第20話

 真田は曲目を探す振りをしながら上目遣いで向こうから2番目の男を見る。着ているスーツの色といい、少し薄くなった頭髪といい、あいつに間違いない――。

 あまり観察し過ぎて相手が変に思うといけないので、あとでママに訊くことにしようと真田は頭の中を切り替えた。

「先輩、先に歌ってくださいよ」

「ああ」

 あれほど歌いたいと言っていた真田だったが、場の雰囲気を察して少し逡巡している。

 その時、他の客が入れた曲のイントロが流れはじめた。吉幾三の「雪国」だった。

 真田は火の点いたタバコと、水割りのグラスを右手に持ったまま、何かを考えるように凝っと聴いていた。

「先輩、気分でも悪いんですか?」と、中西が堪りかねたように話しかける。

「いや、そんなことはない。歌が上手いからつい聞き惚れてしまった」

「こっちも負けずにやりましょうよ。あれだけ歌いたい心境だと言ってたじゃないですか」

「そうだな。よし一発カマしてやるか」

 真田はようやく踏ん切りがついたのか、ケイコを呼んで曲名を伝えた。

 真田の曲が流れはじめた時、3人客が帰り支度をしはじめた。先ほど名刺を渡した連中だ。

 北島三郎の「まつり」が流れはじめると、真田はマイク片手に店を出て行く3人の後ろ姿を横目で見ながら熱唱した。続いて中西が五木ひろしを歌うと、店は一転してカラオケモードに切り替わって行った。

 ふたりで15曲ほどこなした頃、3人の客がひと仕事終えたような疲れた顔で帰ってしまい、ケイコは11時までの契約になっているので客と一緒に退けてしまった。

結局真田と中西のふたりが残されてしまった。腕時計の針は11時7分を指している。

 カウンターの中ほどに席を移したふたりは、カウンターの向こうにドンと構えた年老いたトトロと飲み直しはじめた。それには真田の思惑があった。

 ママは新しい水割りを3つ拵えると、ツマミがないのに気づき、厨房からソフトいかを袋ごと持ち出して来目の前の皿に盛った。

 3人でグラスを合わせたあと、真田がおもむろに訊ねた。

「ママ、さっき僕の名刺を渡した人、ここによく来るの?」

「いいえ、きょうがはじめてよ。両横にいた人が連れてみえたの。お名刺は頂けなかったけど、箕浦とかおっしゃったわ」

「ミノウラ……」真田は小首を傾げた。

「真田さん会ったことがあるの?」

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