第36話 腹が減ってはなんとやら

 マチの治療を終えて、プルンとリッコの方へと足を進める。


 途中二人の方が此方へと向かってくるのが見えてくる。


「ミツ、治療は終わったニャ?」


「うん、もう大丈夫、ちゃんと治したよ。これで一通り終わりかな?」


「そうニャね。他の冒険者はそれ程傷を受けてない人だけニャ」


「取り敢えず明日の朝まで待てば転移の扉が動くわ。恐らくここの人殆どがそれで帰れるからもう安心ね」


「ん? 転移の扉? 何それ」


「もう、ミツはたまに常識が抜けてるわよね。いい? 転移の扉ってのはね、こう言った洞窟のセーフエリアには来たけど、帰るには難しい冒険者も中には居るのよ。そんな時に便利なのがあの転移魔法が付いてる扉よ」


「あの赤い扉?」


 進む足を止め、リッコの指をさした方には赤く塗られた大きな扉がそこにはあった。


「そうよ、あれに洞窟の魔力と人の魔力を合わせると、外まで出れる転移魔法が発動するのよ」


「へー、そんなのがあるんだ」


 転移の扉


 それは最初から洞窟にあるものではない。

 魔力を操る者が魔の流を見つけ、その場所に設立する物。

 これは洞窟内での冒険者の死亡率を下げる為にと、王の名によって造られた建造物である。


「ならさ、アレがあれば行きたい下の階層に行けるんじゃないの?」


「残念だけどあの扉は上行き限定。帰りの片道だけよ」


 赤い扉は今は固く閉ざされている。

 扉に近づいて触ってみるが扉からは、魔力を感じる事も今はできなかった。


「なんだ。でも確かに考えてもみたら行きたい階層に行けるなら、バルモンキーの居る3階層を態々通る事もないよね」


「そうそう、楽して下まで行けたら悟りの洞窟の最下層もあっさりと制覇されるわよ」


「この洞窟って何階層まであるんだっけ?」


「10階層よ。その奥にフロアマスターが居るって聞いたことあるわ」


 悟りの洞窟の様に魔力を高く持っている洞窟の奥には、その洞窟が魔力で作り出したフロアマスターとなる高レベルのモンスターが存在する。


 しかし、この悟りの洞窟のフロアマスターとなるモンスターは、その最下層の入り口となる扉の中に入った者の強さ、挑戦者に応じてモンスターの強さが変わってしまう。


 これを自身の強さを知る為、冒険者や強者が腕試しとこの悟りの洞窟へと足を運ぶ理由でもあった。


「へぇ~、10階層ならあっさりとクリアーされてそうだけど」


「たどり着いてもねー、フロアマスターが強すぎて皆その前に帰っちゃうのよ。確か、数年前に一度倒されたって聞いたことあるわよ。それ以降倒された報告は聞いたことないかも」


「んっ? フロアマスターが倒されたならそれで終わりじゃないの?」


「ミツ、ここは魔力がある洞窟ニャ。モンスターも復活するならフロアマスターも復活するニャ」


「あ~、なるほどね」


「それよりも、リッケ達の方も治療終わってるわよね? 早く合流しましょう」


「そうニャ、終わってるならその後ご飯ニャ!」


「そうだね、バタバタし過ぎてスッカリ忘れてたよ」


 リッケとリックの二人を探し手分けした場所へ戻ると、既に二人は腰を下ろして自分達が来るのを待っていた。


「お~い。リッケ、治療終わった?」


「皆さん……。はい、既にアバさんが応急処置を終わらせてましたので自分は細かな傷を治して終わりました。後は、周りにも怪我人がいたのでできるだけ治療してました……。っとと」


 立ち上がろうとしたリッケがバランスを崩し足から崩れて膝をついてしまった。


 直ぐに手を貸すとリッケ自身体調が悪いのか、先程より顔色が少し悪い様にも見えた。


「できるだけって、リッケフラフラじゃない! あんた無茶したんでしょ!」


「いえ、僕はそんな」


「いや、こいつ俺が止めなかったらズッと回復続けてたぞ」


 後ろで腕組みをし、少し怒った感じの口調を飛ばすリック。


「リック……。僕はそんな無茶はしてませんよ」


 リッケは三人兄妹の中で一番のしっかり者でもあるが、一番のお人好しでもある。

 結果、自身の魔力が枯渇寸前になるまで治療を行ってしまっていたのだろう。


 通常魔法を使えば魔力を消化する。

 消化すれば無くなるのは当たり前だが、その際、魔法を扱う際に気を付けることが一つある。

 それは魔力、つまりはMPの枯渇状態だ。


 MPを使い切ると個人差ではあるが使用者に影響が出てくる、今リッケの立ち上がるのも精一杯のフラフラの状態が正にMPの枯渇状態でもある。


「全く……。リッケはお人好しよね。リックを付き添いにしといて良かったわ」


「すみません……」


「まぁまぁ、取り敢えずこの場の山は越えたんだし、皆お疲れ様」


「ふ~、流石に腹減ってきたんだけど。ミツ、飯は?」


「うん、本当はお肉でも焼こうと思ったんだけど、予定変更しようと思ってね」


(結構MP使ったけどまだあるよね? 足りなかったら、ギーラさんから貰った青ポーション飲もうかな)


 自身のステータスを確認してみる。


名前 『ミツ』     人族/15歳


ジョブ 忍者  Lv8。


偽造職 ウィザード Lv7。


転職可能 new


【弓術】


【支援術】


【魔力術】


鉄の弓orドルクスア 革の軽鎧 盗賊の腕輪


HP ______153+(20)。


MP______291/356+(45)。


攻撃力___153+(20)。


守備力___174 +(35)。


魔力_____161+(35)。


素早さ___163+(40)。


運 _______168+(40)。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


【ノービス】    Max

※ステータスAll+5


【アーチャー】   Max

※ステータスAll+5  運+20。


【シーフ】     Max

※ステータスAll+5 速さ+20。


【クレリック】   Max

※ステータスAll+5 魔力+20。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


ヒール_______________:Lv5/10 Level up。


魔力増加_____________:Lv2/10 Level up。


速度増加_____________:Lv2/10 Level up。


速度減少_____________:Lv2/10 Level up。


一点集中_____________:Lv3/10 Level up。


不意打ち_____________:Lv4/10 Level up。


潜伏_________________:Lv2/10 Level up。


投擲_________________:LvMAX Level up。


忍術_________________:Lv2/10 Level up。


※鬼火


※火柱


※炎嵐


時間停止_____________:LvMAX new。


麻痺攻撃_____________:Lv5/10 new。


糸出し_______________:Lv2/10 new。


糸操作_______________:Lv2/10 new。


傀儡_________________:Lv1/10 new。


魔力吸収 ____________:Lv1/10 new。


魔法障壁_____________:Lv1/10 new。


再生_________________________ new。


自然治癒_____________:Lv1/10 new。


ファイヤーウォール__:Lv1/10 new。


アースウォール______:Lv1/10 new。


アイスウォール______:Lv1/10 new。


ウォーターボール____:Lv1/10 new。


分割思考_____________________new。


魔力威力増加_________________new。


強奪_________________:LvMAX new。


電光石火_____________:LvMAX new。


スキル合計数70個


※※※※※※※※※※※※※※※※※


称号


   『救い人』


(うわー。かなり上がってる。猿の効果様々だな)


 自分のステータスが上がったのはバルモンキーを大量討伐した成果。

 これには自身も喜ぶべき事なのだが、皮肉な事にこの現状を作ったのもバルモンキーである。


 食事の準備の為にと適度にスペースのある場所へ移動し、アイテムボックスから様々な調味料を取り出しはじめた。


「ニャ! 肉無しニャ! 何でニャ!」


「いや、肉はちゃんと出すから、揺らさないで」


「あっ、ごめんニャ」


 そんなに肉が重要なのか。

 予定を変更と言う言葉に一番に反応した彼女は、ガクガクと震える程に自分の肩を激しく揺すってくる程に慌てている。


「ははっ、大丈夫ですか? ところでミツ君、何を作るんですか?」


「それなんだけどね、皆にも手伝って貰おうかと」


「おう、飯の為だ! 何でも言ってくれ!」


(んっ? 何でもって言った? まぁ、お約束は置いといて)


「じゃ、今から出す材料を適度な大きさに切ってね」


(えーと、残りMP371/425か……。結構回復に使ったけどMP消費軽減のお陰かな。殆どMP減らなかったから助かったかな。よし、これなら行けるかな)


「コレとコレと、後コレとコレも、ついでにコレともっと」


 食材となる材料をアイテムボックスから次々と取り出し、テーブルの上に食材の山を作った。流石にリッケ達が食べるには多すぎる食材がテーブルを満たしている。


「おいおい、流石に多すぎるだろ……」


「そ、そうですね。僕達じゃ食べきれない程の量になっちゃいますよ」


「んっ! あんた、まさかここの人達の分も作る気なの!?」


「うん、そうだよ。治療してるときに解ったんだけど、バルモンキーに荷物取られた人も結構いたし、何よりも何か食べさせた方が怪我人も含めて皆早く元気になるじゃない」


 今いるセーフエリアに避難してきた冒険者は殆どがバルモンキーの被害者だ。


 勿論、自分達がバルモンキーを討伐後にセーフエリアに来た冒険者も居るが、その冒険者達も荷物を捨てて逃げ回った人や怪我を負った人はいる。


 前の世界の記憶と性格が残った結果なのか、こういった光景は何度もテレビや震災の経験でどうしても放っとくことができないのだ。

 なら、いま自分に何ができるか。


(自分ができる事、今は食事を出す事だ。お人好し、偽善者、色々と思う人も居るかもしれない。でも、そんな事関係ない。こんな時こそ神様の力を使わせてもらおうじゃないか)


 創造主神でもあるシャロットから貰った力。

 力と言うよりおまけでつけられた機能、MPを代償とし、アイテムボックスから食材を取り出す事が可能、その中身に制限は無い、あるとしたらMP量分取り出す事ができる。


 以前、初めて教会で使った際に卵一個にMP1を消化した時、はっきり言って燃費が悪いとその時思ってしまった。


 しかし、ここで不思議に思った事がある。

 パンや米、これは一袋6枚や10キロ袋で出てきた事。

 もしかすると、イメージで出す量が決まるのではないかと思い、ユイシスに使い方を聞いてみた。


 そして。


(次の卵は30個トレイをイメージしながらっと)


 結果はご覧の通り、業務用食材をイメージすれば低コストのMPで食材の準備が可能となったのだ。


「それにしてもニャー、この量はウチらだけじゃ大変ニャ」


「まぁ、皮を剥いたら後は煮込むだけだから頑張って」


「は~、ミツには戦闘以外でも驚かされるな」


「本当ですね。リッコみたいに驚く事を楽しむ性格だったら良かったのにと思いますよ」


 目の前に山積みにされた食材を見てリック達が驚いている。しかし、それ以上に周りの冒険者が唖然とした表情で此方を伺っていた。


「でもさ、作るのは良いけど皿とかスプーンは?」


「そうニャ、流石に皿が無いとニャ?」


「ちゃんとあるよ、前もって結構な数の皿とかアイテムボックスに入れてるんだよ」


「本当、あんたは便利ね~」


「ミツ、いつ買ってたニャ?」


「ほら、教会の修繕の時に材木買いに行ったでしょ、その時の材木売り場に捨て値状態で置かれてたからさ、何かに使えると思ってその時買っといたんだよ。ホラ見て、一つ一つ形は歪だから恐らくお店の人が練習とかで作ったんじゃないかな?」


「ニャるほど」


「さっ、皆手伝って。自分達が食べるご飯でもあるからね」


「頑張るニャ!」


「「「おー!」」」


 トントン、シャシャシャ。

 セーフエリアで聞くことの無いまな板を叩く音、野菜の皮を剥く音が聞こえたのかアバが近くまでやってきた。


「坊や達……。お主ら何してるんだい?」


「あっ、アバさん、今から炊き出しの料理を作るところなんですよ」


「んっ? 炊き出しって、ここでかい? いや、それ以前に食料を分けてくれるのかい?」


「はい、今回は事故の様な物ですからね。皆さんの怪我は治ってもお腹は空いてると思いますから」


「そうかい……あんた達って子は……」


 アバは目頭を抑えながらも膝をつき、自分達に向かって祈りを捧げてきた。


「あぁ、神よ、我の前、心深きこの者達に幸あらん事を祈ります」


(あ~、ちびっ子の高笑いが聞こえてきそうだ)


「そいう事なら私も手伝おうじゃないか」


「本当ですか、助かります、流石にこの量を5人でも時間かかりますからね」


 リッコとプルンは流石女の子と言うべきか、二人は次々と野菜の皮を剥いて行く。

 自分も日本では料理をしていたが、野菜の皮剥きはピューレや便利道具を使っての調理。ナイフでの皮剥きには不器用さが目立ちと、男メンバー3人はそれ程に戦力とはなっていなかった。


「よしきた、私のナイフ捌きを見せてあげるよ」


「聖職者がナイフ捌きって、ばあちゃんスゲェーな」


「リック! ばあちゃんは失礼ですよ!」


「はっはっはっ、いいんだよ、別に若作りしてもいないからね」


 リックの失礼な言葉に直ぐにリッケが注意するも、アバは気にすることもなく野菜の皮むきを手伝い始めてくれた。


「皆も、じゃんじゃん材料を切っていってね」


(あっ、速度増加が役に立つかも。かけとこっと)


 食材を切る担当皆に支援をかける。

 これが効果あったのか、アバのナイフ捌きが凄かったのか大量の食材の皮剥きがあっという間に終わってしまった。


「ところでこんなに材料使って何作るニャ?」


「うん、血を流して貧血な人が結構いたみたいだからね。食べやすい様に豚汁でも作ろうかなと」


「はて? 私は聞いたことない料理だね」


「俺達も食ったことないな」


「ウチもニャ」


「あ~、自分の故郷の田舎料理みたいな物だから」


「そうニャ~、ミツの故郷の料理ニャ!」


「じゃ、あの昼に食ったアレもか?」


 リックのお昼に食べたアレとは挟んだだけのカツサンドの事だろう。


「あれは美味しかったね~、アハメドも喉をつまらせながらも食べてたよ」


「ふふっ。喜んでもらえて良かったです。ちなみに昼のは別に故郷の料理って訳じゃ無いんだけどね」


 次にアイテムボックスから取り出したのは寸胴鍋と物語に出てくる魔女が使う様な大鍋だ。


「えーと、鍋はこれでいいかな」


「デカ! こんなのも持ってたのかよ」


「うん、皿を買う時に一緒にね」


「しかし、坊やのアイテムボックスは随分と物が入るんだね」


「ははっ……まぁ、その辺は気にしないで下さい」


「そうだぜアバ婆さん、俺らもいまさら気にもしてないし、いちいちこいつのやる事気にしてたら心臓も足りゃしねーよ」


「そうかい。まぁ、清き心をお持ちの人を疑ったり詮索したりはしない主義でね。坊や、もし気に触ったら謝るよ」


「いえ、大丈夫ですよ」


 ミツが取り出した大量の食材、皿やスプーン、それにテーブルに大鍋2つ。確かに一般的なアイテムボックスを持っている人が見たらミツの出した物の量は異常な程だろう。


「じゃ~、切った野菜と肉を入れてっと」


「ん~、いい香りですね」


「ほんと、肉も野菜も新鮮みたい、生臭くも酸っぱい臭いもしないわね」


「あっ、え~と、それはね、まだ食材買い足して日も経ってないからね」


(考えたら出す食材全て新鮮だよね。本当チビっ子シャロット様には感謝だよ)


「こっちには牛のレバーをっと。あぁ、その前に下処理するんだった」


「ん? なんだその肉? 焼くのか?」


「いや、コレは洗うんだよ」


「えっ! 肉を洗うのか?」


 自分が取り出したのは牛の肝臓のレバーと鳥の心臓のハツである臓物だ。


(あれ? この世界の人って臓物は食べないのかな?)


「ねぇ、プルン。お肉で一番美味しい所ってどこ?」


「そうニャ~、勿論引き締まったところニャ!」


「じゃ~、内臓は?」


「ニャ? 内臓? あんな気持ち悪い部分食べるニャ?」


(あ~、なるほど、この世界には臓物を食べる習慣がないのか……。どうしよう)


「ねぇ、ミツこの赤黒いの本当に肉? 随分と柔いわよ」


「ふむ、これは動物の臓器じゃないかい?」


 流石年の功、答える前にそれが何かを当ててしまったアバ。その答えに皆が若干少し引いている。


「えっ!?」


「アバさんの言うとおり、これは動物の肝臓と心臓です」


「ニャ! そんなもの入れたら食べれなくなるニャ!」


「大丈夫だよプルン。動物の肝臓や心臓には人の血を作る栄養が沢山入ってるからね。自分の故郷じゃ普通に食べてたよ」


「ニャ~、でも、でも~」


(この世界には出血や生理の時みたいに身体の血が不足したらどうやって補うのかな? やっぱり薬草や錬金術で作り出したポーションかな?)


「大鍋は二つあるから片方は怪我人用として入れて、もう片方には普通の肉で分けるからさ」


「う~」


 鍋で作る物は同じでもやはり味比べをしたかったのか、プルンはやはり内臓系の食材を入れる事にいい顔をしてない。


「まぁまぁ、プルンさん、ミツ君の料理を信じましょう」


「そうよ、お昼に食べた物を思えばもしかしたら美味しいかもよ」


「そうにゃ……、ごめんニャミツ、ウチちゃんと両方手伝うニャ」


「ありがとう、じゃ~、早速作っちゃおう」


 リッコ達の説得もあって、プルンも納得してくれた事で調理が始まった。


 と言っても材料焼いて調味料入れただけの簡単料理なだけに直ぐに完成だ。


「できたー!」


「美味そうだな! なぁミツ、もう食ってもいいか?」


「いいよ、はい、皆も食べてみて」


 味噌と肉の芳しい香りが食欲をそそる品。一人一人に皿を渡し、いざ実食。


「頂きます」


「頂くニャ」


「……美味しい!」


「ウメェ! 肉もだけど、具沢山でメッチャウメェ!」


「ほ~、コレは美味しいね~、肉も野菜も柔い、とても美味しいね~、疲れた体にはもってこいだ」


 豚汁はこの世界の人にも受け入れられた様で良かった。


 皆はお腹が空いていたのかガツガツと口に頬張り、まるで何日も食べてないかの様に一気にかきこむよう食べていた。


(本当は白米のご飯も欲しいけど、無いから今日は我慢だな。作り置きを今度入れとこう……)


「アバさん、これお連れのお二人の分です、どうぞ持っていってあげて下さい」


「すまんね、ほんと坊や達には頼りっぱなしで」


「いいって事よ婆さん!」


「そうですよ、困った時はお互い様ですよ」


「そうニャ、そうニャ!」


「すまんね、これ二人に飲ませたら直ぐに手伝いに戻ってくるからね」


「はい、助かります」


「さぁ、皆やろう!」


「おう!」


 一度アバは仲間の元へ戻り、残った五人で食事の配布を始める事にした。


「さぁ、どうぞニャ、ご飯配ってるから食べたい人は来るニャ~」


「どうぞ、お金は取りませんので遠慮せず食べて下さい」


「えっ、金いらねぇのか?」


「おい、止めとけよ、何が入ってるか分かんねぇぞ」


「おう、そうだな……」


 呼び込みの声は聞こえているのか、声に反応して此方をチラチラと見ている人はいる。しかし、いざとなると警戒心が強い冒険者は易易と受取に来る人はいなかった。


「ミツ、誰も来ないわね」


「まぁ、こうなってもしょうが無いよ。知らない冒険者がいきなりタダで食料分けてたら普通は怪しむもんだよ」


「勿体ねえな、こんなに美味いのによ」


「ちょっとリック! それ何杯目ですか」


 リッケの質問を聞きながらも、空になった皿に大盛りで豚汁を盛るリック。


「ん? 3杯目。ミツ、この心臓が入った方も美味かったぞ!」


「ははっ、気に入ってもらって良かったよ」


「あ、あの……」


「ん? はい」


「あの、これ頂けるんでしょうか? 先程お金はいらないって聞こえまして……」


 恐る恐るやって来たのは鉄鎧で固めた女性剣士だ。リックが料理を美味しそうに食べていたのを見て、またお腹の空いたところに香しい匂いに我慢できずに声をかけてきたのだろう。呼び込みとしてはナイスだリック。


「はい、どうぞ、怪我人が居る人は此方の鍋の方をオススメします。早く元気になれますよ」


「じゃ……4杯を半分づつお願いします」


「はい、どうぞ。リッケ、一緒に行って2つ持っていって上げて」


 最初の人には少しサービスで、気持ち多めに豚汁を入れた為女性一人で運ぶには危ないだろう。


「解りました」


「すみません、ありがとうございます」


「いえ、行きましょう」


「よろしく」


「ミツ、良かったニャ」


「そうだね。少し不安だったけどヤッパリ食料取られた人も居たんだね」


「あっ、次来たわよ」


「坊主……。それは本当に金はいらねぇのか?」


 次に来たのは動物の毛皮を腰に巻き、ガッシリとした筋肉をつけた大男の冒険者だ。


「はい、いりませんよ」


「そうか、取り敢えず1杯貰えるか」


「はい、どうぞニャ」


「おう、どれ……」


 男は何度も匂いを嗅ぎ、具材一つ一つを持ち上げ確認するとゆっくりと食べ始めた。

 明らかに男は毒見役として来たのだろう。

 男の後ろには仲間と思われる数人の冒険者が此方を伺っている。


「うっ……うめぇ!!!」


「お口にあったようで良かったです」


「うめぇ! うめぇぞ坊主! これがタダとか、洞窟の入り口で買った鼠族の携帯食よりうめぇ!」


「おっおい! 俺にもくれ!」


「私達にも下さい!」


 男の美味い発言に周りの冒険者も反応したのか、我先にと皿を求めて一気に詰め寄ってきた。


「おぉ、一気に来たニャ!」


「順番にお渡ししますので、並んでください」


「ボウズ、6人分貰えるか?」


「はい、持てますか?」


「おぉ、そうだな、少し待ってくれ。おい! 運ぶの手伝え!」


「怪我人は何名ですか?」


「あぁ、4人だ」


「じゃ~、こっちが怪我人用です」


 ハツ入の豚汁にはネギを上からかけて解りやすいように冒険者に渡す事にした。


「ん? どう違うんだ。これは薬草か?」


「いえ、上に乗ってるのは野菜です、違うのは中に入ってる肉です」


「それだけで態々分けてるのか?」


「オジサン、文句言うなら肉減らすわよ!」


「おっと、すまねぇなお嬢ちゃん。文句なんかねーよ。こんな場所で美味え肉まで食えるんだからな。感謝してるぜ、アッハハハッハ」


 リッコがおたまを男冒険者に向けて文句を言うなと注意するも、美味しい物が貰えると上機嫌な男冒険者は気にする事もなく、自身の仲間に皿を持たせてニコニコ顔とその場を離れていった。


「まぁまぁ、リッコ」


「ふん! リックいつまで食べてるのよ! 手伝いなさいよ!」


「はいはい、腹も満たしたし働きますかね」


 そこへ先程女性冒険者と一緒に皿を運んでいったリッケが戻ってきた。


「おかえり、リッケ、どうだった?」


「はい、皆さん美味しいって喜んでいましたよ」


「そっか、良かった」


「そうだ、リッケは怪我人だけのパーティーに料理を持っていってあげてくれないかな」


「そうですね……解りました。欲しくて取りに来たくても、来れない人もいると思いますから」


「自分も何箇所か行ってくるよ。ここお願いしてもいいかな?」


 自分はアイテムボックスに豚汁の入った皿を数個入れて離れる事にした。


「大丈夫ニャ、ただ皿についで渡すだけだニャ」


「そうね、お金の勘定があったら面倒くさいけど、渡すだけだから私達だけで大丈夫よ」


「おう、ここは見とくから行ってこい」


 自分は今まで治療してきた人々、勿論治療してない人にも次々と皿を渡して歩き回っていった。


 自身が怪我の治療した事もあってか警戒も少なく、渡した料理を拒まれる事も無かったので次々と料理を渡す事ができた。


 少し進んだ通路、そこにはマネの他に二人の声が聞こえてくる。


「姉さん、しっかりして下さい」


「リーダー、がんばって!」


「アネサン! ごめんよ、ウチ達のせいだシ……」


「シュー、姉さんは自身でアタイ達を守ったんだ。謝るのは姉さんに失礼だよ……」


「うん……」


「んっ!」


「あっ、すみません、お取り込み中でしたか?」


 自分が両手に料理を持った状態で近づくと警戒しているのか、剣を素早く構えた金髪のお姉さんに鋭い視線を向けられてしまった。


「誰だいあんた! それ以上近づいたら承知しないよ!」


 ゴチン!


「やめな! その子は敵じゃないよ」


 剣を向ける金髪のお姉さんの頭上に、マネの重い拳が落ちる。それと同時に金髪のお姉さんは剣を落とし、殴られた頭を抑えて痛みに震えていた。


「くううっ……」


「うわぁ、痛そうだシ」


 それをビクビクと見ているのは背の低い青髪の女の子。


「いってて、何すんのよマネ! 誰なのよこの子は!」


「アホ! この子は姉さんの怪我を治してくれた命の恩人の治療士だよ! 序に言うとあんた達の怪我も無償で治してくれたんだよ!」


「えっ! この子供が!」


 マネの言葉に驚いた金髪のお姉さん、どう見ても治療士には見えない自分を訝しげに見ている。


「ねぇねぇ。君、名前何ってんの?」


「自分はミツです。お姉さん達目を覚まされたんですね。良かったです」


「ウチはシュー、ウチ達を治してくれてありがとうだシ」


「シューさんですか。いえいえ、傷も残らずによかったです」


 体調を確認するのを含めて鑑定してみると、状態は普通に戻っており異状は見つからなかった。


 ちなみにシューは18歳、マネとエクレアは20歳だった。


「私はエクレア、先ずはリーダーと私達の傷を治してくれて礼を言うわ、ありがとう。そして、勘違いしたとは言え剣を向けた事を謝罪するわ。悪かった……ごめんなさい」


「いえ、お気にせず。自分も場の空気も読まずに話しかけて近付いたのが悪かったんですから」


「ところでミツ、どうしたんだい?」


「あぁ、そうだったマネさん。お腹空いてるだろうと思ってこれを、ご飯食べます?」


 差し出した皿には湯気の立つ豚汁料理、匂いも食欲をそそる物だ。


「あんた……。態々持ってきてくれたのかい」


「ええ、皆さんも荷物を取られたって聞いたので、良ければこちらどうぞ」


「うわぁ、美味しそうだシ!」


「いい匂い……」


「でもよミツ、ありがたいけど、ここまでされてもアタイらにはそんなに返せるものが……」


 目の前に出された料理に感謝はするが自身に返せる物がないマネ。


 その言葉にシューもエクレアも手を付けることができない。


「いえ、治療の時も言いましたけどお礼は結構ですよ。コレも皆さんだけじゃなく他にも荷物を盗まれた冒険者や怪我人に配ってますからお気にせず」


(安心させる為にも全力の笑顔を)


『ニコ』


「「「うっ……」」」


(あれ? 何で頬を染めるの?)


「あ、あんたそんな事までやってるのかい! 子供がそこまで……。いや、こんな状態で何にも出来ない大人のアタイ達があれこれ言える立場でもないね」


「ねぇねぇ、コレ食べていいシ?」


「はい、お口に合えば良いのですけど」


「わーい! いただきだシ!」


「おい、シュー……。すまねぇミツ、ありがたく頂くよ」


「いただきます」


「はい、こっちの方はリーダーさんにあげてください。背中から多く血を流されてましたからね、これで元気になって下さい」


「ありがとう……。リーダーが起きたら食べさせるよ」


「美味しい!」


「うみゃー! メッチャうみゃー! ミツこれおかわりあるシ?」


「おい、シュー!」


「ははっ、はい、向こうでまだ配ってますから、もし足りないようなら差し上げますからいつでもどうぞ」


「わー! やっただシ!」


「いえ、では」


「おう、ありがとよ」

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