豁サ逾vs早乙女天

殺気。

少しの迷いもない純粋な殺気を、背後から感じた。

近付く気配に、背後を振り返りながら拳を叩きこんだ。

直線で突撃してきた男の、突き出された腕。

肘の部分を完璧に捉え、骨の折れる大きな音を出した。

その流れのまま、男の顔面に肘を食らわす。

こちらも骨の折れる音を出し、血が流れた。

仰け反り後退りをする男に、問いかける。


「お前、何者だ?」


一通り攻撃をした後での問。

男は笑い声をあげた。


「ハハハハハ。いい攻撃だ、俺の期待を裏切るなよ?」


折れたはずの右腕で、髪をかき上げる。

血を流していたはずの顔に、傷は無かった。

そして、不自然なまでの笑みだけが、そこにはあった。


「お前は、俺よりも強いな?」


向かい合ってわかる力の差。


「あぁ、だからお前は……命がけで、俺を楽しませろ」


男はより一層笑みを深め、拳を振るう。

動き出しは同時、拳の速度にも、差は全くなかった。

拳はぶつかり、片方の腕が砕かれる、それは笑う男の拳。

だが、腕が無くなったというのに、男は笑い続ける。

そのまま上半身を破壊され、そしてついには下半身までも破壊される。

跡形もなく破壊したが、男は再生する。

何もない場所に、まるで生成されるように。


「早乙女天だったか?いい異能だ。そして素晴らしい体術だ。確かにお前はソルトよりも強いな」


まるで何事もなかったかのように振る舞う男。

それを驚きもせずに眺める天。


「ギルドの人間か」


天の言葉に、男は何も返さない。


「今更不死など珍しくもない。だが、お前は些か慣れ過ぎだ」


男は無視して殴り掛かった。

同じように腕は破壊される。

だが、拳は天に直撃した。

破壊以上の速度で再生し、天の腕を貫通して拳は当たった。

天は吹き飛ばされ、天の腕が間に入っていたため男の右腕も引きちぎれる。

すぐ立ち上がり、反撃に出ようとするが、笑う男が目の前に迫る。

天は攻撃は不可能と判断し防御する。

強烈な蹴りを腕で防いだが、勢いを止めることは出来ず吹き飛ばされる。

いくつかの通りを横切るようにビルを破壊しながら吹き飛ばされるが、異能でダメージを最小限に抑え、地面に着地した。


…………?


何か違和感があった。

振り返った先に見知った人物がいる。


「ん?神父ではないか。久しぶりだな」


もう一人は……京都で妖狩りをしていた人間か。


二人の正体とその対処を考える天は、追ってくる気配に気づく。


「お前を捕まえたいところだが、お前に構う余裕が俺にはない」


拳を握り地を蹴る。

砂煙を割って出てきた男と拳をぶつける。

今度は腕を破壊することも出来ず単純に力の差によって吹き飛ばされた。


「もっとだ、お前なら、もっとできるだろ?」


笑いながら吹き飛ばされ先の通りに消えていく天に叫ぶ。

その時だった、男の体が炎に包まれた。


ん?これは……。


チラリと炎の出所を見つめる。

視線の先には一人の男がいた。


……それはダメだ。

命を無駄にするな。

理不尽に蹂躙されるのは我慢ならない。

一度死というものを体験させた方が良いな。


男は腕を振るう。

まるで薙ぎ払うように。

ただその一つの動作により、その方向は平地へと変わった。


…………少しやり過ぎたな、建物を消す気は無かった。


平地の上、炎が燃え上がる。

その中に人が形作られ、やがて眼を開く。

炎が治まると、力が抜けたように地面に膝をつく。

呼吸を荒げ、疲れ切った様子で男を睨む。


「不死身だということに驕るな。死なないからと油断するな。不死は万能じゃない」


……もう一人いた気が。


反対側を向くと、自分と距離を取っている男と眼が合う。


あれは、禁忌を犯し神に滅ぼされた紅月の生き残りか?

ならば知ってるだろう、死についてはかなり詳しく。


「紅月、お前がこの男に死の何たるかを教えてやれ」


何か言っているようだが、それはもう意識の外側だった。


不死身であるということは、死なないということは、生きていることが普通以上にわからなくなる。

それは、普通の人間とは価値観、考え方が異なっているということ。

そういう者は必ず一人になる。

死からあまりにかけ離れた者は、既に生からは外れている。

不死身であるが故に逃げることも許されない一人の寂しい世界。

理解者が必要だ。

不死身の者を、一人にしない、そばにいてくれる理解者が。

それは同じ不死者が相応しいだろうけれど、俺では駄目だ。

俺はそもそも、彼らとは根底から違うから。

理解者には、決してなりえない。

だからこそ、紅月の人間が相応しい。

生と死を曖昧なものへと組み替えた一族。

死を最も理解した一族。

死があまりに近すぎる彼らは、生からはかけ離れた存在。

聖者と供に生きることなどできない。

これは傷の舐め合いに過ぎないのかもしれないが、それでも俺は、彼らに一人でいてほしくはない。


笑みを崩すことは無かったが、男は少し悲しげだった。

そして何の前触れもなく、男は地を蹴り天を追いかけた。

天に追いつくのに時間はかからない。

強いてあげるなら、数分会話をしていたくらいだ。

大した時間ではない、だが、天にとっては充分な時間だった。

精神を統一し、自分の力をフルに発揮する。

向かってきた、男に、拳を突き出す。


「破壊を此処に」


それはまるで嵐のよう、荒れ狂い、その方向にあった全てを破壊しつくした。

声が聞こえた。

跡形もなく消し飛ばしたはずの声が聞こえた。


「今のは、良かったぞ」


見ることはできなかったが、気配には気付いた。

だから間に合った、男の放つ強烈な蹴りを、滑りこませた腕で防いだ。

だがその一撃は今まで喰らったどの一撃よりも重かった。

防いだというのに、天は吹き飛ばされ、地面を跳ねるように転がる。

天は立ち上がる、視界がぼやけ、焦点が合わない状態になりながらも、頭を振り、前を見る。


「相手が俺じゃなかったら殺せてた。だが、俺は殺せない」


笑う男に、だが、天は戦うことを止めない。


「そう……やはりそうか。そうでなければ、お前はここにはいない、か」


男は何かに納得し、構えをとる。

両者は同時に地を蹴り、拳をぶつける、はずだった。

男は天の拳を逸らし、顔に肘を食らわせた。

天はギリギリ反応し、片方の腕で防いだ。

その衝撃に仰け反りながらも、何とかその場で吹き飛ばずに踏みとどまった。


「俺は本来、一撃必殺の戦い方などしない」


間髪入れずに、拳が飛んできた。

それを防ぎながらも、防いだ腕が弾かれる。

何度も何度も繰り出される拳、その連撃を全て防ぐ。

全て防いでいるというのに、天はボロボロだった。

腹への一撃、少し貯めのあったその攻撃を、両の腕で完璧に防いだ。

だが、天は血を吐いた。

視界がぼやけ、頭が揺れる。

腕の骨は折れ、腫れ上がっており、地面には、正面から攻撃を防ぎ続け出来た、掘られたような移動痕。


「そこがお前の限界だ」


満身創痍の天を見つめ、男は話し始めた。


「俺やフレイやイザヤと、お前達との間には、決して越えられない壁がある。圧倒的なまでの才能の差がな」


そして上には上がいる。

俺とこいつとの差、それ以上に大きな差が……。


「そんなこと、今更言われるまでもない」


血を吐きながら、天は睨む。


「決して埋まらない程度の差を、俺は何度も見せつけられてきた。越えられない壁があるからと、止まっていられるほど、俺に時間はない」


未だ消えない闘志。


まだ……諦めないのか。

シナーを相手に戦い続けてきた男。

挑戦を続ける……それは彼らを否定することに他ならない。

主様……貴方は終わらせるつもりなのですね。


「少しだけ、お前を認めよう。私も、少しだけ本気を出すとしよう。限界はギリギリでないと到達できないが、今この状況での本気を見せよう」


男の雰囲気が少し変わる。

暴れるような存在感は消え、まるで何もないような、静けさを身に纏う。

一呼吸置き、身体を浮かせた。

跳ねたのではなく、地面が足から離れるように。

その時、世界が止まった。

止まっていると思えるほどに、世界が遅く見えた。

極限まで研ぎ澄まされた感覚、それはどうにも、内から出てきたものでは無いように感じられた。

動けない身体、それでも全てを捉えられていた。

ただそこには、風もなく音もなく、見えるもののみが存在した。

少しずつ、少しずつ、男は地面へと落ちていく。

止まったように感じられる世界、体感ではすでに、数分の時間が経過しているように感じられる。

音のない世界で、動くこともできず、引き伸ばされる長い長い一瞬が過ぎていく。

そしてついに、男は地面に着地する。

その瞬間二つの音が重なって聞こえた。

一つは体を震わせるような巨大な音。

そしてもう一つは、小さな小さな、軽い音。

未だ世界は止まったまま、だというのに、その動きを捉えることはできなかった。

腹を貫く男の腕、それを認識し、血を吐いた時、世界はようやく動き出す。


「これが俺たちの生きる世界だ。俺が本気を出したとき、それがお前にも伝わったんだろうな。俺のこと、少しだけ見えただろ。でも、全然足りない。一秒を一時間と感じられるくらいになれば、俺のこと、捉えられはするんじゃないか?」


男はその笑みを一度も崩すことなく、言葉を言い残し立ち去った。




死に掛けの天のもとに、一人の男が近づく。


「はぁ、忠告したじゃないですか、この件に関わると命を落とすと」


そらてんを見上げる。

あの日憧れた正義を、あの日失望した正義を、あの日なろうとした正義を。


「私の身に、正義は重かったのだろうか」


掠れた声で、言葉を発す。


「……それは誰にもわかりません。ただ僕は、貴方には正義が似合っていると思います」

「そうか……それならば……良かった」


天はそこで瞼を閉じた。


「……戦えない僕は、何もできない。彼らのように人を動かせない僕では、この戦い、貴方の役には立てそうにない」


男は少し寂しそうな表情をした。


「後は僕たちで何とかしますから。今は休んでください」

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