第65話 酒場でのお遊び。

「んっ? 何?」


「どうしたんですか?」


 突然のリックの呼び声に、周囲の視線を集めた。



「やんっ。駄目〜リッケ君はここにいるの〜」


「すみませんゼリさん。ルミタさん、ゼリさんをお願いします」


「……うん、解った」


 お酒を理由にリッケの腕をしっかりと掴んでいたのだが、あっさりとその腕を解かれ悲しげな声を上げるゼリ。



「いっちゃいや〜。リッケ君私を置いて行かないで〜……。ちっ……。あいつら……私の恋路を邪魔するとはいい度胸ね……」


「……ゼリ、終わった。約束……。パイ……頼んでいい?」


「頼んでいいわよ……。でも、まだ終わってないわよ!」


 ゲイツとリティーナに一言残し、リックの方へと近づく。

 すると、リックと前衛の冒険者である一人がお互い腕組みをし、二人とも不敵に笑っていた。



「おっさん、約束は守れよな。終わってから知らないとか言うなよ!」


「解った解った。へへっ、助けてもらって悪いがこっちも稼ぎが足りないからな」


「ちょっとリック、なんの話なの?」


「そうですよ。何だか話の内容から解らないんですけど……」


「……。アハハッ、すまん。ちょっと話が大きくなってな。今からこのおっさん達と勝負することになっちまってよ……。でっ……洞窟で稼いだ素材を半分勝負に賭けちまった」


「「なっ!」」


「なんですって!」


 リックの言葉に自分もリッケも驚きに表情が固まった。リッコに至ってはリックの勝手な行動にもう怒りに目が怖い。


「わ、わりぃ。でもな! 勝負に勝てばおっさん達の素材品が半分貰えるんだぜ! なぁ、いい話だろ!」


「はぁ〜。あんたって本当に莫迦ね!」


「なっ!」


「いい! 私達が倒した素材品と、あのおじさん達が同じ量を稼げたわけ無いでしょ!」


「おっと、お嬢さん安心してくれや。流石にアイテムボックス持ちの奴と同じ量とはいかねぇが、ちゃんと同額になるように賭けはするからよ」


 内心、前衛冒険者の狙いは素材品で間違いはない。

 その内、アイテムボックス内にあるデビルオークの素材が一番の狙いでもあった。

 ここで一つ前衛冒険者が忘れていることがある。

 いや、酒を飲みすぎてすっかり忘れていたのだろう。その狙っている素材品を誰が倒したのかを。

 

 ちらりと自分の方を見てくる前衛の冒険者。

 更には同額と言うが、洞窟の1階層から7階層までの素材品となると、中々の量もあるし金額にもなるのだが、この人は負けた時のことを深く考えていないのかと思ってしまった。



「むっ……。それなら……いや……でも……」


「どうする、坊主共。モンスターは倒せても、賭けは怖くて逃げ腰になるか? 別に止めるなら止めといてもいいぜ」


 躊躇うリッコを煽るように言葉を飛ばしてくる。


「ちなみに何で勝負するつもりだったの?」


「ふんっ、知れたこと。男と男が戦うときは力の勝負しかねぇ」


「きゃっ!」


 そう言うなり、前衛冒険者は自身の着ていたボロのシャツをガバッと脱ぎ捨て、自身の鍛えられた筋肉を見せつけるかのようにポージングをしていた。


「何で脱ぐの……」


「さぁ! 坊主どうする! 男として戦うか! それとも怖くて逃げるか!」


「そこまで言われて逃げるかよ! やってやら!」


 挑発的な言葉に流されるかのように、リックも同様に自身の若く引き締まった身体を見せつけるように服を脱ぎ捨てた。


「だから何で脱ぐの……」


 リッコは兄の莫迦な行動に呆れているが、周囲の女性陣からリックが脱いだ瞬間、キャーキャーと黄色い声が飛んでいた。



「はぁ……。駄目です、もうこうなったらリックは止まりません……」


「負けた時の半分の損失は大きいね……」


「ニャハハ、莫迦やってるニャ〜」


「プルン、笑ってるけど、素材品だから勿論蜘蛛の足も半分リックは賭けに出したんだよ……」


「ニャ! リック! 何勝手に決めてるニャ!」


「今気づいたのね……」


 ケラケラと笑っていたプルンだったが、賭けた内容を理解した瞬間、親の仇討ちと思わせる程の怒りの表情となった。



「大丈夫ですよ、流石に武器を使って戦うわけじゃなさそうですし」


「まぁ、でも、なら何で戦うの?」


「さぁ! 腕を出しな! お前の力を見せてもらおう!」


「おう! やってやら!」


 中身が空っぽとなった酒樽を前に二人が前に立つ。そして、肘を樽に乗せ、二人はガシッと互いの手を握り合わせた。



「あれって……」


「ミツ君は初めて見ますか? あれは拳と拳をお互いに握りあわせて、互いの力で腕を倒した方が勝ちとなる勝負です。通称ナックルファイトとも言いますね」


「へ、へ〜そうなんだ……。自分のところでも似た遊びがあるかな……腕相撲だけど……。ってか何で脱ぐの?」


「あれは武器を隠し持ってないことを見せるためでもあるそうですよ」


「今じゃただお互いの鍛えた体を自慢したいだけと言われてるけどね」


 ガッシリとした身体をしている男の二人が熱い戦いを今始めようとしている。

 互いにお酒が入っているせいか、身体は赤く、酒場の空気で少し汗をかいていた。


 見守る観客の中には二人の賭けとは別にどちらが勝つかと小さな賭けも始まっている。


 そして互いに睨み合い、声を張り上げた。



「「行くぞ!」」


 

「「「「ナックルー! ファイトー!!」」」」




「えっ? 掛け声これなの……」



 戦う二人の声に続いて、周りの観客から開始の掛け声がでる。

 



「うぉおおお!!」


「りゃあああ!!」


「リック! 負けたら承知しないわよ!」


「頑張ってください!」


「負けたらリック一人で蜘蛛狩り行かせるニャ!」


「どう見ても腕相撲だよね……」


「気張れや! 死ぬ気でいけ!」


「負けたら歩きで街まで帰らせるからな!」


 開始と同時に周囲からは応援の声が響き渡る。

 力は五分五分なのか、それとも飲んだお酒の効果なのか、互いに相手の腕を倒すことができない。



「ぐぬぬぬ!」


「おりゃ!! っ!?」


「りゃあ!」


 だが、リックが若さに力押しに相手の手の甲が樽に付きそうな時、勝ちが見えたと思ったその時だった。

 自身の汗に肘を滑らせてしまい、ガクリと力が抜けた瞬間を、前衛冒険者が空かさずリックの手の甲を樽へと押し当てた。


「あぁ!」


「ニャニャ!」


「あっ……。負けちゃいましたね」


「うん、いいところまで行ってたのにね……」


「うおぉぉぉ!!」


「ま、負けた……。くそっ……」


 前衛の冒険者達は歓喜に両手を上げ、ガッツポーズを決めている。それを悔しそうに見上げるリック。

 だが、そんなリックの背中には怒りと呆れと残念と様々な視線が送られていた。ちなみに、怒りの視線には言葉と一緒にゲシゲシと蹴りのセットだ。


「リック! この莫迦莫迦! 何すっ転んでんのよ! 莫迦!」


「痛え! 痛えって! 悪い、すまねぇ、すまねぇって」


「ニャ〜、惜しかったニャ〜」


「アッハハハ! 先ずは俺達の勝だな! 次ばどっちがやるんだ! 弓の坊主か? それとも支援職の兄ちゃんか? どっちでも構わねぇぞ? 俺一人で全勝してやるからな。アッハハハ!」


「次は僕がやります」


 そう言ってリックの怪我を治したリッケが立ち上がり、次の対戦相手と声を上げた。


「リッケ、頼んだ」


「はい、今なら相手はリックとの戦いの疲れが残ってるかもしれませんからね」


「リッケ、この莫迦の後始末頼んだわよ」


「リッケ! おまじないニャ! ミツにおまじないしてもらうニャ!」


「……そうですね。ミツ君お願いできますか?」


「解った、うでず……いや、ナックルファイトに効果あるか解らないけど、一応使っとくね」


 この場合〈攻撃力上昇〉を使うべきなのか〈攻撃速度上昇〉を使うべきなのか。悩んでいても判らないので能力上昇系スキルは全てリッケにかけた。また緊張をほぐすためにも〈コーティングベール〉で冷静な判断力を維持。更には〈ブレッシング〉〈速度増加〉等など、できる支援は全てリッケに施した。やり過ぎかもしれないが、リッコとプルンからは負けたら承知しないと言うオーラが沸々と湧いているので、リッケを守るためにも使わざる負えなかった。



「おっ、支援の兄ちゃんが相手だな。おい! 誰か俺に支援をかけてくれ。兄ちゃんも支援職だ、勿論使ってるんだろ」


「はい、最高のおまじないをかけてもらいましたからね。勿論そちらも使っていただいて構いませんよ」


 そう言ってリッケもルールに従い自身の着ている服を脱ぎ、勝負の用意をする。

 リックと違い脱いだ服は近くにいたリッコに手渡し、汚れないようにしていた。

 まぁ、買ったばかりだから汚したくもないよね。


 素肌をあらわにしたリッケの肌は、男性とは思えないほどに白く、男として華奢な体だが痩せすぎとは思わせないほどだった。


「ふんっ……。しかし兄ちゃん。おめぇ、もう少し鍛錬することを進めるぜ」


「は、はい……」


「ハァ、ハァ、ハァ……リッケ君の肌……ハァ、ハァ、白い肌。ジュルリ」


「ゼリ……汚い……目が怖い」


 勿論男から見たら筋肉のないモヤシのような身体に見えるだろう。

 それでも、女性冒険者のパーティーからはまたキャーキャーと黄色い声が飛び、また中には荒い息が聞こえてくるほどだ。

 



「行くぞ!」


「はい!」



「「「「「「「「ナックルー!!」」」」」」」」



「「「「「「「「ファイトー!!」」」」」」」」



「何か人増えてる……」


 先程の勝負に当てられたか、掛け声を出す数が増えている。増えたのはほとんど女性陣の声だ。


「リッケ君!!! 頑張って!!!」


「ゼリ……五月蝿い……」


「りっけくーんー!!」


「すげえ声援だな……」


「あれも愛の力なのかな……」


 周囲の声援をかき消すほどのゼリからの声援。

 こんな声援送られたら、逆に力が出せないと思ったが、リッケにかけた〈コーティングベール〉が効果を出していたようだ。

 リッケはまるで声が聞こえていないかのように勝負に集中していた。


「うぉおお!」


「くっ!」


「リッケ! お願い!」


「リッケ! 負けるニャ!」


「根性だせ!」


「リッケ!」


「ぐおぉぉ〜」


「せいっ!」


 相手のスタミナ切れなのか、ほんの少し力が抜けてしまった瞬間を狙って、リッケは一気に腕へと力を入れ、相手の手の甲を樽へと押し当て勝負が決まった。



「よしっ!」


「勝ったニャ!」


「良くやった!」


「ナイスファイト!」


「キャー! ステキ! リッケ君最高! もう私を愛して! 抱いて!」


「……ゼリ……恥ずかしいから止めて……」


「くぅ……。兄ちゃん意外と強えじゃねぇか……。痛たたっ」


「ありがとうございます。あっ、痛めました? 回復しますよ」


「あぁ、すまねぇな、助かるぜ」


 先ずは1勝と皆は安堵のため息を漏らしていた。

 すると前衛冒険者を押しのけるように後から次の対戦相手が前へと出てくる。



「次は俺、シューサーが相手だぜ」


「よろしくお願いします」


「ふむ、君はリッコちゃんのお兄さんだよね?」


「はい? そうですけど」


「なら、俺の報酬はリッコちゃんとのデートで手を打とうじゃないか」


「えっ!」


「はぁ〜……」


 シューサーの突然の提案にリッケは戸惑い、それを聞いたリッコは呆れにため息を漏らしていた。


「シューサー! お前勝手に!」


「別に俺はここで棄権してもいいんだぜ。俺はそこまで素材の金には興味はないからな」


「ぐぬぬ……」


 シューサーは前衛冒険者からの抗議の言葉も聞く耳持たず。自身がやりたい事をやるのがこの俺だと言わんばかりに賭けの内容を提案してきた。


「良いわよ。デートくらいなら」


「リッコ、本当に良いんですか……?」


「ええ、その代わりにこっちも勝ったときの報酬を追加してもらうわよ。そっちが先に言い出したんだから構わないでしょ?」


 リッケの止の言葉も流すようにリッコは腰に手をあてがえ、フンッとシューサーから追加報酬の交渉を始めた。


「解った解った。なら俺の持ち物で一番値の張るこのブレスレットでどうだい? 大体そうだね、金貨5枚ってところの品物だ」


 シューサーが取り出したのは宝石を散りばめたブレスレットだった。


「フンッ、構わないわよ。でもちゃんとこの二人を倒してからね」


「よし、勝ち確定だな。デートプラン考えないとな〜」


「そうね〜、しっかりと考えといてね〜」


 シューサーは勝ったのちのリッコとのデートにニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべていた。


 そんなシューサーを興味もなく、フンッと小悪魔のような笑みを浮かべているリッコ。


 


「お兄さん行くよ〜」


「はい、いつでも!」


「「「「「「「ナックルー!!」」」」」」」


「「「「「「「ファイトー!!」」」」」」」



「くっ!」


「せいっ!」


「凄いじゃないか、本当に支援職なのかい!」


「僕は……今は剣士です! うっ!」


「こらっ! リッケちゃんとやりなさいよ!」


「リッコ違うニャ! あのチャラい人本当に強いニャ!」


「リッケ! 体重だ! 体を使え!」


「リッケ!」


「リッケ君!」


 ナックルファイトでの勝負は開始と同時に決まる。

 だが、直ぐに決着が決まらず、互いの力が五分五分の時決め手になるのが互いの手の握り方と言われている。

 その心構えがあるかどうかだけでも決着をつけることができる。


「中々楽しめたよお兄さん!」


「くっ!」


 勝負を開始する前、シューサーは自身の有利になる位置、握り方、またはそれを悟らせないテクニックを使っていた。

 例え、どんなに支援スキルでリッケの身体能力を上げたとしても、それに気づかなければ勝敗は見えていた。

 勝負は始まる前から始まっていた。それに気づかなかったのがリッケの敗因だろう。

 

 ゆっくりと、リッケの手の甲が樽へと当てられた。



「あっ……」


「負けちったニャ……」


「リッケ君……」


「リッコ、すみません……」


「いいのよ、頑張ってくれたもの。文句なんて言えないわよ」


「……なぁ、ミツ。同じ兄なのに、何で俺とリッケで言葉がこうも違うんだ?」


「えーっと……」


「フンッ! あんたはスッ転んだだけでしょう。リッケと同じになるわけないわよ」


「くっ!」


(ごめん……リック。自分も同じこと考えてたから何にも言えないよ)



「さー、最後は弓の坊やか〜」


 シューサーはぶらぶらと右手を柔軟運動させて、またニヤニヤと笑っていた。


 

 冒険者同士の戯れの遊びを遠目にて見ている二人。

 一度は部屋へと戻ろうとしたが、いざ揉め事になるかもしれないことを考慮してその場に残っていたリティーナとゲイツ。



「ねぇ、ゲイツ。あなたはどちらが勝つと思います?」


「はぁ〜、お嬢……。結果の見えた戦いではその質問は間違いですよ」


「あら……。では、質問を変えますわ。どれ程持つと思いますか?」


 微笑を浮かべたゲイツに、再度問いかけるリティーナ。


「……2分……いや1分」


「フフッ。では、私は30秒で」


「随分と評価されてますね」


「あなたこそ」


 どちらが勝つのかは互いに内心解っているだけに、二人とも微笑み、勝負を見届けている。



「ミツ! 絶対に勝ちなさいよ!」


「そうニャ! 足が半分無くなるニャ! それは絶対に駄目ニャ」


「ははっ……できるだけ頑張るよ」


「おやおや、頑張るだけじゃ勝負にならないな〜。リッコちゃん、これが終わったら直ぐに夜のデートにでも行こうね。 ぐふふ」


「うげっ……」


 シューサーの露骨な下卑た笑みにリッコだけではなく、周囲の女性陣は顔を顰め、シューサーを見る目が冷たくなっていた。

 そんなことに本人は気づいてはいないのか、シューサーはぐふぐふと自身の妄想に更に笑みをこぼしていた。


「……はぁ〜。さっさとやりましょうか」


 ため息を漏らしながらも自分も皆と同様に上半身の服を脱ぐ。


「フ、フンッ!……〜〜〜」


「リッコ、何赤くなってるニャ……」


「うっ、プ、プルンこそ……」


「ウ、ウチは勝負に熱くなったせいかニャ……。ニャハハハ……〜〜〜」


「リック、酒が入ってるせいでよくわからねぇんだがよ。あいつらは何を言ってるんだ?」


「そうですね。多分目の前でミツ君が服を脱いだからじゃないですか?」


「服なら俺達も脱いだだろう?」


「はぁ〜。リック、あなたは……。いいですか? リッコは妹である前に女性なんですよ。その辺考えてあげてください」


「なんだそりゃ?」


 ミツが服を脱いだ瞬間、周囲からの野次の声が止まり、シューサーも先程までの下卑た笑みが瞬時に消えてしまい、目の前の少年の身体つきに少し酔が覚めてきた。

 リッケに対して能力上昇系スキルをかけると同時に、自身にも勿論様々なスキルはかけていた。それによってステータスが向上し、様々なパッシブスキルで鍛え上げられたミツの身体は、とても普通の15歳とは思えない程に引き締まった身体をしている。

 

(ん〜、少し痩せすぎかな? 日本にいた時よりも痩せてるかも……。まぁ、まだ身体は成長期だし、今後もしっかり食べとこう)

 

 周囲の視線を気にすることなく、シューサーと向かいあう。


 自分は皆と違ってお酒を飲んでいる訳ではないので、服を脱ぐと少し肌寒い。早く終わらせたいという気持ちしかわかない。


 服をアイテムボックスへと入れ、樽の前に立ち肘をおく。


 そして、自分自身の肘を樽において解ったのだが、皆は腰ら辺だった樽の高さが、自分の場合胸辺りに来るのが何故だか少しイラッとくる……。



「ほう、弓の坊や。ちっこい身体の割にはいい身体してるじゃないか」


「ありがとうございます。後、ちっこい身体なのは、まだ自分が成長期ですからね」


 あははと笑顔を自分では作っているつもりだったのだが、シューサーには目が笑っていないように見えたのだろう。コホンと一つ咳払いをし、自身も樽の上に肘をおいて自分と手を組み合わせる。

 


「行くよ、弓の坊や……」


「はい、どうぞ」


「「「「「「「ナックルー!」」」」」」」


「「「「「「「ファイトー!」」」」」」」



 周囲の開始の掛け声で勝負が始まった。

 事実上こちらは自分が負けたら終わり、そんなことは許さないとリッコやプルンの声援にも力が入っている。

 シューサーは勝負を直ぐに決めたかったのだろう。開始と同時にかなりの瞬発力を使い、腕に力を入れているのが良くわかる。

 自分の手の甲が樽につきそうな時、勝利を確信したようにちらりとリッコの方を見て、また顔を不敵に歪ませていた。

 勝負の最中に後ろを振り向き、リッコの表情を見ることはできないが、リッコからの声援が止まったので、あまりいい表情はしてはいないのだろう。


 あまり仲間にそう言った視線を送らないでほしい。

 兄であるリックは酔っ払って反応ができなかったが、もう一人の兄であるリッケはシューサーの露骨な誘い文句を良くは思っていないのだから。

 

 樽に近づいていた自分の手の甲をゆっくりと戻し、じわじわと今はシューサーの手の甲を樽の方へと近づけさせた。


「ぐぬぬぬっっ!!」


 先程までの余裕の笑みは何処へやら。

 顔を真っ赤にし、眉間にはくっきりとシワを寄せ、荒い息が五月蝿い。


 声は五月蝿いが、シューサーの手の甲は静かに樽へと押し当てられ、勝負が終わった。


「や、やった!」


「勝ったニャ!」


「よしっ! これで二人だ、あと一人!」


「はぁ、はぁ、はあ、くっ、俺としたことが油断したか…………」


 スタミナ切れだったと思ったのだが、どうやらシューサーはリッケとの勝負で手首を痛めていたのか。腕にこもった力はじわじわと弱くなっていた。

 シューサーにとっては最初の勢いで勝敗を決めるつもりだったのだろう。

 息を切らしながら手首を抑えていても、シューサーはポーカーフェイスを気取っていた。だが、リッケが手首の怪我に気づいたのか、手首の治療を行っている。


 優しいなリッケ。

 ふむ、さりげない優しさがイケメンに繋がるのか……覚えておこう。


「おい、やっぱあの弓使いの坊主おかしいぞ! ど、どうすんだよ! このままじゃ俺達……」


 普通とは言えない体格と強さの少年。そんな自分を見て、慌てるように前衛冒険者達は言い出しっぺの男を責め立てるように声を上げている。

 男は胸ぐらを捕まれ、慌てるように周囲を見ると

、カウンターでリティーナと話しながらこちらの様子を見ていたゲイツと目が合った。


「あっ! ゲ、ゲイツの旦那! すまねぇが3人目を頼めるか!?」


 男の思わぬ言葉に、周囲の視線がゲイツに集まる。

 隣に座っているリティーナはクスクスと笑いながら、ゲイツにご指名ですよとからかい混じりの言葉を飛ばしている。

 そんなリティーナの言葉を気にすること無く自身のコップに注がれたジュースをごくりと飲み干すと。


「……俺は知らん。お前達が勝手に始めたこと、お前たち自身で片付けろ。それに俺はお嬢の護衛任務中だ。遊びで無駄な力は使わん」


「うっ……そんな……」


 ゲイツのスッパリと切り離すような言葉に、冒険者達は自業自得とがっくりと肩を落としている。


 そんなゲイツの横では、先程の言葉にクスクスと笑いを堪えきれてないリティーナがテーブルに顔を伏せて震えていた。



「しかたない、ワシがやろう」


「ダトロト! 頼んだぞ! 勝ったら酒奢ってやる!」


「まぁ、期待はするな……」


 あまり乗り気でもなく、先程から酒を飲むことに集中していたダトロトが席を立ち前に出てきた。


「えーっと。ダトロトさんってもしかしてドワーフですか?」


「そうじゃ。力は人よりはあるぞ。坊主、お前の力ワシが受け止めてやろう!」


 ダトロトは茶色の上着を脱ぎ捨て、樽の上に肘を置いた。

 身長は自分と変わらない、いや、寧ろ低いかもしれないダトロトだが、腕の大きさは自分の三倍はある大きさ。


「うわっ、凄い腕……」


 腕の大きさは比較するとまさに大人と子供と思える程の差だ。

 はちきれんばかりのその腕は、正に筋肉の塊だろう。


「毎日斧振り回して戦ってるからの。これぐらいにはなるわい。さて、お喋りはもういいだろう。さっさと済ませようじゃないか」


「あっ、はい」


 自分も腕を出し、ダトロトと手を握り合わせる。

 

「こい!」


「行きます!」



「「「「「「「「ナックルー!」」」」」」」」


「「「「「「「「ファイトー!」」」」」」」」



「おりゃあああ!」


「んっ!? くっ!」


「頼むダトロト!」


「ミツ! 負けるニャ!」


「さっさと終わらせなさい!」


 ダトロトの力は先程戦ったシューサーとは比較にはならない程の凄い力だった。もし、油断していたらあっさりと終わらされていたかもしれない。

 

 自分は集中を高め、ゆっくりと腕を戻していく。

 その際、足を踏ん張り、腰に力を入れた。

 ダトロトも腕が戻されたことに足の踏ん張りを入れ、力を入れ直している。


「くっ! ぐぐっぐっぐっ」


 そして、ほんの少し、ダトロトの力が抜けた瞬間、自分は一気に腕を振り下ろした。



「ハァっ!」


 バンッ! 周囲に大きな音が響いたと同時に、勝負が決まった。



「ふ〜っ。参ったわい……」


「勝った!」


「やったニャ!」


「よしっ! よしっ! よしっ! 良くやったミツ!」


「お疲れ様ですミツ君」


 勝負が決まったと同時に、喜びに声を上げるリッコとプルン。更には歓喜にバシバシと背中を叩いてくるリック。

 リッケはもう当たり前のように戦った相手、ダトロトの腕を治していた。



「あっ……。俺達の報酬が……」


「諦めい。男同士の勝負が決まった後にうだうだ言うもんじゃない」


「だってよ……うぅ」


 床にがっくりとしなだれるように座り込む冒険者達。中には泣き出す人もいる。大の大人が泣く姿は周囲から痛々しいとしか言えない。



「これじゃ自分達が悪人みたいだね……」

「本当ですね……」



 自分もリッケも目の前の光景に罪悪感に押されそうになっていた。だが、約二名だけはそんなことは知らずと早速報奨の話を持ち出している。


「さっ、おっさん達。約束の物をしっかり貰おうか」


「そうよ、これだけの証人がいる中で、まさか知らないとか言わないわよね〜」


 

「うっ……。すまねぇ。実は俺達は金はそんなには持ってねぇし、素材品もそんなに実は無えんだよ……」


「「なっ! ふざけんな!」」


 男の言葉にリックとリッコ、兄妹揃って怒声を上げた。

 それに怯える冒険者達。


 冒険者達は酔った勢いもあったのか、無い物を賭けに使うというやってはいけないことをやってしまった。


 流石にこのままにしちゃいかんと、ゲイツが席を立ち近づいてきた。



「お前達……」


「だ、旦那……」


 ガンッ!


「ゲイツさん!」


「うわぁ……痛そう……」

 

 ゲイツが近づいた事に気づいた冒険者は、そちらに振り向いた瞬間だった。

 突然ゲイツの手加減の無い拳をくらい、勢いそのままに近くにあったテーブルを押し倒し、男は吹き飛ばされていた。

 


「莫迦者が! お前たち自身がやったことを解っているのか! しかもよりにもよって助けられた者に対してやるとは!」


「あがっ……あがっ……」


「すまねぇ、すまねぇ! 本当にすまねぇ!」


 ゲイツの怒りの怒声に周囲は静寂が満ちたように音が消え、ゲイツの言葉と冒険者達の謝罪の声がその場に響いた。殴られた冒険者は痛みと混乱で言葉にならない声を出している。


  

「ミツ、すまん。今は無理かもしれんが、お前達が得るべき報酬はこいつらに必ず払わせる。もし本当に無理ならば、こいつらを借金奴隷に送ってでも金を作らせる。いや、今回の内容によっては重い犯罪奴隷とすべきか」


「なっ! 旦那! ちょっと待ってくれ!」


 犯罪奴隷と言う言葉に、冒険者達は一気に顔を青ざめさせていた。

 

 犯罪奴隷。

 それは奴隷の中でも人として扱われないほどに、酷く酷な内容に使われるからだ。


 ある者は、コロシアムのような場所にてモンスターと戦わせて、貴族の娯楽として見世物に。


 ある者は、道を作るためにと毎日山を掘り進めたり、または、鉱山のような場所を掘らされ倒れるまで使われたり。


 ある者は、薬物や魔法の実験体になり、それが国の合法としてモルモットとして使われたり。


 とてもでは無いが、二度と人としての扱いを受けることは無い。


 そして、リティーナが今雇い入れている奴隷は、全て借金をしてしまいやむを得ず奴隷として働く借金奴隷。

 まだ奴隷の中でも、きちんと衣食住を契約し、自身の借金を返済できたなら奴隷解放される契約を結んでいるのだが、犯罪奴隷にはその内容はほぼ無い。

 犯罪奴隷はやった罪の重さも比例するのだが、お金ではなく年月で罪を補うのだ。

 しかし、その年月がとても長く、開放される年月を重ねる前には、高い確率に犯罪奴隷が死んでいる。

 

 ゲイツは殴られて倒れていた男の首根っこを掴み、無理やり連れて行こうとしていた。


 そんなゲイツに自分は咄嗟に声をかける。


「ちょっとちょっと、ゲイツさん! ストップ、ストップ! 待って、待って下さい!」


「んっ? 何だ、待てないと言うなら今からでも奴隷登録に……」


「違う違う! お願いですから話を聞いて下さい! 自分達はそんな事望んでませんから! ねっ! 皆!? 別に自分達で稼いできた分だけで十分だよね?」


「おっ、おう……」


「フンッ……別にそこまでして欲しい訳じゃ……」


 先程のやり取りに面を食らった皆は、流石に相手を奴隷送りにしてまで報酬を要求することはなかった。


「しかしな、先程も言ったが、こいつらがやったことは犯罪行為だ。お前達が望んでいなくても、こいつらがもし勝負に勝っていたら、躊躇いなくこいつらはお前達の素材品の半分を持って行っただろう。いいか、罪は罪、ここで許せばこいつらは更に腐ってしまう」


 ゲイツの言葉は冒険者としてではなく、人の道としての過ちを強く指摘している。

 その言葉に、先程の盛り上がりを消すように周囲の空気が重い。


 そこで席を立ち、声を上げたのがリティーナだった。


「ではゲイツ、私に一つ提案がありますの」


「んっ? お嬢、何でしょうか」


「ミツさん達は彼らを奴隷までする必要はないと望んでいます。ならば、今回私が彼らに払う予定だった金。受け取る予定であった報酬を全て彼らではなく、ミツさん達へと送りましょう。彼らも命を助けて貰った恩もあります、それを考えるなら問題ないかと」


「ふむ……。お前らどうする。お嬢が出した今この話、これを断るなら俺はお前たちを罪人として報告しに行く」


 リティーナの思わぬ言葉にゲイツは目を伏せ考える。ミツ達も金額は兎も角として、自分達は被害を受けなかったし、関係することで犯罪奴隷を出したくないと思っている。

 ならばと、前衛冒険者達は地獄に仏、蜘蛛の糸を掴んだ気持ちにリティーナの提案を直ぐに受け入れた。


「リティーナ様! 俺はそれで構わねぇ!」


 その言葉に冒険者達は口を揃えてリティーナの提案を承諾した。


「俺もだ! 酔った勢いとはいえ、お前らにはとんでもないことを……」


「いえいえ」


「皆すまねぇな。俺が変な勝負受けちまったせいで」


「「「「まったくだ」」」ニャ」


 なんとかその場は収まっていく。


 今回稼げなかった前衛冒険者達は自業自得として、相手の状況を確認せずに賭けをしてしまった自分たちも反省をしなければいけない。


 リックは自身の受けた賭けにすまねぇと皆に謝罪の言葉を入れてきた。


 前衛冒険者達は反省を込めてここで宴を止め部屋へと戻るとのこと。


 その際、ダトロトがシューサーが手に持つブレスレットをバシッと取り上げると、スッとリッコに手渡してきた。

 

「えっ? 何?」


「お嬢さん、忘れる前にほれ、これは賭けに勝ったあんたの物だ」


「なっ!? ダトロト、テメェ何をっ!」


「五月蝿い! お前自身でこれを賭けに出すと言ったじゃろうが! そしてお前は坊主に負けた、結果は出とるじゃないか」


「うぐっ!」


「えっと? 良いのかしら?」


「あっ……うっ……。あっははは。もっ、勿論だよリッコちゃん。男シューサー、女性との約束は必ず守る男だ! ……うん」


「そ、そう。なら遠慮せず頂くわ……。回復薬代にはなるかしらね……」


 リッコはキラキラと光るブレスレットを受け取り上機嫌となる。


 リティーナは体を休めると言葉を残し、部屋へと戻るとのこと。それに続くようにゲイツもリティーナの隣の部屋へと戻っていった。

 残ったのは女性冒険者メンバー達と自分たちだけだ。

 先程の出来事に少し場の空気が悪くなっていたがそこはお酒の効果か。場を戻したかのようにまた笑い会う談笑が始まっていた。


 その際、ルミタが自分の席の横に来ると、デビルオークとの戦闘を詳しくと聞いてきた。

 内容は土壁を使える事から始まり、どのように戦い倒したのか、その内容にその場の皆も聞き耳を立てていた。


 自分の説明に仲間のリック達はフッと笑いながら聞いているが、ルミタ達女性冒険者達は、えっと疑念と疑惑、そして訝しげな視線を自分に向けてきた。


 そんな視線に耐えれる訳もなく、結局運良く倒せたことで押し通ることにした。

 本当のことを言っているのに、信じているのは仲間たちだけなのが少しショックだ。


 宴も終わりに近づき、女性冒険者メンバーも部屋へと戻っていく。


 その際、また酔っぱらい状態? のゼリがリッケに絡み部屋まで送ってくれと言い出したが、リッケは酔い潰れていたリックを部屋へと送るのでと断られ、ゼリの作戦はまた失敗に終わった。


 プルンは最後まで蜘蛛の足を食べさせてくれと言っていたが、酒場の厨房を使わせてもらうわけにも、庭で火を起こすわけにも行かないので後日にと先送りとした。

 少し不貞腐れたプルンを引っ張るようにとリッコが二人部屋へと連れて行く。

 部屋は初日にここに来たとき取った部屋と同じ場所が空いていたので同じ部屋を借りていた。



「さてと。んっ?」


「こんばんは」


 部屋に戻った皆を見送った時だった。

 酒場の隅っこで見覚えのある緑の服を着た男から声をかけられた。


「あっ、こんばんは、シモーヌさん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る