第123話 友の来訪

 教会の一室にて。

 教会へと、父のベルガーと母のナシル。そして二人の弟妹を連れてリックは来ていた。

 彼は教会に祈りを捧げた後、シスターの服を着ていたプルンと、教会の責任者であるエベラと対面状態にテーブルを挟んで会話をしている。


「と言うことで、これは俺からの寄付です。賭けで得た金ですが、どうぞ、教会に使ってください」


 リックは金の入った麻袋を二人の前に差し出す。

 その時、中を見なくとも解るほどの金属同士が擦れるジャラリとした音が聞こえてきた。


「理由はご理解いたしました……。ですが、こんなにも沢山の寄付をして頂くには……」


「リック、本当に良いのかニャ……」


 二人は顔を見合わせた後、エベラは受け取るのを拒む言葉を添えながら、差し出された麻袋を少しだけ押し返す。

 それが当然と思いつつ見ながら、プルンはリックへと一応本当に寄付をしても良いのかと問いかける。


「何言ってんだよ。教会に寄付する事は約束だったからな」


「でも……」


 本来、教会への寄付はとても珍しく、商人が商売に成功したお返しや、子供を授かった際に験担ぎとして送られる物。

 普通ならお布施などは気持ち程度が送られ、エベラの教会でもこの時期は大会に挑む人達から少しだけ送られることもあった。

 だが、それは本当に気持ち程度の、銅貨1〜2枚だ。

 目の前のリックが差し出した麻袋。

 並々と金が入った麻袋を差し出す人など、今迄経験したことのないエベラは、流石に焦りに口数を減らしていた。

 実際に考えてみてほしい。

 自身がふらりと散歩がてらに、近くの神社を通ったとしてお参りをしたとして何万円も賽銭箱へと入れるだろうか?

 入れたとしても、5円から高くても115円だろう。いや、散歩程度なのだから、お参りなどせずにそのままスルーして帰るかもしれない。

 それを考えればエベラの言うとおり、リックがたとえそれが寄付と言っても彼女達が躊躇うのは当たり前である。

 そんな二人をみて、リックの父であるベルガーが会話に入る。


「シスターエベラ。悩んでいる所ですみませんが、息子の希望通りにこの金を教会で引取ってはくれませんか」


「そんな……お父様。お子様自身で得られたお金ではありませんか。しかもこのような金額。教会では、おいそれとは受け取ることはできません」


「いえ。シスターエベラの言うことも確かに。本来なら親である俺は息子が自身で稼いだ金に対しては口を出すことではない事は承知している。それが多額の金額でも。寧ろ、金は将来切っても切れない程に必ず必要となる物……。俺はその事を息子達、三人には口を酸っぱくして教えてます。だが、この金はこいつ自身が冒険者として得た金では無いのが一番の問題なんです」


「お、おい。親父……」


「まあ、待て。俺が話しているだろう」


「……」


 次第と口調が荒くなってきた事に父の話を止めようとしたリックだが、ベルガーの一言で押し黙る。


「賭けで得た金を自身の実力と勘違いする莫迦な子供に育てる事は、親である俺達夫婦は考えていない。事実、そちらの娘さんと俺の息子達は共に冒険者として洞窟に行って無事に帰路についてる。その時の経験がこいつらにはシッカリと身についてるでしょう。恐らく、その時は冒険者としての金を得たはずです。それに関しては親としても口を出す気はないが、これは違うな」


 ギロリとベルガーはリックではなく、お金の入った麻袋を睨みつけた。

 ギャンブルで得た金に、息子のリックが遊び溺れる事を懸念したベルガーはリックとの話場を作り、金の使いみちなどを話し合っていた。

 そうしなければ、人は泡銭として得た金に頼り、金が無くなりそうになるまで働かない人も居る事をベルガーは知っていた。

 リックはまだまだ冒険者としては新人に近いブロンズランク。金があるからと言って冒険者の依頼を疎かにしたり、積極的に依頼を受けようとしない者にはなって欲しくないと言う、元冒険者の父からの助言でもあった。


 その時、ベルガーは賭けで得た金を全てを寄付することは無いが、先ずはけじめとして自分以外の者へ役に立てる金にしろと言ったようだ。

 この話でリックが反発してくるのではと気構えていたベルガーだが、思っていたとは違ってリックは元々金の使い道はプルンの居る教会へと寄付を考えていた。

 その事を聞いたベルガーは内心、口は悪くともリックの中には、強い心が備わっていた事に喜びを感じていた。


 家庭内の教育に口を出すわけにもいかないエベラは、口を閉したままベルガーとリックへと交互に視線を合わせた後ゆっくりと口を開く。


「解りました……。お父様と息子様のお気持ち、大変ありがたく受け取らせていただきます。ですが、この寄付は私達の教会だけでは多すぎますので、他の教会にも息子様のお気持ちを分けたく思います」


 プルンも試しの洞窟で稼いできた金をエベラへと渡している。

 それだけでも生活はとても楽になり、プルンの弟妹であるヤン達にもお腹いっぱいと、空腹知らずに食べさせる事が今はできている。

 今も十分幸せを感じているエベラは、ライアングルの街にある、貧困とした他の教会へと幸せを分け与える提案をリックへと伝える。

 リックはそれを承諾し、エベラとプルンから深々と頭を下げられ、お礼の言葉を受け取った彼は照れ臭そうに頬をかいていた。


 話は終わりと部屋から出る際、母のナシルが旦那であるベルガーを咎めるように彼の肩を軽く叩く。

 

「あなたは心配しすぎなんですよ。リックはこれでも長男ですよ」


「んっ? お袋?」


「いやいや。真っ先に心配したこと言ってたのはナシルだろ? 確かにリックはこれだが、これがリッケやリッコだったら俺もここまで言わねえぞ?」


「おい、待てよ親父!」


 夫婦の会話にムッと腹を立てるリックだった。


 リックは今、冒険者としてのギルドカードの札とは別に、もう一つ、札を今首にかけている。

 商人ギルドで受け取った札。それは商人ギルドにお金を預ける際の通帳の様な物である。

 リックがリッケと二人で商人ギルドに口座登録をした帰り、突然のスコールにズブ濡れ状態に家路についた日の話である。

 濡れた衣服と共に室内に干された衣類と一緒に、リックは濡れてしまったギルドカードの両方を干していた。

 それを見た母のナシルは商人ギルドのカードを見て、彼女は目を見開き驚いていた。

 旦那であるベルガーも同じ物を持っているので、彼女は直ぐにそれが預金の為のカードだと察したのだろう。

 それだけなら、ナシルはリックが長兄としてのお金の大事さを自覚したのだろうと褒めて済む話であった。

 だが、よく見ればそれは庶民が預ける時に使うカードではなく、商人などの大口の金のやり取りをする者が所持するタイプだと解ると、ナシルは直ぐにベルガーへと相談する。

 ベルガーは冒険者時代、かなりの稼ぎを出していたシルバーの冒険者だったので、お金を預けるカードは大口タイプである。

 しかし、最近ブロンズに上がったばかりのリックが大口タイプのカードを持つことに違和感を感じた二人は直ぐにリックを呼び、お金の入手先などを聞くことにした。

 子供達がベットの下に稼いできたお金を隠していることは、親である二人は周知していた。

 元冒険者として初々しい姿を見るように夫婦はそれを見てみぬふりをしていたが、流石に大口タイプのカードを持つ者は襲われる危険もある。

 実際に、商人が襲われる際に真っ先に奪われるのは命と首にかけた商人カードだと言う事をベルガーは理解している。

 ベルガーとナシルは賭けで得た金だとリックから聞いて理解するが、両親の二人は難しい顔を浮かべたまま話し合ったそうな。

 そして、早いうちにでも教会へと寄付をする事で、両親の二人が見届ける状態ということで家族揃って教会へと訪問することとなった。


 話し場も終わったので、ベルガーは外へ出ようとしたその時、フッと教会の庭先を見て足を止めた。


「……」


「どうしたの、お父さん?」


「いや、あれがな……。シスター、あれは何の小屋ですか? 薪小屋にしては随分と変わった造りをしてますね?」


 ベルガーは庭先にある円形状の小屋に指を指してエベラへと問いをかける。

 ベルガーが指し示す物は、ミツが教会の為に造った井戸小屋である。

 庭には小さな畑と周囲に雑草が生えていると言うのに、そこだけが整地され、地面には石が埋め込まれている。

 雑草などの草が生えていない事もベルガーは気になったが、それよりも気になるのが小屋の造りだ。神社などにある建物と同じ木組み式の小屋は教会の庭にあるととても目立つのだろう。

 いや、教会でなくてもこの世界に無い木組み式の建物はリックやリッコ達も二度見する程のに珍しい物であった。案の定、ミツの破天荒な行動に慣れた三人は直ぐに小屋を造ったのはミツだと予想を立てていた。

 


「あの小屋ですか。あそこには井戸と身体を清める為の流し場があります。小屋にしたのは井戸の中に枯れ葉や砂埃などを入れない為です。風を通さない小屋ですから、夜でも暖かくして子供たちの身体の汚れを落とすことができて便利ですよ」


「今は臨時のお風呂に皆行ってるけどニャ! そろそろ寒くなってくるから小屋の中で身体を洗えるのは助かるニャ」


 二人の言葉に目を丸くするベルガーとナシル。

 ベルガーはエベラに許可を貰い、中を見る。

 空いた口が塞がらないとはこの事を言うのか。

 ベルガーとナシルは綺麗に建造された小屋と形もキッチリ造られた井戸に釘付けであった。


「ねえ、プルン。これってあいつが造ったの?」


「いや、リッコ。こんな事できるの彼しか僕は思い浮かびませんよ」


「そうニャ。井戸を造り直してくれたのはミツニャ」


「おう、だろうな」


 呆れ半分驚き半分のリック達。

 親の二人がエベラにあれこれと質問している間と、やはりミツの行動は驚きしかないのだと改めて二人の姿を見て思うのだった。

 

「シスターエベラ。良ければこの井戸を造った職人を教えて頂けませんか?」


「職人ですか?」


「ええ。実は今、私達が使っている住民用の井戸に問題が起きまして……」


 ベルガー達が住む庶民地には、二ヶ所井戸を設置してある。庶民地が固まった場所にある為、民はその二つの井戸を共有していた。

 だが、このお祭りの間に一つの井戸に問題が起きてしまった。

 それは馬車の追突事故。

 突然暴れだした馬が御者を乗せていない状態で馬車を引き、暴走を始めてしまう。

 馬車は大通りの道を外し、庶民地へと入り込んだ。人々は逃げ惑い、子供が轢かれそうな場面もあったそうな。

 運良く人身事故は起きなかったが、馬は井戸の方へと走り、馬が引く車の車輪を激しくぶつけてしまう事故が起きてしまう。

 馬はその衝撃に驚き気絶してしまい、井戸は馬車がぶつかった衝撃に激しく損傷。

馬車の車輪や井戸の一部が井戸の中に落ちてしまい、井戸は直ぐには使える状態ではなくなってしまった。

 生活を支える井戸は、無くてはならない庶民達のライフライン。

 結果として一つの井戸に大勢の人が並ぶ事になってしまう。

 井戸は共有物なのでその地区の人々の物ではないのだが、やはりいつも自身が使っている井戸を他の人が使うのを嫌がる人物は居るようで、井戸の使用に文句を言い始める者が出てきたそうだ。

 ベルガーは街の衛兵と言うこともあって、何度もその場をなだめる事に。

 まだ数日も経っていないというのに、既に井戸の使用を巡って頻発に喧嘩がおきている。

 街の役所には勿論ベルガー達はその日に報告し、一日も早く修繕工事を依頼した。

 だが、役所も言われて直ぐに直すこともできないのか、井戸を直すには軽く見ても三ヶ月は必要と結論を出している。

 仕方ないが、役所も井戸を直せる職人を探したり、領主であるダニエル様へと報告をし、依頼を受理してもらう必要がある。

 ベルガー達は領主様への信頼もある為、修繕工事の受理は認めてもらえると思っている。

 だが、問題は井戸を直す職人である。

 壊れた井戸の中に落ちたものは、既にベルガー達が取り除いてはいるが、中は瓦礫や破損でグシャグシャ。

 井戸を作る職人と井戸を掘る職人は別に集めなければいけない。

 当たり前だが、土木士が建築士みたいなことができるわけがない。

 職人を探すも、立て込んだ仕事で直ぐに手が回らない事に、依頼を受けてくれる人が見つからない。

 順番を待ち、役所の言うとおり三ヶ月待たなければ行けないのかと考えていたベルガー達であった。

 そこで見つけた教会の井戸小屋。

 こんな立派な物を造れる職人はベルガーもナシルも知らない。

 当たり前だが、この井戸を造ったのはミツ。

 エベラは二人の話を聞いて、本人にお願いしてみましょうと返答する。

 ベルガーとナシルはホッと喜びに息をもらした。


「ミツさん。すみませんが今よろしいですか?」


 エベラは庭先から二階に向かって声をかける。

 その声の先を目で追うようにベルガー達も二階の窓を見る。


「はーい。エベラさん、どうしました?」


 窓から顔を出した自分に、皆の視線が集まる。


「お休みのところ申し訳ないのですが、少しお願いがありまして」


「解りました、直ぐに降りますね」


 アイシャはそのまま腰結びに付与された石の縫い付けをしてくれると言うことで、自分はエベラの元へ移動する。


「シスターエベラ。あの子は職人のお弟子さんでしょうか?」


「あら? ミツって子は確か……リック達と洞窟に潜った冒険者の子では? 違ったかしら?」


 ベルガーとナシルの疑問に笑いを堪えるように視線をそらすリック達。

 エベラは軽く笑みを見せるだけであった。


「お待たせしました。あっ、やっぱりリック達もいたね」


 中庭へ行くと、リック達が出迎えてくれる。


「よっ!」


「こんにちは、ミツ君」


「ヤッホー」


「ニャ!」


「……何でプルンも便乗してるのさ」


「ニャハハハ! ただの流れに乗っただけニャ」


「もう。エベラさん、所で御用はなんですか?」


「ミツさん、実は」


 エベラは先程ベルガーから聞いた話を説明する。


「そうですか。それはお困りですよね。あっ、その前に。初めまして、自分はミツです。今はリッコ達とパーティーを組ませてもらっている冒険者です。お父さんとお母さん、どうぞ、よろしくお願いします」


「あらあら、ご丁寧にどうも。初めまして。私はナシル。この子達の母親よ。いつも息子達から話は聞いてるわ。こちらこそよろしくね。……あなた?」 


 自身が挨拶が終わりと、旦那であるベルガーが話を切り出すかと思いきや、彼は話を切り出さない。

 視線はミツを見てはいるのだが、何故か口を閉ざしている事に気付いたナシルは、ベルガーへと肘で小突き挨拶を促す。

 それに気づいたベルガーは、コホンと一つ咳払いを入れて口を開く。


「う、うん。俺はベルガー。息子たちの父親だ。早速で悪いが、あの小屋を造った職人にあわせてほしい」


「あれと言うと……あの小屋ですか?」


「ああ。小屋の中も見させてもらったが街では見た事のない創りな事は直ぐに解った。君の師は何処の出身者なんだい? あれだけ立派な小屋と井戸を造るとは。一度顔を合わせて話がしたい」


「そうですか。お褒め頂ありがとうございます。あれを造ったのは自分です。それと自分に師はいませんので、あれのデザインは取り敢えず自己流ですよ」


「えっ!?」


「!?」


 父と母の驚きの顔と声に、我慢耐えずに吹き出す三人。

 そんな三人を見て茶化されているのではと思ったベルガー夫妻だが、自分が真面目にあれこれと井戸の説明をすると本当に自分が造った事に納得したようだ。

 

「本当に……こ、これを君が一人で造ったのか……?」


「一人ではないですよ?」


「だ、だよな。ふー。流石にこれだけ立派な物だ。大人数は必要だろう……」


「教会にいる子供達や、プルンも手伝ってくれましたよ(石拾いと井戸の中に石を入れる事をね)」


「……こ、子供達」


「ミツ。もう親父に説明が面倒くせえから、直接造って見せた方が早くねえか?」


 リックは説明しても納得しそうもない父親を見て、自分へと何でもいいから造って見せてやろと促してきた。

 確かに、口で説明するよりその方が早いかもしれない。


「リック、お前……。お前は何でそんな冷静なんだよ」


「ああ、そりゃな……こいつと一緒に戦えば、こんな些細なことは嫌でも冷静にもなれるぜ」


 リックの言葉に、首を縦に振るプルンとリッコとリッケの三人。解せぬ。


「そうだね。ではベルガーさん、井戸を造ることは構いませんので材料などはありますか?」


「えっ? あ、ああ。石材屋には話はつけてある。いや……ちょっと待ってくれないか……。本当にあれは君が造ったことは間違いないんだよな?」


 再度確かめるように訝しげな視線を送る父の姿に、妻ノナシルよりも娘であるリッコが反論する言葉を出してきた。


「もう! お父さん、いい加減に信じなさいよ! ミツが井戸を直してくれるって善意で言ってくれてるのにそれ以上聞くのは失礼よ!」


「そうですよ、父さん。折角ミツ君が積極的に動いてくれてるのにその発言は酷いと思いますよ。ミツ君、気分を害したら僕から謝りますので、どうか協力してください」


 井戸が使えないという事はリッコ達にとっても他人事ではない。

 二人の井戸を直ぐに直したいと言う気持ちがひしひしと伝わってきた。


「あなた。ここは息子たちのお友達を信じて上げましょう」


「……ああ。えーっと。失礼なことを言ったみたいですまなかった」


「言ったみたいじゃなくて、言ったのよ!」


「いてぇ!」


「あはは……」


 詫び入れる気も無い謝罪の言葉に、リッコのキックが父の硬い尻を蹴り上げるのだった。

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