第16話  4

 5時15分。

 この前車で走り去ったあのふたりが何やら話をしながらこちらに向かって来る姿が目に入った。真田はエンジンをかけるように中西に伝える。いつでも発進できるようにシートベルトを装着する。

 ふたりは真田たちに気づくことなく、すぐ横を通って駐車場に入って行った。

駐車場を出た白の乗用車は、適当なスピードで第一京浜を南に向かった。尾行運転などしたことがない中西は、緊張のあまりアクセルに乗せる足が小刻みに震えた。

 必要以上に周りの車に気を配りながら前方の車を見逃がさないように慎重に運転する。仕事柄事故は絶対に起こしてはならない。それは真田も充分に承知していたために、仕事じゃないから無理な追跡はしないようにな、と助手席から何度も声をかけた。

 やはりこの時間帯の追跡は難しい。中西は無数のテールランプを見て忌々しく思った。これだけ車の数があったら、ピタリと真後ろに着いても気づかれることはまずない。しかし逆に追尾の邪魔されて思うようにいかない。中西は苛立って何度も車の床を踏みつけるようにした。あちこちからクラクションの音が鳴り響いている。

 中西が追跡していた白の乗用車は別の車だということがわかったのは、大井競馬場のあたりだった。ようやく真後ろに着いたと思った瞬間、ナンバーが違っていたのと、車には運転手ひとりしか乗っていないのに気がついた。

 あたりにそれらしき車はなかった。完全に見失ってしまった。諦めて車をUターンさせると、中西は会社に戻る途中で何度も真田に謝った。


 ふたりが半次郎に顔を覗かせたのは、8時を過ぎていた。雰囲気からしてひと山過ぎたあとみたいで、ところどころに空席が見られた。混む時間にふたりだけだとテーブル席に坐れることはないが、この時間なら店もそれほどうるさくは言わない。

 席に着くなり、中西は片目を瞑るようにして申し訳なさそうな顔で、

「先輩、本当にすいません。てっきり前を走っているのがあの車だとばかり思ったものですから……。きょうはお詫びの意味で僕が飲み代を持ちます」と謝罪した。

「もうあのことはいいから。俺だって横に乗ってたんだから、おまえだけの責任とは思ってない。俺はおまえが車を融通してくれたことに感謝してるよ。もし車がなかったら、俺はまたしても指を咥えて見逃すよりなかった。だが、少しでも点でしかなかったものが線となり、そして多少なりともその線が伸びた。だからあまり気にするな」

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