カラミティvsトキ

「やはり、夜の方が良いかな」


カラミティが空に手を掲げると、空を闇が覆い始める。


男は空を見上げ、一瞬の硬直の後魔術を発動させた。

魔術の域に収まらぬような異質な魔術を。


「へぇ、なら僕も手伝うよ」


カラミティが指をパチンと鳴らすと、空間が組み替えられる。

音のしない静かな世界。

夜行もレオも、それこそ、対峙する二人以外何者も存在しない世界。

その光景に、いや、それ以上に、カラミティの行った所業にこそ、男は驚愕した。


我の行使した神の権能を、見破り模倣するだと?

あぁ、なんと……素晴らしいことか。

これが神を殺す者たちの力。

これこそ、我ら神が不要と切り捨てた者。

矢張り我らは間違っていた。

既に事は動き、我等はもう戻ることなど出来ぬ。

だが、あぁ、最後のひと時を彼らと共に在れて良かった。

神が後悔などするものか、我等は神、完全で完璧な存在である。

だが、もっと早くに気付くべきだったな。


「……………………」


男の雰囲気が変わる。

そこに驚愕も焦りもありわしない。


「トキ……それが僕の名前」


見た目に差はない、だが性別がわからなくなるほどに男は中性的だと感じた。

その言葉に、その表情に、人間らしさは感じなかった。

だが、それでも人なんだと、そう思える程度にトキの感情を感じられた。


「人の身で、僕と戦うの?」


カラミティは、その変化から何かを感じ取り、いたずらに笑う。


「何も問題はないだろう?僕の方が強いのだから」


それが当然であると、トキは言う。


「…………あぁ、確かに君が戦うべきなのか。だってこの戦いに参加してるのは、きっとトキだけなんだから」


見透かされることに多少の不快感を覚えながらも、トキは表情を変えることなく魔術を行使した。

空を闇が包み込む。

ただ一つの星すらない天。

その中で、ただ一つ存在する、銀色に輝く丸い月。


「秩序を乱す者に死を」


トキの言葉に、カラミティの身体が刻まれていく。

乱雑に、不規則に、それでいて綺麗に切断する。


「僕さぁ、もう弱点のない完全な不死身なんだ。今更これくらいで死んだりしないよ」


再生しながら、不気味に笑う。


「それと、綺麗な月だとは思うけど、僕の趣味じゃない」


指をパチンと鳴らすと、月が紅く染まる。


「うん。やっぱり綺麗だなぁ」


紅い月を見上げ、安心したように微笑む。

トキは眉をピクリと動かすも、さほど驚いた様子はなく、目の前の出来事を当然のように処理していく。


「月神の権能を持つ僕が、この世界で負けるはずが無い」


その言葉と共に、トキの背後に巨大な船が現れる。

空を浮かぶその船に、トキが静かに降り立つ。


「打ち砕け」


船に取り付けられた装飾が光り輝く。


「あぁ、そういうことか」


装飾から巨大な光が放たれる。

爆発も炎上もなく、光が通った場所には何も残らない。


なんだ?


トキは一瞬バランスが崩れた。

感じたことのない感覚に、疑問を覚え振り返ろうとしたとき、今度は一瞬ではなく、そして自身の体勢が崩れたわけではないことに気付いた。


「君の船は紅い月この世界の景観を損ねる」


背後からの声。

振り返って見えたのは、背に羽を生やしたカラミティ。

そして、カラミティの手によって真っ二つとなった船であった。


「—————⁉」


この船を斬った?

斬れるはずがないだろう。

だってこれは、神の船。


「ようやく、人間らしく感情が表に出たね」


空を飛ぶカラミティは、トキの表情に満足そうに笑った。


「僕ね、さっき彼の妖刀を使ったんだ。だから、覚えたの、妖刀魔剣の作り方」


そういうことか。

単純な切れ味や技術でどうこうなる代物じゃない。

なら、斬れる剣を用意する、か。

天才というものは厄介だな。

ならば、こちらもそれを真似させてもらおう。


虚空に剣を創り出し、それをただ振り下ろす。

すると突然カラミティの身体が切り裂かれた。

カラミティは驚いた様子だったが、傷が治るとともに平静を取り戻した。


「僕言ったよねぇ、弱点は無いって。今更銀なんか効かないよ」


そう言って笑うカラミティの身体がもう一度斬られる。


ん?

……なにも、してなさそうだけど。


傷が治り、また傷が作り出される。


あぁ、そういうことなのか。


トキを見つめ、手をのばす。

何かを探り、それを見つけると笑った。

トキの方も気付いて手を向ける。

二人の間で小さな爆発が起こると、トキの左手に傷が付いた。


「呪詛返しか。まったく、一筋縄ではいかないな」


トキが吐いた悪態に、満面の笑みでもって答える。


「当たり前じゃないか。不死身の僕は、君の攻撃を受けることで知ることができるんだから」


トキは落ち着きを取り戻すと書物を開く。


「選択を今ここに」


魔術の詠唱を始める。

カラミティはそれを聞きながら、勝手に話す。


「僕としては君ともっと戦いたかったかな。でも、あまり君に時間をかけていられない。悪いけど、すぐ終わらせる」


カラミティは話し終えると、その手にそれなりの長さの投擲剣を創り出した。

空中に放り回転させてキャッチする。

すると投擲剣は二つになる。

四つ八つと増やし、両手に持つ。

左手に持つ四つトキに向けて放ると、カラミティはトキを放物線を描くように飛び越え、その最中残り四つの投擲剣を放った。


君の魔術の欠点は、詠唱が長いところかな。


「月よ、惑わせ」

「詠唱、完了……消去する」


投擲剣はその数を倍に倍にと増え続け、中央にいるトキを完全に囲い逃げ場なく迫った。

そしてトキの魔術が発動すると、地面よりも下から何かが削るように景色を塗り替え始める。

トキに迫る投擲剣を消し、地面を消し、街を消す。

白く白く、全てが消されていく。


……ようやく君の正体がわかったよ。

けど、どうかと思うよこの魔術は。


「君は創世神だというのに、世界を消すのかい?トト」


まぁ、君がトトの権能を持つだけの人間である以上言ったところで何の意味もない。

けど、やはりそれは間違っている。

僕はこんな戦いがしたかった訳じゃないんだけどな。

でも、仕方ない、仕方ないから、付き合ってあげる。


「世界が消える前に、君を殺すとしよう」


血液で創り上げられる無数の棘がトキを襲う。

だがそのすべてが時に近づくと何かによって弾け飛ぶ。

カラミティは羽を羽ばたかせトキへと迫る。

自分の周りに血液の棘を配置して、自分よりも前を進ませ、見えない何かを防ぎながら。

いくつもいくつも弾け、近付くにつれ弾ける数が多くなり間に合わないと判断すると左腕を前に出して犠牲とする。

そして間合いまであと少しのところで防御手段がなくなると、身を捻りギリギリで避ける。

避けきれなかったため両の羽が千切れたものの、間合いへと入り込むことができ、捻った動きのままその勢いを殺さず、右手を武器とし肩に手刀を叩きこんだ。

肩に触れることはできず、右腕が吹き飛ぶ。

だがそのままさらに身体を捻り、同じ位置に左足で蹴りを入れる。

だがこれも届かず左足が吹き飛ぶ。

だが、そうなることは右腕が吹き飛んだ時からわかっていたから、今度は無理やりにでもなんでもなく勢いのままに右足で踵落としを肩に叩き込んだ。

そこでついに平然としていたトキが体勢を崩した。

攻撃を食らうもすぐにカウンターに魔術を発動させようとするも、それよりも速く、四肢を失ったカラミティが何度も攻撃を続けたトキの右肩に噛み付いた。


この終わり方は嫌だったさ。

だって、消すだなんて、つまらないからね。


少量の血を呑むと、カラミティは涙をこぼした。

トキの持つすべての情報を手に入れ、これから起こる未来がわかってしまったから。


本当に、こんな結末になって残念だよ。


「「消去する」」


二人は何も残さず消えた。

ただ一つ残っていた世界も、術者である二人が消えて崩壊を始める。

やがて仮初めの世界は消え去り、焼け野原となった世界へと変わるだろう。

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