第57話 ひとまず帰りましょう。


 目の前にある新しいスキル〈トリップゲート〉それを前に五人は進む足を止めている。

 いや正確には先頭にいるリックが進まないので自然と後ろにいる自分達の足も止まり先へと進めないのだ。


 いざ入るにも未知のスキル。

 リックも信じる仲間が出したスキルとしても、やはり少し怖いのか。


「うっ……」


「ちょっとリック、何してるの? 早く行きなさいよ」


「そうニャ、早く行くニャ」


「解ってるよ! 少し待てよ……。は~」


「リック、もし不安なら自分が先に行こうか? 自分も初めて出したスキルだからある意味先に入る人は実験者になっちゃうし」


「……えっ? 初めて?」


「ミツ君これ初めて使ったんですか?」


 自分の言葉に顔を引きつらせ此方を見るリックとリッケ。



「大丈夫大丈夫、根拠はないけど危ないスキルじゃないと思うし」


(なんたって神様が選んでくれたスキル、これ以上に信頼できるものってあるかって程だし)


「いやでもよ、お前が先に入ったらこの扉消えちまわねーか?」


「そうですね……。転移の扉の場合だと発動者が先に入ると効果を失いますから、ミツ君を先に入れるのは少し不安ですね。勿論このトリップゲートが同じだとは解りませんが」


「そうよね……」


 誰もわからない、見たことも無いスキル、不安しかない、ならば聞けばいいだけだ。



(ねぇユイシス、これは自分が先に入ったら効果消えちゃうの?)


《いえ〈トリップゲート〉はミツが最初に通ろうと最後に通ろうと関係ありません。消すためには他のスキル同様にミツがスキルに対して消すイメージを出してください》


 やはりチミっ子シャロット様から頂いたスキルは転移の扉とは違った。例えそれがクジ箱で選ばれたスキルだとしてもだ。

 〈トリップゲート〉のスキルは発動者の任意で消すことができるようだ。


「ここは自分が先に行くよ、もし消えてもリッケ達がいれば転移の扉で外にも出れるし、それに閉まってもまた向こうからこっちにゲートを開けば済むんだし」


「あっ、そうか。これはミツ君のスキル、転移の扉の概念が強すぎて片道だけと思いこんでました。そうですね、ミツ君がまた出口先から扉を開いてくれれば問題ありませんでした」


 ポンっと手を叩き納得のリッケ、その言葉に皆もウンウンと頷き返していた。


「そうそう、皆もそれでいいかな?」


「ニャ、ウチは構わないニャ。気をつけるニャよ」


「ええ」


「おう、無茶苦茶だけどよ、もう俺は突っ込まねえぞ」


「ははっ。じゃ、先に行くよ」


 〈トリップゲート〉を前に入る前と恐る恐ると拾った小石を投げ込んで見る。

 すると、小石はゲートをくぐり抜け道端にコロコロと転がって行く。

 それを見た皆は小さくホッと安堵の息を漏らしていた。



(よし、ちゃんと通れる見たいだな)


 ゆっくりと〈トリップゲート〉に触れ自分の右手がその中へと入ると、通り抜けた手からは洞窟には無い自然の優しい風を感じることができた。通り抜けた右手はそのままに手をグーパーグーパーと動かしたりと腕を上下に上げ下げしてみる、間違いないちゃんと外に出ている。自分はそのまま一気にゲートを通り抜けた。



「おっ……おお!」


 〈トリップゲート〉を通り抜けた先、そこは間違いなく数日前に買い物に通った狭い脇道だった。



(これ日本で住んでたときにあったら通勤天国だったよなマジで)


「ミツー、大丈夫ニャ?」


「あっ、うん大丈夫。皆もおいでよ」


 〈トリップゲート〉を通り抜けた際、自身も驚きに少し放心してしまいゲート越しに見ているプルンが声をかけてきた。どうやらゲートを挟んでも声を聞き取ることができるし、ユイシスの言うとおり自分が消さない限りはスキルは消えずにそのままのようだ。



「行くニャ!」


「おう!」


「リッコ足元に気をつけて」


「ありがとうリッケ、ちょっと二人とも待ってよ!」


 自分の声と手招きにて次々とゲートを通り抜ける仲間達。

 皆自分と同じ様にゲートを通り抜けた後は驚きに口を開けたままだった。


「ニャー……」


「すっ、すげえな……」


「ライアングルの街よね確かに……」


「僕達はミツ君には何度も驚かされましたけどこれはまた凄いですね……」



 皆が驚きの声を出している間に後ろの〈トリップゲート〉を消すことに。

 もしゲートを消さずにそのままにしてたら、住民の人や子供が誤って通ったら大変だ。

 買い物カゴ片手の奥様や、木の棒振り回す少年がいきなり洞窟のセーフエリアにご案内とかホントに洒落にならない。

 まぁ、昔のゲームはひのきの棒で魔王退治に出発する勇者もいるんだからひのきの棒も莫迦にはならないのかも。



(消すイメージを……)


〈トリップゲート〉にした瞬間、周りの黒い靄が線に吸い込まれる様に消え、二つに分かれた線は中央でくっつき、シュッと音を残してその場から消えた。



「よし、皆買い物に行こうか」


「そうニャ! ウチらリッケの武器を買いにきたニャ」


 何故ライアングルの街に帰ってきたのか目的を忘れそうになっていた面々。


「いえ、武器屋には僕は行きません。僕は一度家に帰り家にある父さんの剣を譲って頂こうかと思ってます」


「げっ! マジかよリッケ! 親父の剣なんて受け取ったら後々面倒くせえぞ」


「良いんです、どの道僕が【ソードマン】に転職した事を聞いたら父さんは絶対剣を渡してくると思いますし」


「でしょうねー。それに、わざわざお金を出して買うのも勿体無いわよ? どうせリッケは剣が必要なんでしょ? なら家に帰れば済む話よ」


「んー、ならリッケは一旦家に帰るのか?」


「ウチは時間つぶしにお店巡ってくるニャ! 武道大会近いから出店がいっぱい出てるニャ!」


「プルン、あなたその格好で街を歩く気なの?」


「ニャ? ……!」


 リッコの言葉を聞いてプルンは自身の服を見渡すと突然驚き顔に表情を変えた。

 そう、洞窟から戻ったばかりだけに服も汚れていて土埃があちらこちらに付いているのだ。

 年頃の女の子がそんな格好は恥ずかしいだろう。

 しかも、プルンはミツと別々の道を進み急ぎ合流しようと5階層のモンスターに怒涛の勢いで倒し進んでいた為に、その際嫌でもスモールオークの血や口から出た唾液などを多少衣服につけてしまっているだろう。

 まー女の子にこんなこと言っては失礼でしかないが、今のプルンは女子力を何処かに置き忘れた残念女子だと思う。

 カムバックプルンの女子力。



「そうだね。プルンは一度帰って着替えたほうが良いかも」


「うっ……。仕方ないニャ、確かにこの格好で歩くのは嫌ニャ」


「俺は真っ直ぐ防具見に行ってくるわ、もうこれも修理するより買い直したほうが早いしな」


「私も一度帰るわ、汚れは兎も角匂いが気になるもの」


 リックの鎧はデビルオークが土壁と氷壁を体当たりで吹き飛ばし、飛んできた氷の塊や岩から弟妹の二人を守る為と自身を盾にしたので鎧はボコボコに凹んでいる。丁度転職もしたことだし心機一転と装備を変えるようだ。

 リッコもあの汚れた5階層をプルンを先頭に走り連戦を繰り返し汚れていた。

 その為かやはり服のあちらこちらが汚れて尚且つ臭いが服に付いたのだろう。


「えーと、じゃ自分はリックとお店行ってくるよ」


「おっ、ミツ。せっかくだしお前も一緒に新しい装備買いかえようぜ!」


「僕も直ぐに行きますからお店の方で待っててください」


「おう、三人とも早くな」


 踵を返し各自一度帰宅する事に、自分とリックは出店を見ながら防具屋へと足を勧めた。そんな二人を見てリッコがため息を一つもらす。



「はぁー」


「どうしたニャリッコ?」


「いや、あの莫迦兄貴は汚れてても気にしないのわ知ってるけど……。まさかミツまでそのまま行っちゃうなんて」


「ん~、リッコ、それは大丈夫ニャよ。ミツ何気に汚れとか着いたら直ぐにアイテムボックスから布出して汚れとか拭き取ってたニャ」


「そう言えば……あいつ汚れてるのって靴ぐらいね……」


「ははっ、あれだけ激しく戦ってるのに不思議ですね」


「それより二人とも急ぐニャ! 見る限りいろんなお店が出てるニャよ! 買い物ニャ!」


「はいはい。じゃ、また後でね」


「ニャ!」


 バタバタと走って行く三人。

 洞窟での戦いの疲れも感じていないかのような足取りの速さだった。




∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵∴



 ゴトゴトと揺れる馬車の中、その馬車の中には四人の冒険者が戦いの疲れに今ライアングルの街へと進んでいた。



「姉さんもう直ぐ付きますよ」


「ああ、思ったより早く戻れて良かった」


 腕と足を組み目をつむり休んでいる姉に声をかけるマネ。姉であるヘキドナはゆっくりと目を開け外に見えるライアングルの街の外壁が見えてくることに安堵した。



「シッシシシ、ウチが直ぐに馬車捕まえたおかげだシ」


「はいはい、シューのお陰で高い金払わずに済んだんだから感謝してるよ」


 姉である横に座るシュー。ヘキドナの一言で洞窟から出た際、直ぐに馬車の停車場へと走り小型馬車を一台確保することができていた。


 3階層にて荷物をバルモンキーに奪われてしまったり食料が無くなってしまった冒険者達、そんな冒険者達が予定よりも早く尚且つ多くの冒険者が出てきた事に洞窟前の広場は大混雑になっていた。

 どうしてこんなに冒険者が出てきたのか? その理由を知った商人達は今が商売のチャンスと駆出していた。

 特にずる賢い鼠人族の商人は通常よりも高値で冒険者達に商売を始めていたのだ。

 そんな鼠の商人に足を止められた冒険者を脇目にと、その場を離れ一目散にライアングルの街へと帰ることにしたヘキドナのメンバーだった。


 馬車も数に限りはある、通常6~8人乗れる馬車。しかし、馬車に乗るのは冒険者だけではない、商人もいれば旅人にその場近くに住む住人さえいる。まさに馬車の取り合いが始まったのだ、更には値段を釣り上げる御者ですら出てくる始末、それでも先手先手と策を成功させたヘキドナは自分達の乗る馬車を確保する独占勝ちだった。



「そうだシ、だからマネは武闘大会なんかおごるシ」


「それだと安く馬車に乗れた意味ねーだろう! しかも何でアタイなんだよ!」


「シッシシシ」


 小型馬車だけにその場にいるのはヘキドナ、マネ、エクレア、シューの四人だけ。仲間だけに誰に気遣いすることもないメンバーだ。



「それよりシュー」


「んっ? なにアネさん」


「前頼んでた武闘大会の出場者なんだけど戻ったらもう一度リスト出しといておくれ」


「えっ? でも洞窟行く前にも調べた奴アネさんに伝えたシ? しかも去年とあんましメンツ変わらなかったけど」


「ああ解ってる。それでも悪いけど出場者を細かく知りときたいんだよ……。私の感がどえらい奴が滑り込みで入ってるって言ってるんだよ」


「んー。解ったシ! ウチ戻ったら大会場までひとっ走り行ってくるシ」


「頼んだよ……」


「リーダー、どえらい奴って誰です?」


「……まだ解らないね」


「何ですかそれ?」


 エクレアの質問を流すような返答ををするヘキドナだった。



「エクレア、姉さんはアタイ達の解らない事をアタイ達以上に考えてるんだよ」


「いや、ただ単にマネが何も考えて無いだけだシ」


「そうね」


「にゃにお!」


「ちょっと狭いんだから暴れないでよ!」


「はぁー……」


 ため息を漏らすヘキドナ。

 色々と今回の探索で思うことはあっても取り敢えず洞窟での疲れが大きいのか声を上げるのも疲れる為、今は目の前の妹達に怒ってます的な睨みを向けるしかなかった。



「「「……」」」



 そして馬車の中は静かになりました。



∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵



 防具屋前。



「いらっしゃいませー!」


「……どっ、どうも」


 店に入ると以前対応してくれた店員が店の奥からひょっこりと顔を出してきた。


「おやおや、これはこれは。以前当店で買い物をしてくれたお客様ではありませんかー」


「はぁ、その時はお世話になりまして……」


(数日前なのに覚えてたのかこの店員さんは)


「本日はどの様なご用件で? 矢をお買い求めですか? それともご購入した防具に何か不具合でも?」


(今更だけど何故防具屋で矢筒が買えたのかな、ここ防具屋だよね?)


「いえ、今日は仲間の装備品を見にきたついでに肌着とかを頂こうかと」


「それはそれは、態々当店へとお客様のお仲間をご案内していただき誠に! あっ、誠にありがとうございます!」


「い、いえ……」


 思ってた以上のテンションの高さ、この接客はありなのかと言われたらありなのだろうか。



「ではでは、そちらのお客様お求めの物は何でしょうか!」


「おっ、おう……。いや見た通り」


「おっと! お待ちくださいお客様! 私! そう! わたくし! もうお客様のお求めになる物を理解してしまいました!」


「……おう」


 店員のテンションの高さにリックでさえたじろいでいる。


「お客様の求める物! それはこれですね!」


 バッと店員が取り出す商品、ってか何処から出したのか? さっきまで店員さん揉み手してたよね。



「兜?」


「兜だな」


 店員が取り出したのは兜だった。

 見た目もしっかりな作り、バイザー部分は上げ下げでき視界も問題ない、口元が空いてるので息苦しくも無い作り。この世界に溶接などはまだ広められてないのか継ぎ目継ぎ目を紐を通し綺麗に仕上げている。



「そう! 今のお客様は兜をしていない! つ! ま! り! モンスターとの激しい戦闘で失ってしまった兜を探しに来たと! どうぞご覧ください、この商品の艶に輝き頑丈な見た目! いやいや見た目だけではございませんよ! ゴブリンからの不意打ちにも強く頭を殴られても痛みも恐らくございません!」


「いや……違うことも無いけど優先ではないな。って最後の恐らくってなんだよ……」


「あれ? そう言えばリック兜はどうしたの?」


「ああ、気づいたら無くなってたな。多分5階層に落としちまったな、でもよ悪いがアンタの言った物とは違うものを今日は買いに来たんだ」


 5階層で気絶してしまったリック、その時着けていた兜を落として無くしてしまったのだろう。今のリックは洞窟に入る前に着けていた兜は今はつけていなかった。


「おっとこれはこれは! 私とした事がミッスティック!」


「ミステイクね……」


「いや、見たら解るだろ! 俺の今の姿見てみろよ」


「ふむふむ、これはこれは。私とした事が何て事を!」


「解ったら案内してくれよ、よろ……」


「そう! お客様の求める物はこれですね!」


 リックの言葉を切るようにまた店員が取り出した商品。

 この人、商人じゃなくて手品師とかやった方が儲かるんじゃないかな?



「盾」


「盾だな。まあ、これも確かに買い直す気ではあったけどよ……」


 店員が取り出したのは一見普通のお店に飾ってある盾だった。


「そう! お解りになりましたか! この盾! シールド! シルト! スクード!」


 言い方変えてるけど全部盾だ。



「なんとこの盾! ご覧ください! 飛ばせるんです!」


 飛ばした。



「飛ばすのかよ! いや、飛ばしてどうするんだよ!」


「チッチッチッ、お客様お聞きください。盾は身を守るもの、その概念に縛られたモンスターに一泡吹かせるのですよ!」


 店員が盾を左手に装着後、左手を横にした状態で、右手を盾の内側へと潜り込ませた瞬間、盾はフリスビーの様にビュッと飛び、店の奥にある籠へと入った。

 それをドヤ顔している店員、もうなんか疲れてきた。



「モンスターを一泡吹かせてどうすんだよ!」


「でも武器を落としたときとか咄嗟に使ったら盗賊とかの対人には効果あるかも……」


「ミツ!?」


「そうでしょそうでしょ」


「はぁー、あのよ、戦う武器を落とされ身を守る盾を自分で手放してその後はどうすんだよ。それと兜も盾も後で見るからよ、先に! 先に! 案内すべき商品があるだろ!」


 怒りながらも正論で戦いのツッコミを入れるリック。そんな言葉を流すかの様に店員は自身の腕に付けた盾とベルトをそそくさと片付けていた。



「フフッ、解っております。解っておりますともお客様。お客様がお求めの物は当店にご来店されてから、本当は私既に解っていました。これまでのご失礼な発言、大変失礼いたしました」


「何だよ解ってたのかよ。アンタも人が悪いな~」


「ははっ、そりゃそうだよリック。これで解ってなかったらこのお店ヤバイよ」


 ホッと安堵、流石商売人である店員、お客が必ず買う商品を最後に持ってくる間に他の商品を見せてくるのは商人魂か。


「おまたせ致しました! お客様にオススメするは!」


「オススメするは!?」


「するわ!?」


「こちらの店主オススメのブーツにございます!」


「「……」」


 ヤバかった。


 そして時が止まった。


 この店員は〈時間停止〉スキルでも持っているのか自分とリックは止まった。

 

 そして時は動き出す。



「他の店行くぞミツ」


「うん、そうしようか」


「おっ、お待ちくださいお客様っ!?」


 自分の背中を押しそそくさとこの店を出ようとするリックの足をガシっと掴む店員。


「なんでだよ! 何で鎧を出してくれないんだよ!」


「へっ? 鎧でございますか?」


「そうだよ! 見ろよ、ってか見たらわかるだろ! このボッコボコに凹んだ鎧をさ!」


「あら~、随分と独創的な装備を付けていらっしゃるお客様だと思っていたのですが鎧をお求めでしたか。これは私としたことがミスッティティック!」


 もう意味も解らない。



「なんでだよ! もうなんでだよ!」


「まぁまぁリック、ところで何でブーツなんですか?」


「あっ、これは失礼。はいこちらの商品! なんと当店の店主オリジナルブーツでございます! なんとなんと、このブーツの中には鉄が縫い込まれております!」


「えーっと……それって……」



「物は試しにどうぞ! 私の足を思いっきり踏んでください! いえ! 寧ろこのハンマーで叩きつけても結構!」


 またどこから取り出したのか解らない大きなハンマー、いや木でできてるから木槌とでも言うべきか。

 そしてグッとリックに渡し自身の足を前に出す店員。


「お、おし、なら遠慮なく!」


 リックは様々なセールストークを受けて少しイラッとしていたのか、少し鬱憤を晴らすかのように渡された木槌をよしきたと受け取り店員の足へと狙いを構えた。


 ガンッ!


 リックの振り上げた木槌は勢い良く叩きつけるとまた大きな音を出すほどの威力をだす。

 突然の音に周りのお客さんも何事かと振り向いてくる。

 

 ゆっくりと打ち込んだ木槌をどかすとそこには何事もなかったかの様に店員は足を動かしていた。


「おお! すげぇなコレ!」


「どうですか! こんな大きなハンマーで強く殴られても私の足は傷一つついておりません!」


「おーこれいいな!」


 少し足を上げヒラヒラと足首を動かす店員、やっぱりその顔はドヤ顔だったがあえてスルーしとこう。


「喜んでいただき幸いでございます、今当店でオススメの商品どうぞお試しくださいませ」


(ふむ……やっぱり安全靴じゃん……)


 ホームセンターでよく売られている物。足の指先などに物が挟まったりとの事故防止等の配慮されて作られた安全靴をまさかこの世界で見るとは。



「どうしたミツ?」


「あっ、いや……。まぁ足の安全が上がるんだしいい商品だと思うよ……うん」


「ではお客様、こちらへどうぞ男性用の鎧等々等など幅広く揃えております!」


「やっとか……」


「時間かかったね……」


 店に入って半刻程、やっと買い物ができると安堵した。


「あのよ、今使ってる鎧に近い物無いか?」


「アーマー……いえ、お客様のはメイルでございますね」


 リックの装備していた鎧は頭の上から足までのセット装備のアーマーではなく、兜鎧小手靴等などのバラバラに揃えた装備なので名称はメイルになる。

 

「もちろんでございます! 鎖帷子から布の服、はたまた寝間着まで当店にはございますよ!」


「何でどんどん生地が薄くなっていくんだよ!」


「これは時間かかりそうだな……。リック自分は肌着見てくるから終わったら呼んで」


「ちょっ! ミツ!? こんな奴と二人じゃ決まるもんも決まらねーよ!」


「大丈夫大丈夫。何だかんだでお店の人だし決まらないことはないよ……多分」


「ではお客様! こちらのネックレスなどいかがでしょう! こちら魔法耐性を呪符しておりますのでお値段はそこそこいたしますが思い入れのある方へのプレゼントとしても最高でございますよ!」


「なんでだよ!」


(決まんないかもな……)


 スタスタとその場を離れてお店の奥の生活用品売り場へと移動した。そこには子供専用の服や靴売り場によっては薬瓶などのが展示されていた。ここ防具屋と言うか雑貨屋なんじゃないかと思ってきた。

 販売カウンターにいる一人の店員、それと横には用心棒なのか大きな得物を携えた冒険者風の大男が座っていた。


「すみません、男用の肌着数枚ずつください」


「いらっしゃいませ。はい、ではこちらになります」


 自分の言葉にカウンターから出てきた店員は売り場となる場所へと案内をし始めた。


「あっ、あれ?」


「? いかがなさいましたか?」


「いえ、お姉さんはあの人みたいに対応しないのかなと少し身構えてました」


「えっ!? あはははっ、勘弁してくださいお客様。あんな接客するのは店主だけですよ」


「あっ、あーそうですか。(祖そ)あははは……」


(あの人店主だったんだ……)


 自分は女性店員の言葉に乾いた笑いを返しながら、後ろの鎧売り場にいる店主と言われた男を見ると、やはりまだ買い物が進んでないのか、リックは何やらツッコミを入れながら会話していた。

 店主の手に持つ物が鎧などではなく何故か奥様御用達の買い物籠なのはもう自分は考えるのを止めた。


「お客様、新品なら3枚組で銀貨1枚、中古品でしたら銅貨3枚ですけど、いかがなさいますか?」


「新品でお願いします。後その3組を3つお願いします」


「はい。では、銀貨3枚です後こちらの保湿オイルはいかがですか?」


「えっ?」


「こちらの商品なこちらの肌着など着る前に塗っていただければ汗のムレや匂いなどをおさえる商品となっておりますよ。お客様まだお若いでしょうが油断してはなりません! 若いうちからのケアがその若い肌を保つ秘訣なのです! こちらの商品何と何と……」


「あっ、いえ今回はこれだけで……」


「おっと私としたことが失礼しました。お客様にはこちらですね。どうぞ、新しい肌着には新しい鍋です」


「はっ!?」


「お客さん! この鍋凄いんですよ! なんとうっかり中の物を焦がしても大丈夫! 一切色落ちヒビ割れ焦げの臭いも残らないんです! どうです! 一家に一個いえ! 一人に一個でプレゼントにも喜ばれますよ! しかもです! 何とこの商品地味な茶色だけではなく料理も楽しくなる赤青緑紫黒白などの色とりどりとご用意しておりますので! 更には……」


(わ~、もうこの店ダメだな)


 その後も、店内ではどうですか? いかがですか? などの店主と女性店員の声が響いていた。



「「毎度ありー」」



 買い物も終わり、疲れきった二人が店の前に立っていた。


「疲れた……」


「俺もだ……」


「ミツ~! リック~!」


「あっ、プルン……」


「んっ、来たか?」


 周囲の目も気にせず二人の名前を上げ駆け寄ってくるプルン。

 着替えて来たのか、着ている服は茶色い上下の服装、それに緑色のラインが入った動きやすさと汚れを目立たせない冒険者用の衣服だった。



「お待たせニャ! あれ? ミツ何で鍋なんて持ってるニャ?」


「えっ……。あー……えーっと、これで皆に美味しい物でも作ろうかと……」


「そうニャ? ウチ楽しみニャ!」


「ははっ……うん、楽しみにしててね」


 手に持つ鍋を不思議そうに見てくるプルン。

 自分の返答に喜んで貰えたならそれでいい。

 肌着の値段より高かったけど気にすることもないってか、気にしちゃ駄目だな。



「ところでリックは槍以外全部の装備を変えたニャ?」


「おう……。もうどうでも良くなってな。ははっ」


 プルンの質問にリックの目は何処を見ているのか、遠い目のまま乾いた笑いをしていた。



「そっ、そうニャ? でも前のよりしっかりして見えるニャ!」


「そりゃ店主のオススメ一式だもんね……」


「ああ……。俺もう金欠だ……」


 リックは先程オススメと言われた装備の兜、盾、ブーツ、そして本来目的であった鎧と武器であるランスを除けば全てを買い直しをしていた。



「でさっ、それ全部でいくらしたの?」


「……金貨5枚と銀貨4枚」


「ニャ!」


「結構したんだね……」 


「手持ちが足りなかったから装備してた鎧と靴を下取りに出して、何とか買えたわ」


「あっ、なるほど……。まぁ良かったじゃん。リック、どの道防具は買い直すつもりだったんだし」


「ああ、だけどその代わりにこの間お前らと稼いだ金が一気に無くなったわ」


「ニャハハ、リックは無駄遣いニャ~」


「はぁ~……。肉串片手のお前にはなんの説得力もねーよ!」


「ニャハッハッハッ。ちょっとお腹空いてニャ」


 合流したプルンの両手には出店の肉串が数本あった。どうやらプルンは女子力の変わりに肉串を回収したようだ。


「んっ。二人とも食べるかニャ?」


「はぁー、すまねえが今は喉が通らねぇ」


「そうかニャ? ならミツ食べてみるニャ」


「うん、ありがとう。一つもらうよ」


 グッとプルンの差し出す肉串。

 それは美味しそうな匂いをただよさせツヤツヤと肉汁とタレが更に食をそそる物だった。

 受け取った肉串を一口一口と噛むと肉から溢れだす旨味、タレ自体には香辛料と言うよりも野草から取り出した苦味と酸味が肉の味を引き出し塩が抜群に美味さを出している。

 屋台の食べ物は少し高いがそれでも買ってしまう。

 それはお祭りの雰囲気と本当に美味しいものを見つける喜びもあるだろう。

 美味いと一言返すと、プルンは嬉しそうに笑顔を返してきた。


「そうニャそうニャ、肉は最強ニャ!」


 また暫く、防具屋の前で三人でリッケとリッコの二人を待つと此方へ向かってくる二人の姿が見えてきた。



「皆さんお待たせしました!」


「はぁ……はぁ……ご、ごめん。お父さんを説得するのに時間かかっちゃった」


 息を切らし言葉を伝える二人。

 よく見ると、リッケの左腰には一本の剣が携えられ

ていた。


 二人とも着替えて来たのだろう。

 似たようなベージュ色をメインとした服装、冒険者がよく鎧等の下地に着込む服を着ていた。



「いいよいいよ大丈夫大丈夫。ところでリッコ達のお父さんがどうしたの?」


「うん、リッケの剣のことでね……」


「リッケどうした? 親父がまた莫迦な事言ってきたのか?」


「いえ、そうじゃないんですけど、それに近かったのかもしれません」


「なんだそりゃ? 別に親父の剣が貰えなかった訳じゃなさそうだけどよ、どうした?」


「……実はこの剣、少し借りてるだけでまだ僕が貰った訳ではないんです」


「はっ?」


 リッケとリッコ、二人が家に帰ったとき偶然父親のベルガーが仕事から帰ったところだった。

 リッケは自身が【クレリック】から【ソードマン】になった事を父親に報告後、ベルガーの剣を譲って欲しいと懇願したそうだ。勿論ベルガーは最初驚いたが自身の剣を息子が引き継いでくれることに喜びリッケに剣を渡したそうだ。

 ここで終わればいい話だったのだが、ベルガーは剣はひとまずリッケに渡す時に条件を付けてきた、それはその剣で武闘大会に出ろと。



「親父……まじ面倒くせえぞ」


「ほんとよ……。リッケ、さっきまでクレリックだったのにいきなり大会に出ろだなんて」


「ははっ、その場の勢いで僕も出る事を約束してしまいましたからね……」


「はぁー、私莫迦な兄はリックだけと思ってたけど考え直すわ」


「おい! リッコ!」


「ちょっ! リッコ!」


「フンッ、冗談よ。それよりもリックあんたその装備いくらしたのよ?」


「うっ!」


 言葉を止めたリックに高値だったことを理解したのか呆れと少し小莫迦に言葉を返すリッコだった。



「フンッ、一人で行くからカモられるのよ」


「五月蝿え! もう最後の方とかもう面倒くさくなったんだよ!」


「なによそれ? まぁ~良いわ見てなさい。リッケと私の装備は安値で買ってくるわ」


「リッコお願いしますね」


「まかせなさい」


 ビシッとリックに言葉を残し、兄であるリッケの背中を押しながら店へと入る二人。

 そんな二人を言葉無く見送るしかなかった。



「行っちゃったニャ」


「プルンは見に行かなくて良かったの?」


「この店面倒くさいから嫌ニャ」


「「解る」」


「ってかあいつも装備買うのかよ」


「転職記念で自分も欲しくなったんじゃない?」


「ニャ~、だからリッコもあんな軽い服装だったニャ」


 また少し待ち、店の中からはどうですか? いかがですか? と先程聞いたような声が聞こえて来た。

 その後暫くすると二人がトボトボと店の中から出てくる。

 二人が出るときには店主と女性店員はニコニコと笑顔に声を上げていた。



「「毎度ありー」」


 

「「「……」」」


「ははっ……」


「フンッ!」


 店から出てきた二人は乾いた笑いとフンッと一つ鼻を鳴らしていた。


「買い物してきたんだよな?」


「ええ、そうよ」


「お前らの装備買いに行ったんだよな?」


「だから今身につけてるじゃない。リッケにはソードマンとしての軽装備! 私はローブを止めての動きやすさをメインとした装備」


 リッケの装備しているのは新人剣士が手軽に買える鉄と革の混合装備。

 動きやすく守る所はきちんと守ることがてきているので今のリッケにはベストな装備を選んだのだろう。

 兄であるリッケの装備とは違い魔法職のままのリッコ。

 ただし完全な魔法職では無く接近戦もできる【ヴァルキリー】のリッコは以前のローブ服では無く、首から腰まではメイルに固め、下は動きやすくスカートとロングブーツと少しだけ肌を見せる格好をし短めのマントを着ていた。



「ああ、それは解る。解るが……お前らのその手に持ってる物は何だ?」


「「……」」


「ネックレスです!」


「鍋よ!」


「なんでだよ!」

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