第31話 洞窟2階層

 洞窟1階層を抜け、次の2階層へと歩きすすめる。

 2階と言うが、人口的な階段がある訳ではなく、下り坂の様な道を進み終わった先が2階なのだ。


 下り坂が終わると、ガヤガヤと多くの人々がセーフエリアに集まっている。

 それぞれグループの輪をつくったりと、他のパーティに迷惑のかからない程度に間を開けて座ったり、横になって寝ていたりする冒険者がいる。


「あの辺が空いてるニャ」


 プルンの指差した先は、男女数人のグループが輪を作って食事をしている横。


「すみません、隣失礼しますね」


「んっ? あぁ」


 自分が隣に座る事を一言言うと、干し肉を加えながら流すように返事を返す若い男性冒険者。

 他のメンバーもこちらを少し見た後すぐに目線を食事の方へと戻していた。


「ミツ君、火はいりますか?」


「そうだね、お湯を沸かしたいからお願いしたいかな」


 そう言うとリッコとリッケが火を起こす準備をその場で始める。


「あー、悪いがお前達。火を起こすならばもう少し離れてもらってもいいか?」


 隣りで火を起こすのは勘弁してくれと、干し肉を加える冒険者が声をかけて止めてきた。


「あっ、すみません。リッコ、もう少し向こうでやりましょう」


「解った、ごめんね」


「いや……。お前達、もしかして洞窟に入るのは初か?」


「はい、今日が初めてです」


「そっか、なら仕方ないな。火を起こす時は周りの冒険者に一言言うのもルールだからな。その辺気をつけとけよ」


「そうだったんですね。教えてくれてありがとうございます」


「んっ、偉く礼儀正しい奴だな? どこぞの世間知らずのお坊ちゃんか?」


「アハメド、口が悪いわよ」


「むっ? ああ、確かに今のは俺が悪いな。すまん」


「いえ、自分は平民ですよ。気にしませんから大丈夫です」


「ミツ、沸いたわよ」


「早すぎない?」


 リッコが火を起こし、お湯を沸かしたのは周りに誰も居ないまた少し離れた場所だった。

 念には念を入れ、先程の座る場所からかなり離れたようだ。


「あぁ、ならこれを温めてっと」


 自分はアイテムボックスから手ぬぐい用の布を人数分取り出し、沸騰するお湯へと潜らせた。


 既に温まってる布。だが、この世界の一般的なアイテムボックスには時間経過があるようだ。

 自分の特別とした時間経過のしないアイテムボックスから出した温かい布を渡すわけにわいけないと思い、一度湯に入れる。


「ミツ? 何してるニャ」


「飯を食うんじゃねのか?」


 明らかに食べ物を調理し始めてはいない自分に腹ぺこの二人が不思議そおにお湯に入った布を見ている。


「いや、食べる前に先に手や口周りは拭おうと思って」


 程よく温まったようにした布を皆に渡し汗や泥を落とさせる。

 自分は手が素材を剥ぎ取る際、コボルトの血で汚れている手を布を温めたお湯で汚れを洗い流した。


(生姜湯だと、血生臭い匂いも消えてくれるからこれで大丈夫だろう)


「ふ~、サッパリするぜ。なんかこの布変な匂いするけどよ……」


「はいはい、使った布を回収するからこの袋に入れてね」


(1度でここまで汚れるなら食事前は必ず手洗いだな)


 回収した皆の汚れを拭き取った布はお湯にもう一度潜らせ、袋に入れた後にアイテムボックスへと収納。皆のお腹が合唱を始める前に昼の準備を始める。


「じゃ、ご飯用意するよ」


 用意したお昼はサンドイッチ。


 パンとスーパーのお惣菜コーナーに売っているような大きめの揚げカツを取り出す。

 その上にキャベツの千切りをのせマヨネーズとカツソースをかけた簡単カツサンドだ。


 勿論この場で作った訳では無い。

 前もって作り置きをしてアイテムボックスに人数分以上に作り置きを入れてある。


 カツサンドそのままのを取り出したのだが、取り出したのはコンビニで売られている様なカツのペラペラな薄いカツサンド。

 それでは味気ないと思い、自分が朝一に起きて、泊まった宿の厨房を借りて一から作ったのだ。


 皆は袋から出した肉厚のカツサンドに目を輝かせている。


「ジュルリ……な、何だこれは」


「美味そうだニャ!」


「これパンなんですか!?」


「綺麗……」


 流石に予備として数人分以上を用意するのには時間がかかった。

 少し寝不足だが、皆が喜んでくれるなら気にする程ではない。


「はい、これ飲み物ね」


「んっ、何だこの緑? 草でも入れてるのか?」


「種ですか?」


「違うよ、それは果物入れてるんだよ」


 自分が渡したものはキュウイやオレンジなど様々な果物を絞り入れたジュース。脂っこい食べ物には飲み物はサッパリした方が体にはいい。よく祖父の爺ちゃんが健康法とかで色々な物に手を出していた影響もあって、これは健康生活の知識だ。


「うまっ!」


「ほんと、スッキリして甘いのが美味しいわ!」


「このパンも柔らかくて美味しいです!」


「肉がサクサク、しかも中から肉汁が溢れて美味いニャ!」


 皆はカツサンドの食事に絶賛。


 この世界のサンドイッチは硬い黒パンに、カチカチに固まったソースの塊を塗りながら干し肉と生の野菜を挟んで食べる物の様だ。


「なぁ、おかわりないか?」


「あるよ、はい」


 食べ盛りな男には少し少ないと思ったので勿論多めに作っていた。カツサンドをアイテムボックスから出し、リックへと渡す。


「サンキュー!」


「ミツ、ウチもニャ!」


「はいはい、解ってます」


 リックに手渡したカツサンドを見て、プルンがすかさずおかわりを要求。まぁ、プルンがおかわりするのは解ってはいたから用意は勿論している。


「ミツ、この飲み物もう無い?」


「それもあるよ」


「僕も下さい」


 甘い物が大好きなリッコはフルーツジュースが気に入ったのか、ゴクゴクと飲むと頬を緩ませ嬉しそうに飲んでいる。


 用意したお昼は皆に喜んでもらえたようだ。

 自分も飲み物で口を潤しカツサンドを頬張ろうとした時、何やら視線を感じると思い周囲を見渡すと、周りの冒険者からの羨ましいと言う視線が飛んできていた。


 どうも皆がカツサンドを食べる度に、美味い美味いという声を上げているので、周りの冒険者が気づいてこちらの食事を覗いてたようだ。


「あっ……」


 流石に他の冒険者がいる前で自分達の食料を狙う悪人はいなかったが、周りの視線が集まる。あちらこちらでは、ボソボソと耳打ちしている人影が見受けられた。


(ん~、あんまり人が多いところでは見せない方がいいのかな……)


「ふ~、食った食った」


「ミツのおかげで食事が楽しみになるわね」


「そうですね、洞窟内では食事が辛いとモンスターとの戦いにも影響出ますからね」


「あ~、解るかも……」


 自分は学生時代サッカーの部活動をやっていた。合宿時の晩飯がそれ程美味しく無いので、合宿中の練習は力が入らずあまり動けなかったのだ。結果、合宿に行って練習するよりも、家から通って練習した方が体調も動きも良かった。

 その時の合宿先の料理を作っていたのが監督の奥さんだっただけに、チームの皆は、何も言う事ができなかった苦い思いでだ。


「なぁ、お主ら」


「んっ」


 食後の休憩をしていると、後ろから少し歳を取った女性の冒険者が声をかけてきた。どうやら先程話をしたアハメドのメンバーの一人のようだ。


「すまんが、先程お主らが食べていた物を少し余っていたら分けてはくれんか? 勿論、タダとは言わん。物々交換としてこれとどうかね……」


 そう言って差し出したのは、少し質が悪いが緑ポーション。鑑定してみると回復量小と毒ではない様だ。


「解りました、どうぞ」


「おぉ、すまんね」


 自分は差し出されたポーションを受け取るとアイテムボックスに入れてあったカツサンドの袋を3つ渡した。


「んっ? 3つかい? すまないがこれ以上は回復は無いんだよ」


「いえ、お仲間の分もどうぞ」


「そうかいそうかい、すまんね。神の祝福がお主にあらんことを」


 この人は聖職者だったのだろうか? 自分から食べ物を受け取ると、自身の両手を合わせ、祈りを捧げてくれた。軽く頭を下げた後に、自分達の場所に戻り仲間に袋を渡している。それを受け取ったアハメドが手をこちらに振り、もう一人の冒険者も頭を下げてきた。


(神=チミっ子シャロット様かな?)


「お前な。洞窟での食い物は生命線だから、そんなホイホイと他の冒険者に渡すなよ」


「まぁまぁ、リック、食料は元々ミツ君のですから僕達は何も言えませんよ」


「甘いわね~。いいリッケ、リックは莫迦だけど、今言ったことは正しいのよ」


「おいこらリッコ! 褒めるか貶すかどっちかにしろ! ……いや褒めるだけにしてくれ」


「ごめんごめん、でも物々交換だったから損はしてないからさ」


「あの美味さならもっと貰っても損はしないぞ。ほら、メッチャこっちに手振ってるし」


 リックの言葉に振り返って見ると、アハメドが大きく手を振り、そして親指を立て満面の笑みをこちらに向けていた。他の二人もこちらに軽く頭を下げた後は、カツサンドを美味しそうに食べてくれている。


「喜んでもらえるならそれでいいよ」


「まぁ、それがミツの良いところでもあるニャ」


 それからだった。アハメド達が食料を受け取ったところを見た他の冒険者が次々と同じ様に食料の交換と声をかけてきたのだ。だが残念、余ったカツサンドはアハメド達に渡したのが最後。そのことを伝えると、声をかけてきた冒険者達は残念そうにその場を引き返してくれた。


 何事も早い者勝ちである。


 暫くすると、周りの冒険者達も休憩が終わりチラホラと動き出す人が出ている。


「さてと、そろそろ俺達も行くか」


 自分達はセーフエリアでの食事も終わったので、2階層の探索を開始した。


 周りは上のスライムとコボルトを狩りに戻る冒険者や、そのままの2階奥に進む冒険者2つに別れるようだ。


「外に出たら、また入場料払わなきゃいけないから、ここで1階と2階を行ったり戻ってきたりの繰り返しの冒険者もいるのよ」


「なるほど、確かに考えたらそっか」


「2階層は結構広いニャ?」


 プルンの言葉に自分はマップのスキルを発動させ、2階層を確認した。2階層は1階層とは違い、一つ一つのフロアが広く作られているようだった。


「広さで言うなら1階とさほど変わらない広さだね」


 セーフエリアを後にし歩きだして数分後、リッコが何かを見つけたのか指を指して声を出した。


「あっ! 見て、他の冒険者がモンスターと戦ってるよ」


「あれは何?」


「あのモンスターはデスラビットですかね」


 自分が見る先の方で冒険者がモンスターと戦っているそのモンスター、それは真っ黒な毛に真っ赤な瞳をしたデスラビットと言うカピバラ程の大きさだった。


 洞窟内は光があると言っても全身真っ黒毛におおわれたデスラビット、近くにいる事に気づかず不意打ちを食らう冒険者も少なくはないようだ。


「あれは肉も素材として出せるからな、ギルドに持っていけば中々の小遣いになるって聞いたぞ」


「そうなんだ。でもあれ、結構素早いわね」


「話だと素早さはこの洞窟では一番早いって聞いたな」


(早いっていうか……。なんか消えた瞬間、別の場所に現れてる気がする……)


 デスラビットが倒される前に遠目から鑑定してみた。


デスラビット


Lv4。


時間停止 Lv1。


(えっ、何だあのスキル!)


 鑑定してみるとスキル項目に意味のわからないスキルが表示されていた。


(ユイシス、時間停止って時を止めるの?)


《はい、スキル発動時間中の停止時間はとても短いですが、そのスキル発動の間は相手に攻撃したり逃げる事ができます》


 デスラビットの持つスキルは正に戦いのチート〈時間停止〉だった。


 その効果のため、いきなり目の前から消えた様に見えたり、また突然現れた様に見えたのだ。


 デスラビットの持つスキルレベルが1だったため、効果が直ぐに切れてるのだろう。


 普通の冒険者には高速で移動するモンスターとしか認識されていないようだ。


 自分が持つスキルの1つ〈ハイディング〉よりも高性能スキルなのかもしれない。


「あのスピード、私のニードルで足止めできないかしら……」


「早すぎて俺達の攻撃を当てるのが難しいかもな」


 少し遠くからデスラビットと戦う冒険者を見て、戦いへの対策を考える皆。


「あっ、倒したニャ」


「後半のデスラビットのスピードが無くなったのが決めてみたいですね」


 スタミナ切れだろうか、デスラビットの左右と素早く動くスピードが落ちたところに剣が突き刺され倒されたようだ。


「デスラビットか……。少し……いや、本気で狩るか」


 似たようなスキル〈ハイディング〉を既に持っている。だが、そのスキルには欠点がある。それは自身が何かの攻撃行動をすると、スキルが解除されて姿が見えてしまう事だ。


「んっ? ミツ何か言ったニャ?」


「あぁ、皆が良かったらだけど、デスラビット狙いで多めに狩りたいかなって」


「おっ! いいね、普通なら2~3匹しか持って帰れないって聞くけど、お前がいれば狩り放題出しな!」


「リック、狩り放題の前に倒せるか先に確認しないといけませんよ」


「解ってるよ。なら、少し2階を探索しながら行くか」


「賛成ニャ!」


「そうね、2階層なら魔力切れそうになってもセーフエリアが近いから私は安心だわ」


「皆、ありがとう」


「おう! しっかりと荷物よろしくな!」


「ははっ……」


 セーフエリアから少し離れたフロアに差し掛かったところ、目的のデスラビットに遭遇した。


「あそこにいたぞ! 1匹だけだな」


「ニードル!」


 リックの言葉に反応し、リッコが素早く動きを止めるために足止めの魔法を使うが、デスラビットは既に〈ニードル〉とは別の場所に移動していた。


「ニャ!?」 


(ハズした? いや違う、足元に魔法が出た瞬間スキルで逃げたんだ)


「なら、もう一度よ!」


 リッコが連続で魔法を使ってみるが、次々とニードルは避けられる、何度もチャレンジするがデスラビットを捕まえる事ができない。


「駄目です! 早すぎて捕まりません」


「なら接近戦で戦うまでニャ!」


 プルンとリックの二人が前に立つと接近戦を告げ、リッケから支援魔法をかけ準備万端だ。


「ミラーシールド、速度増加!」


「リッケ、ありがとニャ!」


「はい! お二人は挟み撃ちで攻撃して下さい!」


「せいっ!」


「ハッ!」


 左右同時に攻撃を仕掛けるも、デスラビットの速さには今ひとつ追いつけてない二人。


「リッコ、逃げられない様に囲って下さい!」


「解ったわ! ファイヤーウォール」


 いきなり目の前に現れた火壁の〈ファイヤーウォール〉。

 デスラビットは進む先を止めると、後ろから来たリックの攻撃が命中する。

 体を一突きされたデスラビットは藻掻きながらもドンドンと体力は減り、暴れるデスラビット。

 そこにプルンの正拳の一撃を食らうと、その動きを止めた。


「よし、今だ! リッケ、叩け!」


「はい!」


 最後のトドメはリッケにさせる為、リックはデスラビットをショートランスで暴れない様抑えリッケを呼んだ。


 デスラビットは既に瀕死状態となっている。

 これ以上攻撃すると倒してしまうので、自分はスキルだけ貰うことにした。


(スティール!)


《スキル〈時間停止〉を習得しました》


時間停止


・種別:アクティブ


全ての時間を停止させる、レベルが上がると停止時間が長くなる。


 デスラビットからスキルを奪うと同時に、リッケの攻撃を受けたデスラビットは亡骸となった。


「ナイス! リッケ」


「はい、ありがとうございます!」


「リッケのそれ何ニャ?」


「これはですね、鈍器でスタナーと言うんです。僕もレベル上げには敵を倒さないといけませんから」


 そう言ってスタナーを掲げるリッケ、スタナーに少し血が付いて正に鈍器も凶器だと思い知らされる物だ。


「また出番無しだね」


「ハハッ、今度はミツが倒すニャ」


「そうだな。その前に、ヨイショっと。これ頼むな」


「解ったよ」


 リックが持ち上げたデスラビットの亡骸を受け取り、アイテムボックスの中へと収納した。


「よし、これで倒せる事は解ったからな。ジャンジャン行くぞ!」


「でさ、ここってデスラビットだけなの?」


「いや、たしか後ゴブリンも出てくるな」


「ゴブリンか」


「私、ゴブリンってあんまり戦いたくないのよね……」


「ウチもニャ」


 ゴブリンと聞いてリッコに続いてプルンもゴブリンとの戦闘を毛嫌いした発言をしてきた。


「なんだ? そんなに強いこと無いだろ。魔法も効くんだし何か問題でも?」


「あいつらの目つきが嫌なのよ!」


「あ~、なるほどね」


「そうニャ、何だかあいつらから見られるとむず痒くなるニャ」


「だよね! だよね!」


「まぁ、子鬼ですもんね」


 ゴブリンの繁殖方法、それは基本別の生き物に繁殖させると言うかなりエゲツない行動だ。人族、獣族、鼠人族、ドワーフ族と幅広く様々な種族の女性が被害となっている。


 冒険者ギルドでは冒険者に依頼を受けていなくても、ゴブリンを見つけたら討伐するようと連絡が回っている。一匹でも放っておくと被害が出てしまうからだ。


 洞窟でも勿論油断は出来ない。

 洞窟のモンスターは外とは違い洞窟自体がモンスターを作り出してしまう。

 それでもゴブリンの繁殖は洞窟では自然繁殖するが、やはりゴブリンの本能であろうか、女性冒険者などを狙って拐ってしまう事もある。


「なら、プルン、自分と立ち位置の場所変えない? リッコの隣にいてあげて。自分が前に立つからさ」


「解ったニャ」


「後ろからの不意打ちも気をつけろよ」


「ならアンタが私達を守ってよ」


「んっ」


 リッコが自身が持つ杖を前を歩くリックのランスにコツコツと当て自身を守れと促すと、リックは言葉も返さずに、スッとリッコとプルンの後方へと下がり、リッケの横を歩き出した。


「前の守りをミツ君だけに任せるんですか?」


「大丈夫だよ」


「大丈夫ニャ」


「大丈夫でしょ」


「大丈夫だろ」


「言わなくても解ってます。確認のために聞いただけです」


 こうして決まったフォーメーションを前衛を自分、その真ん中にリッコとプルン、最後尾を守るのがリックとリッケと言う凸型のフォーメーションとなった。


 そしてまた少し歩き続けるとユイシスの声が聞こえてきた。


《その先に2匹のデスラビットが潜んでます》


「次、左に曲がるよ。その先に2匹いるから皆よろしく」


「はいはい、気をつけなさいよ」


「頑張るニャ~」


 二人の軽い声援を受け更に奥へと進み出す。


 そうだと思い、戦闘になる前〈時間停止〉の効果を確認するために、拾った石をさり気なく投げ捨ててみる。


(時間停止)


 ピタッと空中で止まる石。

 しかし、石は直ぐに動き出し、下に落ちてしまった。


(ありゃ? 思ったより短いんだな)


《ミツ、時間停止Lv1では停止時間は1秒にしかなりません。しかし、ミツの持つ能力強化スキルで2倍の2秒停止できてます。また、そのスキルの注意点があります。使用後は、止まった時間の分時間停止のスキルは使用できないので注意して下さい》


(まさかのリキャストタイムがあるとは。しかし、2秒って短いな……。なるほど、解ったぞ!)


 デスラビットがLv1でありながらかなりの距離を瞬間的に移動できた理由。それは移動中にスキルを使ったからだと。


(そうなると、このスキルは戦闘開始には使わずに戦闘中に使うべきだな。せっかくのスキルだしこれを練習に使おう)


 そう思い、自分は曲がり角に潜んでいるデスラビットの1匹に弓を構え、矢を放った。

 当然自分の放った矢での攻撃では敵への即死並みのダメージを与えてしまうのは確実。

 そんなことをしたらスキルのレベル上げに〈スティール〉ができない。

 なので即死させてしまう攻撃の場合はこうやって取ることにした。


 バシュ!


 ピギッ!


 鋭い矢の刺さる衝撃音と共にデスラビットからも断末魔の声が上った。そして、その瞬間スキルを発動させる。


(時間停止!)


 ほんの2秒だけどスキルを取るには余裕の時間。


(スティール)


《経験により〈時間停止Lv2〉〈一点集中Lv4〉〈不意打ちLv4〉となりました》


 思うようにできて良かった。敵にダメージが完全に通ってしまう前にスキルを〈スティール〉で回収する事ができたのだ。


 また、意識して上げているつもりのないスキルまで上がってくれたので結果は大成功。


 目の前でいきなり仲間が矢で撃たれ、反射的に逃げようとするもう一匹のデスラビット。

 逃がす訳には行かないので、自分に背を向けた瞬間、また矢を射抜くと、また断末魔が聞こえた瞬間、時間を止めスキルを頂いた。


《経験により〈時間停止Lv3〉〈潜伏Lv3〉となりました》


(んっ? 潜伏のスキルも持っていたのか)


 最近の戦闘では接近戦のインファイターみたいに隠れることも無くなってきたので〈潜伏〉スキルのレベルは上がらず止まっていた。


「終わったよ」


「えっ?」


「はや……」


「ウチら敵の姿すら見てないニャ」


「ミツ君、よろしくとは何だったんですか……」


 自分が角を曲がった瞬間に、断末魔の声が連続で聞こえ、その後直ぐに戻ってきたので皆はデスラビットの姿すら見ずに終わった。


 自分の手には2匹の亡骸となったデスラビットがいる。あまりにも早すぎて、皆はもう突っ込むのをやめていた。


「ミツ君、回復は……いらないですよね」


「うん、平気だよ」


「まぁ、結果は解ってはいたけどよ。取り敢えずこの凸型フォーメーションはこの階層なら行けることが解った事だし進もうぜ」


 いくつかの曲がり角を進むと大きなフロアに出る。

 その奥からは、無数のゴブリンとデスラビットが現れた。


「いくぞ! リッコ!」


「ファイヤーウォール! ニードル!」


 リックの声と同時に戦闘は始まった


 スピードの早いデスラビットには〈ファイヤーウォール〉の火壁で足止め、ゴブリンなどの比較的スピードの遅いモンスターには〈ニードル〉を使用して動きを封じる作戦だ。


 以前はできなかった2つの魔法発動がリッコはできる様になっている。本当は魔力の消費が早くなるのでゴブリンだけでも良かったのだが、本人によると、こう言った小規模な戦闘が練習に向いていると言う事で両方の足止めをしているとのこと。


 確実に攻撃を与える自分がデスラビットの相手を、リックがゴブリンを、リッケとリッコをプルンが守る凹型のフォーメーションだ。


 


「おらっ!」


 リックは一気に距離を近づけ、動けないゴブリンの喉元狙ってランスを一突き、逃げる事の出来ないゴブリンはうめき声を上げると共に絶命した。


 リックはランスを引き抜く事無くそのままの武器を横になぎ払い、ゴブリンの首を切り飛ばし後に、そのままの後ろに居た二匹目のゴブリンになぎ払いをして攻撃をする。


「リッケ!」


「はい!」


 血を大量に腹から出しているゴブリンを壁際に蹴り飛ばし、リッケにとどめを刺す様に指示を飛ばす。


 リッケもそれが解っていた様にスタナーをバットを振る様に扱い、ゴブリンの顔面を潰し戦闘を終わらせた。


「よし! ミツの方は?」


「終わってますよ……」


「お、おう……。俺達、結構早く片付けたぜ……」


 自分の戦いはリックと同じ様に一方的な戦いであった。火壁に閉じ込められている3匹のデスラビット、ゴブリンと違い火壁の中で動き回っていた。


 その中に自分が入り込んだその瞬間〈時間停止〉のスキルを発動〈時間停止〉はLv3となったおかげで6秒の停止時間を得ていた。


 手の届く位置に3匹のデスラビットに1匹づつに〈崩拳〉を打ち込む。内蔵を破裂させ瀕死状態になったので〈スティール〉で〈時間停止〉を回収したデスラビットをプルンの方へ投げると言う流れだ。


《スキル〈麻痺攻撃〉を習得しました、経験により〈時間停止Lv6〉〈潜伏Lv4〉となりました〉》


麻痺攻撃


・種別:アクティブ


身体に痺れを与える、レベルが上がると麻痺の効果時間と効果が上がる


「プルン!」


「ニャ!」


 


 声と共にプルンの目の前にいきなり瀕死のデスラビットが飛んでくる。プルンは目の前に倒れた3匹のデスラビットにトドメを刺すだけの簡単なお仕事をするだけ。


(デスラビットって意外とスキル持ってるんだな……。潜伏されて時間停止で一気に駆け寄ってきたところに麻痺攻撃とか、モンスターがスキルコンボ決めたらデスラビットって新人冒険者には脅威なんじゃないかな? 麻痺ったところにゴブリンが攻撃でも来たらと思うと……。モンスターにこの知恵があったら危なかったかもしれない)


「あービックリした!」


「本当ニャ!」


「ん? 何かあったの?」


「「……」」


「なっ、何」


「ミツが私の出したファイヤーウォールの火壁の中に飛び込んだ事よ!」


「ウチはミツが入った瞬間、上からコイツラが飛んできた事ニャ!」


「あぁ、ごめんね。でも、リッコが魔法で壁作ってくれたおかげでデスラビットを逃さずに済んだし、プルンのトドメも助かったんだよ」


「「……」」


 呆れてものも言えないとはこの事だろうか。

 二人の視線が、段々と何言ってんだこいつみたいに見えてきた。


「いや、ホントホント」


「ミツ君、はい、ゴブリンの耳お願いします」


 リッケから渡されたのはゴブリンの2匹分の耳。

 素材代としてはなく、討伐報酬として取っとくようだ。

 ゴブリン自体に価値は無いので、亡骸はそのままにしている耳だけを切り取ったのだ。


「これで6匹目だな、バンバン行こうぜ!」


(そこはガンガン行こうぜ! と言ってほしかったが。まぁ、たいして変わらないし、言っても皆わからないよね)


 その後もフロアを進むたびにデスラビットと遭遇したら〈時間停止〉〈潜伏〉〈麻痺攻撃〉のスキルを集めて行った。


 洞窟だけに、結構ゴブリンは居るかと思われた。

 だが、最初に現れた以来全然姿を見ることが無い。モンスターの出現の割合が9対1と明らかにデスラビットよりだ。


(スティール!)


《経験により〈時間停止Lv10〉〈潜伏Lv8〉〈麻痺攻撃Lv5〉となりました》


「皆!」


「よし来た!」


 戦闘の流れは同じパターンだ。


 自分が〈ファイヤーウォール〉に飛び込み、ダメージを与えた瀕死のデスラビットを皆の前に投げる。

 目の前にやってきたモンスターを皆で一緒に攻撃をしてとどめを刺す。


 リッコの〈ファイヤーウォール〉の火壁も2回目からダメージ効果は殆ど無く、見た目だけ壁を作るイメージで魔法を唱えてくれている。

 火壁を使用する魔力を抑えるのもあるが、自分が飛び込む事が解っているので、できるだけモンスターよりも火壁でダメージを受ける自分に対しての配慮でもあった。


(デスラビットって確実に〈時間停止〉を持っているわけじゃ無かったんだな。思ったより結構倒したのに、スキルを持っていない方が多かった)


「ふ~、今何匹目だ?」


「今倒したのでデスラビットは25匹です、ゴブリンは2匹分の耳ですね」


「ミツ、これだけ倒せばもう良いでしょ?」


「うん、ありがとう。十分倒したからもう次の階層に行こうか」


「まぁ、俺達は目の前に来たモンスター殴っただけなんだけどな」


「私、思ったより魔力減ってないから、セーフエリア行かなくてもこのまま次の階層行けるわよ」


「本当ニャ? でも、ミツは連戦で疲れとかは平気かニャ?」


「ええ、魔法も最低限にしか使ってないし。大体そうね、4分の1消化したくらいかしら」


「自分も平気だよ、むしろ今身体が軽いくらいだよ」


「プルン、お前の相方は疲れ知らずか……」


 リックが呆れて物を言ってるが勿論自分にも疲れはある。しかし、スキル集めてる興奮状態でアドレナリンがバンバン出てるのだろう、今は疲れを苦痛とは感じてもいない。


「そこの貴方達」


 次の階層まであと少しと言う所で声をかけられた。


 声のする方を見ると、この場には似合わない赤と白のラインが入った鎧を着込み、腰には剣を携えた人族の女の人が立っている。そして、その女性を囲む様にと数人の冒険者がいる。

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