第149話 祝飯
ここがセーフエリアと言うこともあり、お昼の昼食を取ることになった。
「ミツ、何を作るんだ?」
「ウチ、肉がいいニャ!」
食いしん坊のペアが早速とミツが準備を始めたことに、まるで子供のように群がってくる。
「プルンの言うとおりお肉でも良いんだけどね。折角六人がジョブを変えることができたし、記念として少し昼食は豪華に作ろうかと思ってるんだ」
「なになに!? あんたの言うそれって何?」
ミツがアイテムボックスから材料を取り出し、次々と即席のテーブルへと並べていく。
プルンの希望通り肉は勿論あるが、今回お祝いとして出す品は、ミツ自身がまだ日本にいた時に祖父が成人式のお祝いと、少し離れた市場で買ってきてくれた物である。
彼の祖父との最後の思い出の品である為、是非とも仲間達には食べてもらいたいと昼食に出すには勿体無いと思うだろうが、彼は作り出すことにした。
食材を置いたテーブルを見て、目を見開くセルフィとバーバリ。
「こ、こんなに……」
「フムッ……まだ腐敗の匂いも無い……。まるで先程土から掘り起こした程の品……」
並べられていく野菜の一つをバーバリが一つ手に取り、匂いを嗅いではその新鮮さに目を丸くする。
「セルフィ様ってお肉食べれましたよね?」
「えっ? あ、うん。勿論……。ってか、少年君がこの前に出してくれたお肉料理。私普通に食べてたでしょう」
「そうでしたね」
物語のエルフは、肉などの生き物を食べる事を嫌うとイメージがあったミツ。
確かに、セルフィはロキア達と共にミツが出したレトルトのハンバーグを美味しそうに食べていた。
「何? またアレを出してくれるの?」
「いえ、今日は別物を出しますよ」
「そ、そう……」
またハンバーグが食べれると少し期待していたセルフィは少しガッカリ。
そんなに肉に飢えているのか、この世界の女の人達は。
「んっ? 少年君、この布を被せてるのってなに?」
「それが今日のメイン素材ですよ」
セルフィはテーブルに置かれた食材にかぶせていた布を取り、食材が木材で作ったトレーの上に置かれている。
磯の香りを漂わせるその食材が何匹も積み上げられたそれを見て、セルフィは驚きの声を出す。
「……!? こ、これって! ロブロブじゃないの!? しかもこんな大きさだなんて!」
「なに!? ロブロブだと!? あり得ん! ここは大陸のど真ん中だぞ!?」
セルフィの言葉に反応したのはバーバリ。
彼も食材の置いてあるテーブルを覗き込み、それを見ては目を見開くほどに驚いていた。
(ロブロブ?)
《ミツ、この世界では、伊勢海老をロブロブと呼んでいます》
(あー。なるほど……)
そう、祖父が少ない年金を使い、孫であるミツの成人式に出してくれた食材は、三重県産の伊勢海老である。
本当は鯛などおめでたい物を買いに行ってくれた祖父だが、人生に一度だけの祝い事だと奮発してくれたのだ。
その伊勢海老。もといロブロブをマジマジと見る二人。
「凄いっ! こんなに沢山!?」
「うむ……。十分身も詰まっている……。しかも色艶も良く傷もない」
「バーバリさんは随分と伊勢……ロブロブをご存知なのですね」
「う、うむ……多少はな……」
ミツが声をかけると、バーバリは気まずそうに視線をそらす。
何故バーバリがその様な態度を取るのかと疑問に思ったミツだが、答えは直ぐにゼクスが教えてくれた。
「ホッホッホッ。ミツさん。ローガディア王国は海に面した国にございます。海鮮物など、市場に手軽に並ぶほど。私もローガディア王国に足を向けた際には、バーバリさんによくご馳走していただいた程ですぞ。確か……バーバリさんのご家族に漁師の方がいらっしゃいましたな」
「フンッ……。義弟が義父とな……やっておる」
「へー。なるほど。セルフィ様のお国も海鮮物が豊富なんですか?」
「いえ。残念だけど、カルテット国は大陸に面した国だけに、海の魚は口にしないわね……。ん〜、お魚も川魚が基本かしら。ロブロブもこの頭分も無い小さいのしかいないの。エルフっていつも山の食べ物ばっかり食べてるでしょ? だから海の魚とか貝が好物でもあるのよ」
「えーっと、貝も食べるなら……出しましょうか?」
「本当に! やった、言ってみるものね!」
テーブルの上には野菜の他に、魚の鯛、伊勢海老、貝類、そしてプルンの希望の肉(ブロック)を並べる。
昼食には贅沢な品々が並び、仲間たちも感嘆の声を洩らしていた。
食材の下ごしらえを皆で分散しながら取り掛かり、昼食を作り出す。
下ごしらえ中、皆が驚いたのはバーバリの包丁さばきだった。
人数分の魚となると数もあるのだが、バーバリはミツが渡した出刃包丁を使い、綺麗な三昧おろしを仕上げる。
セルフィも手伝うと口にしたが、流石にそれはミツも遠慮してもらい、彼女には椅子に座って待ってもらっている。
「次には鍋に油をっと……」
「……」
「んっ? バーバリさん、如何しました?」
「いや……。随分と黄ばんだ水を使うのだなと思ってな……。これだけ食材があると言うのに、お前は水を持ち運んではおらぬのか?」
「えっ? あっ! あー。いやいや。バーバリさん、これは水じゃなくて油ですよ」
「何!? こ、これが油だと言うのか!」
鍋にタプタプと入れている油をバーバリは水と見間違えたのだろう。
バーバリはミツの手から離れた油を入れていた缶を手に取り、指につけた後にクンクンと油の匂いを確認。
その後、ペロッとそれをひと舐めする。
クワッと目を見開くバーバリは、改めて鍋に並々と入った油を凝視する。
「どうしたのバーバリ様? 少年君の持ってた油が如何したの?」
「いや、見ていただいたら貴女も驚くだろう。これが全て油だと言うのだぞ」
バーバリの指を指す鍋の中を見ては、セルフィも目を見開く程であった。
この世界の油は植物の種から絞り出している。その分、絞り出して採取できる量は微々たる量。
更には材料以外にも混ぜ物が多いのか、見た目の色はミツが今使っている油とは比較にならない程に茶色い。
そして、それは品が良い種だとしても、熱を加えると微々たる土臭い匂いを出す品でもある。
「混ざり物が全く無いわね……。ねえ、少年君。これは何の種から取ってるの?」
「えっ? 菜種油ですから、えーっと……。確か、これはセイヨウアブラナから取った油ですね」
「セイヨウアブラナ?」
日本で当たり前と使用されている油の殆どが、菜種油である。
ミツは日本での知識をこの世界の人に分かりやすく説明し始める。
「ほら、暖かくなると川辺とかに咲いてる黄色い花ですよ。見たことありませんか?」
「「花!?」」
「花から油が取れるのか!?」
「はい……。えーっと。説明しても難しいですかね……。あっ。ならその花のイメージをセルフィ様の頭の中で見せますよ」
「少年君、そんな事もできるの?」
「はい。ダニエル様のお屋敷で働いてるパープルさん達にもこのスキルを使って、ハンバーグとかの料理を教えましたから」
「……小僧、俺にも見せることは可能か?」
「では、ご一緒に私も拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ゼクスさんとバーバリさんのお二人にもですか? はい、問題ありませんよ。では、お見せしますね(思念思考)」
ミツは三人を前にして、スキル〈思念思考〉を発動する。
学生の頃の野外事業を行なう際、近くの油製造工場の協力の元に皆で花を集めていた光景。
そして汁を絞り出していく工程を簡単に映像として見せていく。
工場の人が子供にも分かりやすい絵をホワイトボードに貼り付け、油ができる手順を教える。
セルフィ達は子供たちが集める花を見て驚き、バーバリは眉間にシワを寄せ難しい表情をする。
「……! えっ!? この花なの!? この花ならカルテット国では沢山咲いてるわよ!」
「ムムッ……。こ、これは……」
「ホッホッホッ。ミツさんの言うとおり。これは暖かな季節、川辺などでよく見かけた花ですな。しかし……。いえ、これは面白い事を教えていただきましたな」
「本当に。……あら、バーバリ様。そんなにお顔にシワを寄せて如何されましたの?」
「うむ……。我がローガディア王国ではあまり見ぬ花ゆえ、少し残念でな……」
海に面した国のローガディア王国。
環境が花を咲かせるには厳しいのか、バーバリの言う通り、残念ながらそれ程目にする程に咲いているものでは無いようだ。
だが、セルフィの母国であるカルテット国は山から川へと流れる水も豊富に、環境が花々を開花させるには最高の場所なのだろう。
しかし、七草を食べる様に、花を食す文化がなければそれはただ見る物でしかない。
「バーバリさんのお国のように、環境や場所によっては見ない花なのかもしれませんね。よし、温まったかな。皆さん、少し離れてください。油が飛んで危ないですからね」
「油が飛ぶ?」
鍋の中で沸々と気泡を出し始めた油。
その中を確認しつつ、ミツは下ごしらえをしたロブロブに衣を付け、油の中へと潜らせる。
ジュワーっと揚げる音と匂いが周囲に立ち込め、ミツの料理に唖然と口を開く面々であった。
「「「!?」」」
(な、なんと贅沢な!? 油をまるで水の様に使いだしたと思いきや、その中にロブロブに何かを付けその中に入れ込むとは!)
油の中で衣を狐色と変えていくロブロブを見守る面々を横に、ミツは他の料理に取り掛かる。
リッコ達も何か他にも手伝おうかと声をかけて来るが、今は皆のお祝いの料理を作っている。ミツはいいからと言葉をかけ、仲間達には椅子に座って待ってもらった。
「ニャ〜にっかニャ〜。ニャ〜にっかニャ〜。おっひるのご飯はニャ〜にっかニャ〜」
「美味しそうな匂いね〜。ミツ君は料理もできるなんて、本当に有能よね」
「ははっ……。アイテムボックスからテーブルや食材だけじゃなく、何か家にありそうな台所も取り出したのは驚きで声も出なかったわ」
「ローゼ、あいつのやる事でいちいち驚いてたらきりがないわよ」
「だな。ゼクスさん達もさっきから驚きっぱなしだぜ。しかしよ、ミツの料理はいつも腹が減る匂いをさせるよな」
「戦い続きでお腹も空いてた所にこの匂いですからね。僕もお腹空いて、我慢するのも大変ですよ」
テーブルに座り、ナイフとフォークを両手に持って歌い出すプルンの声を聞きつつ、周囲の話はミツの料理に期待する声が飛び交う。
「できましたよー。さっ、皆さんも椅子に座って下さい」
「「「おー! 美味しそう」」」
「美味そうだニャ〜」
「私、洞窟の中でこんな料理が食べれるだなんて、思っても見なかったわ」
「ミーシャ、それが普通の考えなのよ……。普通は乾燥させたパンが普通よ……」
テーブルに置かれた料理の数々。
メインの伊勢海老。もといロブロブを皆へと食べてもらいたく出そうと思ったのだが、この世界の人たちは生食文化が無いのか、以前カルパッチョをプルンの弟妹であるヤン達に出したが食べることはなかった。
なのでロブロブを刺し身として出すのではなく、贅沢にも海老フライとして油でカラリと揚げ、手作りのタルタルソースを添えて出している。
念の為にバーバリとプルンの為に今回はタルタルソースの中身は玉ねぎではなく胡瓜を代用として使わせてもらっている。
彼らに玉ねぎ系が毒物になるのか分からないが、胡瓜でもシャキシャキ感は出せるので問題はない。
折角油を出したのだから、ついでと鳥の唐揚げ、フライドポテトを揚げている。
他にはタイの切り身の焼き物。
肉が重なるが、ステーキを数枚。
セルフィの希望である貝のバター焼き。
それとスープはコンソメスープ。
デザートは牛乳とペクチンを混ぜて固まるゼリーの様な物を出すことにした。
飲み物はお祝いとしてお酒を出そうと思ったが、今後も戦闘をするので飲酒は控え、りんごとオレンジと巨峰のジュースをだした。
場所が場所なら金貨何枚も出さなければ食べることもできない料理を前に、皆はゴクリと喉を鳴らし料理に釘付けである。
「これはこれは。ホッホッホッ。まさかこのような場所でナイフとフォークを手にして食をするとは思いも見ませんでしたぞ」
「なんと芳しい香り……。ロブロブがこの様に料理されようとは……」
「ん〜。美味しそう。ねえ、食べていい?」
「はい。お熱いので気をつけてください。ソースは好みもありますので合わなかったら別のソースもありますから言ってくださいね」
「では……」
「いただくニャー!」
皆はミツの言葉を聞き入れ、ナイフをロブロブへと刃を入れる。
サクッと切れると中からは海老の芳しい香りと、油の食欲をそそる匂いが皆の鼻を指した。
パクリと一口口に含み、もぐもぐと咀嚼音が聞こえてくる。
そして、それを食べた全ての者が目を見開き、その旨さに口を緩め、感嘆の声を出す。
「「「美味しい!!」」」
「美味いニャー!」
海老フライの美味しさに、最初こそ一口サイズにしか切り分けなかったセルフィが今度は少し大きめに切り分け、口を大きく開てそれをパクリ。貴族令嬢としては不合格な食べ方であるが、彼女は以前ハンバーグを食べた時も同じ様に2口目は大口を開て食べていたので、美味しい物を食べた時のセルフィの癖なのだろう。
周囲の視線も気にせずと、ロブロブの海老フライをパクパクと口に入れていく。
と言っても周りの皆も夢中に食べてるので、彼女の食べ方など見てもいないだろうけど。
貴族であるセルフィと共に食を共にするのは不敬な事ではないかと気にする仲間たちもいるので、一応テーブルは別にしてはいる。
それは正解だったのか、綺麗にナイフとフォークを使い分ける大人たちとは違い、リック達は海老フライにナイフやフォークを突き刺しかぶりつくような食べ方をしている。
彼らの食べ方は食に飢えた動物のようにガッツいた食べたかと例えたほうが伝わりやすいのかもしれない。
「気に入って貰えたようですね」
「ミツ、最高に美味えぞ!」
「ホント、この白いソースも甘酸っぱくて美味しいわね」
「ミツ君のおかげで、洞窟内で温かくて美味しい料理を食べれるのは嬉しいですね」
「パイとは違うこのサクサク感がたまらないわ〜」
「やばい、手が止まらないわ。美味しすぎる」
口元にソースを付けたままのリック。
彼におしぼり変わりの布を差し出しつつ、皆の給仕を続けるミツ。
「これは皆のお祝いだからね。おかわりしたかったらまた作るから言ってね」
「「「おかわり!」」」
昼食としては贅沢な品を出したが、皆が喜んでくれたので作って良かった。
結局その後も一人3匹のロブロブの海老フライをおかわり。
スープだけではなくデザートもおかわりする食べっぷり。
流石に食べすぎたと、少し休憩を取って下へと進む事になった。
セルフィの好意により、皆へと特別にセルフィご持参の茶葉を使いお茶を配ることに。
ハッカのように飲むと喉がスーッとし、油っこい口の中を洗い流すには丁度よい飲み物を皆は飲みながら、下の戦いに備えてフォーメーションなどを話し合う。
下にいる魔物はインプである事を事前に聞いている皆だが、実際に戦ったことがあるのはこの中ではゼクスただ一人。
9階層ではゼクスの指示にしたがい、皆は戦いをする事に決まった。
話を聞きつつ、先程変更したジョブのスキルを心の中でユイシスと話して決めていく。
ミツの変更したジョブは三つ。
幻術士である【イリュージョニスト】
指揮を得意とする【タクティクスシャン】
ソードマンの派生である【クルセイダー】
先ずイリュージョニストのスキルを確認する。
スキルは〈ミラージュステップ〉〈スリープ〉〈フィーリングダウン〉〈サイレンス〉の四つが表示された。数が少ないなとユイシスへと聞くと〈幻覚攻撃〉と〈ミラーバリア〉があったが、ミツは既に覚えているので非表示となっている。
ユイシスに聞いてみたが、ジョブを変えた時に取得できるスキルの数は完全にランダムだと言われた。
運が良ければ表示されたスキルの全てを選択できる時もあれば、わずかに数個の時もあるそうだ。
これは本人のステータスの運次第と言うことで、ミツは運もそこそこに高い数値を出している。
ユイシスが言うには滅多な事がない限りは、ミツがスキルが数個しか取れないと言うことは無いそうだ。
何だかユイシスから余計なフラグを建てられた気もするが、今回イリュージョニストでミツが選べるスキルの数は四つ。
表示されているスキルを全て選べる事に、今回は運が良かった。
《選択により〈ミラージュステップ〉〈スリープ〉〈フィーリングダウン〉〈サイレンス〉を取得しました。条件スキル〈マジックキャンセル〉を取得しました》
ミラージュステップ
・種別:アクティブ
使用者の足音を耳にする事に、意図した相手へと幻覚と幻聴を引き起こす。レベルが上がると効果が増す。
スリープ
・種別:アクティブ
相手を睡眠状態にする。レベルが上がると効果が増す。
フィーリングダウン
・種別:アクティブ
相手の活力、やる気を喪失させる。
サイレンス
・種別:アクティブ
相手を無言状態にする。レベルが上がると効果時間が増す。
マジックキャンセル
・種別:アクティブ
魔法を発動する前に使用する事に、魔法発動をキャンセルできる。
(条件スキルって、本当に何が条件なのか分からないからね。出た時はラッキーな気分になるよ)
まず一つ目であるイリュージョニストが終わった。
続けて、タクティクスシャンのスキルである。
スキル一覧は〈ツイストアタック〉〈クレセントスラッシュ〉〈戦場理解〉〈地形理解〉〈野営〉〈馬術〉の六つである。
見たことのあるスキルもあれば、無いスキルもあるので、ミツはスキルを選ぶ前にユイシスへとスキルの説明を求める。
ちなみに、今回タクティクスシャンのスキルは四つ選べるそうだ。
《はい。先ずは〈ツイストアタック〉と〈クレセントスラッシュ〉です。こちらは以前ミツがゼクスとの模擬戦にて彼が見せたスキルになります。〈ツイストアタック〉は相手の関節を狙い、内面のダメージを与える攻撃スキルです。次に〈クレセントスラッシュ〉こちらは相手との間合いを測り、懐に素早い攻撃を仕掛ける攻撃スキルとなります》
(あ〜、これか……。以前ゼクスさんから受けたスキル。あの時は痛覚軽減スキルのレベルも低かったから痛かったなー)
ユイシスの説明を聞くと、ミツはゼクスとの模擬戦の時を思い出しつつ、苦笑いを浮かべるしかできなかった。
《次に〈戦場理解〉は周囲にいる自身の敵対する数を把握できます。〈地形理解〉は一度自身の通った道を忘れることはありません》
(ん〜。戦場理解は自身の身を守るためには使えるけど、地形理解のコレは……マップがあるから絶対に必要でもないか……な……?)
《最後に〈野営〉と〈馬術〉です。〈野営〉は野外での睡眠にストレスが無くなり、〈馬術〉は馬に乗る技術が向上します。どれを選ばれますか?》
(そうだね……。この中で四つを選ぶなら〈ツイストアタック〉と〈クレセントスラッシュ〉それと〈戦場理解〉と〈馬術〉かな)
《了解しました。選択により〈ツイストアタック〉〈クレセントスラッシュ〉〈戦場理解〉〈馬術〉を取得しました》
ツイストアタック
・種別:アクティブ
相手の関節にダメージを与える。レベルが上がると威力が増す
クレセントスラッシュ
・種別:アクティブ
相手の懐に素早く潜り込み攻撃を仕掛ける。レベルが上がると踏み込む速度が増す。
戦場理解
・種別:パッシブ
自身の敵対する者の数を把握することができる。
馬術
・種別:パッシブ
馬に乗り、操る技術が身につく。レベルが上がると上達する。
最後に選ぶのは〈クルセイダー〉のスキル一覧である。
〈スラッシュ〉〈パニッシュ〉〈シールドチャージ〉〈シールドブーメラン〉〈祝福の盾〉
ユイシスから選べるスキルの数は六つと言われたが、表示されているスキル数は五つであった。
(おっ!? ユイシス、選ぶスキルが一つ余ったって事は……)
《はい。ミツの経験したことのあるジョブに限り、取得していないスキルを選ぶことができます》
これは創造神であるシャロットの計らいである。ミツはこれにより〈影分身〉のスキルを【忍者】から得ることができた。
ミツは今まで選んできたジョブを思い出しつつ、選ばなかったスキルから一つ選ぶことにした。
(よしっ! ユイシス、それなら【ヒーラー】の〈デプロテクションダウン〉をよろしく)
《了解しました。選択により〈スラッシュ〉〈パニッシュ〉〈シールドチャージ〉〈シールドブーメラン〉〈祝福の盾〉〈デプロテクションダウン〉を取得しました。条件スキル、〈罪と罰〉を取得しました》
スラッシュ
・種別:アクティブ
横一線の斬撃を繰り出す。レベルが上がると威力が増す。
パニッシュ
・種別:アクティブ
悪しき者へと、裁きの攻撃を与える。レベルが上がると効果が増す。
シールドチャージ
・種別:アクティブ
盾で受けた衝撃を相手へダメージとして返す。
シールドブーメラン
・種別:アクティブ
盾を飛ばし回転した状態にて相手へダメージを与える。盾が重ければダメージに加算される。
祝福の盾
・種別:アクティブ
発動3分間は、スキルのレベル分だけ自身の受けるダメージを減らす。
デプロテクションダウン
・種別:アクティブ
相手の戦闘意識を下げる効果を出す。
罪と罰
・種別:アクティブ
魔物に与えるダメージが、1.5倍となる。
(ありがとうユイシス。これで自分はまだ強くなれる)
ユイシスへと礼の言葉を送ったタイミングと、バーバリ達が次の戦いの作戦を話し終わるのは同じタイミングだった。
別にスキルを選ぶのに夢中になりすぎて、皆の話を全く聞いていなかったことはないよ……。うん、後でリッケにでも聞き直しとこう。
「フンッ! 腹も膨れた、休息を取り疲れも癒えた。皆の者、これより我々はまた戦地へと足を踏み込む、油断などせぬように。行くぞ!」
「「「「「「はい!」」」」」」
バーバリの掛け声に合わせ、若者たちが声を出す。
進む先は9階層である。
皆が下へと下りる通路へと足を向けたその時だった。
洞窟内の明かりとは別に、背後から光が現れ、進む先に人影を映し出す。
「何事!?」
「「「「「「!?」」」」」」
「あっ……」
「あれって……」
突然光出す後ろの光景に皆が振り向くと、唖然と驚く面々。
そこには一本の光の線がキラキラと光、ブォンと音を鳴らしながら横へと広がっていく。
皆は言葉は出さず、見たことのある光景とミツを交互に見るばかり。
突然現れたのはミツが使用するトリップゲートの光であった。
しかし、今から9階層へと行くミツがゲートを出すような場面でもない。
なら何故トリップゲートが現れたのか?
唖然とする面々を気にせずと、武器をいつでも抜ける構えを取るバーバリとセルフィ。
ゼクスも一瞬だけ警戒を見せたが、ミツ本人が全く驚いている様子ではないのを見て、彼は警戒を緩めている。
「……」
「誰か来るぞ!? 皆、油断するなよ!」
「言われなくても分かってるわよ!」
「ニャ? アレって……」
トリップゲートの前に人影が映る。
その人物がゲートを潜り抜けたことに、リック達に警戒心を高めさせる。
だが、プルンだけは見覚えがあったのか、直ぐに彼女の警戒心も霧散するように消えていく。
コツコツと足音を鳴らし、ゲートを潜り抜けた人物はミツの前に立つ。
「あれ? あの人って」
「あっ!? 大会に出てた人よ」
「えーっと……。名前は……。そうです、確か、ファーマメント選手ですよ!」
「ミツニャ!」
「「「えっ?」」」
トリップゲートを使用し、ミツ達の前に現れたのはファーマメント。
もとい、ミツの使用するスキルの〈影分身〉の分身の一人である。
プルンの言葉に意味もわからないと疑問の声を出す面々。
しかし、ファーマメント。分身の彼が被っていたフードを脱ぐと、そこにはミツと全く同じ顔の少年が現れた事に、目が飛び出るほどの驚きに言葉を失う人々であった。
「戻った……」
分身が口を開き言葉を出すと、皆の驚きに止まっていた時間が動き出したかのように、皆も一斉に声を出すのだった。
「「「「「ええええっ!!」」」」」
「やっぱりミツニャ」
「ホッホッホッ。これはこれは」
「な、なんと……。(以前小僧が言っていた言葉は、本当に詭弁ではなかったのか……)」
「あらあら。少年君、どうしてまたその子を出してたの?」
警戒を解き、セルフィがミツと分身の間に入る。
「セルフィ様。はい。分身の彼には、数日前からお使いに出向いて貰ってました」
「数日前から……。そう……。それで、お使いって何かしら?」
ミツが分身に頼んだお使い。
それは冒険者ギルドのギルドマスター、ネーザンから受け取ったスクロール(手紙)の案件である。
これも一応ギルドから課せられた罰の一つであるので無視できない事。
分身にはアイシャがスタネット村に帰るその日の朝に出発してもらい、ネーザンの指示通りに二つの街へと出向いてもらった。
一つ目の街はディオンアコーと言う、ミツが今日々を過ごすライアングルの街と同等の面積を持つ街である。
続いて二つ目はトネリラックの街。
この街は最近馬車の通る道を舗装した事にディオンアコーの街との物流交流も多く、分身の移動は足をとられることもなく走って向かったようだ。
セルフィはミツが分身をお使いに出したと聞いた後は、彼の監視は改めて不可能と確信した。
国からミツを監視をしろと言われても、分身が別行動をして何かやっていても認知できないのだから。
だが、彼女の中でミツと共に行動する事は時間を損失するような無駄な事ではない。
寧ろ新たな知識、新たな驚きの連続に彼女の中ではもう国の命令は二の次、三の次状態。
軽くため息を漏らしたセルフィはミツの頬を突然摘み、ケラケラと笑いだしたのだ。
因みに、何故分身が行ったこともないこの9階層に直通に〈トリップゲート〉を開く事ができたのか。
分身には前もって、この試しの洞窟の10階層前までをその目で確認し、場所を把握してもらっていた。
後はミツ、若しくはリック達をマップのスキルで探してもらい、要件を済ませた分身には、ミツ達が居るこの場所に直接来てもらうことにしていたのだ。
「いふぁいでふよ、せふりはま!?」
「何がお使いよ。全く、こっちの事情も知らずこの子は……。ハハハッ」
突然のセルフィとミツのやり取りに周りは置いてけぼり状態。
それでも二人の側にいるミツと同じ顔の分身が気になるのか、皆の視線は彼へと向けられている。
セルフィとのおちゃらけた絡みも落ち着き、ミツが分身へと労いの言葉をかけた後、スキルを解除しようとしたその時だった。
「そうニャ! そのミツも一緒に連れて行くニャ!? そうしたら戦いが楽になるニャよ!」
「えっ? 彼も? そんな、一緒に戦うなんて事できるの?」
「「んー……」」
お互い考える素振りを見せるミツと分身。
まるで双子の様に素振りも一緒な事に少し笑ってしまうリッコ達。
「良いじゃない。そのミツもミツなんでしょ? ならそっちのミツが前で戦って、そっちのミツが後ろを守ればバッチリじゃない」
「おう、リッコ。ミツミツって、どっちの事言ってんだか分かんねえよ」
「もう! だから!」
リッコは分身に後方の守り、本人であるミツに前衛を任せることに、パーティーの守りを固めようと進言する。
ミツ本人も少しそれを考え、分身がコクリと頷いたことに許可を出した。
「分かった。皆さんが宜しいなら彼。自分の分身にも戦ってもらおうと思います」
「「「おおお!」」」
「ミツ一人でも凄えのに、これで戦闘が更に加速して進めるぜ!」
「ホント、ミツ君が一人増えると思うと心強いですね」
「にしても……」
「あっ、リッコ。あんまりその分身に近づいたら……」
まだ考えるように顎に手をあてがえていた分身へと、興味津々とリッコが近づく。
ミツはそんなリッコへと、少し焦りながら声をかける。
「何よ? キャッ!?」
「「「リッコ!?」」」
すると、分身はリッコの足を軽く払い、彼女を後方に倒そうとする。
だが、リッコはそのまま地面に倒れることなく、分身に抱えられる状態となった。
「なっ……」
「お嬢さん。迂闊に俺に近づくと火傷するぜ」
「〜〜〜!!」
分身はリッコに顔を近づかせ、彼女のひたいの髪を指先で払い、臭いセリフをキメ顔で口にする。
その光景に、唖然とする面々。
「しょ、少年君……。彼、何んだか前見たときと雰囲気が違うんだけど……」
「はあ……。以前ご説明しました通り、分身の性格は毎回違うんです……。今回の分身はその……女性好きが強いみたいで……」
「そ、そう……。大変ね……」
そう、今回〈影分身〉のスキルで出した分身の性格は、まさかの女好き。
ネーザンからの依頼の手紙を渡すときも、分身は上の空と通行人である女性ばかり見ては、胸の大きさや顔に対して何やらブツブツと呟いていた。
一度分身を消して新たな分身を出そうかとミツも思ったが、分身はそうはさせずと〈トリップゲート〉のスキルを発動して何処かに行ってしまった。
分身が何処かに離れたこの状態でスキルを解除してしまうと、ネーザンから預かった手紙を紛失してしまうと思い、ミツはため息を漏らすしかできなかった。
戻ってきたら直ぐにスキルを解除しようと思っていたが、大人しい分身を見てスッカリその事を忘れていたミツであった。
「あわわっ! ちょっと、あんたいきなり何を!?」
「おやおや。可愛顔をそんな真っ赤にしちゃって。でも、そんなリッコの顔も俺はいいと思うぜ。その顔、俺だけの物にしたいくらいにな……」
「うっ〜〜!! ばっ! 莫迦!」
更に顔を近づかせ、お互いの息が当たると思える距離にリッコは羞恥に我慢できず分身を強く突き飛ばす。
分身の手から離れたリッコが尻もちをつきそうになり、咄嗟にミツ本人がリッコの後ろを抑える。
「おっと! 大丈夫、リッコ!? ……あっ」
「うっ〜〜〜!! エッチ! スケベ! 変態!」
だが、咄嗟のことに起きた事故というものはある。
ミツはリッコをささえようとするが、その左手はリッコのお尻を、右手は胸をつかむ状態になってしまった。
更に更に顔を真っ赤にするリッコ。
ミツ本人も突き飛ばし、分身とミツに対して彼女は怒りと羞恥の火玉を繰り出した。
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