死者の進攻

「私を裏切った理由はなんだ?」


向かいに座らせたものに質問する。


「貴方が変わってしまったから」

「人は変わり続けるものだ」

「今の貴方に僕は憧れを抱けない」

「勝手に憧れ勝手に失望しただけだろう」

「だって今の貴方は、弱い」

「君よりは強い」

「いや、貴方は弱い。何よりも心が弱い」


泣きそうな顔をしながら、叫ぶ。


「その心こそが、弱さに繋がる。私は既に、心など棄て去った」

「それじゃダメなんだ。僕は……僕らは……そんな事望んじゃいない‼」

「……私は、ただ護りたいだけなんだ」

「誰が護ってくれと頼んだ。僕らは、貴方からすれば確かに弱いかもしれない。護るべきものなのかもしれない。だけど、僕らはちゃんと強い。自分の身くらい護れる。だから貴方が自分を犠牲にしてまで、護ろうとしないで。少しくらい……僕らを、仲間を、信じて」

「…………なぜそこまで私を想う」

「貴方は、僕らの憧れだから」


イリスは溜息を一つ吐き、立ち上がる。

机に置かれた駒を手に、扉に近づく。


「私の背を追うんだから、止まる事なんて許さないぞ」


扉を開き振り向いたイリスは、微笑んでいた。


「……ハイ‼走り続けますとも」


満面の笑みで答えると、イリスを追いかけ、外へ出た。




「あ、あの……大丈夫、ですか?」


岩に座り大きく息を吐くイリスに、声を掛ける。


「あぁ別に、身体にも魔力にも何ら問題はない。ただ、少し疲れた」

「まぁ、数が数でしたからね」


二人は世界中を飛び回った。

それはもう座り込みたくもなるほどに。


「にしても、あんなにも沢山壊さなくてもよかったのでは?」

「心には力がある。その先に死後の世界、冥界があると信じて作られたのなら、その先には冥界が広がるものなんだ」

「ですがあそこには特に魔力などは感じられませんでしたよ」

「君は、ただの扉に魔力を感じるのかい?」

「え……な、まさかあの場所こそが冥界だと?」

「それに近しいものではある。あの場所の異質感は本物だった。あれらは間違いなく冥界と繋がっていたよ」


イリスの言葉に少年は唖然とした。


「ただ、今までのは人が作り上げたもの。これから行くのが本命。オシリスの創り出した、エジプトの門だ。これは正真正銘神が創り出したもの、今までの門とは格が違う。気を張れ、瘴気に当てられても知らんからな」

「大丈夫です、僕は貴方の弟子ですから」


そうして二人はエジプトへと飛んだ。


「な……これは、いったい」


目下に広がる、数え切れないほどの蠢く死者達。


「すでに出てきていたか」

「これが」

「あぁ、これが死者の進攻。冥府の神々が人を殺すために冥界から出したものだ。これほどの量とは、シナーめ、面倒事を押し付けてくれたな」


砂漠を埋め尽くさんばかりの死者達を睨む。


「私の魔術を見せようか」


天に掲げる手に握られたもの。

無意識の内に握られていたチェスの駒。

シナーに渡された、クイーンの駒。


私はまた、人に頼ろうとしたな。

シナー、君は私の心の拠り所ではない。

……クイーン?

これはシナーが用意した駒、ならば、渡されたこの駒には意味があるのでは?

クイーン、チェスにおける最強の駒、最強となるとアマデウスだが、アマデウスはキングだろう。

その次点はシナーだが、何故私にクイーンを?

……私が、この戦いにおいて最も重要だとでも言う気か?

それだけではなさそうだが、クイーン……クイーン……女王クイーン

まさか、気付いていたのか?

そしてこれは、私に対するメッセージか。

自分で気付くことに意味がある、あぁシナーなら言いそうだ。

私の弱さを、私の嫌いな私も、自分自身である、それを認め、成長しろか。


「あの、どうかしたんですか?」


握った駒を見つめ動きを止めたイリスを、不思議そうに見つめる。


「サイン、私はまた君を失望させるかもしれない」

「まさか、貴方が自分を殺して生きていく道でないのなら、僕は失望なんてしないです」

「そうか。ならば刮目して見よ。これが私の本来の姿。そして……これが私の魔術だ」


イリスの姿が変化していく。

背が縮み、髪が伸び、胸が膨らむ。

巻き起こる風に髪をなびかせるのは、美しき女性であった。

その視線の先、数キロ離れた砂漠の真ん中、蠢く死者達がいる。

その死者を取り囲むように、直径一キロを超える巨大な陣が複数展開される。

十二十とその数を増やし、巨大な半球を作り上げる。

その中に閉じ込めておくように。

そしてその中心に、半球の天辺に位置する陣から、輝く何かが落ちる。

それがあまりに眩しいから遠目からも分かったが、それはあまりに小さく、水滴の一つと見紛うほどのものだった。

それはその輝きを増しながら落ち、爆発した。

巨大な爆発、その衝撃は、爆発の中心から十キロ以上離れた二人のいる位置にまで巨大な衝撃を伝える。

荒れ狂う暴風が、砂塵を舞わせ、一歩後退りさせる。

陣は今にも壊れそうなほどの音を轟かせる。

やがて衝撃は消え去り、砂塵が薄れていく。

砂塵が晴れ見えた光景は、想像を絶するものだった。


な、これが……魔術の最奥。


数キロ先、陣によっておおわれていた内側には、地面と呼べるものが存在しなかった。

大穴、覗いても底が見えないような深い深い穴が、直径十キロ範囲で空いていた。


ふむ、やはり地下にも防護壁を展開するべきだったな。

大地を信頼してのことだったが、星というのは脆いものだな。


「サイン、今の魔術は理解できた?」


常識を逸脱した魔術を目の当たりにして、茫然としているサインに声を掛ける。


「……あ、えぇと、いろんな世界の、古代から現代にわたるまでに存在した全ての属性、その最高位魔術を、合成し圧縮したもの」

「正解。一つの属性あたり、最低百の魔術を素材としている。割合が大事で、あれが最も威力の出る割合なんだ。まぁ、単純な量はもっと増やせるから、威力ももっと出るけれど、あれ以上は私の魔術では止められず周りに大きな被害が出てしまう」


あれ以上が、あるのか。


「私の背は追えそう?」

「私は貴方という英雄に憧れ、そしてその背を追い続けた。考える時間があるのなら、全力で走り続ける」


その答えに、優しそうに微笑む。

そして思い出したように口にする。


「あ、私が女性だったことにあまり驚いてないんだな」

「いえ、貴方の魔術の方が衝撃だったので……でも、失望なんかしてない。格好いい英雄が、美しき英雄だっただけです」


サインは目を輝かせ笑った。


「なんだ、口説いているのか?」

「そんな、そんなことしたら、殺されてしまう」


意地悪く微笑むイリスに、慌てて否定する。


「ふふっ、それもそうだな。当初の目的であった門の破壊も完了したことだし、帰るとするか」


そう言って穴に背を向けイリスは歩きだす。

それをサインも追うが、背後から感じた強大な魔力に振り替える。


「本当に、距離が遠いな……」


大地がせり上がり、大きな穴が再生するように、元の形へとか戻っていっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る