第26話 風狂人、孤雲庵に来訪す

 ごきげんいかがですか?


 今朝はすでに快晴です。予報では真夏日になるそうです。ここ十日ほどのわたしは大小さまざまなプレッシャーを浴び続けたため、早朝覚醒が顕著になり、午前三時から五時までには起きてしまいます。いくら就寝後八時間は効果が持続する睡眠薬を服用してもダメなのです。しかし、一日一時間しか眠れなかった昨年の三月から四月にかけての神経衰弱、もちろんトランプゲームではない方です、に比べたら楽なものです。なにせ、あの時は一ヶ月で体重が二十キロ減少し、履けないけれど、とりあえず取っておいたズボンが履けてしまったのです。ただ、病気で減った体重は状態が落ち着くとリバウンド、いやそれ以上に跳ね上がり、七十キロを切りそうなところまで行った体重が気がつけば百キロ目前に、手持ちのウエスト最長ズボンすら履くのが困難になり、出先でお手洗いを借りたはいいがズボンが履けず十分以上格闘するという痩せていないのに痩せるような思いをしました。今は、緩やかな減食期が続いていてゆっくりと体重も減ってきてはいますが、いつ大食期に転じるかもしれず、気は緩められません。


 さて、この孤雲庵で寺子屋の真似事を始めてからしばらく経ちますが、所詮はわたしの駄法螺発表会に過ぎませんのでまともに聞いてくれる方は少なく、来客の過半数は養父が仕込んだサクラだったようです。真剣にご傾聴いただけているのは一人か二人なのかもしれません。

 その日はついに訪れる方もなく、わたしはお布団に寝ころんで文庫本を読みふけっていましたが、読みふけっていたという言葉はちょっと誇張表現で、性格なのか病気のせいかは知れませんが集中力があまり持たず、長期間の読書が出来ないのです。上からの騒音や各種トラブルも大いに関係しているでしょう。この日も字面を追っているうち、無意識に違う事柄が脳裏に浮かび、そちら方面の思考が膨らんでいってしまい何分も本のことを忘れ、独り言までしていて、ハッと気がついたときには長時間同じ行で目が固まっていました。これを発狂の予兆と捉えてもよろしかったでしょうか?


 そんなとき、玄関のチャイムがなりました。わたしは長年の習慣で、室内フォンで、来たのが誰かを確認せず、扉を開けてしまいます。そのため宗教の勧誘や特殊詐欺、やくざ紛いの新聞勧誘員などと対峙する羽目になるのです。

 扉を開けたらそこにいたのは、なんとこちらの作者でした。この人は本当に出たがりですね。自分から進んでエッセイであることを破壊し、メタフィクション、そうフィクションですよ。フィクションなエッセイなど本来のエッセイではないです。ではなんなのでしょう? 「もうなにものでもありません」という井森美幸のデビュー当時のキャッチフレーズみたいなことになりました。余談ですが井森のオーディション時のレオタード姿のおかしなダンスシーンはついに放送NGになったそうです。


 さて、唐突に現れた作者に対して、わたしは若干の侮蔑の意を込めて「なんのご用ですか?」と尋ねました。すると、作者は真剣な表情で「俺はさあ、自分の創造したキャラクターたちを、しっかり書き分けられているだろうか?」と深刻な面持ちでわたしに尋ねてきました。


 ついに、時代は作者が自分のキャラにお悩み相談する新局面を迎えることになったのです。文字の世界、文学の世界のなんという奥深さ! もしくは作者に飲ませる薬はないということでしょうかね。


 わたしは、この質問には真面目に答えないと案外、自分の身を滅ぼすかもしれないと思い真摯にかつ率直に答えました。

「有り体に申し上げますと、書き分けられていないと思います。最近のキャラクターに限って言えば『あたいさん』を除いて、スタート当初は違うキャラクターだったのに話が進むにつれてぺこりに似てきています。わたしもそうですし私小説の『僕』にもその傾向が顕著です。あなたは基本的に作品の主人公にあなた自身を投影しています。特にあなたが発病した後に生まれたキャラクターの大多数があなたと同じ病気であるのはいくらエッセイであっても、メタフィクション化している以上おかしな話だし、ワンパターンとも言えるでしょう。キャラクターを書き分けたいのであれば、全く別人格のキャラクターを生み出す必要があります。しかし、あなたにはそれは出来ないでしょう。つまりあなたの作品はあなたのマスターベーションに過ぎず、わたしたちは性行為なしに生まれたイエス・キリストみたいなものです。預言者にはなれませんけれど」

 作者はうなだれました。ちょっと言い過ぎたでしょうか?

「よくわかった。じゃあ、もう一つ質問させてくれ。俺の小説はなぜ読まれないんだろう?」

 根本的な質問でした。

「そうですね。まず小説について言えば、あなたの小説には『悪役』が出てこないです。キャラクターを慈しんでくださっているのはよくわかりますが、『悪役』がいなくてはストーリーに深みも出ないし、陳腐だし、予定調和にしかならないので読者が各キャラクターに感情移入出来ません。免許更新の時に観せられるビデオ以下です。エッセイの方ですがこれは完全にワンパターンを続け過ぎたのでしょう。最初の頃はそこそこウケてましたからね。完全にぺこりは賞味期限が切れたのでしょう。まあ、わたしのような毛色の違うものを試行錯誤して作るしかないでしょう。『数撃ちゃ当たる』ということですかね」

 黙ってわたしのはなしを聞いていた作者は「なるへそ、一理あるな」と呟きました。この世のどこに自分のキャラクターに説教されて、蒙がひらけたようになる作者がいるのでしょうか。令和の新常識第一号かもしれません。

「助かったわ。邪魔したな」

 作者は帰って行きました。

 わたしはどっと疲れが出てきました。それでなくても疲れているのに。

 でも、よく考えてみてください。この話を書いているのは、いま出ていったばかりの作者なんですよ。これはある意味ホラーであり、別の意味ではひどく出来の悪いギャグです。気味が悪いですよね。

 ではごきげんよう。また勉強して来ます。

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