第42話
はっきりとしないが、部屋の広さは10帖くらいある。真田は暗闇の中に声のするほうにそっと顔を向ける。すると、部屋の隅に大型犬を入れて置く檻のようなものがあるのに気づいた。檻はタタミ一枚ほどのスペースで、高さは1メートルほどの大きさがあった。四つん這いになり、闇に支えられるようにしながらそろりと磨り膝で檻に近づいて行った。
真田は檻の手前で正座をすると、おもむろに握り締めていたライトを燈した。
真田はゆっくりとライトを上に向けて檻の中を照らした時、目の前の光景に言葉を失った。その青白い光の中に浮かび上がったのは、何かを懇願するような中西のやつれ果てた顔であった。
「中西!」
真田は咽喉の奥から掠れ掠れに声を絞り出した。
「セ・ン・パ・イ……」
中西は泪声になって、横になったままやっとのように真田に声をかける。
檻の桟に手をかけて中を覗くようにした真田は、何かがおかしいと感じた。それは、普通助けを求める人間ならば、必ず手を差し出してくるはずなのに、中西は桟を掴んでいる真田の手に触れようともしない。怪訝に思って檻の中にライトを向けた時、横たわったままで起き上がることをしない中西の姿を見て真田ははっと息を呑んだ。
「ど、どうしたんだその姿……」
真田はそこまで言うのが精一杯だった。
闇を円形に青く染めた中に見えたのは、右腕は肩から、左腕は肱から下を、右脚は膝から、左脚は付け根から切断された中西の変わり果てた姿だった。それは寸法を間違えて拵えた木彫りの人形を想わせた。切断された部分にライトを当てると、まだ新しいその部分は赧く腫れ上がっていて、縫合用の黒い糸が昆虫の触覚みたいに跳ね出ていた。部屋に充満している刺激臭は、中西が排泄したものからだった。真田は泪が出て止まらなかった。
「もういい、喋るな。俺の訊いたことに返事だけすればいいから」
真田は部屋の中をひと通り見回して隠れる場所を探してから、中西の顔の近くににじり寄った。
「命に別状ないか?」
中西はゆっくりと頷く。
「ずっとここにいたのか?」
ふたたび頷く。
「その腕と脚はここであいつらに切り落とされたのか?」
「あ、あ」中西は声を絞り出した。「セ・ン・パ・イ……あそこに置いてある水を……」
中西の視線の先に目を向けると、檻の上にペットボトルに入ったミネラルウオーターが載っていた。真田は急いでキャップを開けると鍵のかかってない戸を開けて中に入り、細く開いた口の端から少しずつ流し込んでやった。中西は目を細くして旨そうに飲んだ。そんな姿を見てふたたび真田の目から泪が溢れた。
「なぜおまえがこんな目に……」
真田の問いかけに、中西はちからない声でこれまでの経緯を話しはじめた。
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