第126話 それぞれの依頼
「一体どういう事だ!?」
「俺達を騙してたのか!?」
「ふざけんな!」
汚れた体を洗い流し、サッパリとした気分でお昼をご馳走になるためにリックたちの家の方へと帰る道中の事だった。
庶民地で使用する井戸、その周囲で数人の屈強な男たちが井戸を囲むように怒鳴り散らす様な声が聞こえてきたのだ。
「どうしたんだろう?」
「さぁ?」
人混みをかき分けて進み、井戸が見える前にたどり着くと、目の前ではリックたちの父であるベルガーが声を張り上げていた男に見下される様に怒声を浴びさせられていた。
今にも襲いかかりそうな勢いの男に対しても、ベルガーは怯える素振りも見せず、黙って男達の話を聞いている。
「ベルガーさんよ! どう言う事かって聞いてるだろうが! 黙ったままじゃ分かんねえんだよ」
「……」
「親父!」
「父さん!」
自身の言葉に全く反応しないベルガー。そんな彼に苛立ちを立たせる男はベルガーの肩を掴んだその時。
リックとリッケは人混みから飛びだし、父であるベルガーへと駆け寄ろうと走り出す。
だが、二人がベルガーへと近づく前と、ベルガーの肩を掴んだ男はベルガーに腕を強く引かれ、そのまま地面に押さえつけられる体制になってしまう。
「ぐはっ!」
「話を聞け! この莫迦者が!」
自身の体格は二倍もあろうと思える男を、ベルガーはあっさりと地面に押し付ける体制となり、やじの声を上げていた他の者へと一喝と声を張り上げる。
それを見ていた周囲は唖然と動きを止め、駆け寄ろうとした息子の二人も思わずその足を止めてしまっていた。
現役を退いたとしてもベルガーは元グラスランク冒険者。
街なかでは強者を振るまいていた男も、喧嘩を売る相手が悪すぎる。
いつも夫婦喧嘩では母のナシルにやられっぱなしのベルガー。そんな父として情けない姿ばかり見ている二人は、その光景に呆気に取られてしまっていた。
「お、親父……」
「おっ。リック。風呂には行ってきたか? ちゃんと体は洗ったか? しっかり洗わんとまた母さんが怒るからな」
先程の場の空気が場違いの様に、息子へと突然日常会話をし始めるベルガー。
その突然の空気の変わりように一息呼吸を入れ、何があったのかを聞き始めるリッケだった。
「……。はぁ……。父さん、何があったんですか? 揉め事は母さんから怒られますよ」
そんなリッケの言葉に、あたふたとし始めるベルガー。
「おいおいリッケ。まてまて。俺は衛兵として揉め事を収めようとしてただけで、自分から争う気なんて元々無いからな」
「「……」」
「ぐぐっぐぐ……」
リッケの言葉に弁解の言葉を話し出すベルガーだが、暴れる男を未だに地面に押し付けた姿を見ては言葉が出ない二人であった。
そこに恰幅のいいおばさんがその中へと割って入って来た。
「すまないねベルガー。ウチの旦那が失礼なことしたみたいで」
「ダレサ……。いや、こちらこそ手荒なことをしてすまなかった」
ベルガーはおばさんの姿を見ると、男を押し付けていた腕の力を緩め、自身の倍近くある男を片手で引き起こしてしまう。
「痛ってて」
「すまない、怪我させちまったかい?」
「ベルガー、良いんだよ。先に手を出したのはこの莫迦亭主なんだろ。あんたも莫迦だね。ベルガー相手に喧嘩だなんて」
「違っ!? 俺は別に喧嘩を売ったわけじゃ」
「お黙り! みっともないね! 男がぐぢぐぢ言い訳並べてんじゃないわよ」
ダレサの一喝の言葉にくすみあがる男。
「ひっ!?」
「ところでベルガー。その井戸の事で話があるんだけどね」
「ああ。この井戸がどうした?」
ダレサは新しく作り直された井戸を見て、鼻をならし、ベルガーへと話を振る。
「ふっ。どうしたじゃないよ。そこにある井戸が壊れたって話を聞いたから私達の井戸をあんた達にこの数日使わせてやってきたんだよ。それなのに突然こんな綺麗な井戸を領主様に創り上げてもらって。あたし達に一言もないのかい?」
「そうだ! お前たちどれだけ領主様から金を回してもらったんだ!? こんな立派な井戸を造りやがって! 税金をお前達が好き勝手に使っていいと思ってるのか!」
「「そーだ! そーだ!」」
「……」
ダレサの旦那が新しく造られた井戸に関してやじを飛ばすと、周囲の男達がそれに合わせてまた声を張り上げる。
ダレサは話が進まないと、また一喝に男達を黙らせた。
「お黙り!」
「「「……」」」
一言で男達を黙らせるダレサ。
それを見てリックとリッケはやはり他所の家も奥さんが強いんだなと苦笑気味にそれを再確認していた。
「ベルガー、私達もあんた達が困ってるから井戸を使わせてあげたんだ。それは分かってくれるね」
「ああ……。そちらの好意を勿論感謝している」
「そうかい。なら今度はこちらがお願いしても構わないよね?」
「……何をだ?」
「いや、簡単なことさね。あんた達が私達の井戸を使った分、私達の井戸が少し干上がってね。井戸の水が貯まるまでこっちの井戸を使わせてくれないかって話だよ。見たところ随分と上手く水が引けたみたいじゃないか。これだけあれば問題ないだろ?」
ダレサは井戸から汲み上げた水の入った桶を覗き込みむ。
水は桶の底が見える程に透き通る透明であり、独特の土臭さも、殆ど感じることのない綺麗な水であった。
「あ、ああ……。だがな……」
ベルガーは二つ返事でそれを承諾することを少しためらってしまう。
それは別に他の者が自身達の井戸を使うことが嫌だとか、そう言った理由からではない。
新しく造られた井戸は利用者数が増えても問題ないように数カ所から井戸の水を出すことができるようにできている。
なら何故ベルガーがためらうのか。
それは井戸の利用者数が増えるとやはり小さな事からも問題が起きてしまう。
ダレサ達の井戸を使う際も毎回揉め事の仲裁をしてきたベルガーは、また暫くそれが起きると思うと、彼はため息をこぼしたくなる思いになってしまっていた。
「はあ……。ベルガー、そんな嫌そうにしないでおくれよ。それともあたしらが使っている井戸も、あんた達が領主様に頼み込んで、これと同じ物を職人に造ってもらっても構わないんだよ。(まぁ、流石にそれは無理だろうけどね……)」
ダレサも自身の家族に綺麗な水を使って食事をしてあげたいと言う気持ちからか、彼女の口から少し本音が漏れてしまう。
ベルガーは井戸を造り直したのは井戸の職人ではなく、息子達の友と言う事を伝えていなかったことを思い出し、ダレサの言葉に口を挟む。
「んっ? あー、ダレサ。すまないが確かに井戸の材料費は街の役所から下りたが、それを造った職人は別に金を使って雇ったわけじゃないんだ」
「はぁ? 何を言ってるんだい。こんな立派な井戸を造るのに金を使ってないって? そんなうまい話がある訳ないじゃないか」
「いや……。確かにそうかもしれないが……」
「フンッ。ならその気前の良い職人を私達にも紹介して欲しいね。……取り敢えず、今日から私達もこの井戸を使わせて貰うよ」
ベルガーは1度自分の方へと一瞥した後、少しだけ考える。
壊れた井戸の修理は自身達が無理してお願いしたこと。多数の目撃者がいるとしても、本人の許可もなく、井戸を一瞬で少年一人で直した事をダレサ達に伝えて良いものかと。
自身の力を勝手に他人に伝えられることは冒険者としてあまり良い気分ではないだろう。
そう結論づけたベルガーは、渋々と首を縦に振る。
周囲の不満もあるだろうが、一時とは言え、間違いなくダレサ達の使う井戸に誰もが世話になったのは間違いはない。
チラチラと周囲の視線が自分に向かって来るが、流石に材料無しでは自分も井戸を作り直すことは不可能である。
自分が軽く首を降ったことに、ベルガーは気づいてくれたようだ。
「はぁ……。皆、そう言う事なので、いざこざなど起こさず仲良く使ってくれ。世話になったことは間違いないからこればっかりは納得してほしい」
ベルガーの言葉に周囲の人達は渋々返事を返し、蜘蛛の子を散らす様に人の集まりは消えていく。
「はぁ……。まいったもんだ……」
「親父、良いのかよ?」
「まぁ、こればっかりはな……。さて、母さんが昼飯を作って待ってくれてる。家に戻るぞ。もちろん君も来てくれるね」
リック達の家に招き入れられ、アイシャも含み皆で食卓を囲む。
お昼の準備をしていたナシル達は表に出てこなかったので、先程の出来事を話しながらの食事場となった。
「まあ。そんな事に……」
「すみません。自分も協力したいのは山々なのですが、流石に材料が無いとあの人達が使う井戸を直して、造った井戸と同じ物にはできませんから……」
「いやいや。君が謝ることなんて何処にもないから。あれはダレサ達の僻みも入った行動だ。暫く使えば満足して、自身達が使っていた井戸に戻るだろうさ」
ダレサ達の振る舞いをみてベルガーはそう言うが、元々使っていたとは言え、人は綺麗な水を使った後にまた、泥臭い水を進んで飲む事を躊躇うと聞いたことがある。
これは水道が引かれていない国での事なのだが、ポンプなどで綺麗な水を引く事ができた隣村でそのポンプが壊れてしまった際の出来事。
ポンプが直るまでは元々飲水として使っていた川の水をまた飲み始めると、幾人もの人が体調を壊し、その村の殆どが腹痛や嘔吐を繰り返してしまったそうだ。
また、やはり生きる為とは言え、その人達もまた元の泥が混じった水を飲むのを抵抗としていたようだ。
それを思い出しながら話を進めると、リックがならば材料があればできるのかと聞いてくる。
「でもよ、ミツの話だと材料があればまた造れるって事だよな?」
「うん、造れるよ」
「は〜。お前は相変わらず無茶苦茶だな」
「はははっ、本当ですね。……んっ? 父さん、母さん、二人ともどうしました?」
二人があははと笑いながら話しているのを見て、二人の両親は目をパチクリとさせながら二人と自分を交互に見ていた。
「リッケ……どうしましたって。お前は……。俺はな、未だにあの光景が夢でも見てるんじゃないかと思ってるんだぞ……。息子達の順応性が高すぎてマジで怖えわ」
「お母さんもお父さんと同じ気持ちなのよ。あなた達は驚かなかったの?」
「「「……」」」
そんな両親のことばに顔を見合わせる三人。
確かに三人も目の前であっさりと井戸が造られた光景には驚きはしたが、彼らはそれが当たり前のように頬を上げながら答える。
「ミツだしな」
「ミツ君ですから」
「ミツだもん」
「なんだよそりゃ!?」
リック達が苦笑混じりにそう言うと、アイシャはクスクスと笑いを溢していた。
ナシルとリッコ、そしてアイシャの三人で作ったお昼の料理がテーブルに並べられていく。
「それよりミツ、お腹空いてるでしょ。はい、沢山作ったから食べて食べて」
「わー。凄く美味しそうだね」
テーブルの上には庶民的な家庭料理でもあり、大人数で食べるには丁度よい焼き飯のような物。
香ばしい匂いの中に香草の香りが食欲をそそってくる。
「フフン〜。アイシャちゃんにも手伝ってもらったのよ」
リッコがそう言うと、アイシャは恥ずかしそうに少しうつむいてしまう。
自分が彼女に感謝を伝えると、アイシャは頬を染めながら嬉しそうに笑顔を向けてくれた。
「へ〜。美味そうじゃん。では一口」
リックが自分の前に出された料理に手を出そうとしたその時、リッコはすかさずリックの手をベシッと払い落とした。
「痛って!? 何すんだよリッコ!」
「あんたの分はこっちよ!」
そう言ってリッコがリックの前に差し出した皿。
それは同じ料理で間違い無いのだが、鍋底にこびりついた焦げなどが共に入っている品であった。
「おい、リッコ……お前な……」
「何よ? あんたお焦げ好きでしょ?」
「いや、まあ……。嫌いじゃねよ……」
「フンッ。なら人の物に手を出すんじゃないわよ。全くもう、恥ずかしいわね」
やれやれと息子達のやり取りを見ているナシル。おかわりはあるので沢山食べてねと言葉をかけてくれる。
「ありがとうございます。リックはお焦げが好きなの?」
「んっ? ああ。こんなパリパリになった米とか美味いじゃねえか。まあ、食うのは俺と親父ぐらいだけどな」
「なら、今度洞窟に行く時にお焦げ料理でも作ってあげようか?」
「おっ!? まじかよ! その時は期待しとくわ」
数日後に行くことを予定している試しの洞窟の8階層。
その先へと進む前には試しの洞窟最後のセーフエリアがある。
自分たちは以前、洞窟探索をそこで切り上げ街へと帰っている。
スキルの〈トリップゲート〉を使用すれば、上の階層を省略し、8階層からの再スタートをすることができる。
リックの喜ぶ顔も楽しみなので、スキルの発動で浮かんだ料理、野菜のあんかけおこげを作ることを約束した。
「あら。あなた達、また洞窟に行くの?」
「母さん、今回は僕からミツ君にお願いしました。二人も僕に付き合ってくれるそうなので、また僕達は家を開けます」
「そうなのね……。気をつけていくのよ」
「はい。でも今回は別のパーティーと共に行くかと思いますので、先にそちらのパーティーと討伐依頼を受けたあとの話になりますけど」
リッケはローゼ達のパーティーと共に討伐依頼を受けることを両親へと伝える。
ミツはギルドから罰としてその時は別の事をさせられる事になるが、態々仲間の評価を下げるような言葉を彼が言うこともない。
両親が元冒険者と言うこともあって、初めて組むパーティーとの連携の難しさなどを食事をしながら話を聞く息子たちだった。
そして、お昼をご馳走になった礼をナシルへと伝える。
だが、彼女は井戸を直してもらったのにお昼ご飯だけしかお礼ができていないことを申し訳なさそうに言ってきた。
「ホントにお礼がお昼だけでいいのかしら?」
「はい、気にしないでください。先程頂いたお昼で自分は十分です」
遠慮がちと思われたのか、ナシルは頬に手を当て、本当に良いのかと幾度も声をかけてくる。
ならば、また今度別の料理をご馳走してくださいとお願いすると、ナシルは勿論と二つ返事に了承してくれた。
ナシルの料理はリック達にとっては母の味。
また外で食べる様な機会があれば、自分が作ってあげよう。
「じゃ、親父、お袋。ギルドに行ってくるわ」
「ああ。大会が終わったばかり、恐らく色々と依頼の張り紙が出されていると思うしな。まあ、それも雑用系ばかりだろうがそれも仕事だ。それに、運が良ければ他の街への護衛依頼があるかもしれんぞ」
「護衛依頼ですか……。そう言えば僕達、護衛依頼の経験はまだないですよね」
「そりゃそうよ。だって私達ブロンズになったのが最近だもの」
「そうですよね」
「護衛依頼か〜。懐かしいわね。私とお父さんの出会いもお互いに護衛依頼の帰り道だったわね」
「ああ。あの依頼をお互いに受けてなければ、今こうしてお前を側に置くこともできなかったろうな」
両親の二人が突然惚気話をし始めたことに、リッケとリッコは恥ずかしいと言葉を二人へと伝え、自分とアイシャの背中を押し二人から少し距離を置かせる。
リックも二人に付き合うようにその場から離れようとするが、母のナシルから鎧の襟首を掴まれ足を止める。
「うわっ!? 何だよお袋?」
「フフッ。リックも、お父さんみたいにお嫁さんは護衛依頼が関係するかもよ」
「へっ。別に今は嫁なんかに興味もねえよ。ってかさ? なんで俺にだけに言うんだ?」
息子の言葉に目を細め、呆れたと感じにナシルが少し小声に話し出す。
「相変わらずあんたは鈍感ね。リッケ、転職してから雰囲気変わってるじゃない。母さんには解るの。あれはね、思う人ができた男の子が醸し出す雰囲気よ。それに、リッコは……ねっ!」
ヒソヒソと母の耳打ちを聞くリック、少し眉を寄せ母へとリッケの変わり様を認めた。
「……おっ。おう……。お袋の勘ってさ、たまに当たるよな……」
「あらっ!? そうなの? そうなのね!」
ナシルは女子学生のように、息子と娘の恋話に目をキラキラさせている。
だが、反対に隣でその話を聞いていたベルガーは、顔は笑顔だが頬をひくひくとさせ、若干娘の近くにいる少年へと睨みを効かせていた。
リックは流石に母親のこのテンションについていけないと、話はまた後にと踵を返す。
改めてベルガーとナシルの二人から井戸の修繕に関して深々と礼を言われる。
若干ベルガーからの握手に力が入っていたような気もするが、それは感謝しての好意と自分は受け取ることにした。
そして、ギルドの方へと向かう際の事。
たまたまアイシャの母であるマーサと鉢合わせした。
彼女はアイシャの顔を見て、丁度良いとアイシャを買い物へと誘った。
アイシャは少し嫌がるように買い物はいいと断るが、母のマーサが耳元で何かを話すと、アイシャは母と共に買い物へと行くことを告げてくる。
因みに、なぜ突然アイシャの気が変わったのかというと、マーサはアイシャの肌着を買う為に共に来なさいと言葉を伝えていた。
年頃の女の子、まだまだ身体は成長期。
更にはアイシャは既に月経が来ている女性である。男性よりも下着の消耗が多く、財布に余裕ができたマーサは娘の為にと安い下着ではあるが多めに購入しようと考えていたようだ。
そんな会話が聞き耳スキルで聞こえたものだから、自分も行きますなんて言えるわけもない。
マーサとアイシャは買い物が終わり次第、教会へと帰ると言って人混みに消えていった。
冒険者ギルドに近づく道中、リックが話しかけてくる。
「なあ、ミツ」
「なに? リック」
「いや、本当にあの姉ちゃん達がギルドに居るのか? 別に約束してた訳じゃ無いよな?」
「うん。ローゼさん達は間違いなくギルドにいるよ。多分依頼の掲示板でも見てるんじゃないかな?」
「そうか。なら、今度の依頼の話もできるかもな」
「……」
「どうしましたリッコ?」
ローゼ達の話をすると、リッコは小さくフンッとならしそっぽを向いていた。
鼻を鳴らすのが聞こえたのか、隣を歩くリッケが声をかけるが、彼女は何でもないと話を切る。
到着したギルドの扉を押し当て、自分が中へと入ると、ざわざわとしていた室内の声がピタリと止まった。
「えっ?」
何かあったのかと立ち止まり、周囲の人々が見ている視線の先を追って後ろを振り向く。
「何止まってるんだよ? ほら、早く入れよ」
「う、うん。ごめんね」
リックに肩を押される様に、止めた足を勧める。すると周囲の人々の視線が自分を追っていることが解った。
(あ〜。自分を見てるのね……)
一時的に静まりかえったギルド内に、あちらこちらからとヒソヒソと小声が聞こえる。
あの子か? とか、間違いないのか? 等の確認するような声である。
ミツを見た者は、武道大会にて繰り広げた戦いをみて自身のパーティーに勧誘しようと思っている者や、貴族からの裏の依頼としてミツを連れて来いと、なんとも無茶苦茶な依頼を受けた者。
他にもミツの情報が欲しいと探りを入れている者も中にはいた。
次第と話し声が戻り、またガヤガヤとしたギルド内と戻っていく。
自分は周囲を見渡した後、カウンターへと視線を向ける。
カウンターに用事は無いのだが、小さく手招きしていたカウンターに居るナヅキの側へと近づく。
「こんにちはナヅキさん。何か?」
「ミツく……さん、ようこそギルドへ。はい、貴方様がいらっしゃいましたら、ギルド長の部屋へ案内してほしいと連絡を承っております」
ナヅキはいつもの砕けた口調ではなく、来賓で訪問したお客様相手の様に、丁寧に2階のギルド長の部屋へと手をむけている。
そんな彼女のあまりにも極端な対応の変わりように、少しだけ自分が笑いながら問いかけると、ナヅキはスッと目を細め、逆に理由を問いかけてきた。
「ふー。聞きたいのはこっちよ。エンリさんから君が来たら、周囲に分かる程に丁寧な対応をしなさいだなんて言ってくるんですもの。噂で聞いたわよ。君、大会ではかなり暴れたみたいね」
「エンリさんが……そうだったんですね。まあ、目立つ戦いを望まれましたから」
「? それって、誰なの?」
「えーっと……。あっ! 領主様とゼクスさんです」
武道大会にて自身の力を各国に見せる為にと、目立てと創造神であるシャロット様に言われた事を思わず口に出すところだった。
咄嗟に頭の中に浮かんだ戦闘民族のダニエル様と側に控えるゼクスさんの名を出すと、ナヅキは目を開き、なるほどと納得してくれる。
咄嗟の作り話も納得されるほどに、あの二人の戦い好きが広まっているのだろうかと、自分は苦笑を浮かべるしかなかった。
自分がナヅキと話していると、人混みの中からローゼ達がこちらへと近づいてきた。
「こんにちはローゼさん、ミーシャさん、トトさん、ミミさん」
「あら、やっぱり君だったのね。依頼の掲示板見てたら、一瞬だけど突然周囲が静かになるんですもの。んっ? あら、プルンさんは今日は一緒じゃないのね」
「プルンなら今日は家の手伝いをしてますよ。教会の方に結構は数の来訪者が来てましたから」
「そう……。あんなことがあったものね……。あっそうだ。ねえあなた達、ちょっと良いかしら?」
「んっ? 俺達にか?」
ローゼは暗い雰囲気を打ち消すように話題を変え、リック達三人へと振り返る。
リックが返事をした後、ミーシャがヒラヒラと手の指先に依頼書をひらつかせる。
それが何かと受け取るリッケ。
「そうなのよ〜。さっき見つけたこの依頼。あなた達、受ける気ないかしら?」
「ちょっと失礼します。……あっ。これ護衛依頼ですね」
「ふーん。まだ残ってたんだ。でっ? 何でこの依頼を私達に?」
「もう。リッコちゃん、依頼の下の方をしっかりと見てよ」
リッコはミーシャの言葉に少しだけムッとするが、確かに依頼に書かれた文を全て見たわけでわ無いので、視線を依頼書へと戻し読み上げる。
「んっ……。えーっと、護衛人数は5人以上、10人以下……。報酬1人金2枚……。これかしら?」
「そう。護衛の距離がそんなに遠くもないのにこの依頼料。しかも移動中の食事保証までされてるのよ。私とミーシャはブロンズ、あなた達三人もブロンズよね? 良ければこの依頼、私達と一緒に受ける気ないかしら?」
「あれ? トトさんとミミさんはどうするんですか? お二人は街にお留守番ですか?」
護衛依頼をリック達に共に受けないかと話を持ちかけてくるローゼ。
彼女の話だと5人で依頼を受ける話に聞こえたので、側にいるトトとミミに視線をやり、二人はどうするのかと聞く。
「いえ、もしこの依頼を受けるときにはこの子達も連れて行くわ。勿論連れて行くだけじゃなく、二人にはウッドで出されている採取依頼を受けた状態で同伴となるわね。それで、どうかな?」
「場所はバリンタンの街先、村のバルシンか。事が早く済めば日帰りできるかもな」
「リック、行くんですか?」
「ああ。俺は受けてもいいと思うぞ。この距離なら護衛としても仕事も少なそうだしな」
「モンスターも出てきても獣と小鬼ぐらいでしょうね。リッコはどうしますか?」
「ん〜。私はプルンが一緒なら良いわよ」
「そう。なら、プルンさんには私から話を通して見るわ」
ローゼが持ち出してきた護衛依頼をリックとリッケ、そしてプルンも同伴ならとリッコも承諾する。皆は自分が今回は共に行けないことは既に理解しているので、自分に話が来ることはなかった。
ナヅキが2階に案内すると言ってきたので自分は2階にあるギルド部屋へと足をすすめる。
ローゼは喜びにプルンの教会へと行くためとギルドを出た後、その間と6人で話し合うそうだ。
話は聞いていたが、ローゼとリック達が初めて顔を合わせた時は、勘違いとは言え雰囲気の良い物ではない。
だが、大会中の人々の避難活動を共に行い、その後は共に食事をしたことに場の空気はピリピリとした感じはなかった。
リックは先輩冒険者としてトトにおすすめの採取依頼を教えたり、リッケも先輩冒険者として、ミミへ魔力を節約して仲間たちへ支援を送るやり方を話している。
リッコは未だにミーシャと距離を置いた感じはするが、ミーシャが話しかければそれに嫌悪に受け取らず、返事を返すことはできていた。
互いの戦う立ち位置も同じだったのが良かったのか、6人は無言とした空気は出さずに話を続けている。
ナヅキが数回扉をノックすると、中からはギルドマスターであるネーザンの声が帰ってくる。
「お入り」
「失礼します」
中にはいるとネーザンは勿論、副ギルドマスターのエンリエッタが椅子に座り待っていた。
「坊や、そこにお座り」
「はい」
言われるがままに指示された場所に座り、対面にエンリエッタ、左手の方にネーザンが座る。
「あら、今日はプルンは一緒じゃ無いのね?」
プルンが不在の理由を彼女へと話すと、エンリエッタはあらっと思ったのか、タイミングの悪い事のように眉を詰める。
「プルンに何か用事でしたか?」
「ええ。先ずは君に話がある事は伝えてあったわよね? それとは別に、プルンにも話があったのよ。ほら、プルンが食料として見つけたスパイダークラブの脚。あれの査定が終わったの」
「ああ。あれですか」
試しの洞窟7階層の探索時、その階層にてたまたまプルンが見つけた食材になるもの。
それはスパイダークラブと言う蜘蛛型モンスターであった。
このモンスター、通常に倒してしまうと確実に粗悪品となる素材であり、勿論煮ても焼いても食べることはできない。
だが、プルンが倒したスパイダークラブ。
これが偶然にも粗悪となる事なく、食料と素材を良品にすることがあった。
鑑定やユイシスからその説明を受け、スパイダークラブを良品として狩り取る事ができるようになる。
スパイダークラブが食べれる事はプルンが発見した事なので、仲間たち含め自分もスパイダークラブが食材にできる情報の権利はプルンへと譲ったのだ。
「それで、スパイダークラブの素材を良品として持ち込める情報含め、ギルドからは情報料として報酬を渡すつもりだったんだけど。まあ、これは急ぎでもないから大丈夫よ。さて、話は変わるけど良いかしら」
「はい」
「結構です。それでは今回、貴方に課せられるギルドからの罰はニ点です」
「ふ、二つですか……」
「何か問題でも? もし拒むようなら、貴方のギルドカードを剥奪しますけど?」
「いえっ! 問題ありません!」
「よろしい」
ペナルティーが二つある事に対して、疑問とした答を返すと、エンリエッタは少しだけ眉間にシワを寄せ、静かに声をかけてくる。
「それでは一つ目。貴方には街での雑務作業、及び清掃業務を行って頂きます。勿論これは罰となるので報酬などは払われません。完全に無報酬です」
「はい」
「二つ目……。次はこれね」
「? エンリエッタさん、これは?」
エンリエッタが目を伏せ、スッと差し出してきた1枚のスクロール。
それが何かを聞くと、ネーザンが説明すると話に入ってくる。
「坊や、それはあたしからの案件でね。ちょっと届けて欲しいものだよ」
「手紙ですよね? 誰かに渡してくれば良いんですか?」
「そうだよ。それとその手紙は相手に見せたら必ず印を押してもらってきな。そうだね、2ヶ所ほど街を回ってもらうけど、坊やならそれぐらい平気だろう?」
「ええ。別に行くことは構わないですけど、手紙なのに返してもらうんですか?」
「まぁ、あれだよ。武道大会も終わったからね、人が流れていく事を示した手紙だよ。それに、そこまで行かせることが坊やへの罰みたいな物だね。反省しながら歩きな」
「……解りました」
ネーザンはニコニコと笑顔だが、隣に座るエンリエッタはため息混じりに目を伏せていた。
この意味が理解できたのは、少し後のことでもあった。
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