ヤコvsレオ
「俺は不確かで、不鮮明だ。だから俺は不死身なんだ。だが、不鮮明であるが故に、俺は弱い。ならば勝つために、俺という存在を、確かなものにしよう」
靄に包まれる男は楽しそうに言った。
「百鬼夜行というものが存在する。夜に徘徊する多種多様な妖の群れ。それを見た人々は思った。はて、多種多様な妖が群れを成すというのは、些かおかしいのではないかと。だってそうだろう、妖と一括りにされてはいるが、別の妖なのだから、本来群れを成すはずがない。それでも群れを成しているのなら、いたはずなのだ……妖をまとめ上げ、妖を率いた何者かが。誰も見たことが無い百鬼夜行の主を、誰もが想像した。そして想像の中から妖が生まれた。その者の名は……
夜行の周りの靄が晴れていく。
その姿はまごう事無く人間だった。
「人は百鬼夜行を恐れた。そして百鬼夜行を率いるものを想像した。妖を率いる強大な妖?そんなはずはない。強大な妖など結局のところただの妖だ。ならば人智を超える神?人々の中で妖と神の対比関係は覆らない。ならば残ったのは、人間だ。人は同じ、人を恐れた。だから俺は人の姿をしている」
その眼は、何か別のものを見ているようだった。
「百鬼夜行は、日の出とともに消えていく。妖に太陽はあまり良いものではないからな。だが、後世に伝わる百鬼夜行の描かれた巻物には、太陽から逃げるという終わり方だが、いくつか太陽よりも後ろに妖が描かれることがある。そしてそれら名称不明の妖を、人はこう呼ぶ……天にて太陽の光を遮る『黒雲』と」
夜行の身体から、黒き霧が尾を引く。
姿を隠すのではなく、纏うように。
「太陽神、今からお前を……喰らってやる」
二人は同時に地を蹴った。
二人は互いの武器を衝突させる。
辺り一面に白い炎が飛び火する。
「ハハッ、太陽じゃ、俺は越えられねぇぞ」
その言葉通り、いや、その言葉以上だ。
白い炎は、夜行の背後を燃やすことができず、それどころか夜行に火傷一つ負わせられていなかった。
「……………………」
男の雰囲気が変わる。
その表情に怒りはない。
「レオ……それが俺の名前だ」
その言葉には温かさがあった。
人間らしい、情があった。
「太陽神……じゃないんだな」
夜行は目を細め、レオという男を見極める。
「俺はただ、太陽神に近い性質を持って生まれた人間だ。太陽神から力を奪った、ただの人間だ」
笑って言うレオを見て、夜行もまた笑みを浮かべた。
「お前には、俺に通用する技があるのか?」
「さて、どうだろう。今から試すところだ」
白い炎は燃え上がり、黒い霧が辺りを包む。
災害の如き激しい戦い。
武器がぶつかるたびに辺りを炎が焼く。
その戦いはまさしく世界の終焉のようだった。
「随分と楽しそうだな」
「当たり前だ、俺は戦いが好きなんだ。お前のような強者と戦えて、俺は今最高に楽しい」
二人は笑みを浮かべながら、気を抜くことが許されない戦いを繰り広げる。
互いが互いの攻撃を捌く、一太刀受ければそこから崩れる攻撃を。
均衡を破ったのはレオの力強い一撃。
不意を突き夜行の身体は吹き飛ばされる。
傷ができるような攻撃ではなく距離を取るための攻撃。
夜行が地面に足を着く、それまでの間にレオは剣に炎を纏わせる。
燃え盛る剣はその勢いを増す、そしてその剣をレオは着地しようとする夜行目掛けて突き出した。
剣に纏われた炎は、夜行に向かって放たれる。
一直線に広範囲を焼き払う一撃。
あぁ、こいつはちとやべぇな。
炎は夜行に直撃した。
炎が地面を抉るように溶かす。
「……今のは、効いたぜ」
服を焦がされ、焼かれたその身を露わにし、獰猛に笑う夜行が立っていた。
「だが、まだ足りなねぇ。俺を殺すなら、もっとだ」
そう叫んで夜行は斬りかかる。
火力の上がった攻撃でレオは夜行の身体を空中に浮かせるも、夜行は体を回転させてレオを斬る。
拮抗してはいる。
だが、互いに攻撃面が強力になってきている。
どちらが先に倒れるかの戦い。
切り傷が、火傷が、動きを鈍らせる。
そのはずなのに二人の動きはキレを増すばかりだ。
打ち合い続け、傷を増やし、互いが互いを蹴り飛ばした。
建物に突っ込み建物が崩れる。
砂煙の中から同時に飛び出す。
速さで劣るレオは剣を地面に刺して武器を持たずに距離を詰める。
レオが放った炎を夜行は斬るが、その隙にレオが夜行の持つ刀を蹴り飛ばす。
そして防御手段がなくなった夜行を、飛来した剣を手に夜行に向かって振り下ろす。
夜行は振り下ろされる剣を肘打ちで逸らし、吹き飛ばされた刀を足で掴み空中へ放る。
刀を手に持ち替えると、先の攻撃で隙が出来たレオに斬りかかった。
だが、レオは剣の方へと倒れ込み、剣を盾にしてこの攻撃を防いだ。
距離を取り、またも剣を引き寄せ握ると、回転しながら叩き付ける。
叩き付けられた地面が爆ぜた。
距離を詰めていた夜行はこれに巻き込まれ吹き飛ばされる。
天高く吹き飛ばされ無防備となる夜行。
地上では、今までで最も炎を剣に纏わせるレオがいる。
レオの姿が見えなくなるほどの炎。
まずいな。
こういうのは本来相手を倒せる場面まで隠しとくもんだが、使わなきゃ俺が焼かれちまう。
死なないだろうが、今までみたいな戦いは絶対できなくなる。
なら、仕方ないか。
迫りくる炎を前に、夜行は空中で姿勢を整える。
刀を逆手に持ち、構える。
刀は黒い霧を纏う。
ただ一太刀薙いだのみ。
黒き霧は炎を、爆炎を全て受け止めた。
「な……」
受け止められたことに驚愕し、一瞬気を抜いてしまうも、レオは剣を握り直す。
もっと、もっと、近付くことすら出来ないほどの炎を。
その身が見えないほどの炎、それはもはや炎を纏っているのではなく、炎に飲まれているようだった。
使った以上は、このまま押し通す。
黒い霧を刀に纏わせる。
そして二人は同時に地を蹴った。
己が炎に身を焦がしながら。
己が霧に意識を削られながら。
相手を見据えて殺し合う。
自分が倒れるよりも先に、相手を倒す。
自滅する覚悟で、相手を殺す。
それほど長くは続かなかった。
お互いすでに限界であり、そこに無茶を重ねたのだから当然ではある。
そろそろ限界か。
次で、決める。
レオは勢い良く地面に剣を突き刺す。
地面はひび割れ、そこから大量の炎が噴出する。
高く高く燃える炎を、黒い霧が全て消し去った。
…………なんだ、あれ。
炎が消えてそこに見えたのは、とてつもなく巨大な炎の塊。
それは太陽という以外に言葉が見つからない。
「これが、俺のすべてだ」
その身を焦がしながら、人の身には過ぎた神の権能を以てして焼き払う。
レオは浮かぶ太陽を地上に落とした。
こいつは、いくらなんでも消せやしない。
いつだったか、俺は一度だけ見たことがある。
クロが相手の攻撃を相手へと返すのを。
俺にそんな真似はできやしない。
だが、この力を使えば……さて、やる価値はあるだろう。
すでに限界は越えている。
今更もうひと踏ん張りするくらい、なんてことない。
黒い霧を、刀だけではなく体にまで纏わせる。
まるで侵食されるように。
そして意識が朦朧とする中で、地に足を着け、踏ん張り、刀を構え、太陽を斬った。
太陽を形作る炎が黒い霧へと流れ込む。
黒い霧を伝って夜行の身体にまで。
夜行は血を吐き出し、痛みに、苦しみ、表情を歪める。
身体に亀裂が走りそこから炎があふれ出す。
黒い霧はそれを止めるように亀裂を埋める。
真黒な体で、見えもしない目で、全ての力を出し切り膝をつくレオを見る。
そして持てる力のすべてを使って、刀を振り抜いた。
放たれたの炎は、全てを消し去る。
炎が濁流の如く町を呑む。
天へと上る炎、地上で破壊の限りを尽くす炎。
ひびの入った刀に体重を掛け、膝をついて尚も倒れることをしなかった夜行が最後に見たのは、先の一撃によって消え去った街だった。
一直線にその場所だけが、地面を抉り建物を消失させていた。
あぁ、俺は……勝てたのか。
勝利の安堵でついに意識が完全に途切れた。
地面に倒れた夜行の身体を、黒い霧が覆う。
だが黒い霧はその後消失して、黒い霧とはまた違う何かが、夜行の身体を覆った。
そしてその場から夜行はいなくなった。
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