第45話 蜘蛛の糸
数十分前の事である。
「はぁ……はぁ……」
「お嬢、大丈夫ですか?」
「ええ……」
肩で息をしながら苦しそうな表情を浮かべるリティーナにゲイツが声をかける。しかし、帰ってくる返答は淡白な答えだけだ。
ゲイツもリティーナの優秀な従者とは言えないが、リティーナは従者の死を目の前で見たことに、精神面でも重く負担になってるだろう。
更には先程から続くモンスターとの連戦、初めての洞窟探索でここ迄酷な状態にもなりながらも、リティーナが握る剣を落とさないのはたいした物だ。
貴族としての意地なのか、それとも何も出来ずにあっさりと死ぬのが嫌なだけなのか。
彼女は改めて自身の剣をグッと握り直した。
リティーナの手に持つ剣先がスケルトンに向けられる。振り上げた剣、その剣はそのまま振り下ろされる。
しかし、その剣筋は軽かった。軽すぎたのだろう。
スケルトンは自身に当たっただけの剣を払い除けと共に、スケルトンはすかさずとリティーナの剣を持つ手に斬撃を入れた。
ザシュ!
キャー! ガシャン
リティーナは自身の腕に走る熱い痛みに耐えきれず、悲鳴と共に自身の剣を地面に落としてしまった。
「お嬢!」
「くっ! う、腕が……」
休む事なく、スケルトンはリティーナに攻撃を仕掛ける。腕は斬り落とされてはいないが、直ぐには動かす事のできない程の痛み、血も流れる、リティーナは落とした剣を拾う事ができない。
「い、いや!」
ブン
リティーナに振り下ろされるスケルトンの攻撃。
カキン!
「ちっ!」
振り落とされる攻撃をゲイツがギリギリの所に割って入り凌ぐ事ができた。
「お、お嬢、大丈夫か!」
「ゲイツ!」
ドス!
ほんの一瞬。
そう、ほんの一瞬だろう。
ゲイツがリティーナの安否を確認するためにリティーナの方を見た瞬間、他のスケルトンの持つ剣の一撃がゲイツの腹部を刺したのだ。
「ぐっ!」
ゲイツの食らった剣は硬い防具と鍛えられた腹筋で致命傷までも行かなかったが、それを理解してかは解らないが更に嫌らしくもぐいぐいと剣を刺しこんで来るスケルトン。
「ゴハッ!」
ゲイツの口から吐き出された血、リティーナはゲイツの吐血を見た瞬間を背筋が凍った。
ゲイツがやられた。
私を庇ってモンスターに刺された。
ゲイツが死んでしまったら次は私……。
周りには仲間の冒険者が居るけど距離がありすぎる。
モンスターと戦闘をしたり非戦闘員の者を守って直ぐには来ない。
私を守ってくれる人が居ない。
腕の激痛の痛み、突きつけられる現実、自身はまだ守られる弱い人間、目の前の人物が居なくなったら私は……死ぬ。
その瞬間、彼女の頭を過ぎったのは首を斬られ転がすマムンの姿。
それが自身に変わって見えてしまった。
恐怖……恐怖……恐怖。
「ゲイツ!」
声にならない声を出し、今にも膝をついてしまいそうなゲイツに声をかけた
カキン!
高く上空え飛んでいくスケルトンの武器
「ウオオォォぉ! 俺を舐めるな!」
ゲイツは振り下ろされた剣を払い、目の前のスケルトンを頭から両断。
続いて自身を刺したスケルトンに剣の柄頭を叩きつけ頭を粉砕。
ゲイツは気合と共に、一気に自身に刺さった剣を引き抜く。剣を抜いたと共に溢れ流れ出す血。
そんな事は気にしないと迫ってくる次のスケルトンに血の付いた剣を投げつけ、頭を貫通させ倒し、そしてスケルトンの動きを止めた。
「ゲイツさん!」
「ゲイツの旦那!」
「ゲイツ!」
「はぁ……はぁ……はぁ、聞け! 陣形を固める!! 支援はお嬢の治療と倒れた者を治せ! 前衛は道を開いて支援と怪我人を守れ! 後衛は援護、各自の判断で各個撃破!」
「「「おう!」」」
最低限の指示、最低限の言葉だけで冒険者達は動きだす。バラバラに戦闘をしていた冒険者達が少しづつ、少しづつとリティーナのいる場所へと陣形を作りはじめた。
魔術士達の冒険者は荷物運び用の非戦闘員の奴隷達の荷物をその場に置かせ、自身達の出した魔法にて壁を作り出し、リティーナのいる場所へと進みだした。現状の判断では間違いではない、少しでも早く陣形を纏める為に身軽にするのは冒険者の基本行動でもある。
治療士もリティーナの近くに直ぐ様近寄る。
ゲイツの指示の元、リティーナの手の治療から先に始めた。
リティーナはゲイツを先にと言ったが、貴族である雇い主のリティーナが怪我をしてるのに雇われ人の方を先に治療する事は出来ないと強く、自分は大丈夫とゲイツから押されてしまった。
リティーナは苦虫を噛むような顔をしながらも治療を受け、他の治療士に早く来る事を急かしていた。
しかし、治療士は直ぐには近くには来れなかった。
いや、来たくても来れなかったのだ。倒れた者を治療をして、更にはその人を背負ってリティーナの場所まで行かなければいけない、前衛の冒険者が手を貸せればいいが、モンスターを近づけさせない様にするのが精一杯の戦場だった。
「行け! 早く、もたもたするな!」
「解ってます!」
怒声が飛び交う中、それでも守る為に次々と襲ってくるモンスターとの対戦を繰り返す前衛の冒険者達。
中には自身の剣が既に折れてしまい、拾った剣で対応する者。
又は左腕がダメージで腕が上がらず右手だけで戦う者。
正に乱戦状態の中、ゆっくりと陣形を纏める冒険者達。
しかし 災難は災難として重く、そして突如して降りかかって来る物だった。
ボン! ゴー!
「ギャー!」
通路側から突如して飛んできた火玉。
命中した冒険者を飲み込み、一瞬にして全身を燃やしつくしてしまった。
プスプスと物が燃える音と人間を焼く匂いが周囲に漂う。
「なっ! 何でこんな時に!」
「ゲイツの旦那、ヤバすぎる! 一旦引こう、セーフ エリアもそんな遠くない! 今アレと戦うのはヤバすぎる!」
「ひゅー、ひゅー、糞がっ! 連戦にこのモンスターの多さ、今日はとことんついてねぇな……。ちっ!」
リティーナの治療を終えて、膝を付いた状態のゲイツに刺されていた傷の場所を治療をする治療士。
奥歯が割れる程の力をいれ、ゲイツは歯を食いしばり立ち上がる。
「駄目です! 立たないで下さい!」
未だ塞がっていない傷口から溢れだす血液、流れる血はゲイツの腰下腹部を辿り足の方から流れ出している。
そこまでしても膝をついた状態では対応できない相手。それは通路の奥から不気味にユラユラと、また、歩く音もなく近づく黒いローブを羽織った5体の影。
「あっ、あれは……」
「……スケルトンメイジ」
「なっ! 5体だと!」
「ふざけるな! 1体でもスケルトン10体以上の力を持つんだぞ! それが5体だと!」
一人の冒険者が言うとおりスケルトンメイジの力はスケルトンの10倍以上と言われている、それが5体。
通常モンスター1体に対して危険度が冒険者ギルドで登録されているがそれは1体の時の考えだ。
現状スケルトンとゾンビの集団に襲われたゲイツ達は、冒険者ギルドが定めたスケルトンの危険度アイアン、ゾンビの危険度ブロンズと対戦しているが、それ以上の危険度で戦っている。
冒険者ギルドの規定では数体を超えるモンスターとの戦闘は指定危険度を1つ上げなければいけない。
よって目の前に居る、スケルトンとゾンビの群れ、それだけでも危険度をグラスランクに変えてしまっており、尚且つスケルトンメイジと言う危険度グラスとギルドが指定したモンスターも一緒に戦わなければいけない状態。
現状リティーナパーティーは即席の冒険者数17名 、非戦闘員有り。
兵糧ほぼ無し、前衛負傷者多数。
後衛魔力七割弱、弓矢残数四割弱、指揮ゲイツ負傷。
対モンスター
スケルトンメイジ5体
スケルトン数十体
ゾンビ数十体
合計危険度シルバーランク
絶望が冒険者の 脳裏を過る。
こんな事なら依頼を受けなければよかった。
貴族からの依頼金に目が眩まなければよかった。
今朝他の冒険者と一緒に外に出ていればよかった。
様々な考えが冒険者の頭の中を巡り廻る。
そして、動き出す。
その時、先頭に立つスケルトンメイジと思われるモンスターが、黒いローブから出した骨の手を前に出す。
その手は異様に白くまた恐怖を覚えさせる手。
そのモンスターはクイックイッとこっちへ来いと言わんばかりに白い指を曲げた。
その動作を何かと思い、警戒して身構える冒険者一同。
ガシャンガシャンガシャン
一斉に全てのスケルトンがメイジに近づき、5体のメイジを守る陣形を取り始めた。
更に他のメイジもローブから骨の手を出し、その手にはメラメラと燃える黒い炎、現れた炎は連続してメイジの手から放たれたのだ。
「来たぞ! 構えろ!」
「クソ! 来やがれ!」
声を上げ自身の士気を上げる冒険者達。
しかし、体は恐怖に震え、早鳴る心臓が自身の怯えを嫌でも理解させてしまう。
ボン! ボン!
黒い炎は命中。
しかし、その炎は武器を構えた冒険者では無く、冒険者の前にいるゾンビに命中してゾンビを燃やし始めた。
ヴァ~……
うめき声を上げながら炎に飲み込まれていくゾンビの集団。
「なっ! 何だと……」
「は、はは……はははっ! 莫迦だ! 仲間を攻撃してやがる! 莫迦だ莫迦だ! 所詮はモンスター、戦う相手が解ってねー!」
メラメラと目の前で燃えるゾンビに驚く冒険者、又は声を上げ笑う冒険者。
ヴァ~……
「はははっ! 燃えろ燃えろ! もえっ……あっ……あっあっ!」
黒い炎に燃やされドロドロに落ちて行くゾンビの肉や体液、残ったのは肉も全てを削ぎ落とした骸骨がそこにはあった
カタ……カタ……
「あ、あっ……こっ……こいつら、ゾンビをスケルトンにしやがった!」
恐怖、目の前で起こった現実。
動きの遅く首を跳ねれば倒せるゾンビが、只でさえ硬い骨で倒しにくいスケルトンへと次々と変わっていく。
そう、メイジは命令を聞かないゾンビを次々と操れるスケルトンへと変えてしまったのだ。
この為スケルトンメイジがスケルトンよりも10倍強いと言われる理由はこれでもあった。
魔法での遠距離攻撃、更には他のモンスターを厄介なスケルトンへ変えたりと討伐危険度を上げてしまう、4階層での注意モンスターはこのスケルトンメイジだと言われている。
先頭にいたメイジと思われているモンスターが指を曲げ、新しく増えたスケルトンを招き寄せ始めた。
見る事しかできなかった。
スケルトンが一箇所に固まっていく所を。
誰も動こうとしなかった、今動けば真っ先に燃やされた仲間の様に自身が的になると言う事を無意識に理解してしまったのだろう。
ガシャガシャガシャ
わらわらと動くスケルトンの集団、一個小隊、いや一個中隊程の敵を目の前に冒険者の顔には死を覚悟した者も数名いた。
「何だよ……何だよ何だよ! 何でこの洞窟がこんなにモンスターが居るんだよ!」
叫んだ冒険者の答えは不運、この言葉しか見つからない。偶然4階層に進む冒険者が激的に居なくなり、偶然モンスターが一箇所に固まってしまい、偶然自身がその場に鉢合わせてしまったという。
偶然の不運、重なった不運、誰も責めることのできない不運でしかない。
そして更に不運が始まった。
「いかん! お前ら引くんだ!」
ゲイツの言葉の後、メイジの手から放たれた3つの火玉。
ボン! ボン! ボン!
前衛で戦っていた冒険者が次々とメイジの放った炎に飲み込まれていく。
「ギャー!」
「だっ、誰かたすけ……」
「熱い! 熱い! 誰か消してくれ! けして……」
バタバタと倒れ行く仲間たちを見る事しかできなかった他の冒険者達。
その顔を青ざめさせ、震えながらも反撃の為に矢をメイジへと放つ。
「チクショー! くたばりやがれ!」
女性ハンターの放った矢は恐怖と怯えの為か、全くメイジどころかスケルトンにすらその矢は届かなかった。
スケルトンの前に落ちた矢を見たメイジは掌を女性ハンターへと向けた。
ボン!
声もなく放たれるメイジの炎。
女性ハンターは避ける事も出来ず炎に飲み込まれてしまった。
「イャー! 熱い! 嫌! 死にたくない! 誰か!」
暴れ自身を燃やしている炎を消そうとするが、魔法で出された火はそう簡単に消えるものでは無い。
暴れ転がりどうにか消そうとするが消えない、そして酸欠と炎のダメージで声も出せず動きを止めてしまった。
「ウォーターボール!」
バシュー
とっさの判断だろうか、ドサリと倒れる女性ハンターに仲間の魔術士が〈ウォーターボール〉で女性ハンターの炎を消した。
全身を火傷、息苦しそうに息をしている女性ハンター。焼け死ぬ事は避けたがこのままでは死んでしまう事は目に見えていた。
「か、回復を早く!」
リティーナの声で動き出す治療士達。
彼らも現状、既に恐怖に心が折れかけていた。
ガタガタと震える手を女性ハンターに向ける、自分もこうなる、そして死ぬ。
そんな不安定な状態では回復魔法をろくに唱える事もできなかった。
ユラユラと動くスケルトンの集団。
スッと手を上げるメイジ。
ピタリと動きを止めるスケルトンの集団。
来る、その瞬間その場の皆が固唾をのむ。
「全員武器を構えろ!」
ゲイツの怒涛の言葉と同時に振り落とされるメイジの腕、それと同時に一斉に動き出すスケルトンの集団。
ガシャンガシャンガシャンガシャン
「ゲイツ!!!」
「チクショ! チクショ!」
「死なねー! 俺はこんな所で死ぬ男じゃねー!」
「イヤー! お母さん!」
「ウォおおお! お前ら、最後まで冒険者の誇りを見せてやれ!」
「「「うぉぉおおおおおお!!!」」」
治療も完全ではないゲイツが飛び出しそれに続く冒険者達、勝ち目はないのは皆は解っていた。
震える声を上げ、怒声を上げながら自身を動かす、死にたくない、生きたい、冒険者としてこんな所で死ぬ訳には行かないと震える手で武器を構え走り出した。
その時。
「アイスウォール! ファイヤーウォール!」
バシッン!
ゴーーー!
「なっ!」
突如してゲイツの前に現れた氷の壁。
更にはその氷の壁の向こう側には火の壁が現れていた。
氷の壁にぶつかる前に足を止めたゲイツは後ろに居た仲間の方を見たが、仲間の魔術士は皆驚きで動きを止めていた。
違う、これは仲間の攻撃じゃない、なら敵か?
違う、メイジならこんな事するならスケルトンをけしかけない、更には火壁はこちらにするだろうと。
「ゲイツの旦那、こっ……これは!」
仲間じゃない、敵でもない、なら誰だ!?
そんな事を考えているゲイツだが答えは直ぐに向こうから出てきた。
「大丈夫ですか~」
それはその場の緊迫とした場所には似合わない一人の少年の声だった。
少し戻って。
「うわ、何だこりゃ……」
「わっ、かなり居るわね」
「さっきミツが倒したモンスターの集団以上ニャ」
「ミツ君あれ、やっぱり誰か戦ってますね」
「げげっ! あの貴族連中かよ」
ミツの上からリッコが顔を出し、その上にプルン、リッケ、リックと団子状に顔を出し、フロアを覗き込む形になっていた。
「そうみたいだね、どうする皆?」
「んっ……。ん~、俺は嫌だな。理由はどうあれ、ミツとリッコを物の様に雇おうとしたあいつらは気にくわねぇ」
リックの言葉に賛同する声も反対する声も誰も出さなかった。
皆もやはり先程の勧誘の仕方に思う所があったらしい。
「ミツ、あんたが決めなさい。私もはっきり言ってあの連中は嫌いよ。でも今はあんたがリーダー、あんたの言葉に従うわ」
「リッコ……」
「そうですよミツ君、この道を決めたのは君ですから、戻るにしろこのまま進むにしろ僕達はちゃんとついて行きますよ」
「そうニャ。それに一言かけて援護はいらニャいって言うなら、中のフロアを一気に駆け抜けるだけニャ。それが駄目そうニャら戻るニャよ」
リッコの言葉の後にリッケとプルンが指示に従う事を言ってきてくれた。だがやはりリックはそれでも嫌だろうか? 恐る恐るリックの顔を見ると何やら腕組みをして目をつむっている。
「スー、フンッ!」
鼻で大きく息を吸った後、勢いよく鼻を鳴らすリック。
「解った解った。そんな顔すんなよな。大体俺が言われた訳じゃないのに、俺が反対しても意味ねぇだろう」
「リック、ありがとう。じゃ、一言聞いて拒否られたら来た道を戻る方でね」
自分の言葉に皆がコクリと頷いた。
その時だった。
「ギャー!」
「熱い! 熱い! 誰か消してくれ!」
突然の男性の悲鳴にバッとフロア内を見ると、前衛の冒険者が全身を紅蓮の炎に包まれていた。
「なっ! 魔法! スケルトンが!?」
《違います、冒険者が攻撃されたのはスケルトンからの攻撃ではありません。スケルトンの集団後方にいる4体のスケルトンメイジと1体のリッチの魔法攻撃です》
ユイシスの言葉に反応し少し身を乗り出しながらもスケルトンの集団の後方、黒いローブを羽織った5体に目を向け鑑定をしてみた。
リッチ
Lv35。
デモンズソウルLvMAX。
コールドブレスLv3。
フレイムランスLv9。
スパークアクションLv1。
アンデッドオペレーションLvMAX。
スケルトンメイジ
Lv23。
デモンズソウルLvMAX。
ファイヤーボールLv3。
アイスジャベリンLv4。
リッチとメイジの両方を鑑定。
アンデッドらしいスキル又魔法使いっぽいスキルを持っていた。
(前衛のスケルトンの集団の後ろに後衛のメイジとリッチ、陣形を作るなんて人間っぽい事するな)
《ミツ、スケルトンやメイジはそれ程知性はありません。しかし、リッチは人間に近い知性を持ってます。戦闘時は注意して下さい》
(正に司令塔。これ以上被害を出さない為どうにかしないと)
自分が色々と考えている間にも戦闘は嫌でも進んでいた。
ボン!
「いゃー! 熱い! 嫌ああぁぁ! 死にたくない! 誰かあぁ!」
リッチの放った炎はリティーナパーティーの一人に命中し、女性の悲鳴が響き、全身を燃やし始めていた。
「いけない! 皆、敵はスケルトンだけじゃない。後方の方にメイジとリッチが居るから気をつけて! 戦わないにしても魔法攻撃が飛んでくるかもしれないから注意して」
「おっ、おう!」
「行くニャ!」
「皆さん無理しないように」
「スケルトンしか居ないみたいね。やっと私も倒せるわ」
皆は怖気づく事もなく、士気が上がっているのが幸いである。
自分達が行こうとしたその時。
ゲイツの雄叫びの声と共に冒険者達が走り出し、スケルトンの集団も一斉に駆け出した。
(駄目だ! 乱戦になったら被害が増える!)
「仕方ない!」
バッと両手をゲイツ達とスケルトンの間に向けた。
「アイスウォール! ファイヤーウォール!」
《経験により〈アイスウォールLv2〉となりました》
真っ直ぐに張り出された氷の壁と火の壁。
双方ギリギリの所で戦闘が止まった。
冒険者たちは氷壁の前にピタリと止まるが、スケルトンの勢いは止まらず、そのまま火壁へと飛び込む形となった。
火壁を超えてもその先には氷壁がある。
ドカドカ、バシバシと、氷壁に次々とスケルトンが打つかる音がした。
「よし、止まった。良かった」
「ミツ、早く声かけないと!」
後からのリッコの声でハッと思い、ゲイツ達が困惑してる事に気づいた。
「あっ、うん。」
前に駆け出す自分に続くリック達。
「大丈夫ですか~」
「いや、大丈夫では無いだろ……」
「そうニャ、明らかに被害出てるニャ」
自分の言葉に目を細めながら反応するリック。
真っ黒に燃えた前衛を見ながら険しい顔をするプルン。
「ごめん。こんな時なんて声掛ければ解らなくて」
「ほら三人とも、油断しないでモンスターがこっちを見てるわ」
「そうだね、警戒しとか……」
リッコの注意の後、ミツがモンスターの方に目を向けた瞬間、突如リティーナ達がいるパーティーの方から声が来た。
「助けてくれ!」
「お願い、助けて下さい!」
「頼む! 力を貸してくれ!」
「えっ!?」
自分の言葉が聞こえていたのか。
姿を見た瞬間、冒険者だけではなく、リティーナとゲイツからも助けを求める声が発せられていた。
「おいおい、あいつらの慌てよう、相当危なかったみたいだぞ」
「うん、取り敢えず参戦して良いみたいだね。一先ず手分けしよう。リッコとリッケは後方支援、あの人達の中にいる魔術士と一緒に壁を作ってスケルトンを近付かせないようにして。後、負傷者が居たら回復を、プルンとリックはスケルトンをお願い、自分は後ろに回ってメイジとリッチを倒してくる」
「はぁー、また壁役なのね」
「リッコ、これが終わってからまたスケルトンを探しましょう」
「解ったわよ」
「よし! 行くぞプルン! あれだけの数だ、どっちが多く倒せるか勝負しようぜ」
「ニャ、ならお先ニャ」
「あっ! ズル!」
駆け出す四人。
皆は能力上昇系スキルを受けている事で走るスピードが早く、あの速さならリッコ達は直ぐにでもリティーナ達の所にたどり着くだろう。
「お願い、助けて下さい!」
私はそう叫んでいた。
絶望と恐怖を前に、一緒に洞窟に潜った仲間を助ける為に、このままでは死んでしまうかもしれない冒険者の為に、貴族だからとかそんな事は関係ない。
恥も捨て私はその時見た希望、一人の少年に助けを求めていた。
しかし、その少年の姿を見た時嫌な悪寒が横切る。
私が彼らに言った言葉、以前私はその場の怒りで彼らの仲間を私は斬れと言ってしまった事。
もし彼らがそれを根に持っていたら。
それが私だったら。
私だったら助けない。
自身の仲間を斬れと言われて、あれから一言も謝罪の言葉も無く、こんな危険な状態で態々自身の命も危なくなると言うのに助けるだろうか。
自身の立場なら……。
いや、考えることもない。
私ならその場から離れるだろう。
私は胸を締め付ける思いで悔やんだ。
あの時の私自身の愚かな言動に。
「頼む! 力を貸してくれ!」
俺は救援を求めた。
いや、仲間を助ける力を求めた。
負傷した自分ではこの危地を抜けられない。
いや、例え身体が傷一つ無くても、持つ剣も鋭く研いだばかりでも、この場を乗り切る力は俺達は持っていない。
その時希望を見た。
俺は一人の少年に力を求めていた。
そう、自身よりも歳は見るからに下の少年と言える程の冒険者にだ。
氷の壁を横にリッコとリッケの二人はリティーナの居る場所にたどり着いた。
一気に駆け寄ってきたリッコ達を見たリティーナ達はそれはそれは驚きの表情を浮かべていた。
二人がその場にたどり着いて目にしたのはメイジの放たれた炎で全身を燃やされ、呼吸はしてるか解らない程に小さく、プスプスとまだ何か燃えているような音を出している全身大火傷の女性ハンターだった。
その女性を囲んで治している治療士の姿。
しかし、女性を囲んではいるが治療士が治療をしてるようには見えない。
「何やってるのよ! 早くその人を治してあげなさい!」
「ひっ、ひっ、ひっく。やってます……でも……ヒールが出ないんです」
「すみません……すみません……」
身体を震わせ、目からはボロボロと涙を流しながら嗚咽を漏らしながらも、回復をしようとした事を伝えてくる治療士達。
怒鳴るリッコの前に1歩前に出るリッケ。
「リッコ、いけませんよ。心が落ち着いてないと魔法が上手く出ないのはあなたも知ってるでしょ」
「……フンッ」
「僕がやります。皆さん少し離れてください」
「すみません……すみません……」
先程から謝罪の言葉を繰り返す治療士。
リッケの言葉に泣きながら離れる治療士の女性達。
「ひゅー……ひゅー……」
「直ぐ治しますからね。ヒール!」
掌を大怪我の女性ハンターに優しく当て、リッケはヒールを発動する。
リッケが治療を始めると直ぐに女性ハンターの焼け爛れた皮膚を治していく。
それを見た周りの冒険者達が驚きで声を上げた。
「えっ! ハイヒール!?」
「違うわ、普通のヒールよ!」
「すっ、凄い、ヒール1回でこんなに回復するなんて……」
リッケのスキル【ヒール】は、以前鑑定した時とは違い、スキルのLvが9と上がっていた。
それだけでも十分な回復を見せるのだが、おまじない事、能力上昇系スキルを受けたリッケの回復量は既に【ヒール】を超えた回復量を出していた。
「ん~、まだ足りませんね。呼吸もまだきつそうですし、一気に行きますか。まぁ、また魔力無くなりそうになったらミツ君にお願いしましょう」
ボソリと自身の魔力枯渇後の事を考えながらも、倒れた女性ハンターに連続して回復を行うリッケ。
「ヒール、ヒール……」
「そんな! 駄目です!! そんなに治療を連続して使っては、あなたが倒れてしまいますよ!」
リッケの連続治療魔法を見て女性治療士がリッケの腕を掴んで治療を止める。
だが、その女性の腕を止めるリッコ。
「止めないで! うちの兄貴があんたの仲間を治してるんだから邪魔しないで頂戴! それともそんな状態であんたがこの人を治せるの?」
「うっ、すみません……」
リッコの言葉に掴んだリッケの腕を渋々と放す治療士。
「ふ~。リッコ、少し言い過ぎですよ」
「フンッ、終わったの?」
「はい、細かい傷から全て治しました。もう呼吸も普通にできてますから大丈夫でしょう」
「そう」
「うっうっうう……」
「もう大丈夫ですよ。直ぐに戦いも終わりますから、あなたはそのまま休んでて下さい」
「あ、ありがとう……うっうあぁ……」
傷も治り呼吸も普通に会話できる状態まで戻った女性ハンター。
女性ハンターは泣き出した。モンスターの襲ってくる恐怖、自身が生きたまま燃やされていく恐怖。
だが自身は救われた。
目の前の自分より年下と思われる男の子に、その笑顔に、その優しい暖かな手の温もりに溢れだす涙を止められずボロボロと泣いた。
周りに仲間が居たけど恥ずかしげもなく泣いてしまった。後で茶化されるかもしれない、でもそんな助かった自分の姿を見て一緒に泣いてくれていた、女性ハンターの目からは更に大粒の涙が溢れていた。
リッケの言葉に感謝の言葉を次々と告げる冒険者達、その中にリティーナが声をかけてきた。
「あなた達……。仲間を救ってくれて、そして私達の声に答えてくれて感謝いたします。ですが、まだ戦闘は終わってません。その方の……戦いが直ぐ終わると言うお言葉も……」
仲間を治療してもらった事に感謝を言ってくるリティーナ。
リティーナは思った。まさか自身の救援の声に応えてくれるとは思わなかった。
それだけでは無い。
直に駆け寄ってきたと思えば仲間の傷を見た途端、自身の見た事の無い程の回復量で傷を治してくれた治療士。仲間の治療士すら驚く程だ。
だがまた私は失敗してしまった。
自身の声に応えてくれたこのパーティーに、仲間を回復してくれた治療士に。
お礼の言葉も上手く伝える事ができなかった自分自身の性格が嫌になりそうな気分だった。
リティーナの言葉に踵を返しスケルトンのいる方を見るリッコ。
「フンッ! あなたは何を見てるの? ちゃんと戦いを見なさいよ。下ばっかり見てると現実から置いて行かれるわよ」
「なっ! あなた達こそこの状況をを見て……見て……」
リティーナは見た。自身の目で戦場を。
そして止まった。先程とは違う戦闘を見て。
目の前には仲間全てをも広く覆った分厚い氷の壁。
更にはその先に赤くメラメラと燃える炎の灯りが氷越しに見える。
そして映る二人の人影、その二人の動きは明らかに先程までスケルトンと戦っていた仲間の冒険者の動きとは違っていた。
一人は素早く繰り出す拳の攻撃でスケルトンの硬い頭を一撃で粉砕。
動きが早すぎて攻撃をしたかと思ったら既に次のスケルトンへと攻撃を繰り出していた。
そしてガシャンと音を鳴らしながら次々と倒されていくスケルトン。
一撃、たった一撃であの硬いスケルトンの骨を砕いてるのだ。自身でも何度も攻撃を繰り返し行い、手を痺れながら骨を欠けさせる事がやっとだと言うのに、それを一撃で。
そしてもう一人。
自身の背丈程の小さなランスを武器に、まるで重さを感じさせないかと思わせる程の連撃。
更には鎧を着ていると言うのに自身以上の動き、スケルトンの攻撃を右へ左へと華麗に避けて小さな盾を上手く使いスケルトンの攻撃を捌いている。
リティーナはその二人の戦いぶりに言葉を失ってしまった。
「お嬢」
リティーナがリックとプルンの二人の戦いに見入ってる時、ゲイツが状況を把握する為にとリティーナの所まで駆け寄ってきた。
「ゲイツ! あなた怪我は大丈夫!?」
「はっ……。正直大丈夫とは言えません。ですが、先程よりは痛みは治まってます」
ゲイツの声を聞き、リティーナは振り返ると腹部の赤い出血を見て少し焦りながらも声をかける。
そこに他の冒険者の治療を終えたリッケが近づいてきた。
「失礼、傷を見せてもらっても良いですか?」
「あ、あぁ……。君は治療士か……すまん。頼む……。貴殿達のご助力感謝する」
「いえ、気にしないでください。僕達はミツ君の言葉通りに動いてるだけですから。ヒール」
「ミツ……。それがあの少年の名か」
「ええ、そうです……。はい、もう大丈夫ですよ」
リッケは会話をしながらゲイツの刺された腹部を完全に治療し終わった。
素早い判断、的確な対応、なによりも異様な回復量にゲイツは自身の刺された跡を手で抑えながらリッケの治療に驚いていた。
更には目の前で繰り広げられているたった二人だけの戦い。
氷壁がある為に自身達は助太刀も出来ずただそれを見ているだけしかできない。
ゲイツは冒険者としてのプライドが少しだけ悔しさを出していた。
しかし、その考えはすぐに消えていく。
それは自身の力と仲間の力を合わせてあの集団に挑むのは無謀に近いからだ。
冒険者として危険な行動は控えるのが長生きの秘訣でもあるしベテラン冒険者としての務めでもある。
「あっ。リッコ、そろそろ出番ですよ」
「うん、解ってる」
目の前に現れていた〈ファイヤーウォール〉がじわじわと火力を減らして次第に消えそうになっている。
だがすかさず、リッコはそんな消えそうな〈ファイヤーウォール〉の上に自身の火壁を発動。
すると先程よりもゴーゴーと燃え上がる炎。
それに驚き後退りする冒険者達。
「なっ! 何て威力。先程とは威力が違いすぎる!」
「す、凄い……」
リッコが発動させた火壁を目の前に驚きの声を上げる同じ冒険者達。その中でも、魔術士達は一番驚いただろう。
「フンッ、私が本気出せばこれぐらい強めに出せるのよ」
「近くに居た二人は大丈夫ですかね……」
ポリポリと頬を掻き苦笑いのリッケ。
確かに先程の火力の倍以上の火の壁が発生してる為、前衛で戦う二人に少し炎が届いてしまったかもしれない。
「あっ……。まぁ~大丈夫でしょ。あははっ、あははは」
「はぁ~」
リッケとリッコは普通に会話をしているが、その場に居た冒険者皆が思っただろう。
3階層でのバルモンキーを一掃に討伐したのはやはりこの魔術士の子なんだと。
とっその時、リッコの〈ファイヤーウォール〉の手前に張られた〈アイスウォール〉がドロリと溶け始めた。
熱で蒸発するかの様に大量の水蒸気を上げながらその氷の壁は消えていく。
「彼、動き出したみたいですね」
「まぁ、あの二人が結構倒してるみたいだし。私の火壁だけでも大丈夫と思ったんでしょ」
「信頼されてますね」
「フフッ、仲間だもんね」
「そんなに嬉しいですか? ミツ君からそう思われて」
「うっさい!」
ドスッ!
「うっ……痛い」
リッケの茶化す言葉に対して見事なローキックを入れるリッコ。兄妹の些細なじゃれ合いも笑える所だが、今の周りの人々はもうそんな事を反応もする余裕も無かった。
「チクショ! リッコの奴、俺達がいる事忘れてんじゃねーか?」
「危なかったニャ~。流石ミツのおまじないニャ、リッコの火壁がこんなに強くなるなんて思わなかったニャ」
「あいつ、今までの戦闘じゃ力を抑えてたみたいだからな。まぁこれくらいはできるだろうさ」
「ニュフフ、ご自慢の妹ニャ~?」
「フンッ、口うるせぇ妹だ! それよりプルン、そっちは何体倒した? 俺は18だぞ」
「ウ・チ・は・20ニャ」
「マジかよ! 数誤魔化してねーだろうな!」
「ムカー! ウチはそんな事しないニャ! リックが戦い始める前に既に2体倒してたニャ!」
「フライング分じゃねーか! チクショ~、かなり調子いいから連撃も決まってたのによ~」
「見てて思ったけど、リックの一撃は深く突きすぎニャ。その分引く時の無駄な動きが多すぎるニャよ」
「そっ、そうか? 勢いよく突きすぎたか? いつも通り突いてたつもりだったんだがな」
「どんどん差が開いて行くニャよ~」
「まだ負けじゃね!」
ガシャン!
「19!」
バンッ!
「21ニャ~」
リックが素早く近づくスケルトンを倒すが、リックが振り向く時にはプルンも1体のスケルトンを倒していた。
「チクショ! 残り全部俺が倒す!」
「ニュフフフ、倒せるといいニャね~。寧ろ、後何体リックは倒す事ができるかニャ~。ニャッハニャッハ」
「今に見てろ!」
迫り来るスケルトンの集団、それを1体1体確実に倒す二人。
しかし、戦いながらお互い競争している会話が炎越しに聞こえていたのか、リッコ達は少し呆れ気味に二人の戦いを見ていた。
「フンッ、何やってんのよあの二人は」
「まぁ、怪我もしてなさそうなんで一先ずは安心しました」
リッコの出した火壁越しで話すプルン達。
二人の声は分厚い氷の壁が無くなったのでその二人の会話は勿論他の冒険者も聞こえていた。
中には顔を引きつらせて二人の戦いを見る者。
少し落ち着いてきたのか二人の会話を苦笑気味に聞いて笑う者。
二人の異常な戦いを見て未だに表情が固まったままの者。
様々な思いがその場を埋め尽くしていた。
そんな二人の戦いを遠目で見ていた一人の少年、彼はこう思っていた。
(あぁ、大量のスキルゲットのチャンスが……。まぁ、まぁ今回は仕方ない……。まだ残ってるし、こっちを早く片付けて参加すれば良いだけだ……。はぁ~、先にスティールしとけばよかったかな~。その方が二人の危険も減るだろうし……。よし、今度からそうしよう)
スケルトンの討伐はプルンとリックに任せたので自分はメイジとリッチの背後に回る為に〈ハイディング〉を使用し隠れながら近づいていた。
もし二人がスケルトンに苦戦するようなら自分はスケルトンの討伐に参戦し、メイジとリッチの討伐は後回しにしようとも考えていた。
しかし、そんな心配も不要と、二人は予想以上の戦闘をしてくれていた。
今は目標となる5体のモンスター近くで息を潜め動きを止めている。
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