第118話 嵐の様な話場

 そして、慌ただしい騒動があった後、拡散する魔導具をダニエル様が使用し、王族や各国代表者の安否、それと自身の無事な事を街の民へと知らせると、街のあちらこちらから「良かった、領主様はご無事か」と安堵の声が漏れる。

 試合を続行したいと言う気持ちもあったが、やはりステイルが殺めてしまった係員と観客数名の命が失われた事に心を痛めたダニエル様は、直ぐに試合の続行を宣言することはなかった。

 その為、二の鐘がなる頃に、今回の騒動に関して緊急会議が行われた。

 緊急会議と言うが、この集まりは大会が終わる度に行う物なので、その場に集まる人達の予定に含まれた事である。


 そこには主催者のダニエル様、王族であるカイン殿下、マトラスト辺境伯。

 他国の代表者席に座っていたエメアップリア、セルフィ様、そして最後にレイリィ様。


 大きな円卓を囲む様に、各々が護衛を後ろに立たせている。

 エメアップリアの後ろにはチャオーラとベンガルンの二人。

 セルフィ様の後ろにはグラツィーオとリゾルート。

 そして、まさかこの日まで残るとは思われなかったレイリィ様の側に控えるのは息子のジョイスである。

 レイリィ様は気まぐれな性格な為、最終日まで残られたのは初回に集まった一回だけである。

 席はいつも用意はしてあるが、空席が当たり前であった席に、そこに誰かが座っていると思うと、他国の出席者違は違和感を感じていた。


 さて。今回、中断となってしまった武道大会、それと場を荒らしたステイルをどう裁くのか。

 ダニエル様の朗々とした一声から、話し場が動き出す。


「皆様。これより、大会中に起こりました騒動に関しての話を始めたいと思います。結論から申し上げますと、今回の武道大会は中止にせざるを得ない状態となってしまったことをご報告いたします」


 大会の中止の言葉を聞いて、ダニエル様へと視線がまた集まる。


 周囲の反応を確認するように、ダニエル様は他国の代表者の反応を伺いながらそのまま説明を続けた。

 そして説明が終わったタイミングと、セルフィ様の手が軽く上げられる。

 

「ダニエル様。いいかしら?」


「セルフィ様、どうぞ……」


 いつもの飄々とした笑顔に喋りだすセルフィ様を見て、ダニエル様は、またどの様な事を喋りだすのかと、内心ハラハラとした気分でセルフィ様の言葉を聞く姿勢をとる。


「あのね、大会自体が別に中止になるのは構わないんだけど、結局今回の優勝者を決めずに終わらせて、また次回やりましょうってこと? それとも、最後に残った選手で改めて戦って優勝者を決めるの?」


「はい。セルフィ様のご質問にお答えいたします。大会の優勝者を決める決勝での騒動。通常でしたら騒動を鎮圧後に、直ぐに続行できれば良かったのでしたが、残念ながら皆様ご存知の通りそれは不可能となりました。一つは荒れた観客席に観客を入れることができない事。例え修繕をしたとしても、民は恐怖に恐らく観戦に来る者は著しくも落ちると思われます。それと武道大会会場の地面や壁が、汚泥に汚れ入館自体難しい事。最後は……選手本人が大会の続行を辞退を宣言された事にございます……」


「辞退?」


 辞退という言葉にセルフィ様が目を丸くしていると、カイン殿下の言葉が二人の会話に割って入ってきた。


「ラクシュミリアには試合を辞退させた」


「……」


 神妙な表情を崩さないカイン殿下は、自身の私兵であるラクシュミリアへと試合を棄権しろと指示を送っていた。

 指示はカイン殿下であるが、その言葉は実は隣で座るマトラスト辺境伯の助言でもあった。


 その理由としては、対戦相手のファーマメント。つまりはミツのスキルで出された影分身。

 闘技場の中央にて影分身であるファーマメントが頭からスッポリと覆い被さっていたフードを脱ぎ、素顔をマネ達に見せた時である。

 マトラスト様は国の代表者席からファーマメントの素顔を目視した事に、目を見開き驚きであった。分身は直ぐにマネ達と共にゲートを潜り抜けた為、カイン殿下とルリ様はファーマメントの素顔を見ることはなかった。

 兄弟? 双子? 様々な考えがマトラスト様の頭の中を駆け回り、結果としては、今迄のファーマメントとしての戦いを見てもミツと同等の力を秘めていると結論づけたマトラスト様。

 先程言ったラクシュミリアの棄権をカイン殿下へと助言したのだ。

 


「カイン様がですか? では、残った1名優勝者として扱い……いえ。ゼクスとの戦いを行うのですか?」


「……。それが、試合で戦っていましたのはラクシュミリア選手とステイル選手、そして残り1名のファーマメント選手です。ですが、ファーマメント選手は昨日から姿を確認できず、彼を捜索をしてますが、彼の顔を見たことのある者も少なく、捜索が困難しております」


「あらら。それじゃ試合自体が無理じゃない」


「ふむっ……」


 マトラスト様は周囲に聞こえない程の小声にてため息を漏らす。

 今のダニエル様の報告に、彼もファーマメントの正体を知らないのではとまた考え始める。

 マトラスト様とダニエル様の視線が偶然にも合うと、ダニエル様は自身の報告した事に不備や間違いがあったのではないかと思い、手に持つ報告書を改めて見直す。

 ダニエル様の声が止まった事に、少しだけ静寂になるその場。


 そこにカイン殿下はコホンと一つ咳払いを入れた後、ラクシュミリアの試合を辞退した理由を述べ始める。


「だからですよ。セルフィ嬢。私がラクシュに試合を辞退させた理由は。あいつ自身、戦って優勝を取るなら良しとしますが、不戦敗で勝ちを得てもそれを本心では喜ぶこともしないでしょう。それが男の戦いと言うものであり騎士の誇りでもあります。勿論公式ではありませんが、対戦相手が見つかれば私はラクシュを戦わせる事に問題はないと言えますがね」


「そう。まぁ、戦いたいなら勝手にやればいいんじゃないの?」


 全くそんな事に興味なさげに話を切り上げてしまうセルフィ様。

 それはそうだろう。各国の交流会として開催されている武道大会とは言え、しょせん只の街の祭り事。

 それに参加している代表者の人々は、日々の気まぐれや、国の宣伝、付き合い程度のレベルで参加してるのだから。

 セルフィ様自身、態々自身の時間を割いて、他国の騎士の戦いなど見たいとも思ってはいない。

 

 カイン殿下は表面的に笑顔を作り、話題を変え、そのまま会話を続ける。


「んっ……。さて。大会をここで終わらせたとしても、問題を抱えたままで済ませては私は国へと帰路につくこともできません。今回の大会の場を荒らし、皆様にもご迷惑をおかけした事に国の代表として謝罪したいと思います。この場の謝罪だけではなく、罪人であるステイルを処罰を行いたいと申し上げたい所でございますが、その者は既に命を散らしております。だからと言って、これで全てが済まされる事では無いのは理解もしております。先ずはステイルが所属していた錬金術協会に今回の件に関して調べを入れ、もしステイルと同じ様な考えを持つ者……いえ。錬金術協会自体が我が国の害となるのならそれなりの処分を下すべきことを王へと心願するしょぞん。セレナーデ王国内に建立している物として、私が責任持って調べる事とします」


 カイン殿下は先程の騒動の矛先を、一先ず錬金術協会へと向けることを宣言した。

 普通に考えたら武道大会中に起きてしまった事故などは、主催者がまっ先に非難されることである。

 しかし、そうなるとダニエル様を処罰しなければならない。だがそれを行うと、他国との交流の為と開いているこの武道大会が次回から開催は難しくなるだろう。

 セレナーデの王も、カイン殿下が目を向けたこの武道大会の継続を望む事である。

 ダニエル様は勝負を行う場を提供しただけであり、問題を起こした本人ではない。

 罪人はステイルである。

 それを考えるなら、子がやった罪は親の教育のせい。ならばステイルの所属する錬金術協会へと、マトラスト様は話の流れを作り出してしまった。

 本心ではダニエル様を処罰してしまうと、友好を結んでいるミツが逆上して何をするか解らない為である……。


 他国の者がこの件に口を出す事もできないし、元々その気もないこの場の人々は、カイン殿下の言葉は表面的な話だと受け取っていた。

 そんな話には興味がないと、エンダー国代表者。レイリィ・エンダー王妃が、スッと手を振り、カイン殿下の口を閉ざさせる。


 口数も少なく、大会の内容に興味もなければ直ぐに国へ帰るレイリィ様。

 交流会と言うのに、全く交流を深めず帰る彼女がまさかの意見を述べるとは思っていなかった面々。その行動だけでも周囲は驚きであったろう。


「「「!?」」」


 カイン殿下が口を閉ざし、周囲の注目がレイリィ様へと集まる。

 レイリィ様は表情を変えず無表情のままに口を開く。


「あの童は、今どこにおる?」

 

「王妃レイリィ、あの童とは……」


 レイリィ様の言葉を、オウム返しと質問を返すカイン殿下。

 その返答に、冷たい瞳をより冷たくしたように、レイリィ様はカイン殿下へと視線を向ける。


「つまらぬ問を返すな、セレナーデの者よ。無論あのミツと名乗る童のこと。余がこの場におる意味が読めぬ知恵を持たぬのなら、先程お主のその口から出た言葉は、ただの世渡りの虚言にしか聞こえぬぞ」


 カイン殿下へと叱責の言葉を浴びせるレイリィ様。カイン殿下も薄々とは気づいてはいたが、態々自身から話し場へとミツの存在を出すことを拒んでの返答であった。


「……申し訳ございません。まだ私は若輩の身。言葉を確認したのは知恵足りぬ愚かさによってのこと。どうかお許しを」


「構わぬ……。して、フロールスの者よ、貴殿ならあの童がどこにおるのか答えを返せるであろうな」


 次に問をかけられたのはダニエル様。

 ダニエル様は突然の問とは別に、レイリィ様の後ろに控えるジョイスの視線にビクリと少しだけ身震いさせてしまう。

 自身の仕える王妃であり、そして最愛とした母の問に、必ず答えろと言うジョイスの高すぎる忠誠心は、無意識とダニエル様へと向けられる視線は威圧となってしまっていた。


「はっ。お答えいたします……。その者でしたら、前日の活動にて体調を崩したようで、昨晩は試合の出席選手が使用する部屋に私の執事が案内した後に、部屋の明かりは直ぐに消えた事を連絡を受けました。恐らく休息の為、早々と床に就いたと思われます。私も多くの街の民を救ってくれたことに感謝の言葉を伝えたく思っており、足を運びましたが残念ながら顔を合わせることは叶いませんでした。朝早くも部屋を空として、行方を眩ませております。王妃レイリィ様のご満足するお答えを返せぬ事を、心より深くお詫び申し上げます」


 ダニエル様の言うとおり、ミツは大会中に出場選手が泊まれる部屋へとゼクスさんから案内されていたが、ダニエル様の話と少し違うとすれば、ミツは部屋に入ると直ぐにゲートを開き、ダニエル様とエマンダ様とラルスがいる部屋へと戻っていた。

 時間も置かず案内したゼクスさんが戻ってきたタイミングと、次はフロールス家へとゲートを開き、皆と屋敷へと帰ることに。

 ここで何故態々ゼクスさんに部屋へと案内してもらい、また別の部屋で合流したのか。

 それはダニエル様はマトラスト様より指示を受け、今はまだ、ミツの扱いに関して国からの返答も無い状態で、他国との関わりを持たれては困ると話があった。


 ミツ自身は、北の大陸に住む人族の人々を守る為と動かなければ行けない。

 しかし、国に仕える気はなくとも関わりなくては、助ける者も助けれないと考え、ダニエル様の話を聞いた後に、一先ず今はまだ他国の使者と会うことを避ける為、ミツは行方をくらます策を実行した。

 

 案の定、ミツが泊まる部屋の近くに、エンダー国の使者がおり、ゼクスさんが立ち去った後に直ぐに使者は部屋をノックをするが、返事が帰ってこない。

 暫くノックをしつつ、声をかけるがまるで空っぽの部屋に声をかけている気分となり、恐る恐るとノブに手をかけると扉はスッと開き、やっとそこで中には誰も居ないことが発覚したようだ。

 ミツがゲートを使用できることは既に周知された事。

 部屋が気に入らず別のところへ行ってしまったのか、それとも国の使者である我々を避けて、ゲートを出して立ち去ってしまったのか。

 理由は不明だが、使者はその事をそのままレイリィ様へと連絡を入れることとなった。


 レイリィ様はジッとダニエル様を見据えた後、変わらず冷めた様な口調で話をすすめる。

 

「……であるか。ならば、童抜きで事を進めても構わぬであろう……。セレナーデの者よ、余が告げる前に、一つ貴殿に問いかけたい事がある」


「……」


 今迄に経験したことの無いプレッシャーがカイン殿下へと圧し掛かる。

 魔族の王妃が、一国の王子へと今から問いをかける。言葉を間違えようなら、不安と先の見えぬ国が待ち受けているかもしれない。

 ゴクリと唾を飲み込む音がカイン殿下の耳に残る。


「あの童は、貴殿の駒か否かを答えよ……」


 やはりかと、カイン殿下だけではなく、周囲の人々もレイリィ様の問は予想通りの質問であった。


「まだ……。まだ私の駒ではありません。いえ、あの者を駒として扱うかは、我が国の王が決める案件だと私は思い、自身の欲のためとあの者を私の手の上で動かすことは無いでしょう」


「ふむっ……。ならば今ここで宣言しよう。あの童はエンダー国……。いや、妾が先に貰い受けても問題はないようであるな」


「!!!」


「「「!?」」」


 レイリィ様の言葉に、周囲の人々だけではなく、息子のジョイスですら目を見開く程の驚きを見せていた。

 レイリィ様の発案でざわめく話し場は、本人の意志なしでは進められる話ではない為か、それだけを告げるとレイリィ様はスッと席を立ち、部屋を退出してしまった。

 

 一国の王妃の言葉に、唖然とする面々。

 その中、エメアップリアも内心、直に見たあの少年の力。

 あれを自国に取り込むことができたならば、凄まじい程の国の発展と繁栄に繋がると考えていた。

 ミツはバーバリとの戦闘後に、各国へと頭を下げ、勝者の礼を行っている。

 これは自身を従者にしてくれ、雇ってくれ等の、流浪の者が行う売り文句である。

 だが、ミツ本人はそんな勝者の礼の事も知らない。


 ミツから勝者の礼を受けた時は、バーバリを倒された事に警戒高く、それを嫌悪に受け取ってしまっていたエメアップリアだった。

 しかし、冷静になって考えてみたら、バーバリを倒す力、多くの民を助けることのできるゲートが使用でき、更には想像のつかない力を秘め、まだ歳も自身と変わらない若き青年。

 それを考えるとエメアップリアも、力を手中に収めることができるならばと、先程のやり取りでレイリィ様に先手を取られた事を内心悔やんでしまう。

 何をするにも後出し状態の彼女だが、獣人国の王女として口を開く事に、今は躊躇ってはいけないと彼女の心の中では、動け、動けと、声が響いていた。


「あの者は……」


「「「……」」」


 レイリィ様が退出した後に静寂が満ちた部屋

。そんな場所ではエメアップリアの小さな声も、周囲の人々の耳にはハッキリと聞こえていた。

 各々は下がりかけていた顔を上げ、エメアップリアへと視線を向ける。


「あの者は、ローガディア王国の戦士と戦った後、我に勝者の礼を行っておる。よって、我が国に忠誠の意志があると受け取って、我はあの者を受け入れようと考えておる。セレナーデ国の王子よ。貴殿があの者を従者としておらぬ理由は我には理解できぬ。だが、今はそれがありがたくも思うっての」


「!? 姫さま……」


 カイン殿下は、その言葉に反応し、直ぐに反論の声を出そうとした。俺が何も言わなかったと思うか!? 告げたが即座に断られたわ! と、内心叫びたい言葉を何とかグッと堪え、目を静かに、そして固く瞑る。


 視線をカイン殿下へ一瞥した後、エメアップリアは席を立ち上がる。

 部屋から出ようと、背中を向け歩き出した時、側に控えていたチャオーラが主であるエメアップリアを呼び止めると、彼女は足を止めて後ろを振り返る。

 エメアップリアはチャオーラへと軽く手を差し伸ばす。そしてチャオーラの腕へと悲しげな視線を送った後、カイン殿下へと視線を向ける。

 その瞳は決意した者が見せる、熱くギラついた眼(まなこ)であった。


「エンダー国の王妃も申していたであろう。この場の本人抜きでの話場は無意味。今は我が国の意志を他国に伝えて置かなければいかぬ。それと……これは言い訳がましいかもしれぬが、セレナーデの王子よ、言わせて頂こう。貴殿の国の戦士にて、こちらの戦士が大きな被害を受けておる……。交流試合とは言え、相手へ礼も尽くせぬ国にあの者が手中におると考えると……不安に焚きつけられてしまい、我が国は牙を磨き、研いだ爪を貴殿の国へ向けるかもしれぬ」

 

「「「!?」」」


 エメアップリアの発言に驚くカイン殿下、マトラスト様、そしてダニエル様。

 やはり来たかとマトラスト様は思う。

 ミツの能力を見てしまった各国代表者は、自国の利の為、自身の為とミツの取り合い合戦が始まってしまった事。

 それと共に、少しだけ敵意を見せてしまったエメアップリアの視線に、反応したカイン殿下を守る護衛兵。

 彼らも主を守る為と戦闘の姿勢を取った為に、エメアップリアの護衛と付けられていたチャオーラとベンガルンが身構える。

 莫迦なマネをするなと、咳払いにてそれを止めるマトラスト様。

 その意味が解ったのか、その場にいる人々のピリリとした空気が霧散していくのが解った。

 この場に残って対談を続けたとしても、怒りで毛を逆立ててしまうだけだと思い、彼女は扉へと歩き出す。

 そこへ凛とした声が響き、エメアップリアの足を止めた。


「あらあら。少年君はモテモテね〜」


 一人のエルフへと集まる周囲の視線。

 彼女だけがわれかんせずと思わせるように、今迄傍観していた。

 セルフィ様は嫌悪な空気を割る様に、一つ咳払いを入れた後に語り始めた。


「……。コホン……皆様、これは私の独り言……。どうかお聞き流し下さい……」

 

 セルフィ様は独り言とと、わざとらしい言葉を述べるが、今、この場で彼女の言葉に耳を背けるものは居ないだろう。

 いつも飄々とした笑顔と態度に、周囲を巻き込むトラブルメーカーな彼女。だが、王位継承権を捨て、発言力や権限等の力を低下させ、爵位を落としたとしても、彼女は元はカルテット国の王族。

 彼女の言葉は、その場の人々にまるで自身に語りかけられているかのような気持ちにさせる物であった


「あの者は、どの国にも扱う事はできません」


 いつものおちゃらけた口調とは違う事。

 そして、最初から結論づけた内容に人々は静かにゴクリと唾を飲み込む。

 セルフィ様は自身の発言の後、軽く首を降る。


「いえ、彼と好意的な繋がりを結ぶ事ができたならば、彼は心を開くかもしれません……。そうなれば人の慈悲を彼に語りかければ彼は種族の差など気にせずに、自身の力を使い動いてくれるでしょう。ですが、それが必ず可能となる保証もございません。皆様も目にしたと思われます。彼の力、そして強さを……。この場におらぬと思いますが、あの力が欲しくと欲のまま手を出せば火傷では済みません。その様な考えが見透かされたまま内側に入れた瞬間、国の内側から喰われるかもしれません……」


 エメアップリアはその見透かされた様な言葉に無意識と視線を下げてしまっていた。


 ダニエル様はセルフィ様の話を聞きながら、ミツと初めて出会う前の事を思い出していた。

 執事のゼクスさんにミツの話を聞いて、彼は内心半信半疑であった。

 元シルバーランクの冒険者であったゼクスさんが興奮気味にミツの戦い、人柄を語ったあの日。

 倅である息子を助けてくれた事に感謝はしたが、ゼクスさんの態度は大げさな物にしか見えていなかった。

 溺愛するロキア君を助けた事に、ただ単に話を盛っているだけだと、ダニエル様はその時笑い流していたのだ。

 ゼクスさんは話の中で、彼は将来、私を超える人物となるでしょうと言葉を残していた。

 事実、ミツと言う少年と出会った後、ダニエル様もゼクスさん同様に心弾む思いと興奮鳴り止まらず、彼の戦い、能力、そして耳を疑いたくなる言葉の数々を聞いた。


 カイン殿下はセルフィ様の言葉の真意を見定め、初めての話場での会話、そしてミツの戦いを思い返す。

 確かに、間違えた選択をしよう物ならば、国は内側から一気に崩壊するかもしれない。

 あいつは平民であり旅人。

 貴族とは違って王族が縛り、命令を下せる人物ではない。

 ならば爵位をやり、男爵にでもすれば操ることはできる。

 いや、その選択は無い……。何故なら俺からの誘いを時を刻む事なく、爵位を得るチャンスを投げ捨てたのだから。

 あの時は断られるとは思ってもいなかった為に動揺し、その時飲んでいた飲み物で舌を火傷してしまった。


 まだ出会って間もない少年に、ここまで頭を悩まされるとは。

 マトラスト様はまた部屋へと戻れば王へと連絡を入れるために部屋へとこもり、各国の王族、特にエンダー国がミツを取り込むことを狙いとした事を王へと報告しなければならなくなった。

 マトラスト様は様々な報告の山に頭を悩ませる。


 エメアップリアは恐る恐るとセルフィ様へと意見を述べると、彼女はとても簡単な答えを返してきた。


「ならば其方は、あの者と如何向き合うのかをお聞きしたい」


「そうですね……。私は彼を取り込む気はありませんが、友として付き合う気持ちはあります。皆様と彼の一番良き道は、忠誠を誓わせるのではなく、彼と友好な関係を結ぶべき事ではありませんか? 彼と共に剣をふるい、彼と共にご飯を食べ、彼と会話をする。ただこれだけで良いのです。目の前に様々な装飾を施した宝石をチラつかせようとも、彼はそれを死ぬ気となり、掴むことはありません」


 王族の命令は絶対。

 そう言った考えを教えこまれてきたカイン殿下とエメアップリア。二人は自身の勧誘の仕方等を考えてみる。

 だが、今迄命令すれば必ず従ってきた者ばかりだけに、セルフィ様の考えが直ぐに理解する事ができなかったようだ。

 やれやれと軽く微笑みながらセルフィ様も席を立ち、話はここまでと言う事でエメアップリアよりも先に部屋を退出。

 彼女の退室に合わせ、その場の話場は終わりを告げた。


 後日領主様からとは別に、各国の代表者を危機から救った事にミツへと褒美の話が出た。

 その話を聞いたエメアップリアは、ならば我もその時に立ち会うと言葉を告げる。

 彼女も観客の中には多くの獣人族がいた事は知っていたし、ミツの出したゲートによって多くの命が救われた事に、彼女も礼を告げたいと申し出でる。

 カイン殿下は貴族的な笑顔のままそれを承諾。

 日取りが決まれば連絡を入れることを告げるとカイン殿下は踵を翻した。


 試合が終わった後は、数日はライアングルの街に滞在する代表者の人々。

 前回はバーバリが旅費を落としてしまうと言うトラブルがあった為に、暫く旅費を稼ぐためと、日銭稼ぎをしていたが今回は違う。


 滅多に国から出ないエメアップリアが父の代わりとこの街へと来たのは、少し世間を見せる為の親心も含まれていた。だがそんな旅行気分を味わう気分も吹っ飛ぶことに。

 彼女は直ぐに部屋へと戻ると直ぐに側仕えであり相談相手のメンリルへと会議内であったこと、そして後の事を相談していた。

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