第2話

 自分なりのローテーションを組んで、毎日何十軒と地域を変えて名刺を置いて歩くのだが、どうしても自分の肌に合う地域とそうでない地域がある。

 いま歩いているこのあたりは、真田のもっとも好む地域なので、おのずと足を踏み入れる回数が多い。真田はこの地域を「エリアA」と呼んでいる。このエリアAに来るたびに気になることがひとつある。

 それはあるビルの突き出し看板だった。いつも2時間ほど客先を回り、ひと息入れる意味で必ずローソンの前で1本タバコを喫う。その時につい目が行ってしまうのだ。

 表通りから1本裏に入った通りで繁華な場所から少し離れた場所に、長い間この街の移ろいを見届けてきたような古ぼけた6階建ての茶色いビルがある。両側の比較的新しいビルに支えられてやっと建っているように見えるビルは、「マエダビル」と言った。

 薄汚れて薄っぺらな建物は羊かんを立てにしたようで、真田はまだそのビルに足を踏み入れたことがない。何度もビルを眺めるが、これまで一度も人の出入りする姿を見たことがない。そのせいでなかなか足を向ける気がしない。

 真田はきょうもタバコを喫いながらビルを仰ぎ見た。看板はビルの6階くらいの位置に取りつけてあり、そこには目立たない字で『日本臓器製造株式会社』と、書かれてある。

 看板を見ながら、臓器製造ってどういうことをする会社なのかいつも気になった。

「臓器」と書いてあるくらいだから、医療関係に違いない。臓器――つまり心臓、肝臓、腎臓などを取り扱っているのだろう。だがその下についている製造という文字からすると人工臓器でも製作している会社なのだろうか。

 もし医療に関係するとしたら、会社のイメージを考えて清潔感のあるきれいなビルに入りそうものなのに、こんな古ぼけたビルに入っているというのは、何か特別な理由でもあるのだろうか。ここでなければならない必要性があるのだろうか―ー。

 それと、看板というものは人目につくようにするものであるのに、ここの看板だけはよく目を凝らさないと見逃してしまう。どう考えてもわからない。不思議な会社だった。


 エリアAを回って7時前に会社に戻るとすでに女子社員の姿はなく、営業から戻った数人の社員が、申し合わせたように難しい顔をしてパソコンに向かっていた。

 最近は金融危機の煽りを喰らって、全国的に自動車の販売台数が目に見えて落ち込んでいる。横着ではなく、いくら遅くまで外回りをしても成果が上がらないためについ帰社時間が早くなってしまうのだ。幸い歩合制ではないので、そのへんは大いに助かっている真田である。

 早々に営業報告書と名刺の整理を済ませると、ノートパソコンからポータルサイトのYAHOOを立ち上げ、『日本臓器製造株式会社』と打ち込んでみる。

液晶画面に表示された検索結果見て、真田は一瞬我が目を疑った。そこには「日本」、「臓器」、「製造」という文字を含んだ膨大な数のサイトが表示されていた。だが名称がぴたりと一致したものは一件も見当たらない。他の検索サイトでやってみても、結果は同じだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る