重力
ワトソンを部屋に帰らせ、ホームズは向かいに座る男と会話をする。
「まずは、名前を聞かせてくれ」
向かいに座る男。
眼と眼を合わせ、見つめ合う。
男は何も答えない。
ただ、じーっとホームズの眼を見る。
二人の間に、沈黙が流れる。
「君はいったい何者だ」
男は何も答えない。
「君には中身が無い。君は、まるで道具だ。君の意思で動いていない。君は何者だ?」
男は答えなかった。
二人の間には、また沈黙が流れた。
そして、男はついに口を開いた。
「僕には意思がある。僕は待っていた、事が起きるのを。僕は待っていた、君のことを。僕は待っている、彼に会える時を」
そこに感情はない。
淡々と、機会が報告をするように、男は話す。
瞳は揺れず、声は揺れず、心はあらず。
「あなたのことを、僕は知らない。けれど、知る必要はない」
ホームズは、初めてこの男を、生きていると思った。
そこに感情はあった、芽生えるかのように、突如として、その瞳が揺れた、声が揺れた。
この男は、ちゃんと生きていた。
「何故ならば、すでに僕の……勝利だ」
男はそう言って、不敵に笑った。
同時刻、隣の部屋では、戦闘が始まろうとしていた。
あ~あ、最悪だ。
恥ずかしいったらありゃしない。
今日はかなり忙しいのに、なかなか会えないみたいな別れ方しちゃった。
にしても、戦うのあんまり好きじゃないんだけどな。
「おい、お前が俺の相手か?楽に殺すのは苦手なんだ、苦しんで逝くといい」
フードの奥で、にやりと笑った。
「さて、行くぜ」
男はふわりと宙に浮き、急に巫に向かって動いた。
―――⁉
咄嗟に転移して、蹴りと言ってよいのかわからない攻撃を避ける。
なんだ今の、速度が異常だ。
果たして人間に、あの速度は大丈夫なのだろうか。
いやまぁ、早乙女よりも遅いから問題ないけどな。
しかし、いったいあれはなんだ。
三百キロは出ていたと思うのだが、どうやってあんなに安定した着地をした。
彼が立っているのは壁だが。
さて、真面目にやろうか。
また、同じように男の身体は宙に浮く。
そうして空中で百八十度回転すると、巫に向かって一直線に弾丸のように飛んで行った。
異能力者や魔術師といった、特殊な力を使うものの相手は、俺の仕事だ。
情報さえあれば、同じことができるのだから。
巫は、向かってくる男に、手をのばした。
加速はなく、最初から最高速で移動する男に、手を触れる。
そして、見逃さないよう、眼を見開く。
あぁ、そうか……重力か。
左手の指先から伝わった力で、肩までの骨が粉砕骨折する。
音を立てて、再生する左腕を無視して話始める。
「お前は、体内に魔術を二種類かけている。骨や筋肉といった、過剰な動きでダメージを負うはずの肉体を内側で繋ぎ止めている魔術。もう一つは、繋がれ、動かせない肉体を自然に動かすための魔術。そして、身体の外には、さっきのような行動を可能とするための魔術が一つ」
自分で言った意見を巫は、鼻で笑った。
「最初はそう思ってた。けど違った。異能も妖術も陰陽術も、見たことがあったんだが、魔術は初めてでな、解析に時間がかかった。お前さぁ、一種類の魔術ですべて行っていたな。身体を繋いでいるのも、身体を動かしているのも、その身体を使っての攻撃すらも、全て一つの魔術で行った。そうだろ?」
壁に立つ男は「そうだ」と笑った。
「なら、お前優しいんだな。お前があんな攻撃をしていたのって、相手を苦しませずに殺すためだろ。その必要ないぞ。というか、俺のこと気遣ってると、お前負けるぜ」
それを聞いた男は、壁から床に降り、笑って見せた。
「痛いぜ、これ。それでも、いいんだな?」
「あぁ、好きにしたらいい」
「そうだ、名前を聞かせてくれ。俺の魔術の正体に気付いたうえで、本気出せなんて言うバカの名前を覚えといてやる」
「……俺は巫きくの。情が移るから、捕虜の名前とかは聞かないほうがいいけれど、俺だけ名乗るのは違う気がするから、お前も名乗れ」
「あぁ、それもそうだな。俺は、クロイだ」
そう言ってフードを脱ぐ。
男の顔には、眼帯がしてあり、右眼が隠されていた。
眼帯?
制御しきれていない魔眼でもあるのか?
いや、あの眼帯は普通のものか。
「あぁ、安心しろ。俺の右眼は、魔眼でもなんでもない。ただ生まれた時から見えなかっただけだ。まぁ、傷跡があるわけでも、眼の色が変なわけでもない。医者が言うには、見えていないなんてありえない、それほどまでに俺の眼に異常はないらしい。だけど見えていないから、見えていないことを簡易的に外部に認識してもらうために、眼帯をつけているというわけだ」
クロイは笑っていた、自分の弱点をさらすような行為をしながら、笑っていた。
「なぜ、話した。魔眼だと思わせ、俺に警戒させればよかった」
「ん、それは……俺が卑怯なの嫌いだからかな」
クロイは、やはり笑っていた。
戦う相手に、笑顔で接してしまえる、そんな人間だった。
「俺がおかしいのは分かってる、けど、俺はやっぱ隠し事ってのが苦手なんだと思う。まぁ、俺のことは気にせず、お前は好きに隠すといいさ。俺が勝手に隠してないだけ、付き合う必要はないぜ……んじゃ、今度こそ始めよう」
クロイは、先程までの爽やかな笑顔ではなく、心から戦闘を楽しむように、獰猛に笑った。
あぁ、やっぱりだ。
俺は、他の二人とは根本的に違う。
得か損かで、判断してない。
俺は彼らの様に、俯瞰して物事を捉えたりできない。
俺はたぶん、俺がどう思ったかでしか行動できないんだ。
だから、今回も、損をするとわかっていても、こんなこと言ってるんだ。
「俺の異能、見せてやる」
クロイは、こちらに向かう途中、突如として方向を変えた。
そしてクロイは、人間らしからぬ動きをしながら、暴れるように飛び回る。
見えない何かを、避けるように。
しかし、低空に来たタイミング、巫に対して正面を向いたタイミングで、壁まで吹き飛ばされた。
否、地面に落下するように、壁に叩き付けられた。
「な、やっぱこれって」
血を吐きながら、クロイは何かに気付いた。
「あぁ、お前の魔術だ。俺の異能は、情報さえあれば、全く同じ魔術、異能、その他諸々を使えるようになる」
クロイは、抗うように、壁を離れ地面に立つ。
「まぁ、そうなるか」
俺の使った重力魔術を同じ魔術で、重力を相殺したか。
ならこれから先は、重力のぶつけ合い、相殺できなくなったほうの負けか。
二人は同時に地を蹴った。
部屋の真ん中で、互いに蹴りをぶつけ合う。
この魔術は距離が近いほど効果があげられる。
ならば、おのずとこうなる。
相手には、下へ向かって重力をかける。
自分には、相殺できるだけの上へ向かっての重力をかける。
そして、二人は同時に、相手にかけた魔術を解除した。
すると二人は、一気に天井に向かって落下する。
空中で静止し、互いに拳同士をぶつける。
相手に魔術をかけ、壁に向かって水平に吹き飛ぶ。
静かに壁に着地し、眼を合わせた。
「面白い、初めての経験だ。重力使い同士の戦いなんて。それも、全く同じ魔術のね。しかし、厄介なことこの上ない。お前にはまだ、それ以外に手札があるというのだから。お前が本気を出さないうちに、仕留めなければ勝てないな」
クロイは笑いつつも、その眼はいたって真剣だった。
「残念だが、俺は油断などしていない。ただ、お前の実力を測っていただけだ。ここから先、お前に勝機はない」
巫は、正面に手を向けると、その場から消えた。
背中に、何かが触れる。
気付いた時には、すでに遅い。
壁に立つクロイの、その背後に、転移し、重力をかける。
脚が壁からはがれ、地面に落下していく。
まずい、反応が遅れた。
だが、ここで相殺したところで、背後の巫に殺される。
ならば、着地をしっかりとしてから……あれは、魔法陣?
落下地点には、魔法陣が描かれていた。
そこから、炎が放出される。
炎は、重力で無理やりに。
「そっちを気にする余裕は、お前にないぞ」
落下中のその背中に、また巫が触れる。
クロイの体にかかる重力が、さらに増える。
これは本当にまずいな。
もう着地はあきらめよう。
さぁ、落ちよう。
落下の方向が、急に変わった。
クロイの身体は、反対側の壁に向かって、落ちていく。
それを巫は、正面から待ち構えていた。
巫の手に触れるギリギリで、クロイはさらに方向を変え、別の壁に激突した。
くっそ、転移がきついな。
視覚じゃ捉えられないうえ、重力で捕まえられない。
立ち上がろうとした時だった。
壁から、茨のようなものが伸び、クロイの足や腕に巻き付いた。
これ無理だろ。
重力の方向を変えたところで、捕まっている以上抜けられない。
外側に重力掛けて引き抜こうにも、サメの歯みたいになってるせいで、肉が裂ける。
内側にかければ、身体にめり込んで身体がぐちゃぐちゃになる。
ほぼ詰みだ。
いやだが、仕方ない。
そうしなきゃ逃げられなら、喜んでこの傷だらけになってやる。
クロイは、呻き声をあげながら、身体から無理やりに引き抜いていく。
身体から血を流しながら。
皮膚の内側、音を立てながら、肉が裂ける。
そうしてクロイは、自分を捕らえた茨から抜け出した。
しかし身体がズタボロで動けないため、重力魔術をもって無理やりに動かす。
そして、宙に浮かぶ巫を睨んだ。
「諦めないのか。なら、一つ実験に付き合ってくれ」
巫の周りが歪んだ。
「魔術、陰陽術、妖術、異能力。すべて重力系統の力だ。言ってなかったな、俺の特技」
「特技?」
「俺の異能は、情報にあった力を手に入れる。俺の特技は、見たことのある力を、再現する。この二つを合わせると、一種類の力を手に入れれば、同時に何種類もの力が手に入る。さぁ、抗ってみせろ」
まずは魔術、問題なく相殺。
――――⁉
これ、陰陽術か。
右腕だけが異常なほどの重力の影響を受けてる。
が、ギリセーフ。
って、これでギリギリじゃ、次は無理じゃん。
まず最初に、腕が千切れた。
そして、身体中の骨が砕け、地面に倒れた。
骨が粉々になっており、気絶したクロイの身体は、でこぼこしていた。
所々骨が皮膚を突き破って体外に露出している。
ただ、巫に殺す気が無かったために、頭や心臓、肺と言った、生命維持に必要な器官だけは、残されていた。
「重力、かなりいい力だな。っと、ソルトに頼んで治してもらわなきゃだな」
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