第73話 五人の努力の結果。

「これがあなた達がもって来た素材、つまりはリッチとデビルオーク、この二体に入ってたのよ……」


 エンリエッタが差し出してきた魔石の魔力が抜けたカセキ。それが自分達が倒し持ってきた素材、その中に入っていたと告げられた。

 その言葉に自分も仲間たちも言葉を失う。


「ちなみに、見つけた二つの魔石は既に魔力が抜けたカセキ状態だったわ……。きっとリッチとデビルオークが魔石の魔力を吸い尽くしたのね」


「あの、一ついいですか? 自分カセキは見たことあるんですけど、魔石を見たことないんですよ。一体どんな奴なんでしょうか?」


「えっ?」


「んっ?」


 自分が変な質問をしてしまったのか、ネーザンとエンリエッタ、そしてリッコが呆れた様な視線を向けてきた。


「何言ってるのよ。今彼女の持ってる杖に埋め込んでるじゃない。その先端に付いてる青い石が魔石よ」


「えっ? あっ、これ魔石だったんですか……」


「ちょっとミツ、まさか知らないでこの杖私にくれたの!?」


「うん、ただの飾り物かと思ってた」


「うんって……。なら、これアンタに返したほうがいいかしら……」


「えっ!? いや、自分はその杖はそのままリッコが使っててくれた方が嬉しいかな。射的屋の景品だけど」


「そう……。ありがとう、ありがたく使わせてもらってあげる。射的屋の景品をね。ふふっ」


「あっ、でもこれも魔石ならいずれカセキになっちゃうのかな?」


「そうね……。基本永遠に使える武器なんて存在し無いんですから。その魔石が色を失う前には、新しい杖を用意しとかないと、いざという時カセキになってしまったら危険よ。それはいつも使用してる時程に魔法が出せなくなってしまうの……。それでモンスターに襲われたりしたら、魔術師は生き残る可能性が減るわ……」


 エンリエッタの言葉に、リッコはミツから貰った武器をギュッと握りしめ、何やら考えるように顔を伏せてしまった。

 隣に座るプルンも、自身の腰に携えたダマスカスをそっとなでている。

 


「話を戻すわよ。一先ず今回此方に持ち込まれた素材に関しての情報は伏せてもらうわ。魔石のことね。そしてもう一つはこの2体を討伐したこと」


「ニャ~。また黙っとくニャ?」


「プルン、仕方ないでしょ。こんな大物をブロンズの冒険者が倒したなんて話、うちのギルドでは許されることではないのよ」


「ニャ? エンリ、そのリッチだったかニャ? それと、デビルオークはミツ一人で倒してるニャよ? ウチらは戦った記憶はないニャ。まぁ、確かにデビルオークは見たけど、見たあとウチらは戦ってはいないニャ」


「えっ……はぁ? 本当なの……」


「あー……はい……」


「はぁ~……」


 リッコの返答にエンリエッタは眉間に眉を寄せ、訝しげに自分を見てくる。言ったことは間違いないので返答はYesとしか返せない。



「クックックッ。面白いね。坊や、あんたがやってきてアタシはあんたの報告が楽しみになってきたよ」


「ギルマス! 笑って聞ける内容ではありません!」


「お~、怖い怖い。歳を取ると気が短くなるのかね~」


 ネーザンはクックッと笑いを堪えることもなく、自分の報告を素直に楽しんでいるようだが、エンリエッタの一喝と思える言葉に、リッコ達はビクリと身を縮めてしまった。


「くっ! ……コホン! では、この2体はまた。また、君が単独で倒したのね」


「は、はい……」


「はぁ~……」


 大切なことなのだろう、二度聞かれてしまった。



「エンリ、ため息ばかりだと幸せが逃げるニャよ」


「むっ……。話を続けます……。他の冒険者から情報が来てるわ……。話の内容ではバルモンキーが大量に発生してたみたいね?」


 エンリエッタは数個積まれた木札の一枚を見てから、3階層でバルモンキーが大量に発生した話をし始めた。 


「ええ、あれは猿の群れでしたね……」


「エンリさん、あれは凄かったですよ! もう通路の方から次々と猿共が来て、俺達ほんとにびっくりですよ!」


「まぁ、それもミツが殆ど倒したニャ」


「そうね、私達倒したのって何匹くらいだったかしら?」


「20匹ぐらいじゃなかったか?」


「……」


 バルモンキーが大量発生したことを確認しただけなのに、何故かまたミツの破天荒な戦闘が繰り広げられてたことを聞くエンリエッタの目が、だんだんと細くなっていく。


「え、エンリエッタさん……?」


「コホン……。次の質問です……」


「はい……」


 気を持ち直して咳を入れるが、次の木札を見た途端に視線が自分の方へと向いてきた。


「スケルトンとゾンビ、この2種もかなり多く持ってきてるわね……。これも?」


「あっ、いや、それは半分近くは貰い物です」


「貰い物? それはどう言う意味かしら……」


 思わぬ言葉に、エンリエッタの視線が一度皆を見て、また自身へと向けられた。


「はい、4階層でグラスランクのゲイツさんと一緒になりまして、その時の助っ人代と言いますか、その時スケルトンの素材は捨てていくと言われたので、せっかくならと貰っちゃいました……。駄目でしたか?」


「そう……。いえ、ゲイツがそう言ったなら問題ないわよ。あなた達が他者の素材を盗むとは思わないですし」


「ニャ! ウチらは泥棒なんかしないニャ!」


 (((今、プルンシーフだけどね)))


 ブルンの言葉に、ミツとリッコ、そしてリックの三人の思考が一致した。


「はいはい。解ってます。でも……それでも半分近くはあなた達が倒したのね……」


「そ、そうですね~。皆で頑張りましたし。あはははは」


「んっ……。ミツ君、こっちを見て話しなさい」


「は、はい」


 まるで学園の先生のような注意を受け慌てて視線を戻すが、態度にですぎたのか、エンリエッタの視線が疑う者を見る目だ。


「エンリ、スケルトンもゾンビも確かにウチらも協力して倒したニャ」


「あら、そうなのね……」


「ふぅー……」


「でも、恐らくおじさん達から貰ったくらいはミツが倒した奴ニャ」


「そうだな、俺とリッコ、プルンとリッケの四人で30~50を倒したとするなら、こいつは一人でスケルトンとゾンビ、合わせて200は倒してますよ」


「……」


「あ、あれ~? そ、そんなに倒したかな、自分の記憶だと30体くらいのつもりだったんだけど」


「……。次の質問です」


「ど、どうぞ……」


 エンリエッタはもうため息すら止めたようだ。

 呆れてるというか、何というか。

 逆に何も言ってこないのは不安になるのだが、エンリエッタは次の木札と手を伸ばし、デビルオークの戦闘内容の説明を求めてきた。

 話せる内容的には隠すこともないので、皆を通路にやり、土壁にて通路を塞ぎ、そしてモンスターとタイマン張りましたとそのまま伝えた。

 だが、自分でもさらりと言ってしまったが、自分が〈アースウォール〉が使えることにエンリエッタは眉をピクリと動かしていたが、それに関しては質問は飛んでは来なかった。



「なるほど……。そして、君一人が残ってデビルオークを倒したと……」


「ええ……。そのとおりです……。あっ、そうだ。すみません、スッカリ忘れてました。えーっと、これを……」


「んっ? 何かしら?」


 思い出したが、アイテムボックスにはまだ渡さなければいけない物があった。

 それはデビルオークを討伐後、デビルオークの口の歯に引っかかっていた蛇頭のタグである。


「デビルオークの口の中、歯にこれが引っかかってたんです。恐らくですけど、自分達が来る前に他の冒険者か誰かが、もしかしたら犠牲に……」


「そう……。解ったわ。これはギルドで預からせてもらうわね」


「はい、お願いします。誰かの遺品かもしれないのに、すみません……」


「いいのよ。冒険者の遺品自体、無くなったりして見つからないことなんてよくある事ですもの」


「はい……」


 エンリエッタは受け取ったタグを見た後、ネーザンへと手渡し話を続けた。

 


「なるほど。6階層で皆と合流後、ゲイツたちとはそこで別れたと、間違いないわね?」


「はい。それから少し休んで、エイバルを倒しに進みました」


「そう……」


「エンリ」


 木札に何かを書き加えていたエンリエッタに、ネーザンが無の砂を指差しながら声を飛ばしてきた。


「んっ……。はい。皆、無の砂の効果がそろそろ切れるわ。最後にもう一度言うけど、魔石のこと、それとリッチとデビルオークの討伐のことは他言無用よ。デビルオークを倒したことを知っている他の冒険者には私から話をしとくわ」


「解りました」


「「「はい」」ニャ」


「さて、あと二つ聞きたいことがあるんだけど。一度皆のお茶を入れ直しましょうか」


「エンリ、茶菓子は……」


「ありません」


 プルンの言葉を最後まで聞くことなく、エンリエッタはスッパリと茶菓子なんて無いことを飛ばした。

 

 まぁ、しかし、ギルドマスターの部屋に案内された者の特権なのか、今回はエイミーが干しブドウの様な果物をお茶請けとして一緒に出してくれていた。

 それをモグモグと食べながら、洞窟内の話は続けられる。


 6階層のエイバルの出現数の少ないこと。

 また、7階層では逆に大量に発生していたスパイダークラブの数。

 6階層のエイバルの数の少なさは、もしかしたらライム達が原因ではないかと考えも出たが、洞窟内のモンスターが発生する時間もタイミングも解明されていないために、結果はたまたま居なかっただけと結論が出された。


「ふむ……。スパイダークラブは確かに、冒険者が7階層に行く数も少なかったせいもあって、あれだけ溜まってたみたいね……」


「あの時のリック、今思い出してもウケルニャ~。ニャハハハ」


「五月蝿え。あの数になんでお前らは何とも思わないんだよ!」


「何言ってるのよ。あんなのただの虫じゃない?」


「そうニャ。あの数のゴブリンやオークなら話は別ニャけど、あれは虫ニャね」


「いや、あの数だぞ……。お前らおかしいだろ……」


「まあまあ、リックも少しは克服できたんだからいいじゃない」


「よかねーよ! 俺はもう二度とあそこには行かねえからな!」


「そんなこと言うなら、リックにはミツが作った蜘蛛の足料理食べさせないニャよ!? あれは絶品な食べ物だったニャ!」


「マ、マジか! お前らあれ食ったのかよ……。うわ……あんなの食えるわけねえじゃねえか」


「ニャ! 信じてないニャね! ミツ! 食べ物を莫迦にするリックにギャフンと言わせてやるニャ!」


「食わねえって言ってんだろ!」


「食べれば解るニャ!」


「二人とも。ネーザンさん達が困ってるよ」


 また、リックとプルンの蜘蛛の足を食べる食べないの押し問答。

 そんな二人をやれやれと思いながらも、ネーザンとエンリエッタ、二人が何も言ってこないことに、もしかしたら二人が黙るのを待っているのかと思い、二人の言い争いを止める。


「あっ……。す、すみませんでした……」


「うっ……」


「いや。丁度その話をしようとしてたところだからね、気にしないで構わないよ。エンリ……」


「はい。まずあなた達が行ってきた試しの洞窟での取得できる素材。これは基本洞窟の外にある素材引取所にて取り引きが可能なのは知ってたかしら? そこで昨日このギルドに持ち込んでくれたエイバルの血とスパイダークラブの胴体と足、この品が引取所に持ち込まれる物と比べると、品質の良さが違いすぎるわ。一つはエイバルの血、これを胴体の中に血を入れたまま持ち込んでくれたおかげで、血は品質を落とさずに引き取ることができるわ。次に質問なんだけど、スパイダークラブのあの素材はどうやって取れたのかしら? スパイダークラブは胴体を傷つけないように倒しても、素材には悪臭と腐敗が早く皮しか使えなかったのよね。でも、あなた達の持ち込んだ素材は革も身も腐敗も無く、革に対しては間違いなく優品よ。それと話を聞く限りじゃ、昨日身も食べれるようなこと言ってたみたいじゃない? その話も良ければ教えてもらえるかしら?」


「ニャ~。エイバルの血は最初そのままにしてたニャ。でもミツが素材になるって言ったから先ずはリッコが首に火の魔法使ってたニャ」


「確かに。1体だけ首を焼いた形跡があったわね……。あれはあなたが? では、残りの首を凍らせた理由は何故かしら?」


「は、はい! でも私がやったのはさっき言った火玉を出して焼いた1体だけです。魔法をそのまま出した状態は私には負担がありました……。それで残りの首を凍らせたのは、その……彼がやってくれました……」


 彼がやってくれた。そう言いながら自分の方を見てくるリッコ。

 その視線の先を見ては、目をつむって、フンッと軽く鼻を鳴らすエンリエッタ。


「……。解りました。そう、では君があの首を凍らせたのね」


「はい、その時は血を受け取る皮袋も持ってませんでしたし。それなら首の部分を凍らせればと胴体はセットにしてアイテムボックスに入れといた方が良いと判断しました」


「そう……。では、スパイダークラブの素材に対しての質問です。これは、えーっと、プルン、あなたが食べれるみたいなことを言ってたみたいだけど、これはどうして食べれると解ったの?」


「ニャ! あれは匂いニャ。ウチの鼻がこれは美味いものだと言ってきたニャ」


「そっ、そう……」


 話を続け、次の木札にはスパイダークラブの足が食せる物だと判明した案件が書かれていたのだろう。

 目を通したあと、エンリエッタはプルンの方に質問を飛ばすが、プルンの返答は結論付ける物ではないだけに、エンリエッタは流石に苦笑いである。


「でも、ちゃんとミツに食べれるか聞いたら、足は食べれることが解ったニャ」


「……君が? どうしてスパイダークラブの足が食べれると解ったのかしら?……」


 またまたエンリエッタの視線が自分へと突き刺さる。


「えーっと。きっと自分の今のジョブの効果ですね。食材を見るとビビッと解るんですよ……あはは」


 今更なのだが鑑定はスキルではないのか、この世界に来て普通に使っていただけに、違和感なくエイバルの血やスパイダークラブの足が食べれることを鑑定し、結果を皆に伝えてきた。

 だが、エンリエッタの話を聞く限りではどうやら当たり前に使える能力ではないことが解ってきた。

 まあ、相手の名前やスキルだけではなく、身体の個人情報も解るのだから、こんな便利な能力があることを言うわけもいかず、今のジョブを理由として取り敢えず今は凌ぐことにした。


「ジョブ……。そう言えばあなた今料理人だったわね……。そう……」


「ニャ!? 料理人ニャ? ミツのご飯が美味しいのはその効果ニャ?」


「そうだよ。昨日食べた料理も、スキルの効果あってのものだね」


「さすがニャ! あの美味さなら納得するニャ!」


「なに? そんなにミツの料理が美味しかったの?」


「そうニャよ。昨日食べた、チャ・ワンムシも上手かったニャよ!」


「チャ・ワンムシ?」


「プルン、変なところで区切らないで。茶碗蒸しだよ。リッコにも機会があれば食べさせてあげるね」


「う、うん。ミツ、その時はお願いするわね」


 リックは話に入ってはこなかったが、ボソリといつの間にジョブが変わったんだとか言っていたが、まぁ、ミツだしなと簡単な言葉で片付けていた。


「コホン、それではその肝心な素材のとり方を教えてもらっても良いかしら? 勿論その情報が確かなら、ギルドへの情報提供料として報酬を払うわよ」


「えっ。本当ですか!?」


「ええ。スパイダークラブの身も食料になると解れば、その分は勿論報酬を上乗せするわ」


 新しい素材が手に入り、それに少し上機嫌のネーザン。自分たちの話を興味津々と聞いていたのか、言葉を繋げてきた。


「坊や、お前さん今日は時間あるかい? 良ければその分として、私達に料理を作ってくれないかい? 勿論材料は昨日引き取った材料を使ってくれて構わないからね」


「ん~。そうですね。まだ時間も早いですし、お昼ご飯として何か後で作りましょうか?」


「助かるよ」


 昼間では予定もないので、ネーザンの提案を承諾。

 急遽決まった蟹料理を教えることになった。

 と言っても、この世界には調味料らしい調味料がそんなにはない。その辺は後で考えるとして、そのまま話が続けられた。

 内容としてはスパイダークラブの素材、これを優品として取る方法。先に足を切り落せば悪品になることはないので、説明も直ぐに終わったんだけど。


「なるほど、先に足を斬り落とすのね……。では、最後に……」


「んっ……」


 エンリエッタは先程の真面目な顔に追加して、厳しい表情となった。

 それを見た途端、皆は居住いを正し言葉を待った。


「あなた達が連れてきてくれた三人の冒険者の件ね」


「はい……」


「外傷は数カ所の傷、死因は二人が毒に冒されて死亡。もう一人は背中に傷があり、それが致命傷になったみたいね……」


「そうですか……」


「これに関しても、捜索対象者が死亡していても捜索依頼の達成報酬が払われます。これも追加として払うわ」


「……」


「どうしたのかしら?」


「いえ……。自分達はあの三人を本当に偶然見つけたので、その……報酬なんか貰っていいのかなと……」


「そう……。でもね、これはギルドに依頼された捜索依頼であることは間違いないの。依頼主が金を払っても見つけて欲しいと思っていたんですもの。偶然見つけたとしても、受け取る権利はあなた達にはちゃんとあるのよ」


「はい……」


 少し重くなった空気の中へと、ドアをノックしてエイミーがお茶のおかわりを持ってきてくれた。

 そのタイミングと、エンリエッタは今まで見ていた木札とは別に赤い木札を取り出し、それに数字を書き込みはじめた。

 最後にネーザンがその木札を確認後、サインをしたのだろう、木札はまたエンリエッタへと返された。


「では、話はこれで終わりです。エイミー、ナヅキにこれを渡して報酬を二人で持ってきてちょうだい」


「!? は、はい。」


 エイミーがエンリエッタから赤い木札を受け取り、報酬の話を持ち出した。恐らくあれは伝票の変わりと解りやすく色染めした奴なのだろう。

 エイミーが赤い木札を受け取り、木札に一度目を通すと、その金額に目を丸くしたのか、躊躇いながらもそれを受け取り部屋を出ていった。



「情報が確認でき次第、情報料も後で渡すわね。今日は取り敢えず素材品の代金、それと捜索依頼達成報酬の分を渡すわ」


「「「「ありがとうございます」」」ニャ」


「さて、昼はどうすっかな」


「ミツはここで足の料理するんでしょ? ならリッケを呼んでこないと」


「あいつも災難だな。朝から親父の稽古に付き合わされて、昼飯はクモの足食わされるなんてよ」


「ニャ! リックも食べるニャ」


 蜘蛛の足なんて食べないことを決めているリックは、まるで他人事のようにクックッと笑っている。

 

「はぁ~。お前な、何度も言うが俺は食わねえって言ってんだろ」


「まぁまぁ。取り敢えず作って見るからさ、リックも無理そうなら無理して食べることないから。リックには別のを作ってあげるよ」


「おっ! なら俺、洞窟で食べた肉を挟んだパンがまた食いてえな。あんな美味いパン食ったこともねえ」


「カツサンドね、はいはい」


「ニャ!? リックだけズルいニャ! ミツ、ウチにも作ってニャ!」


「解った解った。あれは数個作ってもそれ程大変でもないから作るよ。せっかくだし、少し味をアレンジしてあげようか」


「ヤッホーにゃ!」


 コンコン、コンコン。


「おまたせいたしました。こちらが今回の素材品の引取料と依頼達成の金となります」


 ドアをノックした音がした後、部屋に入ってくるナヅキとエイミー。ナヅキが持つトレーには今までに見たこともない程の金貨が綺麗に並べられていた。

 驚くのはその金の量。


「なっ!」


「ニャッ!


「嘘っ!」


「うわ……すごい量……」


「エ、エンリさん……。これ本当に俺達が貰っていいんですか!?」


「ええ、ブロンズとアイアンの冒険者に渡す金の量としては、今回が最高額じゃないかしらね」


「これって、いくらあるんですか?」


 テーブルに置かれた金に指を指し、何度も金とエンリエッタを見比べるリック。

 初めて見る目の前の金の量に、唖然として声がでてこないプルン。

 ゴクリと生唾を飲み込み、なんとか声を出すリッコ。


「素材品と依頼料、合わせて金貨538枚、銀貨8枚、銅貨9枚あるわよ」


 今回モンスターの素材と、三人の冒険者探索依頼達成料。これを合わせた金額、日本円にして538万8900円が今回試しの洞窟での稼ぎになった。


「「「ごっ、ごひゃく!」」」


「虹金貨を渡すと市場では使いづらいだろ。取り敢えず534枚は金貨だね。あとは銅貨と銀貨で支払うよ」


「お気づかいありがとうございます」


「ふむ、坊やはあんまり驚いてないね? 思ってたより少なかったかい?」


「いえ、十分驚いてますよ」


 皆が目の前の金額に唖然としてるために、ネーザンの言葉が届いてないのだろう。

 自分だけ淡々と返事をしたことに、ネーザンは少し不安そうにこちらを伺ってきた。

 金額を考えたらたしかに凄い、もちろん自分も驚いて入るのだが、やはり、日本での紙幣でのやり取りの癖が抜けないのだろう。目の前にドドンっと出された金貨の山は、ゲームセンターなどのメダル程度にしか感じていないために、内心は、多いな……程度にしか感じていない。


 ネーザンはホッと内心安堵のため息をもらしていた。

 それはギルドにやってきた久々の大口の案件、別に素材代を安値で買い取っているつもりはない。むしろ試しの洞窟の近くにある取引所よりも、1.2倍~1.5倍と高値買取をしている方だ。

 ただ、やはり試しの洞窟の素材を態々ギルドまで持ってくる人は滅多にいないので、無いとは思っているが、ここで目の前の冒険者達が別のところに持っていくと言ったときには、ギルドとしては損しかない。

 しかもあれだけの素材、たった一人の少年が所持するアイテムボックス一つだけで運ぶことが可能。

 少年の言葉に、ギルドマスターとして、また安堵の声が漏れてしまう。


「そうかいそうかい、それは良かった。じゃ、これを渡す前に私から一言いいかね?」


「はい?」


「婆何ニャ?」


 安堵の笑みを浮かべていたネーザン。

 スッと笑みは消え、エンリエッタとはまた違う雰囲気を出す真面目な表情となった。


「ふむ、プルンもよくお聞き。今回渡す金は確かにあんた達が頑張った報酬だよ。でもね、これだけ稼いだことは他の冒険者にはまず言っちゃいけない。この意味、もう子供じゃないんだから、あんた達なら理解できるね?」


「お金を狙って襲われるってことですよね?」


「そう、人って者は自身の手の届く金はどうしても手に入れたくなるものだよ。特に金に困ってる人は特にね……。もしかしたら、あんた達の家族の誰かが金と引き換えと言われて、拐われるかもしれない」


 少し脅迫的な例え話をするネーザンだが、言っている言葉に間違いはない。

 事実、ミツ達のようにいつでもモンスターの討伐に成功している冒険者ばかりではない。

 失敗やトラブルなどで依頼自体が流れることもあるのだから。

 そんな中、私は今大金持ってますなどの情報が流れたらどうなるか解らないものだ。

 プルン達は戦えても家族はどうだ? プルンにとって母であるエベラ、弟妹であるヤン達が拐われたと考えると、プルンはゾクリとした物が悪寒として胸を締め付ける。


「それともう一つ、これだけの金を稼げるのは何故かを忘れちゃいけない。プルン!」


「ニャッ!? 何ニャ」


 家族のことを考えていたプルン、突然ネーザンから強く声をかけられ、驚きに返事をする。


「あんた、この坊やと出会う前、ギルドでの依頼報酬はいくらだったか覚えてるかい?」


「ニャ……。確か、薬草の採取依頼を受けて、銀貨1枚と銅貨9枚だったニャ」


「うむ。あんた達は覚えてるかい?」


「えーっと。確か三人で銀貨5枚でした」


「そう、あんた達は今目の前の金を稼げる程に強くなっている。だけどね、話を聞く限りじゃ坊やの力あってのことが目立つね……」


 皆は積み上げられた金を見た後、自分を見てくる。

 プルンとリック、そしてリッコ、ここには居ないリッケもそれは自覚している。

 試しの洞窟には元々三人で行くつもりだったリック達。


 三人はミツを見て考えた……。


 ミツがいなかったら、勿論プルンもいないだろう。

 結果、予定どおりに三人で行くことになり、恐らく馬車代などを引いて、手元に来るのは金3~4枚で狩りが終わっている。


 プルンにとっては、ランクアップもまだしておらず、もしかしたら未だに薬草などのギリギリの日銭を稼ぐ依頼しか受けれなかったかもしれない。

 いや、彼女に関しては、オークに捕まっていた時点で、命が危険でもあったことを考えると、今目の前の金が天と地の差程以上にもなる結果だろう。



「別にあんた達が駄目と言ってる訳じゃない。ただ、坊やが居たから、また突出してあんた達より力が上であったからこそ、今回の報酬の結果という事を肝に銘じときな。坊やが居ない状態、そんな状態で4人で同じ結果が出せるかと聞いたら……まぁ、確実に無理だろうね……。いや……、下手するとあんた達は死んでいるだろうさ。その金を使うときは、湯水の様に使うことだけは自身のためにはならないからね。決してやっちゃ駄目だよ!」


「「はい!」」ニャ」


「うむ、そして坊や」


「はい」


「皆を守ってくれてありがとう。ギルドマスターとして礼を言うよ。でもね、坊やも無理しすぎると今度はあんたが危険になるからね。仲間を大切に思うなら、無理に危険なことには手を出すんじゃないよ」


「はい、解りました」


「うむ。私からの話は終わりだよ。皆、本当にご苦労だったね」


「「「「ありがとうございました」」」ニャ」


 こうして取引の長い話し合いも終わり、自分達は報酬を受け取り部屋を後にした。

 金は取り敢えずまた自分のアイテムボックスへと金庫代わりと入れ、改めてリッケが来た時点で分配することになった。


 パタリと部屋の扉が閉められ、ズズズッとお茶をすする音だけが部屋の中に響く……。


 そして、山積みになった木札を一枚一枚と目を通した後、ネーザンがエンリエッタにため息まじりに言葉をかける。



「ふぅ~。エンリ、確認なんだけど、坊やのジョブは間違いなく料理人なのかい?」


「……はい。それは確かに。武道大会申し込み所にて私も確認してます。ですが、以前判別晶を使ってから恐らくそのまま料理人になった訳ではないと。話を聞く限りでは、魔法関係のジョブもなっているのかと思います」


「ふむ……。考えるだけでジョブが変えれるだったね……。本当に変わった坊やが来たもんだ……まぁ、あの坊やが別にうちのギルドに迷惑をかけている訳でもないし。いや、今はむしろ貢献している分、私達は何も追求もできないだろうさ」


「そうですね。一応ランクをアイアンにはしましたが、リッチとデビルオークを彼が単独で倒したとなると、またランクアップの話を出さなければいけません。ですが……」


「エンリ……あの子はそんなにランクアップには興味がないみたいだね……」


「ええ……。先程の話の中に、少しランクアップの話を出しましたが。そうですか。その一言で流されましたね……」


「クックックッ。エンリ、お互い長生きはするもんだね。あんな面白い坊やがやってきたんだ」


「ギルマス……。はぁ……私は彼が怖いです」


「怖い? あの坊やがかい?」


 ネーザンがエンリエッタの言葉に不思議と首を傾げたことに、エンリエッタは先程のミツが怖いと言う意味のはき違いをただしてくる。


「ああ。いえ。恐怖とかの怖いじゃなくて……。その、何処で何をやらかすのかわからない分、不安の方の怖いの方です」


「クックックッ……。あはっははは。そうだね。あの子はあんたに対しては随分と緊張もなく対話もする分、問題事も簡単に持ってきそうだね」


 笑いを堪えることができなくなったネーザンは、バシバシと手を叩き、少年の破天荒な行動に今後を考えるだけで、更に笑いがこみ上げてきた。

 そんなネーザンを見て、エンリエッタが呆れたような視線を送っている。


「……。私、その時は休暇をもらいますので、全部ギルマスにお願いしますね」


「おやおや、溜まってる休暇をそんなことに使うとは」


「ええ、お陰様で半年は休める分は休暇が溜まってますからね」


「まぁ、その時はその時だね」


「では、大口の案件も終わりましたので、今朝入ってきた情報です」


「なんだい? また問題ごとかい?」


「いえ……。問題と言いますか、既に解決済みの情報? なのですが……」


「んっ? 何だかハッキリしないね」


「はい、数日前からウッド、アイアン等の冒険者向けとしてギルドから出していた川辺の片付け依頼ですが……。2日前の夜、多くのモンスター、主にゴブリンがその川辺に襲来したそうです」


「ほう……。でも、解決済みとは? ゴブリン達は居なくなったのかい?」


「いえ……。情報によると、川辺には多くのゴブリンの亡骸だけが残っていたそうです。更には、ゴブリンの中にはゴブリンチャンピオン数体の亡骸も確認されてます……。細かい情報はまだですが、近くの村人の話によると……。」


「よると?」


「川に壁ができていたそうです……」


「訳が解らないね……。まぁ、武道大会も近いからね、もしかしたら偶々他の冒険者が倒してくれたのかもね」


「いえ、討伐されたモンスターの討伐記録として耳を斬るのですが、それが全て残されていたとも書かれています。もし冒険者がゴブリンチャンピオンを倒したら、報酬を獲るチャンスを逃すようなことはしないかと……」


「ふむ……。取り敢えずそのモンスターの亡骸が運ばれるのを待つしかないね」


「はい……」


 一昨日の夜、ミツがスキルを検証した川辺での戦いは、結果だけが冒険者ギルドに伝わっていた。

 近くの村人が決死の思いでモンスターがいるその場へ行ったところ、焼け焦げたり首を飛ばされたりした多数のゴブリンの亡骸を見つけ、村人は唖然としてしまった。

 村人は話し合い、モンスターをそのままにすることもできないので、冒険者ギルドへとこの話を持ち込んだようだ。

 ミツが出した土壁の効果もあり、村の命綱と言える川に影響が出なかったことが運が良かったのかもしれない。ただ、その分土壁のせいで、誰がモンスターを倒したのか謎としてこの話は終わってしまった。


 ちなみに、ゴブリンチャンピオン1体の素材は金8枚で取引されている。

 討伐者が判明しない限りは、この素材代は発見者である村人に権利が行くのだが、ミツが知ることはなかった。


「じゃ、俺がリッケ呼んでくるわ」


「うん、自分達はギルドの台所にいるから。報酬の分配はリッケが来てからしようね」


「おう、ついでに途中で財布になる皮袋買ってくるわ。プルン、お前もいるか?」


「ありがとうニャ。でも、ウチの分は教会までミツに運んでもらうニャ」


「そうか。じゃ、ミツ、飯頼むな~」


「うん、解った。っと、すみません……んっ? あっ」


 ギルドを出ていくリックを見送りながら足をすすめると、カウンターに向かう人とぶつかってしまった。

 相手も自分に気づいていなかったのか、ぶつかった後に自分のことに気づいたようだ。

 別に自分の身長が低すぎて、相手の視線に入らなかった訳でわない。


「おっと、すまねえ……っん? おお! ミツじゃねえの! 何だいアンタ達も洞窟から戻ってたのかい」


「シシッ、ミツ、今から依頼受けるのかシ?」


「マネさん、シューさん。お二人とも、どうもです。いえ、洞窟での素材品を昨日渡して、その報酬を今朝方に引き取りに来たんです」


 自分がぶつかってしまったのはヘキドナのパーティーメンバーの二人、マラスネールとシューカプリア、二人とも名前を略してマネとシュー。


 身長2メートルは軽く超えるマネの後ろから、ひょっこりと姿を見せるシュー。

 

「なるほどね。確かに洞窟の買い取り場だと値段が叩かれるからね」


「ミツはボックス持ちだシ。街で売ったほうが確かに値は上がっていいシ」



「そうですね。お二人は今から依頼ですか?」


「あ~。いやいや、そんなんじゃねえよ……」


「依頼はしばらくウチらは受けないよ。アネさんの体調が戻ってから再開だシ」


 自分の質問にポリポリと頬をかくマネに、自身のパーティーリーダーであるヘキドナ、彼女の体調がまだ万全ではないことを言ってくるシュー。


「そうですか。えーっと、リーダーさんのお身体は大丈夫ですか? もし何処かに傷が残ってるなら、治しに行きますよ?」


「シシシッ。ミツは優しいシ。大丈夫、街に帰って安静にしてるシ。今はアネさんお酒が飲めないから機嫌が悪いだけだシ」


「ははっ、なるほどお酒ですか。まぁ、大怪我の後ですからね、確かにお酒は控えたほうがいいですよね」


「あ、あ~。まぁ、そうだね……。酒は逃げやしないからね。しっかり体調が戻ったら姉さんも酒場に直行だろうし」


「ふふっ。その時が楽しみですね」


「おっ、順番が来たね。じゃ、ミツ。またな」


「またねだシ~」


「はい」


「あっ! ミツ、ちょっと聞きたいことあったシ」


「んっ? どうしましたシューさん?」


「ミツ、この街に帰ってきたのは昨日だシ?」


「そうですね。帰ってきたのは昨日のお昼ですよ?」


(まぁ、その前に一旦戻ってきたけど、帰ってきたと言うなら昨日かな)


「そっか……。解った。ウチの勘違いだったかな。ごめんねだシ」


(やっぱり、この前登録所で見たのは見間違いだったシ)


 シューが何を聞きたかったのか解らなかったが、取り敢えず気にすることもなさそうなので、お互い軽く手を振りその場は別れとした。



「リッケ、タイミング残念だったわね」


「ああ、マネさんのこと? 本当だね。せっかく会えるチャンスだったのに。でもこればっかりは運だし、仕方ないよ」


 リッコがマネを見た後、今父から剣の訓練を受けているリッケの話題を出してきた。

 もうリッケの気持ちは仲間達には筒抜けのようだ。

 どんまいリッケ。



「ミツ、あっちの部屋ニャ。早く昼御飯作ってニャ」


「はいはい、なんなら二人とも手伝ってね」


「任せるニャ!」


「そうね、サンドイッチなら私でもできるかも。あっ、でも出店でみた粉包のケーキもできるわよ」


「リッコ、それ挟むものばっかりニャ」


「いっ、一応料理よ、あれも……。ミツ、そうよね?」


「うん、具を作れば立派な料理だよ」

 

 話をしながらギルドの台所へと移動する三人。


 後に、カウンターに向かったマネとシュー。この二人がカウンター嬢のナヅキからある話を聞くと、二人の顔は青ざめ、マネとシューは地下の部屋へと案内された。

 その後、時間もおかず地下の階段から凄い勢いにて駆け上がるシューがギルドを飛び出して、街の人混みの中へと消えていった。

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