第61話 わたしはできればここいらで、いや衣川で立往生したい
真面目な話、本物の武蔵坊弁慶という人物は歴史的史料、おそらく『東鑑』だったと思いますが、実際はわたしの思い違いで、本当は別の史料なのかもしれません。でも、そんな史料の名称などは、いま現在、特に必要ではない、どうでもいいことなのでわたしはいちいち確認しません。要は肝心なポイントはそういう鎌倉時代の史料の中の一つに「判官源義経に武蔵坊弁慶という家人(家臣)がいる」と書かれているという事実だけなのです。さて、この史料からわかるのは、源義経の家来に武蔵坊弁慶が実際にいたこと。「〜坊」とあるので山伏系山岳宗教の僧侶かということが予測出来ること。前の推論から、おそらく山伏っぽい衣装を着てたのだろうと想像がつくこと。それだけです。実際にどのくらい強かったか、性格が純真無垢だったか、偉丈夫だったのか、などは不明なので、フィクションの登場人物に彼を使うのであれば、もうどんなものであろうと自由気ままに想像していいのです。盛りすぎOKです。これはある意味で歴史学的フリー素材です。著作権保持者など最初から、いないのです。その結果、日本人の多く(ただ、最近はおバカちゃんな子が政府の方針で[当然、イヤミざわです]どんどん増えているので、武蔵坊弁慶のようなかつてはみんなが知っていた歴史上のキャラすら知らない人が増えてしまった「人でなし」の人口(?)を考えると迂闊に“多く”とは言えないかもしれません。トップ層のバーカ!)がイメージ出来る武蔵坊弁慶像を歌舞伎・芝居・端午の節句の飾りなどが、どんどん具現化していって、その結晶こそが、わたしの最も敬愛する歌舞伎役者、二代目中村吉右衛門が約三十年以上前に、NHKの水曜新時代劇の枠で放送されました『武蔵坊弁慶』の主人公に扮した(少しばかり、くどくてすみません)武蔵坊弁慶なのです。わたし的には空前絶後、中村吉右衛門以外に武蔵坊弁慶が似合う俳優はいない、もしくは他の俳優は演じないでいただきたいです。例えば日本テレビでかつて放送されていた年末大型時代劇において、義経より小さい弁慶を演じた里見浩太朗先生。大河ドラマ『炎立つ』第三部で最近話題の若手噺家柳家わさびくらい「ひょろひょろ」の弁慶を演じた時任三郎などは笑止千万でありまして、この両番組で義経を演じたのがなんと、練馬の大根役者の野村宏伸で失笑しました。若い頃の彼は時代劇をや得るべきではなかったと思います。観ていてかわいそうでした。野村など教師びんびんにて田原俊彦に「せんぱ〜いっ!」とか言っていればいいのです。ただ、年齢を重ねてきた野村が、日曜劇場『とんび』で演じた坊主の跡取りは、とてもよい演技でしたので、一番悪いのはキャスティングミスしたバカですね。他の俳優も他のドラマでは光る方々なので、やぱりキャスティングは大切ですよね。他に滝田栄や松平健なども演じていて及第点は挙げられますが、吉右衛門の演技に比べると深みが格段の差が見えてしまいます。吉右衛門の深みは、Amazonさんでは「人気商品のためいつ入荷するかわかりません」と表記されていたのに、わたしの秘密代理人がYahoo!さん経由でおととい注文したら昨日にはもう届いてしまったという、まさしく「?」な話なのですが、まあ、早く届くのに文句を言うやつは書店員時代に「届くのが早すぎる」とクレームをつけてきた人がお一人さまがいますが普通はいいことですというところの『武蔵坊弁慶 完全版DVD』の第壱集と第弐週のパッケージ写真の違いを見較べて見るとその違いは一目瞭然であります。若い頃の狂気にも似た荒々しさと、壮年期の見識を深め内面も大きくなった風格ある男の中の男、これを吉右衛門は表情と少しのメークだけで演じ分けられているのです。これは生半可な俳優なんかに演じられることなど到底出来ません。吉右衛門の弁慶が唯一無二、本当の弁慶であり、史料に名の残る本当の弁慶の方が逆にただの偽物かもしれません。梨園の複雑な人間関係の中でも特別複雑なところ、すなわち、母方の祖父である初代吉右衛門に男子がなく、初代の娘が嫁いだのが八代目松本幸四郎で、吉右衛門がその次男だだったがために(初代の娘が嫁ぐ時、初代に「必ず、男子を二人産み、次男の父君の養子にする」と言ったといわれています)祖父の養子になり、実の母が戸籍上は姉だというねじれた人間関係に悩み、祖父の鬼の形相による稽古に耐え抜いた二代中村吉右衛門こそが不動明王の化身たる、本物の弁慶と言いきってしまっても間違いではないでしょう。もはや「武蔵坊弁慶」という役は今後一切、吉右衛門限りとしましょう。『永久欠役』にして封印してしまいましょう。何故ならば吉右衛門は初代同様、なんの因果か男子がいないのです。唯一の希望は尾上菊之助に吉右衛門の娘が嫁いでいて、すでに長男がいてちょうど初舞台に上がった頃でしょうか。人間国宝尾上菊五郎の血脈はこれで後継者も出来て安心です。なのでもう一人の人間国宝中村吉右衛門の娘が男子を産んで、その子を母方の祖父、吉右衛門の養子にすれば……これが現実に起こったら、とんでもない歴史のリフレインであり、当代よりも迫力のある歌舞伎役者になるかやもしれません。だって祖父が二人とも人間国宝な上に当代と同じ道を歩むのですから。ただ心配なのは当代がお優しい方なので、かつての初代のように稽古に向かっては、心を鬼にできるか否かということです。それさえなれば無敵でしょう。その時は惜しみなく「武蔵坊弁慶」の封印を解きましょう。まだ姿も見えぬ三代目中村吉右衛門の武蔵坊弁慶をわたしは天から見ることになるでしょうね。
「ここまでの話はきちんと聴いてましたか? 夜の衣川でケツまくって逃げ出して、気がついたら現代にタイムスリップしたと主張している実在の武蔵坊弁慶さん」
「へい」
「軽い。軽すぎますね。イメージがさあ……」
「あい、すいやせん」
「なんで江戸っ子口調なのでしょうか?」
「なんでもクソもありやせんって。私は武蔵国江戸生まれですから。そいで持って、武蔵坊ってなもんです」
「ああそうですか。まあ、あながちですね。でも通説だと紀伊国(いまの和歌山県)出身になっていますけどねえ」
「そうでやんすか。でもわたしは武蔵ですんで、へい」
「ああ、そもそもなぜ、わたしのところへ?」
「へい。そこを左にちょいとまっがった先で、ぼうっと空を見ているおっさんにあっしは目測をしくじりましてと反しかけましたらね、そのおっさんが『ここの庵の先生なら、とりあえず万事解決してくれる』ってね。そいで、先生に元いた場所に戻してもらおうって寸法でゲスよ」
「あなた、それは無理ですよ。わたしはタイムトラベラーでも超能力者でもMr.マリックでもマギー司郎ですらないのですからね」
「ええっ、そうなんですか……」
「あなたそう見えて食えない男ですね。疑問形に見せかけて諦観の境地に落ちついてしまう人はそう滅多にいません」
「先生の言ってることの意味がわかりやせん」
「あれ、日本の言葉だけの文章なのになあ。あなたはお坊さんの端くれですよね? 僧侶というのは当時の知識層なんですが」
「いいえ」
「えっ、ではなぜ僧侶でもないのに剃髪しているのですか?」
「剃髪なんぞしてやせん。禿げてるだけっす」
「うわ、また定説がひっ返ってしまいました。あの、大変に言いづらいことですが、あなたを元の世界へ戻してあげられる人や機関はこの世界にはまだ存在していません。逆に言えば、あなたが帰ることによって、おかしな時間改変が起きて日本史学界が未曾有のパニックに陥ることが予想されます。そこでご相談なのですが、あなたはこちらの世界で新たな人生をは初めてみませんか? 心機一転ですね」
「ああいいっすよ。どうせ、奥州藤原軍と鎌倉軍に有り金みんな取られやしたんでね。へい」
「ああよかった。もし首を横に振っていたら、あなたは誰かに殺されていましたよ」
「だ、誰にですか?」
「わたしにね!」
「なっぜっすか?」
「さあね。早く忘れなさい。では、戸籍から住居、仕事その他諸々まで全てこちらでご用意しますから」
「なぜあっしを殺そうと……」
「ああもう一度、同じ言葉を言ったら殺しますよ。さてと、こちらで暮らす以上は武蔵坊弁慶という有名すぎる名前は変えなくてはいけません。案は二つです。好きな方をお選びくださいね」
「へ、へい……」
「『たこ八郎』か『いか八郎』です」
「…………」
「悩み無用に願いますよ。即決即断! たこが好きか、いかが好きかどっちか一つです」
「たこ」
「お目が高いな。じゃあそれに『二代目』つけて。じゃあ今日はここまで。窓から見えるお城の帳場へ寄って、あとはご案内係に任せて大丈夫なようにしておきますから。明日は……夜明けとともにここへ来てください。契約関係の細々したところを弁護士さんたちとお話しましょう。ああそうだ。あなたのいまの喋り口、真剣な人々には悪いイメージを与える危険性があるので明日は『はい』か『いいえ』以外は話さないことにします。あとはとりあえずマナー学校かな。所属はねえ……あっ、いけない。ではわたしは関係各所に挨拶回りへと出かけますので、たこさん、御機嫌よう」
「先生、あっしの仕事って?」
「ああ、失礼『演芸』方面ですよ。あなたの生き残れそうなのはそこだけです。ではまた明日」
その後、わたしは内海桂子師匠、鈴々舎馬風師匠、三遊亭小遊三師匠、浅香光代先生、秋元康先生、松竹芸能さま、よしもとクリエイティブ・エージェンシーさま、オスカープロモーションさまアミューズさま、ジャニーズ事務所さま、その他いろいろ、ここに書いてはいけないアンダーグラウンドなところやディープなところ、新宿歌舞伎町方面まで『二代目 たこ八郎』のためだけにボランティアとして頑張り、次に約三十年前にタイムトリップして(!)えっ、なにか問題でも? アンフェア? 笑わせますね。ここはメタフィクションの世界なので上手な言葉次第で、なにもかもが可能になります。言葉の力は無限大です。それはそうとわたしはそしてNHKのドラマ担当者に『いいいいロケーション場所がありますよ……』とあからさまにのちの結果へと繋がりそうな魔法の言葉をささやき、その足で旧歌舞伎座に出演中のまさに脂の乗り切っている中村吉右衛門のマネージャーとスケジュール調整を行なって長めの日程を押さえておいて、今度は紀伊国や京都、相模国・鎌倉、陸奥国の僧侶たちに『最優秀日記大会』を開くという惹句を書いて高額賞金を謳った熊野誓紙を配れるだけ配って戻ってきました。出発した時間と同じ時間に帰ってきたのでわたしは過去へ論理的には行っていないことになりますが、実際には往復までに結構な時間がかかっていますので、実年齢と体内年齢に若干のズレが生じましたので今後心身に何らかの影響が出るのは避けられないところです。まあどうでもいいです。
さて後日談です。今までの成果が出ているか、インターネット書店のキーワード検索くんに「武蔵坊弁慶」と入力しましたよ。
「してやったり!」
何十年ぶりに悔し涙でなく感涙が頬をつたいました。わたしはまず持って、本物の武蔵坊弁慶改め、二代目たこ八郎の行く末に責任を持って幸せに持って行くため必死にボランティア活動しましたが、もう一つの目的達成の為にも命を削ってタイムトリップしました。ああこちらの方が真の目的でした。あの時NHKのドラマ担当者に耳打ちしたのは源平合戦のドラマに絶好のローケーション場所を言うことでしたそしてそのロケーション地とはタイムトリップと大型のどこでもドアを用いて瞬間移動する「本当の源平合戦のど真ん中」だったのです。もちろん、現地で合戦中の人たちにはローケーション関係者を見えなくし、さらには安全も守れる強力な結界を張りました。そのために合戦のさなか二代目中村吉右衛門の弁慶が暴れまくる、とてつもない大迫力と超リアルな戦闘シーンが撮れました。一方、当時の知識層である僧侶たちは多少の危険も顧みず高額賞金目当てに合戦の場面を詳細に描写します。なので彼らにはスッタフだけを結界に入れ、出演者は丸見えにしました。その結果が未来に反映されまして……ほら、歴史雑学本の源平合戦には吉右衛門としか思えない弁慶と共演の義経役の女優水沢舞子に瓜二つのイラストが描かれています。さて義経役の知っている方は知っているという大女優かつボランティアや革新的な学校経営者などなどマルチすぎて滅多に観られない神秘性を持ちながら、でもまだ二十代前半という水沢舞子はわたしの知人の知人でして「『悪の権化』の続きが出ないのでヒマだから別のお仕事がしたい」と言ってきましたので、とりあえず一緒にタイムストリップして、どこかの姫の役にでもと突っ込んでもらおうと思いまして、ちょっとだけドラマ担当に引きあわしましたところ、どうも気に入って貰えたようで話の途中で彼女バック宙が出来ると知ったドラマ担当者がピンと来て「女優の牛若丸いいね」となったのです。でも彼女はこの年には生まれていませんでしたので「冬枝雅美」という偽名を使いました。要出典元を探せです。そのため本来の義経役だった川野太郎さんにはたいへんに悪いことをしました。お詫びとして、あえてさらなる歴史変換をして、彼にスキルアップの呪文を唱えて差し上げた上で、当時の横浜大洋ホエールズが早稲田大学の川野太郎内野手をドラフト一位で指名するようにしておきました。俳優川野太郎は残念ながら記憶の墓場へと向かい、消滅しましたが、プロ野球界一の人気者かつ名二塁手、プリンス・川野太郎内野手の記録と記憶は新たに永久不滅の記憶として我々の心に強く残るのです。
そういうわけで、わたしは現在ですね、様々な時間犯罪者として。時間警察捜査一課特別機動隊のジャッカルたちにつけ狙われていまして、とりあえずアジトを転々としています。しかし、彼らも確定的な証拠を抑えていないようです。たぶん、逮捕はできないでしょう。いまはあえて、敵の隙を突き、孤雲庵近くの公園でホームレスを装っています。ダンボールハウスは王様のレオパレスチナ宮殿より快適です。防音断熱などは高銀庵よりE気持ちですよ。沖田さん。外でお仲間とぼんやりすることにしました。最近はホームレスさんの方が一般人よりよほど清潔で匂いもないですし、みんな腰が低い親切です。いいな、この心持ち。すると、さっきからずっと黙って横に座っていたご同業が、地面になにかをさらっと書くと静かに立ち去りました。彼がさってから、その書かれた文字を見てみると、
逃げ回ってても追いかけてさ僕もあたしも人間だよね。 よしを。ですって!
わあ、また出ましたよ。何者かも知れず、この茶番劇は幕を落とすのです。わたしは本物の弁慶にわたしのことを教えたという「ぼうっと空を見ていたおっさん」も「よしを」だと疑っています。一体、何が目的なのですかね。まあ、それはまたとしましょう。 長話、完。
ごきげんよう。また勉強して来ます。久しぶりに言えましたね。へい。
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