第315話 白き翼は

 断末魔。


 聖なる力をまともに受けた巨大熊の姿をした魔物は、持てる力を振り絞って、俺達を跳ね飛ばした。


 さすがにテグスもブツリと切れてしまったが、奴を押さえつける必要はもう無かった。


 ウオオオオ——ッ!


 空気を震わす雄叫びを上げ、その巨体は地響きと共に、大地にどうと倒れた。


 そしてその身体から黒い霧を吐き出した。あっという間にあたりにもくもくとした黒い霧が湧き上がる。


「いかん!この霧に触れるな!下がれ、下がれ!」


 騎士団の誰かが叫ぶ。


 そうだ、この霧にまた誰かが取り憑かれたら意味がない。


 黒い霧は風も無いのに俺達を取り囲むように高い壁を作りながら、いく手を阻む。


『ヒロキ!逃げよ!』


 フォリアの声がする。けれどその姿は黒い霧に遮られて見えない。


 俺はリール村に向かって叫んだ。


「コリン!頼む、飛ばしてくれ!」




 それは、白い鳥のようだった。


 でも俺はそれが何か知っている。


 リール村に預けていた、あるもの。


 フォリアの力を宿したA4用紙。


 それを使って、俺はたくさんの紙飛行機を折ってもらっていた。




 村から一斉に黒い霧に向けて飛んでくるたくさんの紙飛行機は、一種幻想的でさえあった。


 白い鳥のように軽やかに飛んで、黒い霧を切り裂いていく。触れたその先から淡い煌めきとなって、黒い霧は浄化されていく。


 開けていく視界に、リール村のみんなが土壁の上に姿を見せて、紙飛行機を飛ばしているのが見えた。


 カール、エレミア、コリン——。俺達の勝利を確信して、笑顔で紙飛行機を飛ばしている。


 カリンのお父さん、カールのお父さん、みんなの家族——。子ども達の未来のために、祈りを込めて飛ばしている。


 鍛冶屋のグスタフさん、村長の奥さんのデボネアさん、ユリウスを慕ってくれたみんな——。それぞれの思いを込めて飛ばしている。


 その白い紙飛行機は戦場を飛び交い、黒い霧を浄化した。その美しい光は淡雪のように光の粒になり、戦場に降り注ぐ。


 大地を清めていくのだろう。血にけがれた大地も、これでその豊穣な力を取り戻すのだ。




 ——歓声。



 皆が笑いながらフォリアの元へ急ぐ。女神をたたえるために、彼女のもとにつどうのだ。


 俺は一人、消えゆく黒い霧を眺めていた。たくさんの紙飛行機は弧を描いて地上へと降りてくるうちに、その黒い霧をほとんど浄化していた。


 俺は残りがどうなるのか見届けるためにそこにいた。


 残りわずかなそれは一所に集まろうとし、或いは浄化され、或いは結界内のためか空気に溶けていた。


 だが——。


 俺の目の前にある形を取るかのようにまとまりつつある黒い霧があった。それは見る間に見慣れた形を作る。



 声もなく見つめる俺の眼前に、漆黒の——フォリアが現れた。




 つづく

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