アインスに恋した少女

ブツッ、ツーツーツー。

部屋になるその音が、唯々辛かった。


「ここからは、バラバラに行動する。皆好きなタイミングで……標的を殺せ」

「「了解‼」」


その声と共に、全員外へと飛び出していった。


あれは本当に事故だったのだろうか。

情報屋は何故この国に来たのだろうか。

考えてもわからないのならば仕方ない。


「俺も行動を開始するか」


最後の一人が、部屋から出て行った。




ほんの十分ほどだった。

一人の男を殺すために集められた殺し屋十五人。

今動ける状況にあった十三人のうち十二人が、十分足らずで死亡した。

それも、ほとんどが事故死という形で。

残った最後の一人、リーダー格の男が、標的を追跡していた。

標的はコンクリート造りの建物に入っていく。

後を追って、男も建物へと入る。

その建物には窓が無かった。


逃げ道を無くしたつもりか?

だが奴に戦闘能力はないはず、この建物内に奴の仲間がいるのか?

ならば追い詰められたのは俺の方。

だからなんだ、同胞を殺されて尻尾巻いて逃げるわけにいくか。


建物の中央、椅子に座る標的の前に姿を現す。


「我が同胞の仇‼」


そう叫び走る男に、ただ淡々と語りかける。


「そんなに吸って、大丈夫か?」


その声と共に、身体に力が入らなくなり、床に倒れこんだ。


毒?

そのために窓が無かったのか。

しかし奴は、ガスマスクなど持っていなかったはず。


「一緒に死のう」


その言葉を聞き、意識が完全に落ちた。

自分を狙うものをすべて始末した男は、深呼吸をして、椅子に座ったまま、意識を落とした。

そんな建物に、入ってくる者が一人。

ガスマスクに警察の格好をしているその人は、椅子に座る男を見る


「センパイ。ようやく見つけました」


そう言って男を抱えて、外に止めてあった車で、移動を開始した。




どういうことだ、なぜ生きてる。


自殺したはずの自分が生きていることに驚くも、冷静に自分の置かれた状況を確認する。


腕を縛れているが、足は動かせると、だがそもそも繋がれているこの椅子が床に溶接されて動かせないか。

指輪は……左手の薬指のものが無い。

残りはあるから拘束から抜けるのは簡単だが、指輪を取り返さなくては。

俺を攫ったのは、向かいに座っているあの女性か……ん?あいつは。


「あ、目が覚めたようですね。お久しぶりです、センパイ。覚えてますか?わたしのこと」

「……生徒会副会長、時津ときつ 真以まい。俺のストーカだ」

「な、人聞きの悪いこと言わないで下さいよ。センパイったら高校卒業と同時に、雲隠れしちゃって、追いかけられなかったんですから」


真以は不満げに頬を膨らませる。


「ですが見つけたんですよ。そう、あれは、警察になり技術を認められ何やらやばそうな部隊に入れられて、都内の監視カメラ映像を眺めていた時のことでした。何やら見覚えがある、いや、私がセンパイに気付かないはずもなく、一目でわかりました。ずっと探していたセンパイだと」

「署長のもとで働いてるのか」

「え?署長じゃないですよ。わたしの上司は」

「早乙女天」

「……そうです、そうですよ正解です。はぁ~この感じ、何でもお見通しなこの感じ」


突然興奮したように声を大きくし、体を揺らす。


「でもセンパイ、知らなかったでしょう、私がセンパイを追いかけていたこと」

「知っていたとも。京都にまでついてきて、かんなぎきくのという人物について調べようとしたことも」

「そう、巫きくの、なんなんです?あの人。うちの高校にいたみたいですけど、センパイと同じで、学校での情報しかなかったです。入学以前のことも、学校以外でのことも、何にもわからなかったんですけど、何者なんです?」

「内緒だ」

「むぅ~、まぁいいです。センパイは隠し事が好きですからね」


少し不満気だが、アインスと会うことができ、隠し事をされるくらいどうってことないほどに、気持ちが高揚している。


「あぁ、驚いたことと言えば、よく解毒できたな」

「大変だったんですよ。それに解毒できたとはいえ、かなりぎりぎりだったんですから、もう無茶はしないでくださいね」

「…………」

「あれ~、センパイ。どうしたんです?」


これくらいでいいだろうか。

それなりに情報は手に入れたし、もう大丈夫だろう。

にしても


「随分厄介なストーカがいたものだ」

「あ、また言いましたね。ひどいなぁ、私はただ、好きな人を追いかけているだけだというのに」

「お前は、好きを知っているのか」

「……えぇ、えぇ、知っていますとも。なんて言ったって私は、センパイに恋していて、センパイを愛しているんですから」


頬を赤らめながら、とてもうれしそうに笑った。


「なら教えてくれ。その恋やら愛やらは、どんな感情なんだ」

「うーん、言葉にするのは難しいですが……家族や友人に対するものとは少し違った感情を覚える相手で、その感情が不快ではないのならば、それがきっと恋なんでしょう。愛は、そうですね……その人がいなくなった時、自殺してしまおうかと思うような相手ですかね」


真以は悲しそうに言った。


「で、この質問の意図としては、わたしのことを好きになったかどうかの確認ですか?」


目を瞑って考え込むアインスにそう問いかけた。


「…………そうか」


一言呟き、拘束を外して真以に近づく。


「な、抜けてたんですかってえぇぇ、なんで近づいて…キスですか?いいですよ、じゃあ目瞑ってますね」


そう言って目を瞑る真以の耳元で囁く。


「指輪を返してもらうだけだ」

「ふぇ?」


そして目を開くとそこには、左手の薬指に指輪をはめるアインスの姿があった。

そして遅まきながら、床に滴る血に気付いた。


「まさか…センパイ」

「指輪を外したのはよかったが、ちゃんと全部外せ。俺の持っている小物には、大抵何かしらある。例えば、毒とかな」

「————‼センパイ、また」

「今度は邪魔するなよ、俺の自殺」

「なんでそんなこと」


アインスは何も答えなかった。

もう答えられなかった。

アインスは、二度目の自殺でついに死んだ。


「そんな…」


どうする、どうすればいい。

センパイが死んだ?

ありえない。

自分が見てきたものを思い出せ。

最近のものしか見れなかったが、見ただろう。

北海道から放たれた光を。

屋久島に降り注いだ光を。

京都を中心に起こっている人ではない何かによる殺人を。

あるんだろう、魔術や妖といった、非現実的なものが。

ならセンパイは、蘇る策を用意しているはずだ。

だったら私がすることは簡単だ、センパイが帰ってきたとき逃がさないように


「既成事実をつくりましょう、センパイ」


そう言ってアインスの服を脱がせようとした。


「さすがにそれは見過ごせないな」


何処からともなく聞こえた声。

真以は軽々と持ち上げられた。


「ぬぅ、誰ですかぁって、術廉みちかどじゃないですか。どうしたんです、こんなところで」


真以を床に降ろしながら答える。


「はぁ、相変わらず一のことしかセンパイと呼ばないんだな。俺は一の回収だ」

「ん、回収ってことはつまり、センパイは蘇るつもりなんですね」


真以は少し安心したような表情をした。


「相変わらず、馬鹿だなお前は」

「なんでみんな私のことを悪く」

「自分に嘘をついてるから、一はお前を友人としてすら見ていないんじゃないか?」

「なんの、ことですか?」


真以は明らかに動揺していた。

引き攣った笑みで見返してくる真以に、術廉は答える。


「人読みが得意で、その人読みの才を認められて、早乙女天直属の部下になったお前が、一番見てきた相手の心を、読み違えるわけないだろ」


ビクッと肩を跳ねさせる真以に、術廉は続ける。


「そろそろ諦めろ。一目見た時に気付いたんだろう、一はすでに別の誰かを愛していると。それでも付き合いたいから、傍にいたいから……演じてきた」

「違いますよ。これがわたしの素です、演技なんかじゃ」

「お前の演技が見破れないような俺じゃない。本来のお前は、行動力こそあるが、もっとお淑やかな女性のはずだ」

「違う、違いますって」

「でもその性格は、一の愛する人の性格と似ていたから。自分と重ねさせないように」

「違うって言ってるでしょう……術廉、さすがに怒りますよ」


肩を震わせながら、術廉を見上げる。


「もう、わかってるんだろう」

「やめてください」


その瞳に涙をにじませる。


「一が、本当に死のうとしていたことに。生き返る策を用意していないことに。それに気づけないはずないだろう、俺もお前も」


そして、きくのも


「だって俺たちはずっと……一を見てきたのだから」


そう言って術廉は涙をこぼした。

真以は、子どもの様に泣いた。

アインスの体に抱き着き、声をあげて泣きじゃくる。

そんな真以が泣き止むまでは、術廉も体を回収しないでおいた。


「もう、大丈夫ですよ。先輩の体、傷付けないでくださいね」


泣き止んで、赤い目を擦りながら真以は笑う。

もう演技はしないと、もう、自分に嘘はつかないと、そう心に誓った。

アインスを抱きかかえた術廉が、ドアの前で止まった。


「はぁ、仲間を危険にさらしたくはないが、俺は少し甘いらしい」

「?」

「先輩からのアドバイスだ。早乙女天にギルドについて聞いてみるといい」

「ギルドって、なんです?」


そう問いかけた時にはもう、術廉はすでに消えていた。


アインスが、この戦いの中で最も頭の切れる男が、死んだということを知り、妖組と騎士団は安堵した。

しかし、彼らはまだ知らない。

アインスが残していった最後の罠を。

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