第125話 心持ち。

 カーン、カーン、カーン。

 死者を送る鐘の音がライアングルの街に鳴り響く中、その鐘の音はフロールス家にも届いていた。

 今、フロールス家の庭では二人の葬儀が行われている。

 その二名は数日前、ラルス達を襲った盗賊の手に落ちたフロールス家の私兵。

 息子達を守る為に犠牲となってしまった二人は、フロールス家の人々から手厚く葬儀が行われ、屋敷に仕える者、メイド達からもすすり泣く声が聞こえていた。

 ダニエル様の二婦人の二人の後にラルス、ミア、ロキア君の三人は亡くなった二名に感謝の言葉と花を添え。ゼクスさんは眠るように目を瞑る二人の顔を見て「あなた方は立派なフロールス家の兵ですよ」と周囲の人々が更に涙を流す言葉を最後に送る。

 その後、二人の亡骸は家族の元へとかえされたのだった。

 通常、貴族が庶民の葬儀を取り仕切る事はまず無い。それは庶民は貴族に使える者であり、使われる者だからだ。

 だが、フロールス家は貴族と庶民の繋がりを深く大切と思う考えがある貴族な為、今回の様な私兵の死亡も極当たり前などと考えることも無く、フロールス家は二人の死を無下にすることはなかった。

 そんな二人の亡骸を運ぶ馬車を見送るラルス達を屋敷の窓から見ていたエルフは、深いため息を洩らしていた。


「はぁ〜……」


「セルフィ様、いかがなされましたか?」


 彼女の後ろから静かに声をかけるアマービレ。


「……人の死も見慣れると、悲しいと言う気持ちも薄れるのかしら」


「……」


 人族よりも長く長命に生きるエルフであるセルフィ様は、幾度もなく人の死と言う物を見てきている。その為か、最初こそ亡くなった人の死に対して彼女は涙を流し、数日と落ち込む心を持ち合わせていたが、今では残念と言う気持ち程度にしか人の死を悲しむことができなかった。

 それが自身でもそんな気持ちであることに悲しさを持ち合わせるが、やはり死に慣れた彼女の気持ちが変わることはなかった。

 護衛兵であり側仕えのアマービレへと自身の愚痴をこぼすような発言をするが、アマービレ本人も戦士として何人もの仲間の死を見ているために、セルフィ様の言葉を黙って受け入れるしかできなかった。

 そんなアマービレの変わりに声をかけてきたのはセルフィ様に仕えている他の私兵の二人のグラツィーオとリゾルートであった。


「セルフィ様、人と我々では生きる時間が違います。人は短命だからこそ、去りゆく命を惜しむ心がございます。我々は人とは違い長命の者。その中で全てを悲しんではおられません」


 リゾルートの言葉は少し厳しく聞こえたのか、グラツィーオが言葉を入れる。


「リゾルートの言葉は間違っていないが……その、少し厳しくないか? 姫様のお辛い気持ちも分かってやれよ。姫様、その……」


 グラツィーオは主にかける言葉ではないとリゾルートを責めるが、自身でもそれを理解している為にセルフィ様へかける言葉が見つからず言葉が止まってしまう。


「ありがとう、グラ。冷たい女に見えるかもしれないけど、別に心を失ったわけじゃないから。そうね……安心して。あなた達がぽっくり行ったときは涙ぐらい流してあげるわ」


「はははっ……そ、そりゃどうもです」


 セルフィ様のそんな軽い返答に微苦笑を浮かべるグラツィーオだった。


 今この部屋にいる四人の容姿がまたこの先数百年と変わらずとも、風景や人は四人を置いて変わっていく。

 暖かな風が吹く春が訪れ、陽射しの強い夏が来る。森に農が増える秋の色の次は身を凍らせる冬が来る。彼女が拒むとも、季節は彼女の意思など置いて周りまわり続ける。

 馬車の見送りが終わった人々をセルフィ様が見ているその瞳は、いずれは必ず訪れる別れの時を映し出していた。

 それが分かっていても人族との繋がり。いや、フロールス家との繋がりを切らないのは彼女の我儘かもしれない。

 

 少ししんみりとした空気に笑いが入った後、表情を引き締めるリゾルート。

 セルフィ様は彼がこんな顔をする時は、必ず面倒くさい話を持ち出す時と理解している為、内心で大きなため息を漏らす。

 

「セルフィ様。カルテット国より鳥光文が届いております」


 リゾルートは懐から1匹の小鳥を取り出す。

 その鳥は青と白の美しい羽を小さく動かしながら、リゾルートの指からセルフィ様の指へと移動する。鳥光文はカルテット国、エルフの国でよく使われる伝書鳩の様な物である。

 ただ普通の脚に小さな手紙をつけて連絡のやり取りをする伝書鳩とは違う。

 まずこの鳥光文は生き物ではなく、魔力で動く魔導具である。その為、込めた魔力によって飛ぶ速さと距離が変わる。

 早馬を走らせて1週間かかる距離も、これを使用すれば1~2日で連絡が相手へ届くと言う恐るべき速さを持つ鳥であった。

 更に驚くことは、これは使用者の声を録音する機能を備えている。長文の録音も可能だが、その分やはり魔力を使用してしまう品物。

 遥か昔のエルフの国、カルテット国では勿論伝書鳩は使われていた。

 だが、鳥型モンスターや、獲物と勘違いした者が伝書鳩を矢で射抜いてしまう事故が頻発している。その為、あまり使い勝手の良い物ではなかった事もあり、やはり可愛がっていた伝書鳩が犠牲となるのを悲しむ者もいる。

 そんな事をきっかけとエルフの国で作られたのがこの鳥光文であった。


 鳥光文がその小さな口を開けると、そこから発せられる声に本人がまるで目の前にいるかのように背筋を伸ばすセルフィ様であった。


「〜〜〜〜……」


 会話が終わりと、鳥光文が口を閉ざす。

 まるで親からお説教を受けた子供の様に、セルフィ様はぐだっと疲れたのか、深く椅子にもたれかかる。

 そして、ガバッと体を起こし、自身の頭を両手でガシガシと髪が乱れる程に頭を掻く。

 そんなセルフィ様の姿を軽く窘めるアマービレだが、会話の内容を聞いていた彼女も主人であるセルフィ様がこうなってしまうのは仕方ないと、何処から出したのか、ブラシを使いセルフィ様の乱れた髪をとかしていく。


「最悪よ」


「……セルフィ様のお気持ちお察しいたします。ですがこれも姫様が今のように自由に動けるのも、今のように定期的に国の指示に従ってこそですよ。パルスネイル王国のオーケストラ学園の視察もその一つだったではありませんか。その結果予期せぬ情報も得ることができたのですから」


 セルフィ様はパルスネイル国へと、二年程視察も兼ねて訪問したことがある。

 表向きにはダニエル様の子息。嫡男であるラルスの保護者役としての付き添いである。

 他国の客人を保護者としてつけるのは変な話だが、セルフィ様自身、パルスネイル国へと視察の命を受けていたので理由として利用していただけである。だからと言ってラルスの護衛や保護者としての役割を蔑ろにしていたわけではない。

 私兵であるアマービレ達三人を使い情報を集め、セルフィ様が出向く際はグラツィーオかリゾルートのどちらかが必ずラルスの側に控えていた。

 たった二年。

 短い期間であったが、その間にもパルスネイル国内では様々な問題と出来事が起きていた。

 一つは幾人もの貴族の急死。もしくは行方不明。理由や行方もつかめず、その大半が事故死として処理される事件。

 そしてそれは貴族だけではなく、庶民地に住むものや、離村の村人でも起きている。

 貴族者は捜索隊などが出されていたが、村人が居なくなったからと言って国が直ぐに動くこともなく、結果はモンスターに殺されたなどで片付けられてしまっていた。

 もう一つは出現するはずのない場所に上位種のモンスターの出現報告。

 最初はたまたま出てきたのだろうと深く考えていなかったパルスネイル国にある冒険者ギルド。

 しかし、それが連日と報告が上がり、とうとう離村である村が犠牲となってしまった。

 討伐隊がモンスターを倒したときには、子供や大人関係なしに、何人もの人々が食い殺されていた。もう少し早く到着していれば、救えた命もあったのかもしれない。そんな気持ちを抱えたまま討伐隊がギルドへと帰る際。

 なんとまた出現するはずのない上位種のモンスターを発見。連戦となり、厳しい戦いとなってしまった。

 数名の怪我人を出しながらも何とか討伐を完了。

 その際、モンスターを調べようと学者がモンスターの腹を掻っ捌いた時に見つかったのが魔力の抜けたカセキである。

 討伐隊はそれをギルドへと報告。

 その後ギルドは深く調べを入れた後、突然出現した上位種のモンスターには決まって腹の中にカセキが発見されることが発覚した。

 ギルドは冒険者を使い情報を集める。すると冒険者の数名が見たことのない魔石を発見した。

 魔石の色は属性に関して色を変えていく。

 火なら赤に近い茜色。 

 水なら青に近い空色。

 しかし、見つかった魔石はどれも黒に近い紫。

 魔石を最初発見したものは金になると思い、それを道具屋へと売り払っていた。

 しかし、見たことのない魔石はそれ程価値はなく、更にはそれはそのまま国の学者の手の内に流れることになった。

 学者はそれを調べると、それはモンスターを強化してしまい、上位種へと変えてしまう魔石と発覚したのだ。

 魔石を売った冒険者は事情を聞くためと拘束。

 見つけた場所や情報を聞き出し、学者は冒険者ギルドへと魔石を探し出す事を依頼として出していた。

 魔石に価値はないが依頼料は高く張り出され、我先にと紫の魔石探しがおこなわれていた。

 その情報を獲たセルフィ様は、早速調べを入れ、彼女の中の結論としては誰かが魔石を作り出す技術を開発し、実験としてモンスターへと与えているのではと結論づけたのだった。



「そ、それはそうだけど……。だからって情報が足りないから少年君から目を離すなだなんて、いきなりじゃない……。まぁ、これがロキ坊なら喜んで指示にしたがうけどね!」


 自身の頬に手をあてがえ溺愛するロキア君の名を呼び、うっとりとするセルフィ様。

 そんな彼女の反応はいつものことだと、流し話を続けるグラツィーオ。

 

「セルフィ様。正直申し上げますと連絡を送った我々ですら、連絡の内容を見たら疑問符を浮かべると思いますよ……」


「グラツィーオ、それはお前の連絡が下手だからじゃないか」


「なっ!? 俺が国へ連絡を送る際は二人のどちらかに見直してもらっているではないか! それで送った鳥光文なのだぞ」


「グラツィーオの連絡文は単純すぎるからよ。私達が確認しないと内容スカスカじゃない」


「アマービレ!? ならば国の連絡はお前ら二人で送ればよいではないか。そうしたら俺は姫様の護衛に集中できるしな!」


「それが可能なら国にいる、字も読めぬ者とお前は姫の護衛役を交代することになるぞ。それでも良いなら、次の鳥光文にお前の代役者を呼んでもらおうじゃないか」


「くっ……」


 やれやれとため息まじりにグラツィーオに淡々と言葉を浴びせるリゾルート。

 グラツィーオはぐぬぬと拳を震わせながらも反論するのを止めた。

 口喧嘩でこの二人に勝てた試しがないので口論は無駄だと理解しているのだろう。


「まったく。お前を役割から外す訳には行かぬと理解して、素直に職務を遂行しろ。……セルフィ様。それともう一通、連絡が来ております」


「……次は誰から?」


「はい、カルテット国からではなく、パルスネイル王国の冒険者ギルドからです。こちらは以前、出現するはずのないモンスターの討伐の件です」


「ああ。ポイズンスパイダーのいることろに上位種のデススパイダーがでたあれね。それで、あれから何かあった?」


「はい。報告によりますとあの後また同じ様な発見事があったそうです。小さな魚モンスターのラントフィッシュしかいない川に大型の魚型モンスター、上位種のラガトフィッシュの発見。また群れとなっていたナッツジャッカー、からその上位種のドルジャッカーが紛れ込んでいたとか諸々ですね。冒険者を向かわせた後、全て解決しております」


 リゾルートの報告に上げられたモンスターの数々。ラントフィッシュは地球で言うピラニアの様なモンスターで肉食の魚である。それの上位種。ラガトフィッシュとなると、ピラクル並の大きさとなり、危険性も跳ね上がるモンスターである。

 川に水を飲みに来たゴブリンなどを一飲みとし、そのまま水の中に引きずり込む危険なモンスターである。

 それともう一つ。ナッツジャッカーはモンスターには珍しい危険も無い、関わらなければ大人しいコアラの様なモンスターである。

 だが、この上位種のドルジャッカー。

 このモンスターはいつも大人しいナッツジャッカーをまるで誘導する様に、自身の獲物を取らせる駒として使うモンスターである。

 自身は安全な場所からナッツジャッカーに指示を出すため、このドルジャッカーを先に倒さなければナッツジャッカーが襲い掛かってくることを止めないのだ。

 正に捨て駒の様にドルジャッカーは獲物が倒れるまで、獲物へとナッツジャッカーを仕掛ける厄介者でもあった。


「そう……。それで、やっぱりアレは見つかったの?」


「はい。ラガトフィッシュとドルジャッカーの胃袋から、魔力の抜けたカセキが発見されました」


「また出たのね……。まったく、何処の変わり者がモンスターに餌をあげてるのやら。で? そろそろその変わり者の目星はついたのかしら」


「はい。そう言った案件内で不審な者が幾度も目撃されております。ですがまだ捕縛とまでは行きついていないですね……」


「そうなのね……。まあ、目星もついているなら国も動き出すでしょう。あそこの王様は見た目によらず結構切れ者ですし」


 パルスネイル国の王との対談時、初の顔合わせの時にセルフィ様は王の本質を見抜いていた。

 いつも優しそうな微笑みを返す王もやはり国一番のキレ者である者。

 セルフィ様はパルスネイル国はカルテット国の隣国となるので、彼女は友好の架け橋役を補っていた。


「セルフィ様、少し気になる事が……」


 ふーっとため息まじりに、アマービレの差し出したお茶を口に含み考えを流し込むセルフィ様。

 そこにグラツィーオが少し怪訝そうな表情を作り口を開く。


「パルスネイル国はこのセレナーデ王国の隣国にございます。ゆっくりですが異常種の発見がセレナーデ王国寄りとなってきております。今はまだパルスネイル国での珍事ですが、このセレナーデ王国でも同じ様な事が起きるかもしれませぬ。セレナーデ王国の王族と辺境伯様がご滞在しております。今は特に警戒すべきかと……。それとあの少年の件も……」


 グラツィーオの言葉にセルフィ様だけではなく、アマービレとリゾルートが険しい表情となる。


「ええ、少年君の事もいずれパルスネイルにも行くでしょうね……。なら……。リゾ、鳥光文を飛ばしなさい。内容はセレナーデ王国に奇跡の少年現る。その者は友好を結ぶべき相手であると」


「? セルフィ様、パルスネイルにもあの子供の情報が行くのなら、別に態々鳥光文を飛ばす必要はないのでは?」


「もう、グラはおバカね〜。行くとわかってるからこそ、私達が先に情報を相手へと与えれば、相手の好感を得ることができるのよ」


「あー。なるほど」


「少年君は力を隠す気がないのか、かなり派手に色々と見せてくれたじゃない。恐らく自身の力を見せつける為に動いてると思うわ。そうじゃないと、各国の集まるこの時にあんな事はしないでしょうし。なら少年君の希望にのせて、彼の情報を広めて上げましょう」


「……。承知いたしました」


 セルフィ様のこの行動がミツにとって吉と出るのか凶と出るのか。

 これもまた余計なお世話なのか。

 それを思いつつも、リゾルート達は少し痛い頭を抑えたい気持ちを抑えつつ、主である彼女の指示通りに動くことしかできなかった。


∴∵∴∵∴∵∴∵∴


 庶民地に取り付けられていた井戸の修理が終わり、井戸水で冷えた体を温める為とリックとリッケ、二人と共に臨時のお風呂場へと足を運んでいた。


「臨時に造られたお風呂としては意外と広いんだね」


 二人に案内されてやってきたお風呂場。

 臨時の利用場にも関わらず外装はしっかりと造られ、汚れなどなく綺麗に使われていると分かる場所であった。

 受付用の小屋は人一人が入れる程の小さな小屋。日本にある街のあちらこちらにあった宝くじ売り場、あれぐらいの大きさと言えば分かりやすいかもしれない。


「なんだ? ミツはここに来たこと無かったのか?」


「うん、話には聞いてたけど足を運んだのは今日が初めてだよ」


「大会中、出場選手には個室が与えられますからね。もしかしたらそこでお風呂に入られてたんですか?」


「いや、大会中も自分は教会で寝泊まりしてたよ?」


「はっ? まさか、お前の出場選手用の部屋が用意されてなかったのか?」


「いやいや、ちゃんと綺麗な部屋をあてられたよ。でも少し部屋を開けてたら……その、空き巣にあって、部屋を荒らされたんだよね」


「「……」」


 武道大会参加中、出場選手には各自部屋を与えられることになる。

 その部屋のランクは自身が出場する試合にて、観客が自身に賭けた金額によって与えられる部屋が異なる。

 自分に当てられた部屋はホテルのファーストクラスとまでは行かないが、一人で寝泊まりするには十分な部屋であった。

 部屋に案内され、間もなく大会係員が部屋へと訪問してきた。

 そして、その人に案内された部屋ではダニエル様の第二婦人であるエマンダ様が別室で待っていた。

 彼女からは、これから話し場に是非とも参加してほしいと言葉があったのでそれを承諾。

 内容は第三王子であるカイン殿下と辺境伯であるマトラスト様との対談の場のお誘いであった。

 その対談も終わり、部屋へと戻るとまるで部屋の中で竜巻でも起きたのではと思う程の荒らされようとなっていた。

 ユイシスから森羅の鏡の使い方を受け、映像には部屋を荒らすベンザの姿が映し出され、その後に衛兵によって連れ出される映像だけを残していた。

 荒された部屋で寝ることもできないので、結果その日はいつも寝泊まりしている教会の部屋へと帰ったのだ。


「まあ、部屋が荒されただけで別に物が盗まれたとかは無かったし。それに犯人は自分が部屋に戻るまでにはあっさりと捕まってたよ。でも荒された部屋では寝泊まりもできないから、流石にその日は戻ったね。……ああ、そう言えば次の日もダニエル様達と話が終わった後は、もうそのまま教会の部屋に戻ってたよ」


「……知らずとは言え、お前の部屋を荒らすとか命知らずもいたもんだな」


「そ、そうですね……。無意識と冬眠している熊の洞穴に足を踏み込んだ災難な人ですね」


 二人は苦々しい顔を浮かべ話を聞いていたが、リックもリッケが言った言葉がしっくりしたのだろう。苦笑いと少し表情を変えていた。


「取り敢えずさ、二人とも話はそれくらいで中に入ろうよ」


 昼の時間、程々に人の流れがある中で立ち話をしている自分達が気になっていたのか、受付をしている人がこちらを伺っている。

 少し視線が気になってきたので先に受付を済ませようと二人の背を押す。


「いらっしゃい。何人だい?」


「男三人だよ。それと一人は服の洗濯も頼むわ」


「あいよ。あらま〜、随分と汚して。二人はそのまま行って良いよ。君は汚れた物をこの袋に入れておくれ。入れ終わったらあっちに人がいるからその子に渡して札を貰いな。受け取った札を無くすと洗った物が解らなくなるからね、無くすんじゃないよ」


「はい」


 受付のおばさんは自分にゴミ袋程度の麻袋を渡してきた。

 お風呂に入っている間に汚れた物も洗濯してくれるシステムがあるようだ。

 リックとリッケはそのままお風呂場に入れるが、服やズボンが泥に汚れた状態の自分を見たおばさんは指を指しながら、隣にある柵で周りを囲んだ場所に行くことを促す。

 指示された柵の内側へと入ると、そこでは数人洗濯をしている人達がいた。

 パチンパチンと衣類を岩に当てて汚れを落とすその光景は、テレビで見たことのある何処かの国の洗濯風景と似ている。

 

「ううっ、体が冷えてるのかな。寒くなってきた。……って言うか、衣服は勿論下着も泥水で汚れてるんだけど……えっ? 全部渡す物なの?」


 脱衣所などは無いのか、先に入っていた人はあちらこちらで衣類を脱ぎ始めて受け取った麻袋へと入れている。


「頼んだ」


「はい、承ります。お戻りの際こちらをお渡し下さい」


 受け付けの人から札を受け取った男性はイチモツを隠すことなく、堂々とした立ち居振る舞いで浴槽のある館内へと行ってしまった。

 次に並ぶ人、並ぶ人も同じ感じだ。

 中には蜥蜴族や獣人族もいた。いや、蜥蜴族の人は基本裸なのでよくわからん。


(うわ……皆当たり前と裸状態で服を渡してる……。受け取る人も気にしてないのかめっちゃ平常じゃん……。ってかさ、なんで受け取る人が女の人なのさ……

 

 まだタオル等の布を貰っていないので隠すものがない。

 仕方ないので衣類を入れた麻袋を前にして、自身のダガーを隠して列に並ぶ。

 

 ……すみません、見えを張りました。


 並ぶ人の列も短いのか直ぐに順番が来た。

 

「次の方、どうぞ」


「お、お願いします……」


「……」


「……?」


 受け付けの女性に麻袋を渡すともう自分は隠すものが無い。早く札を貰って中に入りたいのだが、女性がこちらを見ている事に気づき、自分は少し首を傾げる。


「あ、あの。どうかされましたか?」


「ああ。やっぱりミツさんじゃないの!?」


「え? ……んっ? あっ!? マチさん」


「そうだよ、私だよ、マチだよ」


 受け付けをしていたのは、以前試しの洞窟であった事のある冒険者のマチであった。

 彼女との出会いは試しの洞窟3階層を過ぎた先。

 冒険者が休憩などで利用するセーフエリアだった。その時、3階層で出現するバルモンキー。

 このモンスターが大量に出現したために、多くの冒険者が被害を受け、セーフエリアに逃げ込む形となっていた。

 マチもその一人。

 バルモンキーは冒険者の荷物を狙う盗猿と言われているモンスター。

 そんなバルモンキーに彼女は手に持つ剣が盗まれる際、中指、薬指、小指とまるまるバルモンキーに指ごと噛み千切られてしまう程のダメージを受けていた。

 欠損してしまった彼女の指を〈再生〉スキルで元に戻し、治療を行ったのだ。

 今の彼女の指は全て元通り。

 久々に会えた自分に喜ぶように綺麗になった手で自分の手を握ってくる。


「いや〜。こんなところでまた会えるなんて嬉しいわ」


「そうですね」


「あっ! カートはこの裏で雑用係として働いてるわよ。今は冒険者の依頼としてここで働いてるの」


「マチさん、あの後お身体に違和感とかないですか? 私生活で痛みとか出ませんでしたか?」


「ありがとう。いえ、あの後洞窟から戻って数日経っても痛みも無いし、普通に生活ができてるわ。休みも取ったから今こうしてあなたのお陰でまた働くことができるんですもの」


 洞窟から出た後、マチと彼女の相棒であるカートは数日と体を休めていたようだ。

 日常生活も問題ないのを確認した後、いつまでも休んではいられないとは言え、回復して直ぐに討伐依頼は危険なので先ずは安全な街の依頼を受け、マチの容態を確認しているそうだ。


 彼女は自身の指を失い、後の絶望の生活を考えていたところに、カートが連れてきた自分に指を治された事。その後何かしら指を使う度に、彼女は幾度も感謝の気持ちだったことを話してくれる。

 そんなマチが喜び話しているところ悪いが、女性の長話に付き合うには裸状態の自分には酷でしかなかった。


「それは良かった。……クシュン!」


 自分がくしゃみをした事に、話している相手が裸状態であることを思い出したマチは喋るのを止める。


「あら。私ってば長話になっちゃって。風邪を引いては大変だわ。ごめんなさいね」


「い、いえ。ちょっと水で体を冷やしてしまったので。湯で温まれば大丈夫ですよ」


「そ、そう。じゃ、服はお預かりしますね。洗終わりました衣服との交換に必要ですので札は無くさないようにしてください」


「ありがとうございます。では」


「はい。ゆっくりと体を温めてくださいね」


 優しい笑みを浮かべながらひらひらと手を振るマチ。

 再会したことは自分も嬉しいが、素肌を晒した状態では恥ずかしさが勝ってしまい、数度彼女に会釈を送り自分はそそくさと風呂場へと移動した。


「ふ〜。お風呂なんて久し振りだよ」


「にしても昼間でも人が多いな……」


「街のイベントの時にしか開放されませんからね」


 リックとリッケが体を洗い流しているのを見つけ、自分も汚れた体を洗い共に浴槽へと浸かる。

 浴槽の湯は温泉施設の様にお湯の垂れ流しではなく、家のお風呂の様に貯め湯タイプ。

 湯に浸かる前に体に付いた汚れを落とさなければ浴槽が汚れてしまい他の人の迷惑になってしまうよね。

 まぁ、リッケがリッコから聞いた話では男湯は貯め湯タイプだが、女湯は掛け流しタイプだそうだ。

 なんか理不尽だと思ったが、先ず女性の方が圧倒的に利用者数が多く、更には子供連れが多いので湯の汚れ具合に違いが出てしまうそうだ。

 また、男性と違い女性の入浴時間は長いので外に行列ができないようにできるだけ風呂場は広めに造られているそうだ。

 これは領主婦人の考えで、やはり女性の事は女性にしか解らない物もあるようだ。


「勿体無いよね〜。これだけ利用者がいるなら、もうこの街の名物にすれば良いのに」


 自分の言葉が意外な提案だったのか、リックは周囲の浴槽を見渡しながら訝しげな表情を浮かべる。


「? 風呂で人が増えるのか?」


「うん。小さなお風呂とか数を増やしていけばお風呂街にできるんじゃないかな? この水は地下水だよね?」


「そうですけど?」


「水の温度は、魔石を使ってお湯にしてるんだよね?」


「お、おう? でもよ、水はあってもその魔石が莫迦みてえに高いそうだぞ」


「そうですよミツ君。酒場とかで使ってる本当に小さな魔石でも、たしか銀5枚は必要だったはずですよ。この浴場に使われてる魔石がどれ程の大きさかは解りませんが、きっとかなりの大きさじゃないですか? ミツ君のさっき言っていたいくつものお風呂場を造ろうとしたら、凄い数の魔石が必要になります」


 魔石を使用する際、ほんの少しだけ魔石へと魔力を流せば魔石はその大きさに似合った力を出してくれる。

 後は魔石の魔力が尽きるまで、ボイラーとして地下水を湯へと温める役割をこなすだけである。


「なら、その魔石があれば問題無いんだよね?」


「「……」」


「まぁ……。そりゃ魔石があれば、さっきお前が言ったこともできるだろうけどよ……なぁ、リッケ」


「ええ。でもそれはやっぱり難しいですね。先ず、水をお湯にする為には火属性の魔石が必要となります。その魔石は基本大きな山などで取れるそうですよ。ですが、このライアングルの街の近くにはそれ程大きな山はないですから、火の魔石は隣街から輸入しているって母さんから聞いたことあります。それも、魔石の値も年毎に上がってきていると言うことですからね。逆にこの臨時のお風呂場もその先続けれるか解らないのではないですか?」


「そうなんだ……。それを考えたらここのお風呂が無くなった時って結構困る人がいるんじゃない?」


「ああ。確かに正直俺は井戸の水を頭からかぶって、水浴びするよりはここに来たほうが楽で良いな。他にも依頼を終わった後にここに来る冒険者も結構見るぞ」


「解ります。この時期になるともう井戸の水も冷たくて、あまり長く浴びたいとも思いませんからね……。だからと言って依頼を受けた後に、体の汚れも落とさず家に帰ると母さんが怒りますから……。リックと父さんは一度それをやってしまって母さんとリッコから凄く怒られていた記憶があります」


「いや、あの時は先に荷物を部屋に置きたかっただけで、別に水浴びを嫌がった訳じゃ」


「流石に全身汚れた状態で部屋に入ってきてもらっては、僕も嫌ですよ。リッコが怒るのも当たり前です」


 リックとリッケ。二人の会話を聞きつつ、疲れた体を癒やす。汚れを落として久々にゆっくりした気分になった。

 湯に肩まで浸かり、魔石のこともダニエル様に相談してみようかと考えていた。

 三人とも疲れが溜まっていたのか、少し長湯になったかもしれない。

 お風呂あがりには、やはり牛乳が美味いだろうと二人へと差し出す。

 アイテムボックスから取り出した牛乳瓶には水滴がついており、瓶のひんやりとした冷たさが指に伝わってきた。

 二人も喉が乾いていたのか、差し出した牛乳をゴクリと一飲み。

 口に含んだ瞬間、二人は目を輝かせながらゴクゴクと牛乳の入った瓶を空にしてしまった。

 

「うまっ! 何だこりゃ!?」


「牛の乳だよ。お風呂あがりはやっぱりこれだよね」


「草牛の乳って冷やすとこんなにも美味しんですね……。家でもできますかね?」


「あ〜。リッケ、それは止めといたほうが良いかな」


「何故ですか?」


「それはね」


 この世界にも乳を出す為の牛は存在はしている。例えばスタネット村にも草牛のエリリーが一頭村で大切にされている。

 そのエリリーの乳は赤ん坊や、年老いた者の生命線とも言える存在であった。

 だが、搾りたての牛乳は美味しいというが、流石に熱処理をしなければお腹を下してしまう可能性が大きくあり、エリリーの乳も加熱処理した物を飲むようにしていた。

 これはギーラと言う村長の知恵でもあり、錬金術師としての知識あっての対策である。

 もし誤ってリッケが熱処理もされていない牛乳をどこからか買ってきたとして、そのまま食卓に出してしまうと大変な事になってしまう。

 更に言えば市で売られている牛乳は常温保存であり、更には何日前に取ったのか解らない品である。

 それを伝えるとリッケは苦笑いを浮かべ、家で出すことを諦めると言ってくれた。

 

 そして、また裸状態でマチの前に顔を出し、洗い終わった衣服に着替え彼女に軽く別れを告げ臨時の風呂場を後にする。

 

 サッパリした体に風の涼しさを感じながら庶民地の井戸へと戻ると、そこには多くの人だかりができていた。

 

「なんだこれ……」

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