どうか、お願いいたします!」
「天使様!」
「天使様!」
その言葉にフォルテは冷たくも真実を伝える。
「その者たちの死を覆すことは神であっても不可能です。今回貴方達の前に死者の魂が姿を見せることができたのは、これ迄の貴方達の善行と王族が国を安泰させていた分を返したまで。それと、私が人に与えたりしこの私物ですが、力もそれ程力は残されていない……。最後に伝えるべき言葉を伝えておくが良いでしょう。それが貴方達の心の救いとなるならば」
フォルテの言葉にがっくりと気持ちが落ち込む人々。
しかし、一時、ほんの一時であろうと失った家族との時間ができた。
勿論その時間に感謝の気持ちと、全力と話したい事、伝えたい事を口にする人々。
「お父さん、私ね! 大人になったらパン屋さんになるのが夢だったの!」
「そうか、そうか! お前ならできるさ。お前は母さんと同じに料理上手だからな。おいしいパンを母さんやお婆ちゃんにもたべさせてやれよ!」
「うん! 約束するよ!」
父と娘の最後の約束。
それを互いに泣きじゃくる笑顔に応える姿は、観覧する人々の胸を強く締め付ける。
「兄貴、親父……」
「何をウジウジしとるか! ワシらがおらぬならお前しか母さんを守れんのだぞ!」
「まったく、お前は小せえ頃から泣き虫だったな。今もそれが変わんねえとは」
亡き父は息子の背中を強く叩き、嗾けるように声を出す。
それを隣で笑い済ます亡き兄も自身を小馬鹿とする発言を口にする。
厳しい父と歳が近い分喧嘩ばかりしていた兄の声。
いつも鬱陶しい二人だがもうその言葉もこれが最後。
いつもなら聞き流す言葉が心に響き、少年の目尻に涙を流させる。
「五月蝿え……。分かってる、分かってるさ! 二人が居なくても俺が母さんを守ってやるに決まってるだろ!」
「よく言った! 流石ワシの息子じゃ! ガッハハハ。……頼んだぞ、息子よ」
「母さんの事……任せたぞ……」
「ああ……。分かったよ……親父、兄貴……」
そう言って亡き父は母を抱きしめた、その胸で最後の別れを口にする。
最後の言葉の重みは人々の心に残り、悲しみの涙を流させる。
その光景に唖然とする五芒星の将の面々。
目の前の出来事を何と口にすれば良いのか。
戦死してしまったフィリッポの席にも白のローブにフェイスマスクを付けた分身が立つ。
そして、彼も魂魄とオーバーソールを発動し、フィリッポの姿を見せる。
「フィ、フィリッポ!?」
「フィリッポ、お前もか!」
「ああ……。そうか……。僕は死んでしまったんだね……。あー、君達より先に行くとは情けないね」
フィリッポは苦笑いを浮かべ、マッテオとリオマールの二人へと言葉を送る。
「フンッ、先に行ったからと言って、我々がお前のところに行った時に先輩面をするではないぞ。その時は我々は今よりも歳を取っておるのじゃからな。年配者を敬う事は、あの世に行っても忘れるではない」
「ハハッ。そうだね。その時は老体を大事にして置く準備をしておくよ」
「ぬかせ……。殿下の事は我々に任せておけ……」
「貴殿の武運は尽きようとも、殿下の道はこれからだ。悪いがまだ暫く一人……いや、部下共と共にあの世で殿下の祝言でも考えておれ……」
「ああ、頼んだよ……」
「フィリッポ……」
「殿下!?」
その時、上段の会席場から下りてきたのか、レオニスが姿を見せる。
五芒星全員が膝を折り、近くにいた兵も剣を構える。
レオニスは急いで来たのか、周囲の兵には悟らせないようにと彼は肩で息をしていることを隠す様に沈黙する。
「よい……。フィリッポ、お前に一言伝えておきたい事がある為、態々俺がお前の前に来てやった」
無愛想な発言だが、フィリッポはその口調がレオニスの照れ隠しだと言う事を知っているのだろう。
フィリッポは思わず吹き出しつつも、レオニスへと臣下の礼を取る。
「ふふっ……。殿下のその言葉、冥土の土産として拝聴いたしましょう」
「ああ、忘れぬよう覚えておけ……。フィリッポ将軍。貴殿は俺にとって天上の将であった。以上だ……」
一言。本当にレオニスはフィリッポへと一言伝え踵を返していく。
その言葉を受けたフィリッポは俯き、レオニスの姿がその場から去った後も俯いたまま。
チェンがフィリッポへと声をかけようとするが、フィリッポの体が小刻みに震えている事に気づいたのだろう。
彼女はスッと自身の席の前に戻ると、他の将も声をかけることはなかった。
「私、フィリッポ・デステ! 殿下の言葉、命無くそうともその言葉は決して忘れませぬ! これ迄、貴方様の臣下として過ごした日々、私は心より感謝いたします!」
フィリッポの言葉には主君の返答は帰ってこなかった。
だが、階段の前にて足を止めていた男の目から涙が流れた事は、流した本人しか知らない事である。
そして、人々は短い時間の中、互いと伝えたい事を伝え終わったのか、細やかな笑い声も聞こえるようになってきた。
例えば亡くなった上官と生き残った部下の間では、上官の娘さんと以前より付き合っていたと今更部下の暴露話をされたり。
他にも亡くなった女戦士は実はお前は身篭った子ではなく戦場にて拾ったと真実を告げられる娘。
遠征中は一切酒を断っていたと言うが、実は他の街で飲み食いをしたと告げる亡き旦那。
そんな話もいつか来てしまう時間が知らせる時までと、人々は息を切らしつつ話し続けている。
もうワンワンと泣いた後でもあり、嗚咽が混じってうまく話せない子供も居たようだ。
ほんの一時であろうと、人々の心の傷は癒えたであろうか。
それが分かるのは本人だけ。
この事が逆に家族や親族には強いショックを与えたかもしれない。
いや、それは余計なお世話だと言われるかもしれない。
突然居なくなってしまった家族や知人との再開を喜ばない者が、ここに居たであろうか。
それは探せばひと握りは居たかもしれない。
それでもミツの行いはローソフィアですら今後の国を動かすには必要な事だと理解して居るのだから。
そして……その時がやって来た。
亡くなった兵達は時間が来たことを分身から告げられたのだろう。
名残惜しい気持ちもあるが、この時間を与えてくれた者に感謝はすれど、恨む気持ちなど無い。
スッと立ち上がり、空を見上げる。
「お、お父さん……」
「そろそろ……行かないといけないみたいだ……」
「「!?」」
「お父さん! 行っちゃヤダ!」
娘の言葉は、現世に残れるならばと強い気持ちを父に沸き立たせる。
だが亡き父は娘の手を優しく解き、妻の方へと向けさせる。
「父さんはいつでもお前たちを思ってるからな……」
「お、お父さん……うっ、ううっ……」
あちらこちらと同じ様にまた嗚咽を流す声が漏れ出す。
フォルテはその場にいる全員に聞こえる声を響かせる。
「善良たる人々よ。今日の事を忘れてはなりません。人が他者を思う気持ちは、人である証です。これ迄数百年と貴方達が人である事を忘れなければ、また数百年後には我々がこの場に降り立つ日が叶うかもしれない。……神殿の者よ、前に来なさい」
「「「「!?」」」」
フォルテの言葉に控えていた神殿長のルリ、神官長のジーク、そして側仕えのタンターリとヴァイスとシュバルツ達も前に出てはフォルテへと膝を付く。
「神殿の者たちよ、この数百年と貴方達の神を称える気持ちは神も喜びに感じております」
「ありがとうございます」
フォルテの言葉にルリは精一杯声を出し、感謝の気持ちを応える。
その光景が映像となり、ルリの言葉が聞こえている事を確信するようにフォルテは頷きを返す姿が見ることができる。
「これは神からの細やかな言葉。しかし、言葉だけでは人は満足することは無いと神は申しておりました。そこで神殿をたばね、また巫女である其方の願いも応えよと我々は叶えます。貴女の願いを、この場に申しなさい」
「「「「「!?」」」」」
まさかの神殿長であるルリにまで願いを叶えるという言葉が向けられる。
ローソフィアは民衆の心の傷を癒やしてくれと願った。
ならば巫女は何を望むのか。
「私が望むは人々の痛みを消し去りください」
ルリは息を大きく吸って、フォルテの所まで届けとその気持ちに言葉を吐き出す。
ローソフィアに続いてルリは人々の痛みを消す事を望んだ。
フォルテはその言葉を聞いた後、兵の方へと視線を向ける。
軽傷の者もチラホラと居るが、重症と思える兵も負傷兵として椅子や松葉杖を片手にその場には見受けられるのだ。
「痛み……。なるほど。その願い、叶えてやろう」
フォルテは問題なしと頷きを返した。
そして、亡くなった兵たちへと言葉を告げる。
「悲しみに亡くなりし命の者たちよ。一度限りの奇跡を貴殿らに与える! 傷あるものへと手をかざしなさい。されば巫女の望みも叶うであろう!」
フォルテの言葉に戸惑いつつも、亡くなった兵の一人が隣に立つ兵の折れた腕へと手を当てる。
するとその手は輝き、兵の折れていた腕を治してしまった。
「なっ!? うっ、腕が治った!」
「はっ、す、凄えな……。フンッ! これで、俺の分も兵長にしごかれてくれや!」
「なっ!? この野郎、サボれる口実を消してくれやがって! おう……ありがとうよ。……ああ、あ、ありがとうよ……くっ……」
「莫迦、腕が治って泣く奴がいるかよ……」
一人の兵が触れただけで他者の傷を治した。その光景にまさかと思いつつも、それを見た者は傷を負ったものへと自身の手を触れていき、次々と負傷兵を癒していく。
喜びと驚きの中、また奇跡と呼べる出来事を見せる。
「あっ、熱っ!?」
「「「「なっ!?」」」」
肩に怪我をしている者へと亡き兵が手を触れた時だった。
負傷した兵の肩は確かに怪我をしていたが、更にその先へと視線を向ければその兵の腕は失われていたのだ。
そこにまるで熱が集まるような熱さに思わず声を出した負傷兵。
その時、黄金色の光が失われていた腕の形に型取り、次第とそれを現実と腕の形と変えていく。
光が止まれば、そこには元々あったように腕が存在したのだ。
「うっ、腕が治った!?」
「嘘だろ!? 失っていた腕が生えただと!?」
その声に仰天と視線が集まる。
更に片目を失っていた者に振れれば一時の熱の苦しみは味合うも、失っていた目を復活させたり。
鼻や耳と顔の一部を切り落としていた負傷兵すら彼らは元の綺麗な顔と戻っている。
これを奇跡と言わずなんと言うか。
今回の戦い以前に、四肢を失っていた兵も多く、彼らにも亡き兵が振れればその者は失った自身の体の一部を取り戻すことができたのだ。
観覧席の人々は驚きつつも、フォルテは勿論、神殿長のルリにさへ感謝の言葉が降り注いだ。
ネタバレをしてしまうと簡単だが、オーバーソールを発動している分身が負傷兵へと回復と〈再生〉のスキルを発動している。
だが今の彼らの姿は〈魂魄〉を取り込んだ〈オーバーソール〉の発動した対象者の姿。
その為、この出来事の後に、ミツに対して無理強いの治療を求める人が来る事はない。
欠損してしまった四肢すらも治癒してしまった。
ルリがそれを望み、天使様が叶えてくれた。
その光景に次にルリに対する民衆の評価も爆上がりだ。
立てなかった怪我人が自身の足で立ち上がり、腕を失っていた者は空に向かって元に戻った腕を掲げる。
周囲の景色が見える様になった者は、その目から涙を流し、感謝の言葉を掲げる。
ありがとうございます、ありがとうございます。神殿長様、天使様万歳、セレナーデ王国万歳の声が耳が痛くなる程に響き渡る。
その光景を呆気に見るは客人として招かれたカルテットのエルフ達。
勿論前もってミツとダニエルから事前にやる事をセルフィへと伝えていたので、セルヴェリンもミンミンもこうなる事は周知してはいたが、1000人近くの死者を現世にその姿を見せ、更にはその倍以上の怪我人の傷を癒やしてしまった。
目の前に見せられた光景を信じたくはないが、事実、自身の兵であるロベルトの石化で失った足を治している光景ですら二人は見せられている。
カルテットの国でも四肢を失った者には未来はない。
その者が兵ならば、自身を囮として先立つ事を真っ先に考える程だ。
この時ほどにセルヴェリンはミツを欲した事は無かったろう。
彼の力があれば国を支えるどころか、四国同盟が解除されようと他国の上に立つこともできる。
短命種たる人族に置いておくことは勿体無いと。
「(!? ……いかん、歳を重ねると余計な事を考えてしまう)」
しかし、彼は直ぐにその考えを振り払う気持ちと止めることにした。
自身がカルテット国の王族であろうと、例えミツが強者を退く力を持つ者だとしても、結局は相手が人間ならば一時の未来しか保つ事はできない。
ミツが生きている間は国が保とうが、彼を失った瞬間カルテットの地位は一気に下がり、下手をすれば他国に飲み込まれるかもしれない。
目の前の利益に目を曇らせ、先を見る目を失ってはならない。
ならばどうするか?
セルヴェリンはならばミツを客人としてカルテットに取り込む事を考える。
されば他国の抑止力にもなり、彼がこの世から姿を消した後でもそれまでに積み上げた友好とする有効の手を手にしておこうと。
「両者の願いは叶えた。また貴方達に導きの光が灯る日を私達も願います」
その言葉の後、フォルテはまたミラーボールに光を当てながらローソフィアの前にそれを浮かせる。
ローソフィアは赤子を抱えるようにそれを胸に抱きしめ、フォルテへと頭を下げる。
「それをまた少しの時、貴女に預けましょう。人の子らよ。人である事を忘れずにいなさい」
その言葉が最後と、オーバーソールしていた分身達がスキルを解除する。
最後に彼らは家族や友人、また知人へと包容を交わす。
ありがとう、ありがとう……そしてさようならと。
人々は目のまえで光となり消えていく者へと最後の言葉をかける。
目の前にはユラユラと揺らめきを見せる〈魂魄〉の光だけ。
分身達は直ぐに〈光学迷彩〉を発動し、姿を消している。
空に浮かんでいく魂魄の光。
全員が空を見上げ、フォルテ達も共に空へと消えていった。
フォルテ達の姿が消え、人々の啜り泣く声が聞こえたその後、大歓声と思える声がその場を埋め尽くした。
「「「「「おおおおおっっっ!」」」」」
「セレナーデ王国万歳! 女王様万歳! 神殿長様万歳! 国に栄光あれ! 万歳、万歳、万歳!」
これ迄見たことのない戦勝式を味わった人々は感動に震え、声を出す者は声が枯れようと喜びと感謝の気持ちを口にする。
こうして戦勝式が終わった後、ミツは何食わぬ顔にて仲間達と合流後、ダニエル達と共に王族との謁見を行う事になった。
その間と、やはりリック達からは説明を求められたが、この場でする話でもないと帰ってから話すと話を濁しておく。
謁見では改めてローソフィアはローガディア王国への支援を行う事を多くの貴族の前で表明。
理由としては国に関係ないミツが天命を受けたでは国の示しが付かない為、神殿長のルリが受けた事にする。
そして、どよめく謁見の間にて、ローソフィアは戦勝議会内で行ったミツの説明を貴族たちへと説明する。
半信半疑な貴族達も、王の言葉と実際に見せた種から実を作る工程を目の前で見せられたら言葉を失うしかないだろう。
ここで改めて種を管理する領地の貴族たちの名が上がる。
正に王命を受けた貴族たちは受け取った種を必ず自身の領地にて栽培し、隣の国へと渡す事を任命された。
北方に広大な領地を持つマトラスト辺境伯もその中にはおり、新しく南方のダニエル辺境伯の二人が代表として女王より種の入った白い麻袋を受け取る。
そして、運搬に関しての話の番と、ミツの名が呼ばれる。
彼の存在は城の中に留まらず、既に広く話が広まっている。
彼がセレナーデ王国とローガディア王国の架け橋になる事を伝え、数年の間とトリップゲートを発動しておくことも説明する。
勿論貴族たちからは懸念とした声も出たが、ミツだけでは無く、レオニスとアベル、二人の騎士団もゲートの護衛に付くことを告げる。
そして一番大事な事なのだが、ローガディア王国にも協力をする話をまだしていない。
ローガディアに干ばつの危機が訪れる事を伝えに行くこの役は、カインが選ばれた。
カインはその時一瞬戸惑うも、二人の兄から背中を押されたのか、彼は凛々しくも前に立つ。
それと、ミツはまだローガディア王国にゲートを開く事はできない。
勿論セレナーデ城に来た時のようにフォルテを翼に空を飛んでいけば直ぐに解決するだろうが、もう一つ懸念が押されている。
それは干ばつが起きるという事は、ローガディア王国にある川などが干上がり、水路が使えないのではと言う問題だ。
その為、元々ダニエル達が作る南方でできた作物はローガディア王国の外周の街や村に送る事を前提としているので、内側の水路ではなく、途中から海路へと出る事が決まっている。
その際、貴族達にはミツの分身の存在は伝えず、ゲートを守るのは本人とだけ伝える。
その本人は道を覚える為と、ミツはカインと共にローガディア王国に出発する。
この時、貴族の中に反発の声が出る前と、ローソフィアは言葉を口にする。
この度行うローガディア王国の支援はただの善意だけで行う事ではないと。
これも先程ルリが受けた天命の中に入った言葉。
支援をせずに、ローガディア王国の危機を見ているだけとするならば、セレナーデ王国にも大きな危機が降り注ぐであろうと。
これは偽善者の行いではなく、自国を守るための行いであると。
貴族たちはならば仕方ないと、身を守るための行いとして割り切らせることにした。
また、今日の戦勝式の奇跡を耳にした者たちがこぞって神殿に足を向けるのは明らか。
ここもルリを守る為と、アベルの部隊が神殿の守りに付くことになる。
そりゃ、欠損した体を治す奇跡を起こしたと話を聞けば、兵問わずに様々な人達が足を向けるだろう。
一応ルリには王宮騎士団のレイアとアニスが護衛として側にいるが、祭事の時は如何しても離れるときもある。
些細な危険も避けるためと、アベルの護衛は彼女達からしたら助かるのが本音だ。
実際ルリに欠損した部分を見せたとしても、彼女にそれを治す力は備わっていない。
一人一人断るのも大変だし、知らぬ貴族が無理難題を告げるかもしれない。
それならば王族が神殿を囲った方が手っ取り早いのだ。
謁見の間である為、ついでと今回の旧王都の戦いにてミツへと報奨の渡しとなった。
ミツの活躍は多くの貴族の目に止まっている。
また、旧王都を吹き飛ばした事は話に入っていないが、それも善行として認められている。
それにより、今回ミツに渡される金は虹金貨1800枚となった。
800枚はレオニスとアベルの二人含め、多くの兵を救出してくれた礼金。
後の1000枚は旧王都の来季に管理にかかるであろうと予定していた金である。
ミツはそれを受け取り、感謝の言葉をローソフィアへと伝える。
思わぬ依頼を受け、多額の金を得たとしても正直ミツの心は踊っていない。
彼を喜ばせるなら、目の前に彼が知らぬスキルを持ったモンスターの一体でも置いたほうが、彼は心からの笑みを見せるのではないだろうか。
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