幕間のような恋の物語

一体ギルドに、何があった。


通話の切れた電話を見つめる。


「兄さん。どうしたの、何かあった?」


手をつないで歩いていた妹が、心配そうに見上げている。


「いや、何でもない。それじゃあ今日は、映画でも見に行くか」


まだ小さい妹を抱き上げ、優しく微笑んだ。

少女は兄に笑顔で返事をする。

年が離れていたが、中の良い兄妹だ。

男は妹を抱え、映画館に向かって歩いていく。

途中すれ違った女性を気にしながら。




映画館、チケットを買おうと発券機に並ぶと、隣に、先程街ですれ違った女性がいた。

弟だろうか、いや、普通なら、子供だろうかと思うような場面だろう。

女性は少年と手を繋いで隣の券売機に並んでいた。

相手もこちらを気にしていたのか、目が合って驚き、咄嗟に反対を向く。

それからは、気になるが、極力見ないよう意識した。

券を手に入れ、飲み物やポップコーンなんかを買い、準備を済ませる。

入場して、券に書かれた座席を探す。

指定した席の隣には、先程の女性がいた。

つい妹を女性側の席に座らせた。

そして映画を見終わり、妹がトイレに行く。

それを待とうと、壁に寄りかかると、向かい側に、先程の女性が、同じようにして待っていた。

顔を上げた瞬間に目が合ってしまい、視線をそらした。

先に、女性が待っていた、少年がトイレから出てきて、手を繋いで映画館から出て行った。

妹が出てくると、同じように、手を繋いで映画館を後にする。

食事をしようと、ファミレスに入る。

順番を待っていると、先程の女性が、同じ店に入ってきた。

順番待ちの席で、大人二人は、居心地悪そうにしている。

そんなことは、子供達にとっては関係がなく、仲良く二人で遊んでいる。

しかし、それを見ても大人たちは、相手の様子を窺おうとすれば、毎度目を合わせて、視線を逸らす。

名前を呼ばれ、テーブルに案内される。

隣のテーブルが空いていることに気付き、あぁ、またか、と苦笑いを浮かべる。

そして案の定、隣のテーブルに案内されている。

すでに仲が良くなっている子供たちは、二人で同じメニューをのぞき込んでいる。

子供だというのに、自分達が食べたいものを食べ、そして、ちゃんと食べきれるように、分け合って食べようとしている。

そしてついには、大人二人にお願いをして、四人で分け合うような形にしようとしている。


はぁ、仕方ないか。


「あの、あなたが嫌だというのでしたら、別にいいのですが。その……テーブルを、つなげませんか?」


何をしているんだろう、俺は。

ギルド所属の諜報員だというのに、なぜ恋愛じみた事をしているんだ。


「……構いませんよ。私の弟も、それを望んでいるでしょうし」


そう言って微笑んだ女性に、男は見惚れてしまっていた。


綺麗だ…………何を俺は思ってる。

恋とは無縁だろう、俺は。


「はぁ。それで、頼むものは決まったか?」


メニューを眺める子供たちに問う。


「えっとねぇ、私がこれで、兄さんはこれを頼んで」


少女は笑って答えた。

満面の笑み、穢れを知らない、少女の笑顔。

それを見れば、自分がしたことが間違いではなかったと思える。

あの家から、妹を連れ飛び出したことを。


「それで、そちらは何を頼むか決まりましたか?」

「えぇ、もう呼んでもらっても構わないですよ」

「そうですか、では」


ボタンを押して、店員を呼ぶ。

注文を済ませ、食事が運ばれる。

仲良く食べる子供たちを眺めながら、距離は詰まらないままに、食事をする。

結局、たいした会話もせずに、食べ終わる。

会計をしてくると言って、席を立つ。

申し訳ないと、女性はそれを止めようとする。

別に構わないからと、笑って会計を済ませる。

困った顔をしている彼女を見て、可愛いと思ってしまう。

恋愛なんて、できるはずないのに。


愛する人を失い、悲しみながら、苦しみながら、それでも前に進む少年がいた。

私はそれを、見ているだけだった。

決して自分を見てくれないとわかっていながら、諦めずに、愛し続ける少女がいた。

私はそれを、見ているだけだった

初めて自分を見つけてくれた、その人の目に留まるよう、努力を続ける少年がいた。

私はそれを、見ているだけだった。

いつもいつも見ているだけ。

たとえ家を飛び出しても、その名は私を縛る。

決して普通にはなれないと。

その家出すら、妹の為だった。

誰かのためにしか行動していなかった私が、今更自分のためになど、できるはずない。




「シナー、私に稽古をつけてくれ」

「理由?」

「護るべきもののために」


じっと顔を見つめると、落胆したようにため息を吐いた。


「自分を護る気が無い奴が、他人を護れるわけないよ」


シナーそう言って、そのまま立ち去った。




誰かを助けることが、善だと思ってきた。

誰かを助けられるなら、自分のことなどどうでもいいと思ってきた。

それが間違いだというのなら、私はどうるべきだったんだ。

二十五年間、他人のためにしか生きてこなかった私は、どうやって、自分のために生きればいい。


そんなことを考えながら、手を引かれるままに本屋へ入る。

そして本屋には、やっぱりあの女性がいる。

女性はすれ違いざまに耳打ちした。

その言葉に、なんとなく察してしまった。

気付かないふりを続けていた事実を、付きつけられたような気がした。


「あぁ、やっぱりか」


知らないうちに、そう呟いていた。

不思議そうに見上げる、少女の頭を撫でる。


「悪いな、本はまた今度にしよう」


悲しそうに言うと、少女の手を引いて、本屋を出た。

指定された場所では、すでに女性が弟を連れて待っていた。


「すぐに済む。十秒だけ、目を瞑っていてくれ」

「あなたもです。十秒、目を瞑っていて下さい」


二人は、子供の頭を撫でて、微笑んだ。

目を瞑ったのを確認すると、二人は眼を合わせ、それを合図に、戦いを始めた。

同じタイミングで、同じことをする。

蹴りと蹴りをぶつけ合い、拳と拳をぶつけ合う。

同じように、十秒間戦った。

子供が目を開けると、何もなかったように振る舞う。


なんで、殺さなかったんだろう。

殺せるはずだった、力も、技も、俺の方が上なのに。

なんで殺せなかった。

なぜ、無意識に手加減をしていた。

これが、私の意思なのだろうか。

そうだとすれば、たぶん……さっきのも全部、私の意思なのか?

もしそうなら、自分のための行動、出来る気がする。


「なぁ、名前を聞かせてくれないか」

「……イト」


女はそう言って去ろうとする。


「名字、は…まぁいいか、すぐに変わる、変えてみせる」


背中を向ける女に向かって言った。


「私はあらず、一ノ瀬非だ。私と、結婚してくれ」


その言葉に、イトは肩を跳ねさせた。


「急に何を言って……」


振り返り非を睨むイトの頬は、少し赤くなっていた。


「ん、あぁ、順序が違っていたな。では、改めて……私と付き合ってくれ、イト」

「断ります」


当然のように、イトは断った。


「それは何故だ。私のことが嫌いなのか?」

「そうじゃ、ないけど」

「なら、私のことが好きか?」

「……わからない」


俯くイトに、非は微笑む。


「なら、付き合おう。もし、仕事を気にしているようなら、言わせてもらおう。そんなの、どうだっていい。気にするな。自分の思いを大切にしろ。したいことを、しなければならないことが阻むのなら、そんなの無視してしたいことをすればいい。君の思うがままに」

「…………もう一度。もう一度私と戦いなさい」


弟たちが見ていることも忘れて、イトは感情のままに再戦を申し込んだ。


「あぁ、それで答えを得られるというのなら」

「あなたが本気で戦ってくれるなら」

「……善処する。が、全力を出せるかはわからない」

「出させてみせる」


イトが殴りかかってきた。

それを受け流し腕を引く。

そのまま左手で、眼を潰す。

しかし非は、相手の勢いを完全に殺し、指が目に触れないよう止めた。


「すまない、私には君を殺せない」


それを聞いたイトは、距離をった。


「今ので分かった、私じゃあなたに勝てない。それにあなた、好きな人は絶対に振り向かせる主義でしょ」


何かを訴えるようにイトは見つめる。

何を求めているかはわからないかったが、自分の言葉を口にした。


「恋は初めてだから、一概にそうだと言えない。けど、君のことは絶対に振り向かせようと思ってるよ」


その言葉に、イトは小さく「でしょうね」と呟いた


「仕方ない、仕方ないわ。力に頼られたら絶対勝てないもの。だから、今の内に降伏してあげる」

「…………?」


意味を理解していない非に、イトは吹っ切れたように笑って言った。


「付き合ってあげる、そう言ってるの」


その答えは、非にとっても予想外のものだった。

全力を望んだ彼女に対し、寸止めをした自分が、怒られ嫌われることはあっても、好かれることはないと思ったから。

けれど、目の前にいる彼女が、心から笑っていることだけはわかった。


「まずは本屋にでも行きましょう。本、変えなかったでしょう?その後は、ディナーなんてどう?」


イトが少し恥ずかしそうに手を差し出す。

その手を握り、四人仲良く、手をつないで歩いて行った。

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