第44話

 《 いまおまえの女房と子供ふたりを預かっている。

   なぜそうなったかは自分の胸に訊くといい。

   そうだ、やっとわかったか。

  おまえはあまりにも日本臓器製造株式会社についてあまりにも知り過ぎた。

  それと虚偽の書類を作成して日本臓器製造株式会社というものを冒涜した。

  それはおまえもよく知っているはずだ。

  きょうの午後10時に産業道路を羽田に向かって走れ。

  Hホテルのあたりまで来たらこの携帯の番号に連絡しろ。

  そうすれば女房と子供たちの命は助けてやる。 》

 真田はすべてを読み終えると、怒りに唇を震わせて携帯を閉じた。

(何で妻や子供たちがこんな目に遭わされなきゃならないんだ――)

 その時、部屋の外が騒々しくなった。真田はライトを消して素早く部屋の隅に置かれてあるドラム缶の陰に隠れた。

 ドアが開けられ、部屋の電灯が点けられると、いくつもの荒れた跫音が重なるように聞こえた。真田はその情景を目の当たりにすることはできなかったが、それが自分の家族であることは何となく伝わってきた。

 2、3度平手打ちの音がすると、部屋の中が水を打ったように静かになり、やがて跫音を残して奴らは出て行った。ふたたび躰に滲み込みそうな濃い闇に包まれる。真田はすぐには動けなかった。ここで焦ったら取り返しがつかなくなる。

 奴らが指定した時間にはまだ1時間以上ある。それまでに何とかして家族を助け出さなければならない。目を強く瞑って救出方法を考える。そこで真田はひとつの結論を導き出した。

 相変わらず耳に神経を集中させながら四つん這いでドラム缶の陰から出ると、まず先に小さく子供たちの名前を呼び、次に妻の名前を呼んだ。声を聞かせて安心させたあとでゆっくりと青白い光を顔に近づけた。真田は口元に右手の人差し指を立てて、みんなに声を出さないように示唆した。

 恵美子と子供たちの顔に光を当てると、3人とも灰色のビニールテープで猿轡をされていた。両手は後ろ手にテープが何重も重ね巻きされており、足首も同様に重ね巻きがなされてあった。

 もし奴らが何かの拍子に戻って来た時のことを考えて、真田は猿轡をすぐには外さなかった。まずドアのところに行ってしばらく外の様子を覗う。

 頭を立てに振って気合を植えつけた真田は、妻と子供たちのテープをすべて取り除き、まず子供たちに倉庫のドアを出たら大きな通りに向かって一気に走り、近くにあるホテルに飛び込むよう言い聞かせた。そして安心させるのに子供たちを同時に両腕に抱きかかえた。

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