第50話 貴族の家族/お嬢の恐怖


「姉様、あの馬車かな?」


「えぇ、そうよロキア。お母様~ご到着されましたわ」


「二人とも、危ないですから走ってはいけませんよ」


「ウフフ、エマンダ、貴女こそ二人より嬉しそうね」


「そりゃ久々に息子の顔が見れるのですもの。何処まで成長したのか楽しみだわ」


 フロールス家入り口の方からやって来る1台の馬車。

 それを見たロキアは姉であるミアを呼び、ミアは声を上げながら母親を呼んでいた。


 二人の子供達は馬車の方へ駆け出し、その後ろを数人の使用人のメイドと共に歩いてくるはロキアの母親である第一婦人のパメラとミアの母親である第二婦人のエマンダである。


 ガチャリと止まった馬車の扉が開くと、貴族服ではなく、黒いローブに身を纏った一人の青年が出てきた。



「フハハハハ! 我が妹と弟よ! 兄は一時期とはいえ帰ってきたぞ!」


「お帰りなさいませお兄様」


「兄様おかえり!」


 馬車が4人の待つ前に止まり、扉が開くと同時に出てくるはフロールス家嫡男、第二婦人の息子、ロキアとミアの兄であるラルスである。

 ラルスは父親であるダニエルの髪の色と同じで茶色だが。

 着ている服と同じくそれ程色目立つ程ではない。



「うむ。母上達もお久しぶりです。フロールス家嫡男のラルス、今帰還しました」


「おかえりなさいラルス。学園からの長旅ご苦労様です」


「ラルス、また立派に成長されましたね」


 実の母であるエマンダは勿論、血の繋がりは無くともパメラもラルスを我が息子の様に愛おしんでいる、その二人の顔は久々に見せた息子の顔を優しく迎える母の顔だった。



「いえ、まだまだ俺は半人前です。学園では上級生にはまだ数名程、力及ばずで勝てない者が居て日々悔しい思いをしております。それでもクラス戦では良き成果を出せたと自信持てます!」


「まぁまぁ、そうなの? 詳しい話は中でしましょう。さっ、立ち話もなんですから早くお入りなさい」


「そうですね。ところで父上は? 後ゼクスが出迎えてないのは何か?」


「父上は今武道大会の会場とその話し合いの為に出てますの、ゼクスは近くの村まで父上の連絡として出向いております」


「そっ、そうか、なら仕方ない。しかし、ゼクスが出向く案件とは?」


「はいはい、それも説明しますから早く入りなさい」


「はい、解りました。そらロキアとミアよ掴まれ!」


「キャッ!」


「うわぁ!」


 ラルスは手に持つ杖をひと振りした後、その杖を母のエマンダに渡すとロキアを左の肩へ、ミアを右の肩へと抱えた。

 魔術士であるラルスにこんな力を見せるとはとメイドの皆は驚いていたが、エマンダは瞬時にラルスが自身へと身体能力を上げる魔法を使った事に気付いてはいた。


 二人を抱えたまま家へと入るラルス、キャッキャッと子供達の声が家の中を明るくして行くのだった。



「なるほど、俺が学園に出ている間にそんな少年が」


 口に当てたティーカップを下ろすラルス。

 自身が学園の方へと学びを進める間の事を、話の菓子として家族からの聞いていた。


「ええ、あの戦いを見て彼にはまだまだ力を秘めていると私は思っているわ」


「ほぅ、母上がそこ迄言うとは……。俺もその少年と会ってみたい物ですね」


「数日したら悟りの洞窟から帰ってくると思います、その後に此方に顔を出してくれるでしょう」


「兄上。僕ね僕ね、そのお兄ちゃんから弓を習うんだよ!」


 兄の服の袖をお菓子を持つ手とは反対の手で引っ張りながら弓を習う事を伝えるロキア、少々お行儀は悪いが兄であるラルスはそんな事よりも気になる事があった。



「ほっほう、そうか、それは良かったなロキア……。ロキアよちなみにお前の兄は俺だよな」


「? ……そうだよ?」


「フフッ、お兄様、安心して下さい。私とロキアのお兄様はラルスお兄様だけですわ」


「……ならば良い」


「相変わらずですねラルス」


「フフフッ」


 この兄であるラルス、幼い頃からパメラを母として愛し、また優し姉としても思う処もあるためか、パメラの息子であり、自身の初の弟でもあるロキアを少々過剰に愛するブラコンな兄であり、妹であるミアも愛しているシスコンでもある。



 コンコン、コンコン


 そこへ扉を叩く音。


「どうぞ」


「失礼します奥様、お客様がいらっしゃいました」


「あら、お客様? 何方様かしら」


「はい、パルスネイル国のオーケストラ学園よりセルフィ様がご訪問に来られております」


 パルスネイル国゛オーケストラ魔法学園。

 そこは様々な知識や魔法を学ぶ場。

 全てを燃やす火、命の源の水、生命の息吹の風、母なる大地の土、悪しき暗闇の闇、また癒しである光を学び来るは各国より集め集まった人や亜人、中にはエルフ族もいる。

 


「あっ、申し訳ない母上。そう言えば少し後ろからセルフィ殿の馬車が来ている事を言い忘れていた」


「そうなの。いいわ、通して頂戴」


「はい、かしこまりました」


 エマンダの言葉でメイドが下がり、暫くせずにパタパタと通路を駆けてくる音がしてきた。



「やっほー! 皆さ~ん、セルフィさんだよ~、お久しぶりですパメラ婦人、エマンダ婦人、ミアちゃんも少し見ない間に成長したわね」


「セルフィ、お久しぶりです」


「本当、ラルスの学園入学いらいかしら」


「セルフィ様もお変わりなくお元気そうです」


「えぇ、もうそんなに経つのね……」


 通路からやってきたのは一人の女性。

 その容姿は髪は腰の下まで伸びており、白とアイボリー色の艷やかな髪を靡かせ、緑色の服をメインとした動きやすい服装にスカートを着込み、見た目は20代前半と見える女性だ。


 そこに兄であるラルスの横からひょっこりと顔を出すロキア。


「あっ! セルフィさんだ」


「ロキ坊~!」


「わっ!」


 ロキアを見るなりセルフィは先程の軽い挨拶とは別に、ロキアには頬ずりなどのデレデレの挨拶だ。



「ロキ坊~元気だった~。前あった時より大きくなったわね~。早く大きくなって私と結婚しましょうね~」


「あははっ、くすぐったいよセルフィさん」


「コホン。セルフィ様、本日はどの様なご用件で?」


 一つ咳払いをし頬ずりをしながらロキアに抱きつくセルフィを止める姉のミア。



「おおっと、いけないいけない。ロキ坊見たら自我を忘れてたわ」


「貴女も相変わらずですね」


「よっと、ミアちゃん、悪いけどロキ坊と散歩してきてもらえる? ちゃんと貴女にも後で耳に入ると思うからさ」


 抱えるロキアをミアの座る椅子の横にゆっくりと下ろすセルフィ。

 その言葉と顔色を見たミアは理由も聞かず席をたつ。


「はい……。ロキア、私と一緒に訓練所に行きましょか」


「えっ。でも……」


「よし、俺も行こうじゃないか。二人に新しく覚えた魔法を見せてやろう!」


「ほんと兄様! 姉様早く行こう!」


「はいはい、ではセルフィ様、また後程」


「また後でねセルフィさん!」


「うん、勿論よロキ坊~。ありがとうねミアちゃん、ラルスもよろしくね」


 久々に会えたセルフィともう少し話したかったのかロキアの寂しそうな表情、そんな顔を見て兄のラルスが気を引く為共にと訓練所へと足を運んだ。


 子供達三人が席を外しエマンダとパメラの向かいに子供達と変わり座るセルフィ。



「でっ。話とは何ですか? 子供たちを抜いて大人だけのお話かしら」


「貴女がこんな話場を作る時っていい話のためしがなかったわよね」


「二人とも酷いな。まぁ~、残念だけど正解でーす」


 は~、と少々ため息気味に軽く下を向くエマンダ

 苦笑いながら顔の笑顔は崩さない様にしているパメラ。

 この二人がここ迄あからさまに顔に出す理由。

 それは目の前にいるセルフィ嬢、何かと問題事を持ってくるトラブルメーカーだからだ。

 勿論セルフィ本人は頼れる人はフロールス家だけと言う訳では無いが、このセルフィ嬢の立場上どうしてもフロールス家に頼りがちなのだ。


 ある時は困っている貧困した人々をライアングルの街への移住を勝手に決めたり。


 ある時はモンスターに村を襲われたと言う事で、フロールス家の私兵の一部を勝手に連れていき、モンスターの討伐を協力させたり。


 ある時は貴族の議事会にダニエルが病を患い出席を断念した時、何故かセルフィがダニエルの代わりに出席したという。


 聞いただけだと無茶苦茶な人なのだが、結果を見たら貧困してしまったその後の人々の最悪を防ぎ、モンスターからの被害を最低限にし。

 なおかつ貴族の議事会と言う貴族内の仲違いを防いだということで、フロールス家は貴族内でも民衆からも深く慕われるようになっていた。


 しかし、その後の後始末は正にエマンダとパメラの二人が頭を抱える問題でもあった。


 突然の数百名の移住者、普通の領主なら自身の街にいきなり来られても断る話だ。

 その街にも生活はある、食料ですら備蓄はあっても余裕とは違う。

 しかし、ダニエルは普通の貴族の領主ではなかった。

 セルフィの言葉を聞くなり、ライアングルの街を増築し、不足分の食料など生活品は他の貴族に協力してもらいなんとか補って移住者を受け入れてしまったのだ。

 他の貴族も移住者を受け入れるよりもそれで済むならと援助をだした。

 だが、受け入れた人全てが善人と言う訳では無い。貧しい生活のせいか、窃盗や悪行が街内で多少発生してしまったのだ。

 人を受け入れると言う事は多くの問題を抱えると言う事、領主であるダニエルは人が良すぎるのも二人の婦人が誇りと思う反面、頭を抱える所であった。


 私兵を連れてモンスターを討伐も問題であった。

 フロールス家の家紋が入った騎兵が守るべき家を守らずに、門番と数十名を残して出て行ってしまったのだ。

 偶々家を外していたダニエル一家は唖然とするしかなかった。

 ゼクスもその時は怒り、戻った私兵を怒鳴りつけるつもりであったが門番の兵士いわく。

 セルフィの勢いと、まるで領主ダニエルには了解を取っているかの様な口調で誰も疑わずにセルフィについていったとの事。

 戻ってきた私兵はそんな事は勿論知らず、人々を自身の剣で守った事を喜び、領主であるダニエルに笑顔で報告をしていた為、ダニエル含め家族皆は流石に危険を押して戦った私兵を責め立てる事はできなかった。

 しかし、セルフィだけは正座状態で家族からのお説教を夜中まで受けていた。


 更には、偶然貴族の集まり数日前に体調を崩してしまったダニエル。

 そんな時にその場にいたセルフィは日頃の恩返しと思い、ダニエルの変わりにその集まりのある場へと馬を走らせていた。

 その後、会議中でのセルフィは他の貴族も驚く程の言動を起こし、今後の資金の流れを決めてしまったのだ。


 先ずダニエルの代理人としてセルフィを責める声が多数の貴族から出た、それよりも代理人も出さずに出席に遅れている貴族がいたので火の粉は先ずそちらに行き、セルフィはそれを回避したと代理として出席した事に他の貴族からは僅かばかり評価すら受けた程だ。

 しかし、所詮は代理人。

 アレコレと決める権限はある訳もなく、受け継いだ言付けを伝える程度が常識なのだが。

 このセルフィ嬢、やる事は無茶苦茶だが経済学では頭はキレるのだ。

 提示された議事会の書類を目を通した途端、そこに書かれた今後の無駄な設備や貴族の娯楽だけ見受けられるその順番で行う晩餐会での費用、民衆からの増税案を指摘すると、それを提案と出した貴族からは猛反発の声が上がった。

 だがセルフィは直ぐ様にその打開策をその場で発言すると、反発していた貴族を有無を言わさせず、その言葉を黙らせていた。その反対に処案に疑念を抱いていた貴族からは沈黙を持ってセルフィの言葉に賛成を示していた。


 結果を見たなら貴族内で集められた金を無駄な事に使われる事も無くなり、態々自身の懐を痛めて行わなければいけない晩餐会を回避でき、尚且つ民衆の増税を回避したと後々にダニエルからは感謝の言葉が来た。

 が。やはり勝手な行動にセルフィは正座状態でパメラとエマンダからのお説教を夜中まで受けていたそうな。


「ふ~、本当はダニエル様も居るときに話したかったけど、先に二人の意見が欲しいから先に話すわ。最近モンスターの動きが激しくなっているのは知ってるかしら?」


「……」


「……」


 セルフィの言葉にお互いの顔を見る二人。


「話は来てる見たいねぇ。えーっとね、コレを見て頂戴なっと」


 コトッ


「これは……魔石?」


 セルフィは自身のポーチの中から1つの魔石を二人の前に取り出した。



「えぇ、これはあるモンスターの生息地から発見されたわ。魔力が抜けてもうカセキだけどね」


「これが何か問題でも?」


「エマンダ様の言いたい事は解るわよ。魔石自体はそう珍しい物では無いっておっしゃりたいのでしょう? でもね、コレを発見した場所、モンスターの近くにはポイズンスパイダーに似たモンスターが居たのよ」


「似た? ポイズンスパイダーでは無かったのですか?」


「通常森の中にいるポイズンスパイダーとは全然違ったわ。いえ……。いるべきのないポイズンスパイダーでの進化系である、デス・スパイダーがそこには居たのよ」


「それは本当の話なのセルフィ?」


「ええ、パルスネイル国の冒険者が討伐に出た時に見つけたらしくてね。かなりの被害を出しながらも何とか討伐に成功したそうよ。でも、それだけじゃなかったの。その間に何故か大量に発生したポイズンスパイダーに近くの村が襲われてね。かなりの被害者を出したわ……」


「セルフィ、貴女はその魔石とポイズンスパイダーの大量発生、後のデス・スパイダーの出現には関係があると貴女は考えてるのね」


「そうよ、しかも見つかった魔石はこれだけでは無いわ。モンスターの異常な発生場でもコレと同じ物が発見されたの。国の方でこの魔石を調べたらモンスターに過剰に反応する事が解ったの。王国の方で実験としてゴブリン数体を捕まえその檻の中にこれと同じ物を入れたの……」


「どうなりましたの……」


「……魔石を摂った1体のゴブリンが進化してゴブリンチャンピオンになったわ……。そして残った4体はその場で暴れる進化したゴブリンチャンピオンに容赦なく殺されたの……」


「そんな事って……。でも……」


「パメラ様、こんな物は今迄無かった。いえ、ただ単に人の目に見つけきれなかっただけかもしれないと言いたいんでしょう」


「えぇ、そうです」


「でも、私達エルフでも数百年とこんな物は見た事は無いし勿論聞いた事もないのよ」


「……」


「セルフィ、貴女はこの件はどう思ってるのかしら……」


「そうね……。ここで言う事は私、セルフィ・リィリィー・カルテット個人の意見だと言う事を先に告げるわ。ハッキリと言ってこれは自然とできた物ではない、何者かが作り出した物だと私はそう考えています」




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 スモールオークを討伐後。


 アイテムボックスに収納が済み、洞窟の先へと進むミツ達。


 先頭を自分と共に歩くリティーナの前衛パーティー、その隣を歩くリティーナが自分の戦いが気になったのか話しかけてきた。



「ミツさんは弓での戦いの経験は長いんですの?」


「そんな事ないですよ、最初は確かに弓を使ってモンスターと戦っていましたけど……」


「最初は?」


「ええ、戦いに合わせて使う武器が増えてきまして、今では戦いに合わせて武器を変えてます」


「ぼう……ゴホン。ミツは弓以外の武器も扱えるのか?」


(今この人また坊やって言おうとしたな……)


「はい。メインは弓での遠距離、接近戦では拳と剣と槍。あっ、でも槍はさっき扱い始めたばかりですけどね」


 自分の言葉に進む足を止め、えっとした表情を浮かべる二人。

 リティーナとゲイツはお互いの顔を見合せていた。


「はぁ……。ミツさんは武器を多彩に使われますのね」


「ふむ。しかし、お前は弓での腕前は俺から見ても十分あると思うが、なぜ他の武器にまで手を回す? 俺は剣を扱うが下手に他の武器を使うと剣を扱う時の癖が出る為使わない様にしているが」


「自分も最初は弓だけで戦うつもりでしたよ。でもある時人から借りた武器の先端を曲げてしまった事があったんです。その時ですが自分の武器の扱いが10点だと言われてしまい、悔しくて接近戦も扱える様にしようと思ったんです」


「そうか。しかし、それだと遠距離や接近戦の両方の器用貧乏にならんか? いや、確かに弓を扱う者にはナイフ程度を扱える者は居るが」


「そうですね、それは自分も考えてました」


「なら、ミツさんのお得意な弓の方で戦われたら?」


「嫌、それがですね、戦ってみて両方行ける事が解ったんです。自分も中途半端な戦いは仲間を危険にしてしまいますからその辺はやりたくなかったんですけど、戦闘に応じて前衛と後衛両方をやった方が逆にパーティーの危険性が減ったので今のスタイルが自身の戦いのスタイルだと思ってます」


(事実ネットゲームしてる時には、前衛、後衛、支援、荷物持ち用+売買用としてキャラクターを使い分けしてたし、戦闘の立ち回りも知ってたと言えばそう言えるし。ゲームと違ってキャラクターチェンジする必要も無いのは別の意味で便利なのかも)


「では、ミツさんは前衛でも戦闘ができると?」


「はい、先程も言いましたけど拳と剣、後槍ですね」


「そうですか……。失礼ながら次の戦い、ミツさんの剣術を拝見してもよろしいでしょうか。勿論ミツさんが出た直ぐは私達も続きますので一人で戦闘を任せっきりとはさせませんわ」


「……剣ですか? ……解りました。では次の先手は自分が頂きますね」


「えぇ、お願いしますわ」


「無理はしなくても良いからな。危険と思ったら引くんだぞ」


「はい、その時はフォローお願いします」


 自分は少し考えた。

 自身の戦闘技を見せ、リティーナの剣術の参考になるなら構わないと。



《次の道を曲った処に3体のモンスターが居ますので注意して下さい》


 次の角を曲がろうとした時、ユイシスからこの先にスモールオークがいる事を教えられた。



「この先曲がった所に3体程モンスターが居ますね」


「えっ、そうなのですか? ではミツさん、その腕前勉強させて頂きます」


「勉強だなんて大げさですよ」


「……少し待て。俺が先を確認しよう。弓を使う奴が居るかもしれん」


「そうね。ゲイツ頼んだわ」


「はっ……」


 ゲイツは一言を残すと曲がり角で背中を壁に当て、ゆっくりと顔の一部を出しながら奥に居るモンスターの様子を確認した。


(1……2……3……間違いなさそうだな)


「お嬢、ミツ。確かにモンスターがこの先に居る。3体共罠を仕掛けるのに夢中なようだった。弓を持つ奴も居なかったので、仕掛けるなら今だろう」


 ゲイツは小声ながら先の状況を細かく説明し、その後何かを考えるかの様に自分をジッと見ていた。



(おお、そんな所まで見てくれたんだ。流石ベテラン冒険者、見る所が違うしアドバイスまでくれるなんてゲイツさん恐顔でもいい人だな。太ったおっさんの事は本当の事かもしれない、少し警戒しすぎたかも)



(モンスターの敵意も感じない状態で敵の位置と数までも把握するとは、恐ろしい少年だ)



 少しだけお互いを思う事が違ったがそれは本人達も気付くことのない事だった。



「ありがとうございますゲイツさん。行きますね」


「あっ……あぁ。何時でも構わん」


「皆、彼が先陣を切ります、合図と共に行きますので準備を!」


「「おう!」」


 前衛組の言葉を聞いた後衛組を守るプルン達。


「3体だってニャ」


「あいつが行くのか……俺達の出番は無いな。それよりも後ろからの奇襲にだけ気をつけとこうぜ」


「ウチもそう思うニャ」


「僕もです」


「私も」


「……? ねぇ、何が……無いの?」


「んっ? あぁ、あいつの戦いを見てれば解るさ」


「……?」



「行きます!」



(さて、風刀で倒してもいいんだけど、まだスキル取れてないから今回はこれでも使うかな)


 自分が取り出した武器はスケルトンを討伐の時に槍と一緒に拾っていた鉄の剣だ。

 ハッキリ言ってモンスターが使っていただけに刃こぼれは酷く、普通の冒険者が持つには酷い剣だろう。


(あれが彼の武器、いやスケルトンから調達したのか……)


「くっ、早い。お前ら遅れるな! 距離を開けすぎると先頭を孤立させるぞ!」


「へい!」


(そう言えば後ろから付いて来てくれてるんだっけ。次から気をつけよう)


 モンスターに駆け出す自分を追う為に後から飛び出したゲイツとリティーナ達。

 しかし、自分の異状な先行速度に意表を突かれたか、飛び出すのが遅れた訳ではないが、自分と距離は離れていくばかりだ。


 ブコッ!? フゴッ! フゴッ!


(待つ……のは逆に危ないかな? なら先に戦っておこう。即毒で毒状でも良いけど、麻痺が手っ取り早く状態異常にもできるし、動き止めれるから麻痺攻撃で良いかな)


 ブロロッ!


「うっ、クサッ……」


 スモールオークに近づく程にモンスターからの匂いは強まり、スモールオークの唸り声と同時に手に持つ剣をひと振り〈麻痺攻撃〉が効いたのか、そのまま倒れ込むスモールオーク。


(後2体……リックの言う通りあんまり近くに寄りたくないモンスターだな。これはキツイ……)


 ブゴゴッ! ブーロロ!


「大振りは致命傷だよ!」


 仲間の1体が目の前で倒された事に激昂したスモールオーク。

 そのまま手に持つ木の棒をミツへと叩きつけた。

 しかし、叫びと同時に振り落とされた武器は地面を強く叩きつけていた。

 2体の攻撃を素早く回避し後ろへと回り込んだミツ、スモールオークの後方で剣を握り直し、新しく覚えたスキルを試す事にした。

 


(よし! 剣の舞!)


 ザシュ! ザシュ! ブモッ!


 ザック! ザック! ブコッ!


 〈剣の舞〉〈麻痺攻撃〉を混合した攻撃はスモールオークの意識を飛ばし、2体はビクビクと痙攣と口から泡を出しながら地面へと倒れた。


(よし、スティール!)


《スキル〈罠解除〉を習得しました、経験により〈罠仕掛けLv4〉〈罠解除Lv3〉となりました、条件スキル〈トラップ探知〉を習得しました》



罠解除

・種別:アクティブ

罠を解除できるようになる、レベルが上がると困難な罠も解除できるようになる。



(やった、これで罠の場所が解るようになるぞ。後は確か矢製作と矢罠のスキルがあったはずだよね)


「これでトドメっと」


 スキルを抜き取った3体のスモールオークにトドメとして剣を突き刺した。

 麻痺状態のスモールオークは断末の声を上げることもなく荒い息を止め、静かにその命を止めた。


(ふ~……コーティングベール!)


 戦闘を何度も繰り返しているが自分も命を刈り取る事に慣れてる訳ではない。

 自分にとってスキルの〈コーティングベール〉は今は心を落ち着かせる為の鎮静剤の役割にもなっている。

 このスキル習得後は戦闘前と後の両方でかけるようにしていた。そうしなければ戦闘中に躊躇いや怯えが出てしまい、判断力が低下してしまい、自身だけではなく仲間を危険にしてしまうからだ


(よし、落ち着いた。やっぱりユイシスの言う通りヒーラーにして良かったよ。お陰でコーティングベールが手に入ったんだし。感謝感謝)


《フフッ。はい、どういたしまして》


 手に持つ武器をアイテムボックスに収納後、後から駆け寄って来たリティーナ達が近づいてきた。


「はぁ……はぁ……ミツさん戦闘は……。終わってしまってますわね……」


「はい、ゲイツさんの助言のお陰です」


「「「……」」」


 口を開け唖然とした表情をし、倒されたスモールオークの亡骸を見るゲイツと冒険者達。



「そう……ですか。上手く奇襲出来たみたいですね……」


 リティーナは倒されたスモールオークの1体を見てみると、その手にはまだ作りかけの罠の材料が握られている事に驚きを隠せなかった。

 スモールオークが武器を持っていなかった理由、それはミツが迫ってきていて尚且つ攻撃が来る事に直ぐにはスモールオーク自身が反応ができなかったからだ。

 例え自身が強さを認めているゲイツだとしても同じ事ができるだろうかと考えていた。


 


「なっ! 何なのあの子!」


「はっ……早いよ、それに強い……」


「ほらな。俺達の出番も無かっただろ」


「ああもあっさりと片付けられるとスモールオークが弱く見えてくるわよね」


「リッコ、あれはミツ君だからですよ。簡単に倒されてる様に見えても、自身が戦う時は油断しないで下さい」


「言われなくても解ってるわよ」


「でっ、でもでも前衛ならリッケさんとプルンさんが強いわよね!」


「「……」」


 焦り口調にゼリに自身達の方が強いと言われ、リックとプルンは何も言わず目を細めていた。


 自身達もミツのおまじないのお陰でスケルトンやスモールオークの動きは見えているので、ミツと同じ敵を倒す事は難しいことではない。

 だが、4階層でリックとプルンの二人でスケルトンの集団に戦って理解したのだが、ミツの前衛としての戦闘は異常だ。

 戦闘スタイルは違うが、戦う相手はほぼ同じスケルトン、リックもプルンもスケルトンの硬い骨を粉砕するのには少々手こずる時もある。

 しかし、ミツは忍術風刀でスケルトンの骨を紙を切るかのようにスパスパと斬り伏せていた。そんなミツの戦いを思い出していたリック達が思った事は

一言。


「……無いな」


「無いニャ」


 そうスッパリと言い切った二人の顔はミツに対する悔しさや嫉妬心は無く、比較されるの方が困ると苦笑するしかなかった。



「あっ、あれ?」


「ゼリ……あの子も強いよ、恐らく……」


「何言ってんのよルミタ!? 確かにスピードも早くてスモールオークをすぐに倒せた事は凄いけど……。あれよ! アーチャーとかの潜伏のスキルをうまく使ったのよきっと!」


「堂々と走っていく潜伏って、なに?……」


「むぐっ……」


「まぁまぁ、お二人とも。先頭が呼んでますから進みましょう」


「そうじゃ、小僧が強かろうと仕事をこなしとるんじゃ。ギャーギャーと騒ぐんじゃないぞ!」


 ゼリとルミタの少しの言い争いにリッケが仲裁に入ると、ダトロトが一喝して二人の言葉を止めた



「ははっ。まー、確かに驚いたけどさ、スモールオーク3体なら俺でもできるしな。なんならお嬢さん方に俺の剣術をご披露しても良いんだぜ~」


「それはいいわ」


「別に……いい」


「はははは、また振られちまった。また1つこれで俺は強くなった!」


「何なのこいつ……」


「ほら、さっさと進まんか」


「痛え! ダトロト! テメェ、俺は男に蹴られる趣味はねーよ!」


「はいはい、行きますよ」


「フンッ!」


「チっ!」


「は~、僕って何処にいってもこんな役ばっか……」


 リッケの性格上争いを止めたくなるのか、ため息をつきながらもほっとく事ができなかった。


 そして戦闘が終わり、また先へと進み出す一同。



(これなら……)



「……お嬢、次はお嬢一人で倒してみてください」


「えっ! わっ、私一人でですの!?」


「旦那!?」


 突然のゲイツの言葉に驚くリティーナと前衛冒険者。


「まぁ、待て。勿論全てをお嬢一人でとは言わん。しかし、今のお嬢は敵に恐れを抱いている。まず相手を恐怖と思う事を無くさなければ数体のモンスターに来られた時点でお嬢は直ぐに殺されてしまう」


「わっ、私は別にモンスターに恐怖などしてません!」


「……」


 リティーナの言葉に沈黙するゲイツ。

 しかし、リティーナも思う処があるのかお互いに暫しの沈黙が流れ、そして……。



「わっ、解りました。次の戦い皆は見ていなさい! 私がここに来たのは怖気づく為では無いと見せてあげます!」


「旦那、本当に大丈夫ですか?」


「大丈夫だ、豚は罠さえ使わなければホブゴブリンの強さと対して変わらん。それにお前らも見ただろ、あのままではお嬢は数体のモンスターに囲まれただけで終わる剣士だ」


「そりゃそうですけど。せめて他のモンスターで慣れさせてからでは駄目なんですかい?」


「……駄目だ。他のモンスターではお嬢の剣術は磨かれても脆い剣士となってしまう」


「旦那が言うなら……。なら取り敢えずお嬢様と豚を一対一にしなきゃな」


「ゲイツさん、自分も何かお手伝いしましょうか?」


「っん……そうだな。お嬢には俺がフォローする。三人は罠の除去と加勢に入る豚の殲滅。後、一先ずはお嬢には目の前の敵に集中してもらう」


「「おうっ!」」


「はい、よろしくお願いします!」


 そして少し歩くとまたスモールオークとの戦闘が始まった。


「来たぞ! 一匹だけ通して後は止めろ!」


「後ろの弓を持った敵は自分が」


「頼む!」


 シュッ! シュッ! 


 撃ち出される2本の矢。

 弓を構えていたスモールオーク、2体とも眉間を射抜かれ即死、残りのスモールオークの一匹を前衛二人が協力して戦い。

 リティーナの前には予定通りに一匹のスモールオークが武器を構えていた。


 フゴゴッ!


「クッ……。来なさい!」


 ブロッロロ!


「はっ!」


 リティーナの剣はスモールオークの突き出した腕を切り裂きその腕を切り落とす事が出来た。

 スモールオークの斬られた腕からは大量に溢れだす大量の血、斬られた事に激痛で叫ぶスモールオーク。

 それを見たリティーナはこれなら勝てる。と、思ったその時だった。

 腕を斬り落とされ激痛に顔を歪めさせていたスモールオークが残るもう一つの腕でまさかのリティーナの長い髪を掴んでしまったのだ。

 敵に攻撃を与え、間を置かずに連続で攻撃を仕掛ければ良かったものの。

 人間相手なら決め手となる腕を切り落とした事でリティーナにほんの少し喜びの中にスキができてしまったのだ。

 

 ブッロぉ!


「キャッ!」


 片腕のみでリティーナを引き寄せるスモールオークの力は強く、リティーナも自身も突然の事に腰を落とし尻もち状態になりスモールオークの引き寄せる力に抵抗ができなかった。


 ブモッブモッ!


 スモールオークはリティーナを自身の顔の近くまで引き寄せると、自身の腕を斬られた事に対しての怒りと手に入れた雌を見ると、下卑た笑いの様な声を出しながら口から血やヨダレをダラダラと出していた。


「嫌っ! 離しなさい! ゲッ、ゲイツッ……!」


 嫌がるリティーナ、暴れてスモールオークから逃げようとするがダメージを追ったにも関わらずスモールオークの力は衰える事も無く、ガッシリとその髪を離す事はしなかった。


 リティーナがスモールオークに捕まり、リティーナはゲイツに助けを求めるがゲイツはその場で剣を構えたままその場を動こうとはしなかった。

 それを見たリティーナ、そんなゲイツの目には剣士として何時でも自身を助ける状態を告げていたが、リティーナを助ける為にその足を動かす事はしなかった。

 そんな現状に混乱する中、リティーナは自身の腕に持つ剣を見て、まだ抵抗できる事に気づき自身の髪を掴むスモールオークの腕に気合と共に持つ剣を深く突き刺したのだ。



「りゃあああぁぁ!」


 ブヒッイィ!


 スモールオークはリティーナの髪を掴む腕に走る激痛に思わず手を離し。

 そして、だらりと落ちる自身の腕を見ると先程までの興奮は何処へやら。

 今更ながら目の前の雌から殺されると等々欲望よりも恐怖だけがスモールオークの心を押しつぶしていった。


 助けを求めるも見渡すが仲間は全て殺されている。生き残っているのが自身だけだと気付いたときには遅かった。



「覚悟!」


 肉を切り裂く音と共に倒されるスモールオーク。


 リティーナは戦闘内容はどうあれ、一人でスモールオークを倒す事ができたのだ。


「はぁ……はぁ……」


「お見事です、お嬢」


「やったなお嬢さん!」


「えぇ……ふぅ……」


 その場に座り込むリティーナに駆け寄る面々。

 リティーナパーティーの一人が彼女へと回復と頭と腕に既に治療を始めていた。


「……お嬢。少々手こずられたようですが、心を持ち直して頂き、本当に良かったです」


「ゲイツ、貴方……」


「すみません、少々荒い方法でした。お嬢の心の怯えは自身で克服していただくしかありませんでした。例え先程俺が手を出したとして討伐できたとしても、今のお嬢の心とは違う結果となってしまったでしょう」


「解ってます……。まだ……まだ私は確かにモンスターに恐れを抱いてます……」


 目に涙を浮かべ俯くリティーナ。

 恐怖の後の安堵感か、また自身がまだまだ弱い事を受け入れた為だろう。


「……リティーナさま、少しだけ深呼吸して下さい」


「ミツさん……。ええ……解りました……」


 治療が終わり離れる治療士と変わりに自分が近づき、しゃがみこむリティーナに目線を合わせながら声をかける。

 自分で言ってなんだが、こんな所で深呼吸とか地味に嫌だろうが、リティーナは目の涙を拭うとゆっくりと深呼吸をしだした。



「スーハー……スーハー……」


(コーティングベール)


 深呼吸をするリティーナの背中をさすりながら自分は〈コーティングベール〉を使用しリティーナの気持ちを落ち着かせる事にした。


「ふ~。ありがとうミツさん、何だか楽になった様な気がするわ」


「それは良かった。戦いの前と後は深呼吸して落ち着いてみてください。間違った判断も失敗も減りますし、次の戦いの気持ちの整理もつくかもしれません」


「えぇ、そうする事にするわ……。そうだわミツさん、宜しければ貴方も私の援護に入って頂けないかしら」


 気持ちがスッキリしたのか、リティーナの先程までの暗い表情とは違い、今は笑顔ができる程の気持ちを取り戻せたようだ。



「……俺はそれで構わん、お嬢がそう言うなら。だが、ここで俺とミツの二人も護衛はいらんだろう、ミツと立ち位置を変えるだけにしとこう」


「はい、解りました。リティーナ様もそれで大丈夫ですか?」


「勿論です、ゲイツの判断なら。お願いしますね」


 ゲイツの言葉に頷きさり気なくミツの手を持つリティーナ、そんなやり取りを遠目で見る二人の視線があった。



「じー……」


「んー……」


「どうしたんですかリッコもプルンさんも?」


「何でもないニャ」


「リッケ、あれだよあ~れ」


「ミツ君とリティーナ様ですか?」


「へへっ、あのお嬢さんとミツが話してる事に面白くないんだろ」


「なるほど」


 無言にもギロリと振り返りながら二人を睨むリッコとプルン。


「おぉ~、恐え……」


「何で僕まで……」

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