褪せぬ、馳せない。

[鶴鍵 奇譚] [猪目 五月]

マナビのソノ

 私の名前はJIMIKO-317

 名前の下三桁は学籍番号

 私は今、とても不思議な世界にきています。

 辺りを見渡すとソコには、共通のデザインを持つ衣服に身を包んだ若い男女が、一方向に並べられた机と椅子を取り囲んでいるのが見えます。


 ココはとても、とても不思議な所です。

 辺りにいる人々は皆、小さな長方形の薄い板を覗き込んではそれから流れる騒々しい音に耳を傾けて、時に声を荒げ、時に静かに、各々おのおの笑い合っています。


 どうやらココは、とても不思議で、不気味でおぞましい、いびつな所のようです。

 辺りでは、有声言語が飛び交っています。ですが彼等は残念なことに、それらを有効に活用する術を持ち合わせてはいない様です。

 彼等は、ただ音にするのみで、形にする事が出来ない。

 なんとも残念な奴等なのです。

 そうして彼等は、皆が皆、互いに互いの傀儡かいらいなのです。

 

 外気に触れることのない言葉が渦を巻いてひしめき合って、ゆくゆく行き場を無くして、表面では見えないし聞こえない何処か裏側へと流れだす。

 彼等はその裏側で身を隠し、個をさらけ出す。

 そして沈黙の後、なぎに騒いで囃しはや立てる。

 あるじの居ない四角形のピラミッドは事あるごとに転がり、その度に頂点を変える。

 

 彼等は皆、気付いていないのです、己の愚かさに。

 彼等は皆、気付いていないのです、己の盲目に。

 彼等は皆、気付いていないのです、重ねた罪に。

 彼等は皆、気付いていないのです、積み上げた屍に。

 

 きっと私が彼等なら、息をつく間もなく死に絶えてしまいたいと願うでしょう。

 それほどの恥とけがれにまみれようとも無自覚な傀儡の咎人とがびとの群れは、死してなお行進をやめない。



 でも、人は一人に弱い。

 もしも、彼等の全てが全て同じだったのなら。

 そんな『もしも』こそが私にとっての本当の救いだったのかもしれない。

 こんな事を考えてしまう私の感情は、憧れではなく未練なのだと強く思う。


 私の眼には今日も不思議な退屈が流れる。

 彼等は皆、何かに夢中で必死になってる。

 私は外から、そんな狭い優劣を眺めた。

 そして、夕日が影を作る中庭に視線を流す。


 この時間になると私は『もしも』を否定してしまいたくなってしまうから。

 もしも、彼がいなかったのなら、きっとそれだけで私は明日を待つことなんてなかったわ。




 

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